ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
イサミは警察署の留置場にいた。
同室には柄の悪い男達が数人いるが、イサミの体躯と雰囲気のせいか、近づいてくる者はいなかった。
あの後イサミは騒ぎ出す仲間達をどうにかなだめて、暴れることもなく素直に連行された。
取り調べの時にそれとなく聞き出したところによると銀行員に上尾勇、つまり前世のイサミの母の知り合いがおり、息子が死んだことも知っていたので、彼の口座に動きがあるのを不審に思って母親と警察に通報したらしい。
母親は町会のとりまとめ役のようなことをやっており随分顔が広いのは知っていたが、ここでそれが効いてくるとは思わなかった。
取り調べ自体は刑事ドラマのように光を顔に当てられることも椅子ごと蹴り倒されることもなくごく普通に終わったが、これはイサミが暴れ出すのを恐れたせいかもしれない。
なおカツ丼は出なかった。
「うんまあ知ってた」
わかってはいてもちょっと期待している辺り、まだ余裕があったのかも知れない。
余裕が無くなるのはそのしばらく後のことだ。
「っ!? なんだ!」
留置場のベッドに転がってうとうとしていたとき、爆音と共に警察署全体が揺れた。
監房の天井にもヒビが入り、パラパラとコンクリートの破片が落ちてくる。
「まさか、な・・・」
慌てふためく同居人達をよそに鉄格子に近づいた瞬間、爆音や怒号に混じってごくごくかすかな悲鳴が聞こえた。
魔法ではなく《特技》ゆえに、こちらの世界でも維持されている超人的な感覚。
その声を、忘れるはずもない。
「母さんっ!? おい、誰か! 誰かいないのか!」
鉄格子を掴んで叫ぶも、返事はない。
断続的に続く震動と爆音、そして母のものではない悲鳴だけがイサミに応える。
「くそっ!」
一瞬のためらいもなく、全力の前蹴りを留置場の鉄格子扉にぶちかます。
だが《恩恵》で強化された筋力をもってしても、鉄格子は僅かにゆがむだけでイサミを自由にしない。
魔法抜きのイサミの筋力は、せいぜい一トンの物体を持ち上げる程度。
十分に超人的と言える膂力ではあるが、鋼鉄製の鉄格子をへし折るには足りない。
(いっそ魔法を・・・いやだめだ、ここで使ったら後が続かない。くそ、ここに神様がいれば・・・!)
ひたすらの蹴り。僅かずつではあるが、鉄格子がひしゃげていく。
爆音と震動が響き、同室のごろつきどもがそれを恐怖の面持ちで見つめるなか、唐突にイサミの動きが止まった。
「???」
怪訝な顔をする同室のごろつきどもには聞こえない声が、彼の耳には届く。
「おおい、ここだ! こっちだ!」
一転して叫び続けるイサミ。
ややあって現れたのはパーカーを着て耳を隠し、ギターバッグを肩に掛けたリューだった。
パーカーが所々切り裂かれ、あるいは煤にまみれているが、手傷は負っていない。
「イサミさん!」
「リューさん! 状況はどうなってますか!」
「それは後で! とにかくここを!」
リューがギターバッグから取り出した小太刀を閃かせる。
イサミの蹴りにはあれほど頑強に抵抗した鉄格子がゴボウか何かのように綺麗に断ち切られ、四角い脱出口が開いた。
「これだもんなあ・・・ステータスの差ってのは」
「これでもレベル4ですから。それに、上を見ればきりがありませんし」
やや憮然とした顔になるイサミにリューがくすりと笑う。
唖然とするごろつき達を後に残し、二人は駆け出した。
「タケミカヅチ・ファミリアの方々に"けいさつしょ"を見張って頂いておりました。
そこへ襲撃が・・・イサミさん?」
「ごめん、ちょっと寄り道する!」
走り出して角を曲がった先に老女が一人、崩れて倒れ込んできたコンクリートの壁に足を挟まれて倒れていた。
足を潰されてはいないようだが、瓦礫が大きすぎて、周囲の警官も手を出しかねている。
「ちょいとごめんなさいよ」
「なんだね、君は。下がって・・・」
制止しようとした中年警官の口がぽかんと開く。
一トンはあろうかという鉄筋コンクリートの壁が、重機でも使ったかのように軽々と持ち上がっていた。
「早く! 引きずり出して!」
「は、はい!」
警官達が老女――前世でのイサミの母親を引きずり出したのを確認し、イサミは瓦礫を下ろした。
そのままかがみ込んで、簡単に母親の足を診る。
「痛みはありますか? 動かせる?」
「は、はい、大丈夫です」
軽いすり傷と打ち身だけであろうと判断し、立ち上がる。
逮捕された容疑者だと気付かれたら面倒だと、身を翻して立ち去ろうとしたとき、後ろからの声がその足を止めた。
「あの、前にお会いしたことはありませんか?」
「・・・いいえ。今日が初対面ですよ。それじゃこれで」
振り向かずに歩み去る。
警官達が危険だのなんだのと制止していたが無視。
リューは廊下の曲がり角の向こう、姿が見えないところで待っていた。
「早く行きましょう。椿殿たちが戦っていますが、正直苦しい状態です」
「敵は・・・死霊王たちか」
「はい」
「うかつだったな・・・自分に出来ることは相手にも出来る、というのが基本なのに」
知らぬ間に慢心していたか、と歯ぎしりしたい思いだった。
自分と同じD&D世界由来の呪文を使う以上、同じ世界由来の力を持っていてもおかしくはなかったのだ。
そう、たとえばマナのない世界でも魔術を使える《ミストラのイニシエイト》のような。
「まあともかく、相手の正体もうすうす見当はついた。ひょっとしたら話し合いで解決できるかもしれん」
「あれを相手にですか!? 一体どうやって・・・いえ、今更でしたね」
「自信はないけどね。まあやるだけやってみるさ」
そこまで話したところで、二人は警察署の玄関から外に飛び出した。
「っ!」
その瞬間、何かが飛来するのをイサミは感じた。
それと同時にリューが身を翻し、飛んで来た何かを綺麗なフォームで蹴り飛ばす。
一瞬遅れて警察署の壁が爆発した。
「これは・・・おい、まさか」
「はい。彼らは、この世界の武器を使っています」
大穴があいた壁から視線を戻す。
燃える車。鳴り響く銃声と爆音。銃弾にえぐられたコンクリート。
所々に倒れた一般人らしき人々を、ゲドや春姫が必死で回収している。
警察署前の四車線道路で、仲間達と銃器を構えた吸血鬼達が激突している。
――警察署の前は戦場だった。
「と言うか危ないことするなあ・・・蹴った瞬間爆発してたらえらいことになってたぞ」
「・・・なるべくそっと蹴りましたので」
さっと視線を逸らすリュー。その頬が僅かに赤い気がしたが追及はしない。