ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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19-9 喫茶ウィーシェ

「あっ」

「あら」

 

 同じ頃、ベルも裏道で人とばったり会っていた。

 特訓の合間、休憩がてらポーションとエリクサーを買い足しにミアハの「青の薬補」まで行った帰りである。

 

 その姿を見た瞬間、ベルの体が固まった。

 フードを下ろし、マントに身をくるんだ若い女。マントの上からでも女性らしい体つきがわかる。

 フードの隅からは、赤銅色の巻き毛が一房、胸に垂れていた。

 

「・・・・・・」

「? ああそう、お兄さんから私のことを聞いたのね。ちょっと残念。種明かしして驚いた顔が見たかったのに」

 

 くすくすと笑うグラシアに、硬い表情のまま沈黙を保つベル。

 

「まあいいわ、それじゃあね」

 

 身を翻したグラシアに、意を決してベルが声を掛ける。

 

「あっ、あのっ!」

「あら、なに?」

 

 体は振り向かず、視線だけを僅かに後ろに流す。

 

(ああ、やっぱりこの子は素敵ね。きらきらしてる)

 

 なんとか自分の言いたい事を表現しようと、必死に言葉を探すベル。

 その不器用さもグラシアには愛おしい。

 

「その、助けて貰って、ありがとうございますって言いたくて、でも、その、前にリリや僕にキラーアントをけしかけたのもあなただって・・・」

「そうよ? それがどうかした?」

 

 あっさり言われて絶句するベル。

 

「で、でもグレイシアさん、じゃなかったグラシアさんは僕を助けてくれて、それだけじゃなくて、リリやヴェルフやタケミカヅチの人たちも、その、だから・・・」

「だから?」

「え、ええと・・・」

 

 困り切っているベルを楽しそうに見下ろすグラシア(身長はグラシアの方が頭半分ほど高い)。

 振り向いて、すっ、とベルの手をとった。

 

「え、ええっ!?」

「女の口説き方を知らないのね。こう言う時は、まず喫茶店にでも連れ込むものよ」

「い、いえっ! そういうことじゃなくて! あああああ!」

 

 真っ赤になりながらグラシアの手をふりほどこうとするが、意外にも強い力で振り払えない。

 ふわり、と甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

 そのまま彼は手を引かれ、グラシアに連行されていった。

 もっともベルが女性の手を本気で振り払えるかと言われれば、はなはだ疑問符が付くところではある。

 

 

 

「意外ですね」

「よく言われるよ」

 

 店の前で何故か自慢げに胸を張るロビラー。

 一方オッタルは顔をわずかにこわばらせる。

 

「なにか?」

「・・・いや、なんでもない」

「三人様いらっしゃいませニャー!」

 

 そうして男達は夜は酒場、昼は喫茶店を営業している『豊饒の女主人』亭に入っていった。

 テーブルに着くと、イサミとも顔見知りの猫人のウェイトレスが注文を取りに来る。

 

「あ、ホールケーキのオッちゃんにゃー。いつもの日替わりニャ?」

「おう。それとナブレット葉の紅茶1ポットな」

「かしこまりましたニャー」

「「・・・・・」」

 

 明らかに手慣れた様子で注文するロビラーを凝視するイサミとオッタル。

 冒険者は桁外れの身体能力を誇る分、食事量もまた多い。

 二人前三人前食べるのは珍しくもないが、さすがにホールケーキ一気食いはそうそうない。というか胸焼けする。

 

「虎の兄ちゃんもホールケーキかにゃ?」

「普通のをお願いします。おすすめケーキセット一つ」

「だんち・・・猪人の人はどうなされますかにゃ?」

「・・・・・・・・」

 

 表情は余り変わらないが、明らかに困ったオーラを出しているオッタル。

 口を開こうとして、

 

「水は無しですにゃ。お酒も」

「・・・紅茶を一杯貰おう。そちらと同じのでいい」

 

 ウェイトレスに機先を制された都市最強の冒険者は、憮然としつつ注文を終えた。

 

 

 

 ケーキと茶がやってくると、ロビラーはモリモリと、イサミは普通にケーキをつつき始めた。

 オッタルは運ばれてきた茶にも手をつけず無言のまま。

 

 昼下がりの喫茶店、いずれも2m級の筋骨たくましい男達が額を寄せ合ってケーキを囲む光景は、いかにオラリオが冒険者の街だと言っても余りに異様というか微妙で、周囲の客の注目を集めずにはおかない。

 しかもその内一人はあの"猛者(おうじゃ)"なのである。

 ウェイトレスたちも肩を寄せ合ってヒソヒソ話に興じ、一方女将は苦虫をかみつぶしたような顔でそれを見ていた。

 

「・・・それで、何故お前はこの男と一緒にいたのだ、イサミ・クラネル?」

「いや本当にバッタリ会っただけなんですよね。敵同士で会話するなと言われればその通りですが」

「別に今度会った時に手心を加えてやったりはしないから安心しろよ」

「いらないしー。むしろ手心を加えてやろうか考えてるところだしー」

「おー、言う言う。前にやったときは泣いて這いつくばって許しを請うてたのになー」

「記憶を自分の都合の良いように改変するのは老化の徴候らしいぜ、おっさん」

「・・・」

 

 オッタルの仏頂面に、そろそろ潮時かなと見たイサミが話をまじめな方向に修正しようとしたが、その前にロビラーが口を開いた。口元のひげに生クリームが付いている。

 

「そう言えばオッタル殿、前に言った剣は見つかったか?」

「・・・いや。今日イサミ・クラネルを訪ねたのもその件だ。貴公の剣と打ち合える、かなうならば不壊属性武器(デュランダル)を鍛えてもらおうとな」

 

 一瞬言おうかどうか迷ったようであるがロビラーがそれでどうこうすることはないと思ったのだろう、結局オッタルは包み隠さずに目的を口にした。

 

「ああ。確かにな。こいつの作った武器は姫さんも評価してたぜ」

「姫ってグラシアが? それは意外だな」

「あれでも九層地獄の一つを統べる大公だ。そりゃ見る目もあるだろうさ」

「うーむ。しかし"あれ"と打ち合える武器か・・・」

 

 ロビラーの腰にちらりと視線を向ける。

 剣帯から下がっているのは邪神アイウーズが鍛えた黒き地獄の魔剣"ブレード・オブ・ブラックアイス"。単に強いだけの剣ならイサミも作れるが、さすがに相手が伝説中の伝説では即答はしかねた。

 腕を組んだイサミをオッタルが見やる。

 

「無理か?」

不壊属性武器(デュランダル)自体はできなくはありません。ただ、不壊属性を維持しつつ"あれ"と互角は保証しかねます」

 

 はっきりと断言するイサミにオッタルは頷く。

 

「打ち合えればいい。最後まで折れなければ」

 

 にやり、とロビラーが笑った。

 

「ご予算は?」

「言い値で」

「わかりました。不壊属性以外に何かご注文は? 火炎をまとう剣や守りを強化する剣もありますが」

「曲がらず、折れず、できるだけ切れ味がよければそれでいい」

 

 イサミが頷いた。いつの間にか職人の目になっている。

 

「承りました。形状は大剣(グレートソード)で?」

 

 オッタルが無言で頷く。

 

「ではこれからうちのホームにご足労願えますか。握りや太刀筋など、見せて頂きたいのですが」

「わかった」

 

 すっかり冷めた紅茶を一息に飲み干し、硬貨数枚を置いてオッタルが立ち上がる。残ったケーキを口の中に放り込んでイサミもそれに続いた。

 

「ではロビラー殿。いずれまた」

「じゃあそういうことでまたな、おっさん」

「おう。楽しみにしてるよオッタル殿――小僧、気合い入れて仕事しろよ。剣のせいでオッタル殿が負けるようなら、口には出せないような目に会わせてやるからな」

「やだー、こわーい。このおじさん変態ですぅー」

「気持ち悪いからやめるニャ」

 

 割とマジ顔で横からウェイトレスに突っ込まれ、イサミが居住まいを正す。

 

「勝つかどうかはわからんさ。俺は自分の全力を剣に込めるだけだ」

「・・・はっ」

 

 無言でその表情を見ていたロビラーが破顔する。

 これまでのからかい半分のそれではない、純粋な笑顔だ。

 

「結構! オッタル殿もだが、お前の剣も楽しみにしてるぜ、小僧」

「そいつはどうも」

 

 肩をすくめて猪人と一緒に立ち去るイサミの背中を楽しげに見つつ、ロビラーは紅茶とホールケーキのお代わりを注文した。

 後日、剣と同時に請求書を受け取ったオッタルの顔面がひどく愉快なことになったのはヘスティア・ファミリアの面々しか知らない秘密である。

 

 

 

 喫茶ウィーシェ。

 南西のメインストリートから北に入った所にある、ひっそりとした店だ。

 小洒落た店内にはエルフの店主が焙じる茶葉の香りが漂い、数組のカップルが静かに雰囲気を楽しんでいる。

 

 もっとも、グラシアに手を引かれて無理矢理連れてこられたベルは雰囲気を楽しむどころではなかった。

 「豊穣の女主人」亭やシルなどで多少慣れたとは言え、基本北の果ての田舎者である。

 いわゆる「おしゃれな喫茶店」などは鬼門と言えた。

 

 しかもシルやエイナは美人と言っても酒場やギルドの看板娘レベル。ヘスティアやリリ、下手をすると春姫も(ベルの認識では)「年下の女の子」であるのに対し、グラシアは大人の女性、しかも掛け値無しの絶世の美女である。

 これに並ぶレベルとなると美の女神か、女神より美しいと称されるハイエルフの王女あたりを連れてくるしかない。

 ガチガチに緊張するベルを、ほおづえを突いたグラシアが楽しげに眺めている。

 

「それで? 私と話したいことがあるんでしょう?」

「は、はい! その、助けてくれてありがとうございましたって・・・」

「馬鹿ねえ。だからそれはいいって言ってるでしょう。助けたのはこちらの思惑。それ以前に場合によってはあなたやあなたの仲間を殺していたかもしれないのよ?」

「そ、それはそれ、これはこれです!」

「まじめねえ・・・まあ嫌いじゃないけど」

「ひうっ・・・!?」

 

 つつっ、と。絹のようにきめこまやかな指がベルの顎をなぞる。

 奇声をあげようとして、場所柄を思い出して辛うじて耐えたベルは、真っ赤になってうつむいてしまった。

 うつむいた少年の鼻腔をほのかに甘い花の香りがくすぐる。

 17階層で助けられた時、先ほど手を引かれたときにも感じた、春に咲く花の香り。この女性が本当に悪魔だというのなら、全くそぐわない香りではないかとベルは思った。

 ベルが顔を上げ、改まった表情になる。

 

「・・・その」

「なにかしら?」

「あなたは本当に悪魔なんですか?」

「・・・・・・・・・・ぷっ。あは、あははははははははは!」

 

 いきなり笑い始めたグラシアに店内の目が集まるが、すぐに逸れた。

 ひとしきり笑った後、憮然とした顔のベルにグラシアが視線を戻す。

 

「・・・そんなに笑うことないじゃないですか」

「だって、笑うわよそりゃ。あなただって、『あなたは人間ですか』って言われたら何かと思うでしょ?」

「それは・・・そうですけど」

「私は紛れもなく悪魔よ。九層地獄を統べる悪魔の中の悪魔アスモデウスの娘にして第六階層の支配者グラシア・・・まあ、ここにいる私は分身だけどね」

「ええっと、"分体(アスペクト)"、でしたっけ」

「そうそう。本人はそう気軽に九層地獄を離れるわけにはいかないからね」

 

 ベルが黙り込む。

 

「何かしら?」

「でも・・・」

「でも?」

「グラシアさんは・・・いい人だと思います」

 

 今度のグラシアの笑い声は先ほどに倍する音量と、十倍するほどの音楽的な響きを伴っていた。

 周囲の人々――店主も客もそれに聞き惚れ、中には男女問わず頬を染めているものもいる。

 声の響きに聞き惚れたかそれとも羞恥か、同じく頬を染めつつベルが反論した。

 

「何がおかしいんですか!」

「馬鹿ねえ。私は悪者に決まってるじゃない。だって悪魔なんだもの!」

 

 グラシアが心底おかしそうに、そして楽しそうに断言するが、ベルは揺らがない。

 

「そんなの知りません! グラシアさんはグラシアさんです!」

「あのねえ。二回か三回会っただけの相手を、どうしてそこまで信用できるわけ? まして――女を相手に」

 

 男ならたまらないたぐいの、ぞくり、と来る笑みを浮かべるグラシア。

 背筋を駆け上り、とろかしてしまうような刺激。

 

「わ、わかりません! わかりませんけど――グラシアさんはいい人です!」

「・・・」

 

 顔を真っ赤にして、それでもきっぱりと言い切ったベルに、今度こそグラシアは沈黙した。

 純粋さ、まぶしさ、一本気。

 元より"秩序の悪魔(デヴィル)"であるグラシアは悪でこそあるが名誉や不変の誓い、誠実さと言った物を尊ぶ傾向がある。

 だが今のベルは、それらを越えてとてもまぶしく尊く――グラシア風に言うのであれば、美しかった。

 

「ふう・・・」

「ぐ、グラシアさん?」

「なんでもないわ」

 

 他人の目を引きつける美の悪魔であるはずの自分が、他人に見とれていては世話はない。

 心の中でグラシアは苦笑した。

 

「やっぱりあなたは素敵ね。でももう少し手練手管を覚えなさい――そうしたら、口説かれて上げてもいいわよ」

「え・・・ええっ!?」

 

 ちゃりん、と硬貨がテーブルに落ちる音がする。

 ベルが目をしばたたかせた次の瞬間、グラシアの姿は店内から消えていた。




うーん、グラシア様が単なる年上のエロいお姉さんになっている・・・
初期構想時は眼鏡ひっつめ髪の生真面目なやり手美人OL(ただし真性サディスト)がベルくんにほだされる感じだったはずなのに・・・

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