ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「連中はだいたいおとぎ話の吸血鬼と同じような存在だと思っていい。血を吸い、仲間を増やし、太陽光に弱い。
銀の武器以外では傷を負わない、ということはないが傷つきにくいのは確かだ――まあ、第一級や第二級の冒険者なら力で押し切れるだろうがな」
一行は薄闇の中を進んでいた。
リリやヴェルフがどうにかついてこれる程度の早さで歩きながら、イサミが手早く吸血鬼のレクチャーを行う。
"レアリーズ・テレパシックボンド"で精神的に繋がったロキ・ファミリア側の面々もこれを聞いているはずであった。
暗闇に沈む森をイサミの声を聞きつつ、無言のままで移動する。
不意に、先頭を歩いていたイサミの言葉が途切れた。
「みんな、走るぞ!」
「!?」
言うなり、イサミが走り出した。訳がわからないながらも、全員がそれに続く。
ややあってリューとティオナも何かに反応する。
「なぁ、一体何だって・・・っ!」
尋ねようとしたリドの言葉が途中で途切れる。
かすかに聞こえてきたのは、まぎれもない悲鳴だった。
ゲド・ライッシュは恐怖していた。
ベル達に会い、地上まで連れて行って貰う約束をして、数日ぶりに安心して寝床に入ったはずだった。
だが見るはずだった幸せな夢はあっさりと悪夢に変わった。
ベル達と別れた後、地上に帰れるという安堵から一杯引っかけて安宿のベッドでごろりと横になる。
その数時間後、彼を叩き起こしたのは隣の部屋からの悲鳴だった。
はっと起き上がった瞬間、自分にのしかかろうとする青白い顔の怪物と目が合った。
「う、うわああああああああああああああああああ!?」
そう、怪物だ。
人間と何ら変わりない姿のはずなのに、ゲドはそれを怪物だと直感的に認識した。
そこから先はよく覚えていない。
気がつくと戦闘衣に剣一本の姿で、同様の目に会ったらしい冒険者達と必死で逃走していた。
背筋がざわつく。口の中がひりつく。足の感覚は既にない。ただ走る。
首筋にやつらの吐息がかかるような気がする。
追いつかれているのではないかと不安で不安で仕方がない。
だが振り返るのが怖い。振り返って、そこに牙を剥きだしたあの顔があったらと思うと、たまらなく怖い。
「ぐわっ!?」
全身を強打する。
転んだのだ、と気づくより前に体が勝手にもがいて跳ね起きようとする。
その瞬間、肩を掴まれた。
「っ!」
全身の血が凍り付く。
歯の根が合わない。
かちかちと鳴る歯。
そこ以外、体が石になってしまったかのように動かない。
くっくっく、と後ろから含み笑いがした。
「え・・・?」
それで呪縛が解けた。
立ち上がりながら、信じられないと言った表情でゆっくり振り向く。
そこに、予想したとおりの顔があった。
ごつい顔つき。額とほお骨に走る傷、無精ひげ。
だがその眼は赤い。水晶の薄明かりに照らされた肌は青白く輝いている。
屈託なく笑うその口からは、鋭い犬歯が覗いていた。
「も、モルドさん? スコットさんにガイルさんも?」
同じファミリアの先輩冒険者であるモルド・ラトローとその仲間二人。
Lv.2になりたてのゲドを18階層まで連れてきたのが彼らだ。
親しみのこもった笑みを浮かべる彼らの口にも、また鋭い犬歯が覗いていた。
「よーう、探したぜゲド。悪かったな、ほっぽり出しちまって」
「な・・・これは、どういう」
乱暴だがざっくばらんなその口調は、彼のよく知る先輩たちのもの。
だが何かが決定的に違う。
その「何か」が、ゲドにはたまらなく恐ろしかった。
「いやな、ちょいと面倒に巻き込まれちまったんだが・・・まあそれはいい。
それより"これ"だぜ。なあ、聞いてくれよ。最初は戸惑ったけどよ、これが慣れるとスゲえんだわ。
腕力も早さも元の体とはまるで比べものにならねえ。まるでランクアップしたみてぇなんだぜ?」
子供のように腕をぶんぶんと振り回すモルド。
その腕が奏でる風切り音は、確かにゲドの知っていた彼のものではありえなかった。
「そ、それで・・」
「やーねえ、察しが悪い男は嫌われるわよ?」
「そうそう。お前も"仲間"に入れてやろうと思って探してたんだぜ? こんなの、俺たちだけで独り占めするのはもったいないからな」
純粋に親切で言っている、という風情のスコットとガイル。
ひぐっ、とゲドの喉が音を立てた。
「それで、どっちがいい? 手から吸いとるのは痛みがないし、血を吸うのはちっと痛みがあるが、もっと強い体になれるかもって話だ」
「ど、どっちって・・・」
引きつった顔のゲドを見て、あたかもそれが気のきいた冗談であるかのようにモルド達は笑った。
「ばっか、そりゃ決まってるだろ、おまえ――どういう風に死にたいか、ってことさ」
「―――――!」
声にならない悲鳴が響く。
鋭い牙をむき出しにして、モルド達の笑いがいっそう大きくなった。
ひとしきり笑い合うと、モルド達はゲドに向き直った。
だが口元には笑みが張り付いたままで――むき出しの牙が否応なしに人類とは異なる存在であることを主張している。
逃げたい。そう思っても、金縛りにあったかのように足は動いてくれない。
ぽろぽろと涙がこぼれた。小便を漏らさないのがむしろ奇跡だと、頭の片隅でどうでもいいことを考える。
「か・・・は・・・」
「おいおい、泣くこたぁねえだろう。俺たちゃ同じファミリアの仲間じゃねえか。
なあに、なっちまえばお前も俺たちに感謝することになるさ。
ほら、ボールスいるだろう。リヴィラの顔役で、態度がクッソでかい眼帯の奴。
あいつをよぉ、さっき俺がブチ殺してやったんだぜ? Lv.3のあいつを、Lv.2の俺がだ!
すげえだろう!? だからお前もなろうぜ・・・ヴァンパイアによ」
ゲドは涙を流しながら、いやいやをする赤ん坊のように弱々しく首を振る。
げらげらと笑うモルド達は、もはや非人間的な、怪物の顔を隠そうともしない。
「まあ嫌でもなんでも、お前の血はいただくんだけどな」
「ずるいわよモルド。私だって渇いてるんだから」
「そうだぜ。俺たち仲間だろ」
狂ったように笑いながら、モルドが動けないゲドの両肩に手をかけた。
「わーってるよ。一口ずつだ・・・三人交代でな」
「・・・!」
顔を筋肉の限界まで引きつらせつつも、ゲドは動けない。
ただ涙を流して恐怖することしかできない。
「それじゃ・・・いタダキまース」
ある種のトカゲや蛇のように、モルドの顎がヒューマンの顎骨の可動限界を越えて大きく開く。
むき出しになる歯ぐきと牙、そして乱杭歯。
恐怖にあえぐ表情を楽しんでいるのか、ことさらにゆっくりと首筋に牙を埋める、その瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「グブゥオアッ!?」
矢のような速度で飛んできた蹴りが、まともにモルドの顔面に刺さる。
たまらず吹き飛ぶモルド。
一方襲撃者は蹴りを入れた反動で空中でバク転、華麗な着地を決める。
「大丈夫ですか・・・ゲドさん!?」
「り、【リトル・ルーキー】!」
蹴られた瞬間魔力か、あるいは恐怖が解けたか、へたり込んだゲドが叫んだ。