ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
3-1 【
『ん? 間違えたかな?』
―― 『北斗の拳』 アミバ ――
ヘスティアはふと目をさました。
ダイダロス通りの屋上で意識が遠くなった記憶がある。
自室――この前イサミが作った――のベッドに寝かされていることからして、子供達のどちらかが運んでくれたのだろう。
ベル君だったらいいなー、とにやつきながら考えて、居間の方から話し声がするのに気づく。
片方はイサミのようだが、もう片方は聞き覚えのない女性の声だ。
いぶかしみながらヘスティアは髪をまとめ、ドアを開けた。
「そうか! コアムの種の仁を使って魔力を固着させていたのか! それは思いつきませんでした!」
「ええ、私もこれを思いついたときはまさしく天啓だと思いましたよ! あれが神々の授けたものなら、本気でその神を信仰してもいい!」
「いやあ、それはアスフィさんの実力でしょう! この羽根ペンもそうですけど、怪物寄せの竪琴! 特定のモンスターの聴覚に作用する機構を、しかも交換可能な形でこんなコンパクトにまとめるなんて、まさしく天才の業ですよ!」
「いや、私のひらめきなどあなたの知識の前には砂浜と一握の砂を比べるようなものです!
特に私が使い捨ての
ビンや指輪、カブトムシ型の護符などいくつかのアイテムを乗せたテーブルをはさみ、熱心な議論を交わすイサミと見覚えのない水色の髪の女性。
ベルが未知の生物を見るような目でその二人を眺めている。
たぶん、自分も同じような顔をしているのだろうとヘスティアは思った。
「それですよ。店で見た時に思ったんですが、その呪い除けの
「・・・! その手がありましたか! 確かにそれなら工程の短縮につながりますし、やりようによっては魔薬の強度を・・・」
彼らの議論は更にヒートアップし、それにともなって話の内容もますます理解不能になっていく。
使っている言葉はわかるのに、言っている事が全くわからない。
「・・・ベル君。なんだい、この状況?」
「・・・さあ・・・」
女神と眷属は、どこかやるせなげに顔を見交わした。
ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~
第三話「DMに必要なのは特定の呪文とマジックアイテムを禁止する勇気」
話は三十分ほど前にさかのぼる。
ホームの前でアスフィとばったり会ったイサミは、とるものもとりあえず、地下の隠し部屋に案内した。
ベルは何らかの用事で外出しているようで、中にいたのは眠り続けるヘスティアだけであった。
とりあえずソファを勧め、緑茶をいれる。
「どうも・・・これはおいしいですね。下手な店のものより上です」
「練習しましたからね。えーと、ところで『初めてになりますか』ということは、俺の事を・・・」
緑茶の香りを楽しんでいたアスフィが、目を笑みの形に細めた。
「ええ、覚えてますよ。あなたのような印象的な子にまじまじと見つめられるというのは、なかなかにない経験ですので」
「あちゃあ・・・」
見とれていたことを気付かれていたと知り、イサミが苦笑する。
アスフィがもう一度クスリと笑った。
「それで、【
「いえいえ、大げさな二つ名で呼ばれていますが、私もまだレベル2にしか過ぎませんので・・・
今日お邪魔したのはお聞きしたいことがあったからですよ。
昼間のモンスターの騒ぎで、ご活躍だったようですが、そのとき、魔道具で空飛ぶ馬を召喚されたとか?」
「・・・お耳が早いですね」
イサミは内心舌を巻いた。
たかだか数時間前のことである。
それで彼女は
しかもわかりにくいヘスティア・ファミリアのホームの位置まで。
(ヘルメス・ファミリアは色々やっていると聞いていたが・・・情報屋みたいな事もしているのか?)
「私も
できれば現物を見せていただけないでしょうか?」
それなりに、というのは謙虚に過ぎる表現だな、とイサミは思った。
何せ彼女はオラリオでも五人といない《神秘》アビリティの保持者、つまり
しかもそれらの偉業を成し遂げるのに要した期間は僅か数年。
不老不死の石を作り出したという伝説の賢者を別とすれば、史上類を見ない天才魔道具作成者と言ってもいい。
「いえ、残念ながらあれは使い切りでして、今は手元にないんですよ」
実のところ、イサミも彼女とは一度話したいと思っていた。
D&Dのウィザードは(人にもよるが)魔道具の作成に長けたクラスであるし、イサミもよほど特殊なもの以外、ほぼあらゆるマジックアイテムを作成することができる。
「それは残念です。ところで、それはあなたが? ヘスティア・ファミリアには《神秘》アビリティを持った――いえ、そもそもレベル2以上の冒険者はいないと聞きましたが」
戦力的に有益なのはもちろんだが、イサミは魔法と同じくらいマジックアイテムそのものが好きであった。
一通りの作業道具は揃えているし、冒険の合間を見ていくつもの魔道具を作り出してもいる。
そうした彼にとって、アスフィ・アル・アンドロメダは、ある種憧れの人であったのだが・・・話はいささか面倒な方向に転がっているようだった。
「ええ、俺はレベル1ですよ。《神秘》アビリティも持ってません。神様が言うんですから間違いないですね」
「なるほど・・・神が言われるのであれば、それは確かにそうなのでしょうね」
笑みを深めて頷くアスフィ。
ヘスティアが己の主神のような食えない神だと思っているのだろう。
イサミは頭の中で謝っておくことにした。
「とはいえ、実際になぜか俺はマジックアイテムを作れますので。お望みなら明日にはお見せできますが?」
「いえいえそこまでは。とは言え、到達階層が11階層でしたか? そのわりにはずいぶんとお強いようですね」
来たか、とイサミは思った。
さすがにマジックアイテムのためだけに、中堅派閥の団長が会いに来るというのはいささか不自然である。
何か思惑があってのことと思うべきだった。
「ええ、運良く強い魔法に恵まれましてね」
「そのようですね。トロールを一撃で消滅させたとか。それだけの魔法であれば、もっと下の階層でも通用するでしょうね」
あくまでにこやかにアスフィが微笑む。
イサミは曖昧な笑みを返して、茶を一口すすった。
実際のところ、アスフィがイサミを見たのはこれが三度目だ。
一度目は街ですれ違ったとき、そして二度目は一週間ほど前。
常のように姿隠しの兜を用いて下層域、35階層をファミリアの団員達と探索していると――見てしまったのだ。
自分たちのパーティが高度な連携で倒してきたモンスター達を単身、それも超短文詠唱だけで次々と撃破していくイサミを。
(ヘルメス様が言ったのはこう言う事だったのでしょうか・・・?)
初めてイサミを見た直後のことだ。
彼女は主神たるヘルメスから、秘密裏にイサミのことを調べろとの命令を受けた。
気まぐれでいい加減でワガママでちゃらんぽらんな主神ではあるが、それでも切れ者であることは全ての団員が認めている。
命令を下した本神は、その後すぐに旅に出てしまったので、真意を問いただすこともできなかったのだが・・・。
今回の謎の魔道具の事もあり、いっそ、と直接探りを入れてみることにしたのである。
「でもずいぶんと稼いでいらっしゃるのでしょう? ギルドの魔石鑑定係の方々の間では有名人のようではないですか」
「へえ、それは知りませんでしたね。まあそこそこ稼いでいる自覚はありますが」
まぁ来るだろうなとはイサミも思っていた。
そもそもダンジョンで採取した魔石を鑑定して買い取り値をつけるのはギルドの鑑定士である。
いずれはバレると覚悟はしていた。
一方のアスフィも揺さぶりに全く動じないイサミを見て、なかなか手強い相手だ、と評価を引き上げる。
18歳の若さとはとても思えない。もっともアスフィもまだ22ではある。
さてどう攻めるか、と考えつつ、アスフィはもう一口、緑茶を口に含んで。
次の瞬間、危うく吹き出しそうになった。
「でもそれはアスフィさんたちも同じでしょう? 35階層にまで進出してるなんて、すごいじゃないですか」
「っ!?」
目を白黒させ、茶を吹き出さないように必死にこらえる【万能者】。
主神やファミリアの仲間が見れば、それこそ目を丸くするであろう。
無理矢理に自分を落ち着かせ、口内の茶を飲み込む。
(まさか・・・気づかれていた? そんなわけはない!
"姿隠しの兜"を使っていたのです、たとえ気配や音を聞きつけていたとしても、私たちだとわかるわけが・・・)
「確か35階層の中央南東よりでしたか? 俺がモンストラス・スコーピオンやらの群れを三回ほど焼く間、ずっと付いてきてらしたじゃないですか」
「ゲボッ! ゴボッ! グホッ!」
今度こそこらえきれずに、アスフィは吹きだした。
幸いほとんどは飲み込んでいたものの、茶が気管に入り、激しくむせる。
「あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、ゲホッ! お気遣いなく・・・」
アスフィは差し出されたハンカチを震える手で丁重に断り、必死で呼吸を整える。
(間違いない。どういう手段を使ったか知らないが、彼は私たちのことに気づいていた!)
実際イサミは透明化した彼女達に最初から気づいていた。
D&Dには"
そして、経験点を支払って呪文を固定・常動化する"
透明化の手段がありふれているD&Dにおいて、高レベルのウィザードが"透明看破"を"永続化"するのは、当然以前の定石であったし、イサミも当然それは怠っていない。
もちろん、そんな事をアスフィが知るよしもなかったが。
「ヘルメス・ファミリアの到達階層は19階層と聞いていましたが・・・レベル2の団員しかいらっしゃらないのに35階層ですか。
いつの間にか随分と強くなってらしたんですねえ!」
「い、いえいえ、そんなことは・・・」
攻守は一気に交代した。
満面の笑みを浮かべるイサミに、もはや探りを入れるどころではない。
実際彼女らは主神の命令でレベルを偽っている。
それがギルドにばれたら、一体どれだけの罰金を食らうことか。
「まあ、アスフィさんが違うとおっしゃるなら俺の勘違いってことなんでしょうね。でしょう?」
「え、ええ・・・」
「そうだ、お茶のおかわりは?」
「いただきます・・・」
互いに突っつき合うのはやめよう、と暗に要求するイサミに、アスフィは屈するしかなかった。