ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
その日、アスフィと共に呼び出されたヘルメスは、裏路地でイサミに迫られていた。
壁に背を付けたヘルメスに対し、壁に手をついて覆い被さるように顔を近づける。
神々言うところの壁ドンの体勢だが、やってる方もやられている方も男だ。
ついでに言うと牙を剥きだして笑うイサミからは、割と本気の怒気が発せられていた。
「いやあ、怖いなあ。どうしたのイサミ君。俺、君に怒られるようなことしたっけ? なあアスフィ?」
「うーん、どうなんでしょう。私の知らない所で何かやってた可能性は・・・」
「あっはっは、ひどいなあアスフィは。君、俺の派閥の団長だろう?」
「団長だから言えるんです」
眼鏡をくいっと押し上げるアスフィ。はっはっはと笑うヘルメスだったが、イサミの笑みと怒気は全く揺るがない。
揺るがないまま、イサミが口を開く。
「いやまあ簡単な話なんですよ。春姫のことをチクッたのあなたですよね、ヘルメス様?」
「!?」
アスフィの顔が驚愕に歪む。ヘルメスはへらへらと笑い続けていた。
「いやあ、参ったね。どうして俺がそんなことをすると?」
「簡単です。あなた以外にそれが可能な人間がいないからですよ。いやあなたは神ですけど」
イサミは春姫に、装着すれば命によく似た少女の姿になる変装用の魔道具を与えている。彼女はこの半年、寝る時も風呂に入るときもそれを決して外したことはない。
「タケミカヅチやロキの連中にそれを漏らす理由はない。それでイシュタルとアポロンの人間を洗ってみたらビンゴ。
あなたとイシュタル、アポロン、カーリーがイシュタルのホームで密談していたのを突き止めましてね。
ほれ、イシュタル様の寝室の隣の、獅子の毛皮が敷いてある部屋ですよ」
「・・・参ったなあ。どうやって突き止めたんだい?」
しばしの沈黙の後、溜息をついて降参するヘルメス。
「逆に聞きますけどね、あなたが色々な取引のコネとかルートを教えてくれと言われたら教えます?」
「はっはっは、そりゃ無理だ」
あはははは、と朗らかに笑い合う二人。ただしどちらも目は笑ってない。
ひとしきり笑った後、みしりと空気が軋んだ。イサミから発せられる「圧」が倍加する。
さすがのヘルメスも冷や汗を流しはじめ、先ほどから沈黙しているおのれの眷族の方を向く。
「ねえアスフィ、助けてくれないかな・・・」
しかし既に逃げ道は残されていなかった。
怒気を発するイサミに対し、どこまでも冷たい眼差しがヘルメスの希望を凍りつかせる。
くいっ、と再び眼鏡が押し上げられた。
「イサミ・クラネルは我が派閥の恩人です。彼がいなければ我々は全滅していた。
その身内を巻き込むなどと・・・かまいません、イサミくん。私は気にしませんから、殺す以外は好きにして下さい」
「ひどいよアスフィ! 君は俺の眷族じゃないか!」
泣きが入り始めたヘルメスに対し、アスフィはわざとらしく眼鏡を外して懐から取り出した布で拭き始める。
「む、眼鏡が曇ってますね。私は目が悪いので暫く何も見えなくなります。その間は何が起きてもわかりません。いやあ、その間にヘルメス様が害されたらどうしましょう。まあ神を殺すような不届き者はいないでしょうから、死ななければ別にいいのですが」
「アスフィ!?」
絶望に曇るヘルメスの肩を、怒気を収めたイサミがぽんぽんと叩く。笑顔で。
「なに、俺も鬼じゃありませんよ。そこまではしません」
「ほ、本当に?」
「ギルドに支払ったのと同じ額をウチに払うか、生き地獄を味わうか、好きな方を選んで下さい」
ヘスティアとヘルメスは、例の一件の後「無断で神がダンジョンに入った」咎で、当時のファミリアの総資産の半分に当たる額を罰金として支払っている。つまり。
「それって今のうちのほぼ全財産・・・」
「それでは生き地獄の方で」
「アスフィィィィィ!?」
即答したアスフィ(いつの間にか眼鏡を装着している)に今度こそマジ泣きしつつヘルメスが絶叫する。
「頼むよ、勘弁してくれ!」
「と、言われましても。私では逆立ちしてもイサミ君に勝てませんし、かといって今全財産を取られたらどうにもなりません。商談は全部おじゃん、ルートも構築し直し。なので尊い犠牲になってください。死ななきゃ大丈夫です」
「いやそれはそうだけど! イサミ君、何とか減額してよ! ローン組むとか!」
「そうですねえ、アスフィさんくれるなら考えないでも無いですよ」
「!?」
軽い口調で放たれたイサミの言葉に、ぼんっ、と。水蒸気爆発でも起こりそうな勢いでアスフィの白皙が真っ赤になる。
「いやあ、さすがにそれは・・・え? アスフィ?」
苦笑しつつそちらを向いたヘルメスが、眼をぱちくりさせた。
「いいいいいイサミくん! 言っていい冗談と悪い冗談がありますよ!」
「あはははは、すいません。でも赤面しているアスフィさんもかわいいなあ!」
「~~~~~~~~っ!」
もはや日頃の才女の面影もなく、真っ赤になって訳のわからない言葉を発するアスフィに、心底楽しそうに笑うイサミ。
目の前で繰り広げられている寸劇を見て、ヘルメスが大きく溜息をついた。
「・・・はあ、わかったよ。アスフィはあげよう」
「へっ?」
「ヘルメス様?!」
ぽかんと口を開くイサミ。一転してアスフィは愕然とした顔になる。
いつもの糸目笑いに戻り、一歩踏み出したヘルメスがその額をつん、と突く。
「だってアスフィ、行く気満々じゃない?」
「え?! そ、そんな・・・」
「神に嘘はつけないぜ」
「・・・」
意外そうな表情でアスフィを見やるイサミ。その視線に気付き、再びアスフィの頬にかっと朱が差す。
「馬鹿を言わないで大人しく半殺し、いや全殺しになってください! わたしが抜けたらファミリアは・・・」
「アスフィ、これは提案じゃない。主神としての命令・・・いや、懲罰だ。
他のファミリアに移りたいなんて思ってる奴は、俺のファミリアにはいらない。
だから追放する。これまで尽くしてくれたことに鑑みてステイタスの封印はしないから、どこへなりとも好きに行けばいいさ。なあ、イサミ君?」
ニヤリと笑うヘルメス。
あ、これはありったけの高値で恩を売りつける気だと理解しつつ、イサミは首を縦に振った。
「いいでしょう。ではそれで」
真顔のイサミに対し、アスフィは必死だ。すがるような顔になっている。
「わ、私はヘルメス様にご恩を・・・!」
「それはいいよ。もう十分に返して貰った。
それにね、アスフィ。俺は楽しいのさ。今まで俺の命令を果たすのを頑張ってばかりだったお前が、自分の意志で俺の神意を覆そうとしたんだぜ? これを面白いと言わずして何というんだい」
「・・・・・・っ!」
口元を抑えて、嗚咽をこらえるアスフィ。
その目元には涙が浮かんでいる。
彼女は元々ある海国の姫だった。そして、そのとらわれの籠の鳥を外の世界に解き放ったのがヘルメス。誰が何と言おうと、外からどう見えようと、彼女にとって彼は無二の恩人だったのだ。
「・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
しばらく、裏路地には沈黙とアスフィの無言の嗚咽だけが響いていた。
「そうそう。何か良い話でまとめようとしてますけど、今回ヘルメス様がしたことは忘れませんからね。もう一度やったら、百分の九十九殺し、いや、千分の九百九十九殺しの上でファミリアの全財産を頂きますので」
「・・・覚えておくよ」
時間は現在に戻り、ヘルメス・ファミリアの談話室。
テーブルやカウンターに酒とツマミを並べ、ファミリアの面々が銀の鏡を見ている。
いつもアスフィの座っていたカウンターの隅の席に、今彼女はいない。
「なんか寂しくなったねー」
「ルルネなんか結構叱られてたし寂しいんじゃない?」
「ふん、うるさいのがいなくなってせいせいしたよ」
憎まれ口を叩く猫人の盗賊も、どこか言葉に力がない。誰からともなく溜息が漏れる。
「というかアスフィいなくなってうちらやってけんのかねえ」
「まあ、新天地でお幸せにってとこかなー」
「ううっ、アスフィさぁん・・・」
「おい、誰かこれどうにかしろよ」
「こいつまだ諦めてなかったのか」
はい、犯人がヘルメスじゃないかと予想してた人、せーいかい。