ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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18-4 大魔術師モルデンカイネン

 実に珍しいことに、大魔術師モルデンカイネンは――表情には出さないが――困惑していた。

 彼の同志たる秘密結社"八者の円(サークル・エイト)"の一人、女魔術師ジャラージを通じて接触してきた一団が余りにも異様だったからだ。

 とは言え封印世界の迷宮都市という、この世界でもごくごく限られた存在しか知らないキーワードを出されては門前払いというわけにも行かない。

 

(それにしても)

 

 と、改めて一団の代表者達を見渡しモルデンカイネンは思う。

 内包する魔力からして伝説級(エピック)に達したと思わしき巨漢の魔術師。彼が一行の事実上のリーダーらしい。事実上の、というのは白髪の少年の肩に乗った神格の分体(アスペクト)がこの中では最高位のようだからだ。

 

 同じく伝説級(エピック)に達した死霊王(リッチ)

 別室で控えている一団の残りにも、眷属であろう吸血鬼が相当数いる。

 彼ら以外の面々も、純魔術師の彼が一見してわかるほどのつわもの揃いだ。

 かつて数々の冒険を共にした黒い戦士を思い出す。

 

(レアリーの元からも離反して、今はどうしているやら)

 

 ほんの一瞬そんな感慨に思いを馳せて、モルデンカイネンは意識を目の前の一行に戻した。

 

 

 

(見られている)

 

 モルデンカイネンの視線を感じ、イサミがわずかに身を固くする。

 伝説の魔術師とは言え、今のイサミも伝説級(エピック)に達した冒険者。実力的にさほど引けは取らないはずだ。

 取らないはずだが・・・相手は「あの」モルデンカイネンだ。

 

 D&Dの作者であるゲイリー・ガイギャックス自身が創造したキャラクターであり、D&D草創期からこの世界の根幹を成す重要人物。

 世界の維持のために善悪の天秤を揺らし続け、人の身でありながらその知略で神や魔王とも渡り合う、オアース世界最大の黒幕(フィクサー)の一人。

 数値やデータでは決して計れない力の持ち主だ。

 

 一対一で戦うなら、あるいはイサミに勝機も――『恩恵』込みならそれなりに高い確率で――あるだろう。

 だが善の至高たる太陽神と死を司る大邪神の双方にしれっと顔を繋いでいてもおかしくないような人物が、個人の戦闘力だけで推し量れるはずがないのだ。

 個人の戦力が時に一国のそれを凌ぐ世界ではあるが、だからといって腕っ節だけでどうにかなるような甘い場所でもない。

 

 余談ながらオアースにおいて死を司る神ネルルは文句のつけようのない邪神であるが、別世界トリルにおける死の神ケレンヴォーは厳正中立なる生死の秩序を守る神である。

 魂の転輪するD&D世界においては死と転生も世界の秩序の一部であり、善悪正邪で区分けできるようなものではないということだ。

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 イサミの様子を見て取ったのか、モルデンカイネンが手を上げる。

 

「そう警戒するな。私の評判を聞いているのだろうが、この件に関しては全面的に君たちの味方だ――タリズダンは決して、そう決して私と相容れる事の無い存在だからな」

「ええまあそれはわかってはいるんですが」

 

 頭をかきながらも、イサミがさほど気をゆるめた様子はない。

 目の前の人物は善なる勢力の最強の味方であると同時に邪悪と混沌の最悪の友でもあるのだから。

 

「・・・・・・・・・・」

 

 一方で死霊王ダイダロスは無言。

 モルデンカイネンの評判を知らないからというのもあるだろう。

 そして同じくモルデンカイネンのことを知らない紐神が、無造作に口を開いた。

 

「それでモルデンカイネン君。ボクたちをオラリオ――封印世界へ戻す手立てはあるかな?」

「神ヘスティアでしたな。まずは我が守護神ボカブに謁見を賜ってみることにしましょう。

 かの方はオアースの魔法と叡智そのものと言ってもいい神格。

 腰の重いお方ですが、さすがにタリズダンが復活するとなれば放置は致しますまい」

 

 ボカブ。

 "神々の大魔道士"などとも呼ばれる、魔法を司る大神である。

 善悪や秩序混沌に囚われない絶対のバランスを重んじる神であり、モルデンカイネンが世界の天秤を揺らし続けるのも彼の教えに沿うところが大きい。

 普段は「無頓着」とあだ名されるほど外界のことに干渉しないが、タリズダンのために世界から魔法が消えるかも知れないという危惧を抱いていたゆえに、過去の大戦では神々の連合軍をまとめるべく積極的に動いていたのだとモルデンカイネンは言った。

 

「恐らくボカブ様は動かれるでしょう。そこからは他の神々がどれほど食いつくか、ということになります。

 ただそちらのイサミ殿はおわかりでしょうが、我が守護神は俗世と遠いお方。やや時間はかかるやもしれません。こちらでも動いてはみますが・・・」

「待つしかないか・・・歯がゆいね」

「いかさまさようで。ただ、神々を説得するのに従者の方々共々お出ましを願うことはあるでしょう」

「うん、そうだね。ボク達も出来る限りの協力はするよ」

「かたじけなく」

 

 モルデンカイネンが一礼する。

 

「それでは早速連絡を取ってみます。動きがあるまではどうぞこの塔にご滞在下さい」

「ありがとうございます、モルデンカイネン殿。ところで、今ロビラー卿がどこにいるかご存じですか?」

 

 主に代わって礼を述べるイサミ。

 だがその後の言に、はてとモルデンカイネンは首をかしげる。

 まさか封印世界の客人の口からその名前が出てくるとは思わなかった。

 

「オラリオ・・・封印世界でそう名乗る人物と出会いました――敵として」

「・・・・!」

 

 目を見張る。

 イサミが浮かび上がらせた幻像の人物は、まぎれもない、モルデンカイネンが知るロビラーだったからだ。

 

「封印世界で会ったと言うのはまちがいないのかね」

「ええ。恐るべき実力の持ち主です。封印世界の冒険者で最強のものでも、一対一では分が悪い。エルミンスター師にその旨伝言を頼んだのですが、届いてませんか」

「いや。このところトリルとは遠ざかっていたからな・・・」

 

 もう一度、幻像のロビラーを凝視する。

 単なる幻像であっても、そこには術者の力量次第で解像度や再現度の差が如実に存在する。

 目の前の青年の技量はモルデンカイネンをして驚くべきもので、細部に至るまで実に精細に彼の戦士の面立ちを再現している。

 

(若返っているか? 私と袂を分かってからもう十年、何らかの手段で若さを保っているにしてもやや若すぎる気がする)

 

「確かにロビラーに見える。レアリーの所を飛び出して以来、私も奴の居場所はつかめていない。いずこかの次元界を放浪しているのだろうと思っていたが・・・」

魔王(アークデヴィル)グラシアの分体も共にいました。レアリーや、九層地獄(ナイン・ヘル)の勢力の差し金と言うことは?」

 

 再びイサミが浮かび上がらせた幻像に、またしても目を見開くモルデンカイネン。

 

「・・・それでかなり前提条件が変わるな。前の戦いの時は九層地獄(ナイン・ヘル)すら、アスモデウスのもとに一丸となってタリズダンと戦った。

 だからこの件に関してだけは何ら陰謀を企むことはない・・・とは言えん」

「アスモデウスですからね・・・ですが、あなたが動けばどのみちアスモデウスの耳にも入るでしょう。ここはシラを切って協力を要請するのがいいのでは?」

「そうだな・・・いや、そうするしかないか」

 

 僅かに苦々しさをにじませてモルデンカイネンが頷く。

 アスモデウスは秩序の悪魔デヴィルの本拠地である九層地獄(ナイン・ヘル)の支配者、即ち全デヴィルの頂点に立つ存在だ。

 魔王を越えた魔王と呼ぶ者もあれば、悪そのものを司る神だというものもいる。

 アスモデウス本人がそのことについて語る事はない。

 アスモデウスはアスモデウス。神々すら越える唯一無二の存在なのだと、そううそぶくばかりだ。

 

 

 

 驚くべきか、それとも当然のことか、ボカブとの謁見はその翌日すぐだった。

 モルデンカイネンの"次元門(ゲート)"呪文でイサミ達が足を踏み出した先は数多の次元界の交錯点にして中心点、大いなる転輪の車軸たる次元界アウトランズ。

 大地から垂直に数キロも突き出した塔のごとき岩山、大神ボカブの本拠地である"伝承図書館"のふもとだ。

 

(スリランカのシーギリヤ・ロックだっけ? あれみたいだよなあ)

 

 ボカブの図書館に続く岩山のふもとに広がる、森の中の広場。

 イサミと(ヘスティアの足として付いてきた)ベルを促し、モルデンカイネンが岩山に刻まれた階段に向かって歩き始めた。

 なおフェリスが行きたい行きたいとだだをこねたが、許可が下りずにぶーたれた事を記しておく。

 

 

 

(小さくなってて良かったかもしれない)

 

 相変わらずベルの肩の上にちょこんと座りながら、ヘスティアはしみじみと呟いた。

 階段があるとは言え、実質富士山をふもとから頂上まで登るようなものだ。

 普段通りのサイズだったら、間違いなく一合目にすら届かずへばったことだろう。

 

(・・・いや、違うだろボク! 普段通りのサイズならベルくんにおんぶして貰えたはずだ!

 ちくしょう、こんな千載一遇のチャンスを逃すなんて!)

 

「なんですか、神様?」

「い、いや、なんでもないよ! なんでもないからな!」

「は、はあ」

 

 騒ぐ紐神とベルに、先を行く二人が胡乱そうな顔で振り向く。

 モルデンカイネンはともかく、イサミが「ああ」と納得顔なのがむかついた。

 

「本当にどうしたんですか神様?」

「いやその・・・ほら、あれだよ。ボカブもなんでこんな高いところにねぐらを作ったのかなって!

 というか、えっちらおっちら昇るんじゃなくて、転移の呪文とかで一気にぱーっと行けないのかい?」

「伝承図書館の周囲ではボカブ様により転移は禁じられておりますし、飛行でも階段を通らずに頂上まで行くことはできません。

 全次元界の叡智を集めた場所であるだけに、やむを得ないことでしょう」

 

 律儀に答えるのはモルデンカイネン。

 飛行の呪文を使い、地面から僅かに浮いて階段を進んでいる。

 彼も魔術師としては極めてたくましい肉体をしているが、それでもイサミ達のように【恩恵】を持たない身でここを自力で昇るのはきついのだろう。

 

「ふーん。まあそういうものかな」

 

 壁のくぼみに無言で控える土の巨人を見上げながらヘスティアが気のない相槌を打つ。

 地球でベル達も戦ったエルダー・アース・エレメンタルだ。岩山の表面に刻まれた階段には、一定間隔を置いて地水火風のエルダー・エレメンタルが無数に配置されていた。

 

「じゃあこいつらも番人みたいなものなわけか」

「御意。そもそも伝承図書館にはボカブ様の許可がなければ入れませんが、それでも力づくで侵入しようとする者はまれにおりますので」

「・・・できれば時間がたっぷりある時に来たかったなあ」

 

 溜息をつくのはイサミだ。

 モルデンカイネンが「全次元界の叡智を集めた」と称するのは伊達ではない。

 ここには本当に全次元界の知識が集められているのだ。

 誰かが故意に、そしてよほど巧妙に隠そうとでもしていない限り、この図書館でわからないことはない。

 モルデンカイネンが、今度は苦笑しながらイサミの方に顔を向ける。

 

「気持ちはわかるよ。私も初めてここに来た時は心が浮き立ったものだ」

「図書館もそうですが、ここにはありとあらゆるマジックアイテムの複製が収められているというじゃないですか。

 眺めるだけで一月でも二月でも潰せますよ」

「それもあったな。だがあそこは特にボカブ様の許可が無くては入れないからな。まあ今回は諦めたまえ」

 

 苦笑の度合いを深くするモルデンカイネンに、イサミはいっそう大きな溜息をつくことで答えた。




 ちなみにモルデンカイネンへの紹介者がジャラージなのは、「八者の円(サークル・エイト)」のなかで数少ない定住者だからです。
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