ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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16-5 浮上

 

 先ほどに比べれば追跡はたやすいものだった。

 集団で、しかも重い荷物を担いだ足跡は容易に見分けられる。

 速度を落とさずに18階層の西、人造迷宮の入り口に直で到達すると、イサミが指さした石壁をリドが拳でたたき割る。

 最硬精製金属(オリハルコン)の扉横の壁を壊して通路を掘り、今度は"集団不可視化(マスインビジビリティ)"の呪文だけをかけて隠蔽工作抜きでそのまま通り過ぎる。

 

 罠の自動感知魔法をかけたイサミを先頭に、一行は可能な限りの速度で進む。

 リリやヴェルフ、ゲドにはイサミの強化魔法がかかっていたが、それでも彼らにはついていくのがやっとだった。

 

 嗅覚を魔法で強化し、ヘスティアと春姫の匂いを追ってイサミは小走りに――彼の尺度で――走る。

 呪文でぱっと道を探せばいいと思うかも知れないが、「迷宮の出口を探す術」や「ヘスティアの位置座標を示す術」はあっても「ヘスティアのいる場所までの道筋を探す術」はないのでこういう手段が必要になる。

 D&Dの秘術魔法も万能とはいかないのだ。

 

 だが今イサミの不安を煽っているのは探知魔法の不確かさではなく、もっと別の事だった。

 正規ルートなら2階層ほどは移動したかと思えるくらいの時間の後、リューが前に出てイサミの横に並ぶ。

 

「クラネルさん、おかしいとは思いませんか?」

「ええ。ここまで、敵がまだ一人も出てきてない」

「え・・・でも兄さん。ここはダンジョンじゃないからモンスターは出てこないんじゃないの?」

「モンスターはな。だがあっちも追われてることには恐らく気づいている。あそこに野営しているのがロキ・ファミリアだって事は旗印(バナー)を見ればわかる。

 都市最強派閥相手にあれだけ派手にやって、まさかこの人造迷宮の中に入れば追って来れないとかそこまで暢気なことは考えちゃいないだろう」

「・・・」

 

 ベルが険しい顔で無言になる。

 リューが口を開こうとして、思い直して再び閉じた。

 

「何か?」

「ああいえ・・・なんでもありません。ただ何とはなしに誘い込まれているのではないかと感じまして。忘れて下さい、根拠のない話です」

「ふむ」

 

 リュー自身迷っているようだったのでイサミもことさらに追及はしなかった。

 だがその懸念が正しかったことを、彼らはすぐに知ることになる。

 

 

 

 数十分の疾走の後、一行は両開きの扉の前で止まった。

 階段はなかったが、上昇してきた感覚がある。

 イサミが扉に耳を当て、呪文を発動して中の様子をうかがった後、後の仲間を振り返る。

 全員が揃って頷いた。

 

 次の瞬間、扉を蹴り開けた一行は広い空間に出た。

 一瞬謁見の間にも見えたが、魔石灯に照らされた空間にあるのは素人には使い道もわからない器具や魔道具、奥にあるのは玉座ではなく作業机。

 

「工房、か?」

 

 だが普通の工房と違うのは、そこで立ち働く人々に牙が生えていること。

 そして作業机から立ち上がりこちらを見る、豪奢なローブ姿の人影から発せられる邪悪と死の気配。

 魔力視覚など持たずとも感じられるそれは濃厚に鼻腔を犯し、肌に染み入ってくる。

 

 透けて見える骨に申し訳ばかりの肉がへばりついたその姿は、よく言って干からびた死体にしか見えない。

 だがその手はなめらかに動き、装飾の施された杖を構える。

 落ちくぼんだ眼窩の奥には赤い光が灯り、侵入者達をその視線で貫く。

 

死霊王(リッチ)・・・!」

 

 イサミの口から、食いしばるような声が漏れた。

 

 

 

 死霊王(リッチ)

 D&D世界において、高位のスペルユーザーが転じる最上位のアンデッドモンスターだ。

 死霊術に長けた秘術使い・・・死霊術士(ネクロマンサー)がなることが多いが高位のスペルユーザーなら種類は問わないため、僧侶であったり、あるいは自然祭司(ドルイド)であったりすることすらある。

 いずれにせよ、限りなく不死身に近い肉体とヴァンパイアすら凌駕する数々の特殊能力を持ち、高位の魔法を操る恐るべき相手であることに変わりはない。

 おまけに"経箱"と呼ばれるリッチの生命力を封じたアイテムを破壊しない限り、肉体を完全に破壊しようとも数日で完全復活してしまう。

 イサミといえども好んで事を構えたい相手ではなかった。

 

 だが。

 

「貴様・・・イサミ・クラネル!?」

「神様!」

 

 死霊王が叫ぶのと、部屋の隅に縛られたヘスティア達の姿を認めたイサミが叫ぶのが同時。

 戦いが始まった。

 

 

 

「"我願う! 囚われ人を我らが手に!"」

 

 戦闘はイサミの"願い(ウィッシュ)"から始まった。

 現実を改変されたヘスティア達が「イサミ達と一緒にいた」ことになり、ベル達が固める後方に位置を移すとともに縛めが消える。

 

「ベル! タケミカヅチの! お前達は神様と春姫のカバーだ!」

「う、うん!」

「承知!」

 

 この場に囚われていたのはヘスティア、春姫、タケミカヅチファミリアのLv.1三人、ヘファイストスの上級鍛冶師とロキ・ファミリアの中堅団員が二人ずつ。

 ヘスティア達とタケミカヅチの面々はともかく、上級鍛冶師とロキファミリアの面々はLv.3。

 遊ばせておくわけにも行かないので、千草とリリが間に合わせながら武器を配る。

 だが、前線ではその彼らですら介入し難いレベルの戦いが既に繰り広げられていた。

 

「オラァ!」

「ふんっ!」

「どっせいっ!」

 

 シャーナ、レーテー、ティオナ、椿、リド。

 彼女たちLv.5の面々に加え、赤外套らLv.4の前衛達と正面からぶつかりながら、敵の前衛もそれに全く引けを取っていない。

 この場にいた吸血鬼達の半数はさほどでもないが、残りの半分は間違いなく一級冒険者か、それに近い戦闘力の持ち主。

 後ろに下がった中にも魔法の詠唱を始めているものが少なくない。

 リューは切り結びつつも詠唱を始め、アスフィも出し惜しみ無しで新型の爆炸薬(バースト・オイル)を放っているが、それで容易く倒れるような連中ではない。

 

「音波変換高速化(クイッケン)最大化(マキシマイズ)》《威力強化(エンパワー)》《二重化(ツイン)》《効果範囲拡大(ワイドゥン)》《エネルギー(エナジー)上乗せ(アドミクスチャー)(ファイア)(エレクトリシティ)冷気(コールド)(アシッド)》"音波の炎の泉(ファイアーブランド)"!」

呪文相殺(カウンタースペル):"炎の泉(ファイアーブランド)"』

高速化(クイッケン)"モルデンカイネンの魔法解体(モルデンカイネンズ・ディスジャンクション)"』

呪文相殺(カウンタースペル):"モルデンカイネンの魔法解体(モルデンカイネンズ・ディスジャンクション)"!」

 

 一方、イサミと死霊王は千日手の状態にあった。

 互いに致命的な呪文を投げかけつつ、それを相殺し合う。

 

「《高速化》"時間停止(タイムストップ)"!」

呪文相殺(カウンタースペル):"時間停止(タイムストップ)"』

「くっ!」

『・・・・・・・』

 

 当然だがこの死霊王もD&Dスペルユーザー、それも最高位の秘術魔法使い。

 こうなると互いに呪文をただ放ち合う消耗戦になるほかない。

 互いに互いの呪文を通すわけには行かず、さりとてこちらの呪文も相手には通らない。

 

(何か・・・何か無いか。突破口が・・・!)

 

 頭をフル回転させながらも、イサミは全力で呪文を紡ぎ続けた。

 

 

 

「・・・・・・・・!」

 

 ヘスティア達戦力外の面々を守るように組まれた円陣の端で、剣を構えたままゲドは硬直していた。

 深く考えずについてはきたものの、事態は完全に彼の認識を越えていた。

 想像力が足りなかったとも言える。

 

 ほとんど理解すらできないLv.5前衛達の打ち合い。あちこちから放射される、ゲドですら理解出来る程の強大な魔力。

 "リトル・ルーキー"を警戒してか遠巻きにこちらを取り巻いているが、いつ襲ってくるかわからない吸血鬼ども。

 

 それらが一秒ごとにゲドの意志を削っていく。

 自分で言い出した引け目や先輩冒険者のささやかなプライドがなければ、恥も外聞もなく逃げ出していたかも知れない。

 

 そうする間にも戦いは進んでいく。

 イサミと敵のボスは(ゲドの視点では)立っているだけで何もせず、前衛達は壮絶な削り合いを続け、時折炸裂する強大な魔力も戦況の天秤を決定的に動かすには至らない。

 

(どうにか・・・どうにかしなきゃ・・・!)

 

 奇妙な話だが、ゲドは自分がこの状況で何か貢献しなければと思い詰めていた。

 意外に義理堅いこの男は、二度もベルに助けられた恩をどうにかして返したいと思っていたし、また男として先輩としての意地もあった。

 

 だが現実に彼にできることは、せいぜい戦列の一部を支えることくらい。

 それも数合わせの補強要員だ。

 

(何か・・・何か・・・!)

 

 ティオナの大双刃が一体の吸血鬼をほとんど両断した。

 が、とどめの一撃は別の吸血鬼に阻まれ、後ろに下がった負傷者の傷は高速で癒えていく。

 椿が深々と足を切り裂かれ、倒れそうになるところにアスフィーの爆炸薬(バースト・オイル)の支援が割り込む。

 追撃しようとした吸血鬼がひるんだ隙に、エリクサーを振りかけた椿の足が元通りに修復された。

 

 焦りと恐怖が蓄積されていく。

 何もできないもどかしさ、命を失う危険、異質な存在に対する根本的な恐怖。

 それらが刻一刻と積み重なり、限界を超えそうになったときに、「それ」はゲドの視界に飛び込んできた。

 

 何らかの実験が行われていたのであろう、机の上に図面や書類、何に使うかもわからない道具と共に放置されている黒い錫杖(ロッド)

 長さ50センチ、イサミの世界で言えば古い木製警棒くらいの太さと長さ。

 黒光りする金属で作られ、先端には大きなピンク色の宝石がはめ込まれている。

 

(・・・あれだ!)

 

 理由はわからないが、ゲドはそれこそが全員をこの窮地から助け出してくれるものだと、一目で確信した。

 

「あっ、おい!?」

 

 誰かが止めるのも構わず円陣を飛び出し、黒い錫杖(ロッド)に飛びつく。

 遠巻きにしていたヴァンパイア達も、予想外の行動を理解出来ず、一瞬動けない。

 その隙にゲドは錫杖を高々と掲げ、コマンドワードを唱える。

 

 魔術で"示唆(サジェスチョン)"を受けているゲドは、目の前に転がっていた見知らぬ魔道具を使うこと、自分がその魔道具起動のコマンドワードを知っている不自然さに気づかない。

 

(頼む、動いてくれ!)

 

 心の底から、ベル達を救いたい一心でゲドはその錫杖を起動させた。

 

 

 

「!」

『!?』

 

 世界が揺れた。

 いや、それはイサミの錯覚に過ぎない。

 

 しかしこの場で魔力視覚を持っている二人にとって、今身じろぎした魔力の規模はまさしく世界が揺れたとしか表現できない。

 余りに巨大な魔力の揺らぎゆえに、自分の足元が揺れているような錯覚さえ起こすほどに。

 

『馬鹿なっ!? なぜそれがここにある! 何故貴様が持っている!?』

 

 死霊王が初めて動揺し、悲鳴のような声を上げる。

 それと共に周囲の戦闘が収まっていく。

 イサミや死霊王ほどに鋭敏な魔力感知能力を持たない彼らも、発動した余りに巨大な魔力の流れを否応なしに察知したのだ。

 

「・・・・・・・」

 

 錫杖を発動させた本人は、呆然と周囲を見渡している。

 イサミがそちらの方向を向いたとき、再び世界が揺れた。

 

「!?」

 

 これまでは脈打つようにうごめいていた巨大な魔力が、一方向・・・イサミ達が入って来た部屋の入り口から奥に向けて流れになる。

 たとえるなら時速500kmで流れる黄河の水。

 抗うことすら考えられない圧倒的な魔力に押し流されるような錯覚を覚え、イサミはたたらを踏んだ。

 

『馬鹿な! これは! これでは! わしの悲願が・・・!』

 

 死霊王の悲鳴。イサミに直感が走った。

 以前使った"経路発見(ファインド・ザ・パス)"による脱出ルート解析や先ほどまでの移動ルートの情報が、頭の中でカチリと噛み合う。

 

(そうか! 迷宮を取り巻く、階段なしに上昇する構造、この指向性の魔力の流れ! この人造迷宮は・・・()()()なんだ!)

 

 それ以上を考える前に、イサミは ()()()()()した。

 この神々の力によって閉ざされた、次元の壁を決して破れぬはずの世界で。

 

 

 

 一瞬の浮揚感と違和感。

 次の瞬間、イサミは真っ暗な部屋にいた。

 周囲の世界法則が一瞬にして別のそれに置き換わることに対する肉体と精神の適応反応。

 もちろんイサミは生身で空間転移をするのは初めてだが、鍛えられた呪文学の知識が今起こった現象の正確な答えを導き出す。

 

(この感覚は・・・多分"次元移動(プレインシフト)"かそれに類する効果だな。

 アストラルを経由して同次元界を移動する"瞬間移動(テレポート)"では・・・なっ!?)

 

 半ば自動的に分析していたイサミが絶句した。

 暗闇を見通す視覚に飛び込んできた光景。

 不織布のカーペット。木目の壁。黒い金属パイプと木板の、がたが来つつあるPCデスク。

 高さ160センチほどの木製ベッドと、その下の本がぎっしり詰め込まれた本棚。衣装ダンスとその横にはやはり本棚。

 エアコンとその下の窓を覆う分厚いカーテン。

 

「俺の・・・部屋?」

 

 イサミ・クラネルではない、一度死ぬ前の「自分の部屋」を見て、彼は呆然とつぶやいた。




吸血鬼のHPについてシステム上の話。

D&Dプレイヤーならご存じでしょうが、実は第三版のアンデッドは「耐久力がない」というシステム上致命的な欠陥を抱えています。
D&Dの最大HPは「クラスごとの固定値(ダイスで決定)+耐久力修正」にレベルをかけたものになりますが、基本レベルが上がれば上がるほどこの耐久力修正の割合が増えていきますので、最大HPの相対的低下がキッツくなっていくという・・・
能力値上昇がブッ飛んでるオラリオの場合は、もう目も当てられないことにw

D&D15L戦士系(オラリオのLv5上位に相当)で大雑把に比較してみると

D&Dの冒険者:基本期待値5.5+能力値補正5 10.5*15=157HP
D&Dアンデッド:基本期待値6.5のみ 6.5*15=97HP
オラリオ冒険者:基本期待値5.5+能力値補正40(爆笑) 45.5*15=682HP

・・・くらいになろうかと存じますw
いやほんとひでーわw

とは言えD&Dでも一部のアンデッドは【不浄なる頑健さ(アンホーリー・タフネス)】という特殊能力を持っていまして、これは魅力修正を耐久力修正の代わりにHPに足してHPの不利を補う事が出来ます。
なのでこの話では死霊王先生が似たような秘術を開発して、自分と配下に施してたってことでひとつ。
そうでないと高速治癒もクソもなく、ティオナや椿たちにオーバーキルされて終わりますからねw

後多分これ扱えるの死霊王先生だけですので、モルド達量産ヴァンパイア軍団には施されてないですね。下手をすると冒険始めたときのベルくんくらいのHPしかなかったかも。
ああ、ベルくんにイキってたモルド君たちがますますお労しくなってしまったw
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