ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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19-18 蝶のように舞い、蜂のように刺す

 嵐が吹く。

 ゆらりゆらり、とイサミが揺れる。

 ただそれだけでベート・ローガの、【凶狼(ヴァナルカンド)】、Lv.6冒険者の本気の拳がまるで当たらない。

 ある一撃は先ほど同様延びきって顔面前1cmで止まり、またある一撃は左右に揺れる頭をすれすれでかすめるが、かすめるだけ。皮の一枚切り裂くことすらできない。

 

「え・・・」

「なんだよあれ・・・」

「どう見ても当たってるだろ・・・!?」

『こ、これは・・・風にそよぐ花か、ひらひらと舞う蝶か、はたまた極東武術に柳の枝に雪折れ無しというそれか! 絢爛舞踏、天空宙心、東西南北中央不敗! 

 当たってない! ベート・ローガの拳が全く当たっていません! 一体どういう事なんだこれはー!』

『それこそ極東武術に言う"一寸の見切り"という奴だな。相手の動きを完全に見切ることによってその攻撃範囲の数cm外に自分を置く。口で言うのは簡単だが、【凶狼】相手にそれをやるのは至難の業であろう』

『が、ガネーシャ様が解説してくれてるー!?』

 

 オラリオもざわめいている。

 素人や冒険者でも低レベルの者にはベートが拳を寸止めしているか、わざと外しているようにしか見えまい。

 高レベルの冒険者、もしくはタケミカヅチやカーリーなど、武術や戦いに通じた神のみがひどく真剣な顔でそれを見ていた。

 

 

 

 嵐が吹き荒れる。

 それがどれほど荒れ続けたか。だがしかし、さしものベート・ローガも休み無く振るっていたその拳の勢いがほんの僅かに鈍った。

 ぱしん、とこの決闘が始まって初めての小気味いい音。

 ほぼ延びきったベートの右拳を、イサミの左手が受け止めている。

 ぬ、と眉をひそめたベートにイサミがにやりと笑った。

 

「気は済んだかな?」

「見下してんじゃ・・・ねえっ!」

 

 再び沸騰するベート。

 右拳を引き戻して放とうとした左拳。

 その左腕がまだ伸びきらないうちに、イサミの巨大な右拳がベートの顔面を粉砕した。

 

「・・・・・・!」

 

 それでも放たれた左拳はまたしても空を切り、続けてイサミの拳がみぞおちをえぐる。

 文字通り、拳が腹にめり込んだ。

 

 胃液を吐き出そうとするベートの胸に三発目の拳が打ち込まれる。嫌な音を立ててあばらが折れた。

 地から天に昇る龍のような、コンパクトで、しかし雄大なアッパーが顎に炸裂する。

 

 意識は飛び、大きく体をのけぞらせ、それでも体勢を立て直そうとするベート。

 その顔面に、一歩踏み込んだ打ち下ろしの右が刺さる。

 そのまま振り抜いた右腕はベートを地面に叩き付けてバウンドさせ、その意識を完全に刈り取った。

 

 

 

「・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「う・・・・」

『『『『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』』』』』

 

 数瞬ほど、誰もが呆然としていた。

 文章にすれば長いが、ベートが左拳を放とうとしてから大地に沈むまで二秒と経ってはいない。

 誰もが――神も、一級冒険者も、【勇者】や【猛者】ですら――誰一人、Lv.6冒険者をここまで簡単に沈められるとは思っていなかった。

 

 その沈黙を破ったのは大歓声。

 先ほどまでのブーイングなどどこへ消えたか、誰もがイサミに称賛の声を上げている。

 突き上げた凱歌の拳に、今度こそ惜しみなく拍手と歓声が送られた。

 

 歓声を上げるヘスティア連合軍(と、ティオナ)。一番声が大きいのはベルだ。同じくらい声が大きいのはリドと、意外にもゲド。レーテーやシャーナ、椿などはイサミをもみくちゃにしている。

 

 冷静を通り越して冷酷なまでの目でそれを見つめるのはフィン・ディムナ。噛んだ親指からは血がにじまんばかり。

 フィンほどではないが残りの二首領とオッタルも厳しい目でイサミを見ている。

 ロキ・カーリー連合軍の残りは未だに呆然としているか、そうでなくてもショックが抜け切れていない。

 

 いや、一人例外がいる。アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 瓦礫の山から無造作にひょい、と飛び降りる。

 

「あっ、おいアイズ?!」

「アイズさん!?」

 

 倒れたベートにちらりと視線をやった後、とことこと気負いのない歩みでもみくちゃにされていたイサミの前に立つ。

 じっ、とイサミを見上げる【剣姫】。

 じゃれていた連中もイサミから離れ、イサミがそれを見下ろし返す。

 

「なんだい?」

「あなたのその力は・・・なんなんです? 魔法ですか?」

「ノーコメント。ばれたらまずいからね」

 

 指を口元に当て、にんまりと笑うイサミ。

 軽く頷いて、それを追及することはなくアイズは再び口を開く。

 

「じゃあもう一つ。それは、弟さんと同じ力なんですか?」

「んー、まあいいか。そいつのとは別口だよ」

「・・・・・」

 

 アイズが視線をベルに向けた。

 びくっ、と。先ほどとは別の意味で身を固くするベル。

 

「じーっ」

「・・・・・・・」

「じーっ」

「・・・・・・・・・・・」

 

 

 

『おーっと、【剣姫】が両の眼で【リトル・ルーキー】をじっと見て(ビホルド)いる!

 その貫くような視線、まさにアイズ・オブ・ザ・ビホルダー! ちなみに名前(アイズ)両目(アイズ)という二つの意味をかけております!

 その美しき瞳が湛えるのは輝きの泉(プール・オブ・レイディアンス)謎めいた影(シャドーオーバーミステリー)か、はたまた冷たく暗い冬の夜(ネヴァーウィンターナイツ)かーっ!』

『お前の言っていることはよくわからんな。ガネーシャ困惑!』

 

 オラリオでもそんな会話が交わされていたが、ほとんどの者は実際困惑している。アイズが何をやっているのか、何のつもりなのか計りかねているからだ。

 もっともその視線に晒されて顔を真っ赤にしているベルの方は非常にわかりやすかった。

 

「じーっ」

「・・・」

 

 そむけた顔をさらに覗き込んでくるアイズに、嬉しさか恥ずかしさかベルの感情が限界を迎えようとしたとき、アイズが一歩下がった。

 

「?」

「強く・・・なったね」

「・・・はい!」

 

 ぱあっと顔を輝かせて答えるベル。

 アイズは少し嬉しそうに笑うと、身を翻して瓦礫の上に飛び上がった。

 

 

 

 それを微笑ましげに見やったイサミが、アイズの飛び上がった瓦礫の上――正確には自分を見つめる視線の一つと目を合わせる。

 【勇者】フィン・ディムナ。先ほど感じた冷たいものは今はもう感じないが、それが彼のものであったことは断言できる。

 危険視されているのは薄々察していた。見知らぬ魔法、見知らぬ魔道具、異常な攻略速度、異常なステイタス。

 しかもこれまでにない怪物達がダンジョンに現れ、怪人たちが暗躍している状況。更には同様に異常な成長を遂げているベルもいる。

 

 一つ一つだけならレアスキルや何らかの陰謀のせいと個別に分けて考えることもできたろうが、それらが同時に発現したせいで個々の事象が繋がってしまった。

 知らない人間にとっては、イサミもベルも怪人やD&D系のモンスターも、全てが一本の糸で繋がっているようにしか見えまい。

 まあイサミが色々と悪目立ちしてしまったのもあるが。

 

(本当に偶然なんだけどなあ)

 

 ぽりぽりと頬をかく。

 ロキがそのあたりのことを話してくれると思ったが、話していないのか、それとも話を聞いてなお疑っているのか。

 考えてみればロキもこの封印世界ができたいきさつやタリズダンのことについては知っているだろうが、何故今になって怪人や他世界の怪物が迷宮に現れたのかについてはイサミと同じく何も知らない。

 封印世界の事を知った上でイサミを怪しむ可能性は確かにあった。

 

 が、実際何の関係もないのだ。

 イサミのステイタスが急激に跳ね上がったのは、全身に仕込んだ能力強化の魔力と、それを(無理矢理に)統合した"願い(ウィッシュ)"呪文の力である。

 

 からくりはこうだ。

 まず、同じ能力値強化アイテムを能力値ごとにそれぞれ三十用意する(今回は肉体そのものに魔力を刻んだ)。

 ただし、これだけでは何の意味もない。同じ魔力は打ち消しあうからだ。

 電池の直列と並列を考えればわかりやすいだろう。同質の魔力は並列にしかならない。

 

 "魔具変化(アイテム・オルタレーション)"という術がある。魔道具(マジックアイテム)の専門家である魔法技師(アーティフィサー)の術だ。

 この術は魔道具を強化する術ではない。魔道具の働き方を変化させる術だ。

 

 例えば普通の筋力強化アイテムは筋肉に純粋な魔力による強化を施すことで効果を発揮する。

 この術はその働き方を変えて、例えば筋繊維を太くしたり、構造を変えたり、あるいは一時的に仮想の筋繊維を増やしたり、筋繊維(鞘に繊維が出入りするような構造をしている)の鞘に反発力を与えて結果的に発揮できる筋力を上昇させるようにしたりする。

 知力なら記憶容量を上げたり、脳内電流の伝達速度を上げたり、無意識における精神活動を効率化したり、と言った具合だ。

 

 これにどういう意味があるかというと、魔力がかぶって効果を発揮するようになる――つまり、()()()()()()()()のだ。

 ウィッシュによって"魔具変化(アイテム・オルタレーション)"同様の効果が施されたそれが三十。一つごとに能力値は六段階上昇するので合計180段階。

 それは平たく言えば極めたLv.9相当のステイタスに等しい。

 いかにLv.6のベートであれ、抗えるものではなかった。

 リヴェリア達が感じたのも、知力が上昇した事による魔術師(ウィザード)の魔力の連動的な上昇によるものだったのだ。

 

「今の俺ならロビラー卿にも勝てる!」

「ほう、それじゃいっちょやってみるか?」

 

 だからだろうか、イサミがうっかりろくでもないフラグを立てたのも、そのフラグが即座に回収されたのも。

 

「ファーッ!?」

「・・・!」

「あ・・・あああああーっ?!」

 

 盛大に吹き出すイサミ。表情を険しくするオッタル。絶叫するレーテー。

 瓦礫の脇からふらり、と現れたのは間違いなく推定Lv.9相当、黒の超戦士ロビラー卿(ロード・ロビラー)だった。




タイトルはかつてのボクシング世界チャンピオン、モハメド・アリの形容から。
本当にフラフラ揺れてるだけで敵のパンチが全然あたらないんだこれが。


【火炎(ry】が連呼してる訳のわからない単語は、昔のD&D(AD&D)のコンピューターゲームのタイトルです。


オールSのLv.9相当と書きましたが、恩恵や元々使ってた魔道具による強化などとはやっぱりかぶっている部分もありますので、元のステイタスから180段階上昇したと言うことではありません。
あくまでLv.9の冒険者と互角と言うことですね。
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