ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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19-27 桿婦

 

 なにゆえヘスティア・ファミリアが二十日間もの準備期間を要したか。

 魔剣の準備などもあったがつまるところ、それはベルのステイタスをLv.3の限界まで引き上げるためのものだった。

 

 37階層、『闘技場』と呼ばれる怪物が無限湧きする大空間。

 そこにシャーナやレーテーの監視付きでベルを放り込み、死ぬ寸前まで戦わせてから回収して治療。そしてまた闘技場に放り込む。

 地獄のような責め苦と死のリスク、ついでに山のようなエリクサーの経費を乗り越えて、ベルのステイタスは一月足らずでオールSS以上にまで達した。

 これまでの貯金の分を合わせれば敏捷はLv.5、その他のステイタスもLv.4中位から上位に匹敵する。

 Lv.4にランクアップしてさほど時が経っていないアイシャには明らかに手に余る相手だった。

 

(参ったね、力を試してやるどころじゃないじゃないのさ・・・)

 

 偉そうな態度を取った事を思い出し、羞恥に悶えるアイシャ。勿論顔には出さないが。

 だがそれでも、自分の全力で試さねば大事な妹分を預けるわけにはいかない。

 もはや女の意地だ。

 

「【来たれ、蛮勇の覇者! 雄々しき戦士よ、たくましき豪傑よ、欲深き非道の英傑よ!】」

「並行詠唱・・・くっ!?」

 

 驚いたベルの顔面に、砂混じりの瓦礫が命中する。アイシャが片足で蹴り上げたものだ。

 砂が目に入り、涙がにじむ。

 ぼんやりした視界の中アイシャの影が踏み込み、背筋に寒気の走ったベルが慌てて股間の前に両手を構えた。

 ほとんど同時にアイシャの金的蹴りが炸裂する。辛うじてガードが間に合ったが、そうでなければしばらく悶絶する事になっていただろう。

 

「【女帝(おう)帝帯(おび)が欲しくば証明せよ】!」

「このっ!」

 

 砂礫を蹴とばし、金的を蹴り上げて、なおよどみなく流れる詠唱。

 《神のナイフ》による鋭い突き。命中すればアイシャの左腕の腱は切断される。

 圧倒的な敏捷度による突きの速さにアイシャは反応できないかと思われた瞬間、僅かに動かした大朴刀の柄がナイフを弾く。

 ナイフはアイシャの左上腕を薄く削いだものの、腱や筋肉にはほとんど傷を付けずに軌道を逸れた。

 

(くっ!)

 

 鋭く連続攻撃を放つベル。アイシャはベルに比べてはるかに無駄のない動きで、辛うじてではあるが防御し続ける。

 圧倒的なステイタスの差があるのは間違いない。それなのに攻めきれない。経験の差、技量の差だ。動きの効率度、先読みのうまさが違う。

 ベルがアイシャの倍の速度で動けるとしても、ベルが攻撃を行う時に腕を30cm動かすとして、アイシャが防御に腕を15cm動かすだけで良いなら、実質的な速度の差はゼロになる。

 

「【我が身を満たし、我が身を貫き、我が身を殺し証明せよ】!」

 

 ベルの顔に焦りが浮かぶ。彼の兄は強いが、ロキやカーリーのLv.6冒険者たちもまた恐ろしく強い。兄たちがもたせている間に、自分が勝負を決めねばならない。

 そもそもこの戦いは自分が原因のようなものだ。兄には気にするなと何度も言われたが、だからといって割り切れるほどベルは器用ではない。

 その焦りが無理な攻めを選択させる。ギアをトップに上げ、遮二無二な連続攻撃。

 

「このおおおお!」

「くっ!」

 

 アイシャも必死だ。大朴刀を杖術のように扱って必死に致命傷だけを避けようと全力で防御に徹する。

 だがやはりステイタスの圧倒的な差の前に、アイシャの技量にも限界があった。防御がほころびたところに突き込まれるとどめの一撃。

 

「だっ!」

「がっ!?」

 

 だが、次の瞬間のけぞったのはベルの方だった。

 防げないと悟った瞬間、相打ち覚悟で踏み込んだアイシャの頭突き。

 目の前に星が散る。

 とどめになるはずだったナイフの一撃は大きく逸れて、アイシャの脇腹を削るにとどまった。

 

「っ!」

 

 ベルの視界の下方に大朴刀の刃が閃く。

 反射的にベルがナイフを下に構えた瞬間、上からの衝撃がベルを襲った。

 

 

 

「ベルくんっ!?」 

「ベルきゅんっ!?」

 

 神会(デナトゥス)の間に響く二つの悲鳴。一つは当然ヘスティアの、もう一つはアポロンのものだ。

 ベルからは何が何だかわからなかったが、俯瞰で見ている彼らにはアイシャが下向きに構えた大朴刀をくるりと回転させ、柄の方でベルの頭を強打したのがはっきり見えた。

 だがそれすらも反射的にかわしたのか、致命的な一打にはならなかったようだ。左のこめかみから浅く血を流しつつ、一歩下がる。同時にアイシャも一歩下がった。

 ヘファイストスやタケミカヅチなどは無言で鏡を睨み、一方で手を打って戦いに純粋に興じるものもいる。

 

「おお、やるではないかあのアマゾネス。あのカエル顔もなかなかだったが、いいのを揃えておるのうイシュタル」

「当然さ。しかし、ほんとに怪物かいあのガキは・・・まさか春姫の術か? にしては光がない・・・くそ、わからん」

 

 イシュタルの言葉の後半は盛上がる神々の喧噪に紛れ、隣にいたカーリーにも聞き取る事ができなかった。

 

 

 

(こいつもかわすかい! 本当にとっておきのフェイントだったのにねぇ・・・)

 

 そう頭で考えつつも、アイシャの唇は笑みの形を作っている。そして当然、並行詠唱もよどみはしない。

 

「【飢える我が()はヒッポリュテー】!!」

 

 互いに一歩下がった瞬間、アイシャの詠唱が完成した。

 周囲に竜巻のごとく吹き荒れる魔力。振りかざした大朴刀の刃が、渾身の精神力を込めて赤く輝く。

 それを振り下ろした瞬間、魔法は発動するのだと初見のベルにもわかった。

 

「・・・・・・・っ!」

 

 無意識にスキル【英雄願望(アルゴノゥト)】のチャージを開始する。

 それ以外の魔法は使わない。これは「試し」だからだ。春姫を愛するアイシャという一人の女性が、ベルに彼女を預けられるかの「試し」だからだ。

 

(だから・・・これが、僕の全力です!)

 

 右逆手に持っていたナイフ。

 左肩を前にした左半身から、体を一杯にねじる。ナイフが背中側に回るまで。

 ばちばちっ、と。【英雄願望(アルゴノゥト)】の白い光が雷光のようにナイフを走る。

 同時にナイフに注がれた精神力(マインド)が固形化し、紫色に輝く光の長剣を形成する。

 封印外世界で偶然に編み出したこの技。兄やシャーナ達に手伝って貰い更に洗練された形になった、無意識に出せるほどに鍛錬した技。

 その名は――

 

「【ヘル・カイオス】!!」

「【英雄の一文字剣(アルゴ・ストラッシュ)】!!」

 

 振り下ろす大朴刀の巨大な赤い斬撃波。

 逆手横薙ぎに繰り出される紫と白の入り交じった光の長剣。

 一瞬火花を上げて両者が拮抗する。次の瞬間、赤い爆発が瓦礫の山を吹き飛ばした。

 

 数秒後、荒れ狂った魔力の爆発と土ぼこりが収まる。瓦礫が吹き飛ばされ、主塔だった瓦礫の山の中央部分がすり鉢状にへこんでいた。

 ナイフを振り抜いた姿勢で立っているのは白い髪の少年。

 大の字になって倒れているのは褐色黒肌の女戦士。

 その横には大朴刀の柄だけが転がっている。

 完全に意識を失った女戦士のくちびるには、それでも満足そうな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

「「「「うおおおおおおおおおおおおお!」」」」

「なんだ?」

「どうなったんだ!?」

 

 歓声と共にオラリオの各所でざわめきが起きた。

 もちろん神会(デナトゥス)の間でも。

 ヘスティア達も、アポロンたちも、ベルが勝ち、アイシャが敗北した事以外何が起きたかわかっていない。

 多くの神が戸惑う中、口を開いたのはタケミカヅチであった。

 

「・・・ベルと【麗傑】、二人の魔力がぶつかった時、あの大朴刀と光の剣は一瞬だけ拮抗した。

 だが次の瞬間、ベルの光の剣は()()()()()()()()()()()()()()()

 そしてベルの剣は【麗傑】を打ち据え、衝撃波が爆発した。それが全てだ」

「馬鹿な!? 同じ魔力の剣で、片方が一方的にもう片方を切り裂くなんて!」

 

 怒りの声を上げたのはイシュタル。だがそれで事実が変わるわけではない。

 

「だがそうなのだ、イシュタル。恐らく【麗傑】の魔法は衝撃波を放つ飛び道具。対してベルのそれは剣の形に集束された魔力。紫の剣の集束度が、放出される魔力のそれを圧倒的に上回っていたということであろう」

「・・・ぐぐぐぐ・・・」

 

 歯ぎしりするイシュタル。托塔天王李靖、オグマといった武神、戦神と呼ばれる者達が頷く。

 あの一瞬の出来事を正確に見て取れたのは、神会(デナトゥス)の間では彼らだけであった。

 イシュタル・ファミリア所属Lv.4、【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルカ――戦闘不能(リタイア)

 

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