ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「どうなった、ダフネ! どうなったんだ!」
「・・・勝っちゃいましたよ、【リトル・ルーキー】」
カサンドラの治療を受けながら、焦ったように尋ねるヒュアキントス。その表情に普段の怜悧な才子の面影はない。
呆然と呟いたのはショートカットの女冒険者、アポロン・ファミリアの上級冒険者ダフネ・ラウロス。ベルに〈神の宴〉の招待状を渡し、同情めいた言葉を残した女性だ。
「【麗傑】が負けた」ではなく「ベルが勝った」と口にしてしまったあたりに彼女の密かな内心がうかがえる。
「ば、馬鹿な! Lv.4だぞ! 【麗傑】は! それを・・・それを・・・!」
「そう言ってもね・・・」
どこかひとごとのように肩をすくめるダフネ。今の派閥に無理に入団させられた彼女は、主神に対する忠誠心というものをほとんど持っていない。
一方でアポロンに対する忠誠心と敬愛の塊のような男がヒュアキントスだ。
ベル・クラネルを嫌いながらも彼を派閥に引き入れようとする主命に忠実であろうとしてきた彼は、今追い詰められていた。
自分の失敗に。揺れ動く状況に。そして何より、今一歩一歩瓦礫を踏みしめてこちらに近づいてくるベル・クラネルに。
Lv.3になったばかりの【リトル・ルーキー】があれほど強いとは思わなかった。
フレイヤやロキが介入してくるとは夢にも思わなかった。
まさか、まさか、城が崩壊し、団員が全滅し、ロキ・ファミリアやカーリー・ファミリアの迎撃すらすり抜けて自分の前に現れるとは思ってもみなかった――!
ベルは注意深く歩みを進めていた。瓦礫の山を登り、ヒュアキントスが隠れている瓦礫の影に一歩一歩近づく。
降伏を勧めようかという考えがちらりと脳裏をよぎるが、酒場での様子からしてそれを受け入れる事はないだろうと考え直す。
今、ベルはヒュアキントスを敵とは思っていなかった。注意すべきは逃亡や奇襲、あるいは自分の知らない何らかの魔法だと。
正確な戦力評価ではあったが、自分のスキル【憧憬一途】のような規格外を相手が持っていないと決めつけてしまったのはやはり油断と言うべきだろうか。
「どけ、カサンドラ!」
「団長、まだ治療は・・・」
「どけと言っているっ!」
「きゃあっ!」
「カサンドラ!」
カサンドラを突き飛ばし、乱暴に起き上がるヒュアキントス。
倒れ込んだカサンドラにダフネが駆け寄り、肩を支えて抱き起こす。
「何やってるんです! 八つ当たりですか、みっともない!」
「うるさい! 役立たずどもめ!」
眉を吊り上げるダフネと怯えるカサンドラを怒鳴りつけると、荒々しい足取りでヒュアキントスは瓦礫の影を出た。
ベルが一瞬驚いた表情を浮かべる。しかし、すぐに腰を沈めてナイフを逆手に構えた。
ヒュアキントスは背中の
「勝ったと、そう思っているのだろうな、貴様」
「・・・?」
いぶかしげな顔になるものの、構えを崩さないベル。
ヒュアキントスの端正な容貌が憎々しげに歪む。
「ああ認めてやろう! 確かに貴様はアポロン様が興味をお持ちになるだけの人材だ!
どのような魔法を使ったか、あるいはレアスキルのたぐいか、おまえは恐ろしい速度で成長している! このたった一月足らずですら!
だが勝つのは私だ! 私のアポロン様への忠誠心、アポロン様の神意が勝利するのだ!」
ヒュアキントスが腰のポーチから、赤、緑、茶、白の小指の爪ほどの大きさの四つの
あの女がよこした
ヒュアキントスがどうするか、わかっていたかのように。
(アポロン様の神意のためアポロン様の名誉のためそしてアポロン様の勝利のためなら、命も、あの方の寵愛すら惜しくはない!)
迷い無く、ヒュアキントスは四つの
「ええ、そうよ――美しいわ、
どこかの闇の中で、赤銅色の唇がほほえんだ。
「えっ」
「きゃああああ!?」
悲鳴が上がった。
古城の瓦礫でも、オラリオでも。
中性的なヒュアキントスの美貌が歪む。頬に何かを含んでいるかのように、皮膚の下がうごめき、盛上がる。
頬骨が広がり、鼻面が伸び、目は巨大化し、瞳が消えて金属質の光を放った。
硬化したキチン質の口元は左右に広がり、四つに裂ける。上下左右に分かれ触角の生えたその口は、脊椎動物のものではありえない。
肉体も変化している。
細身ながら鍛え上げた肉体に太綱のような筋肉の束が盛上がる。骨格が巨大化し、みるみるうちに身長が2mを越えた。
防具や戦闘衣ははじけ飛び、その下から赤銅色の毛深い肌が現れる。その赤銅色に、大理石のような白い光沢と、昆虫の甲殻のような外骨格が混じり、更に巨大化していく。
額からは昆虫の触角と短い角のようなこぶ。側頭部からは牛のような、うねる巨大な角。顔の半分を占めるほどに巨大化した目は瞳のない緑色の複眼となっており、両脇からは見る見るうちに三本目と四本目の腕が生えてくる。
「あ・・・あ・・・」
ベルが目を見開く。
気付いてしまったのだ。これと同じものを前に見た事を。自身が初めてランクアップした、その時に戦った相手である事を。
あの、ドラゴンの混じった異形のミノタウロスと同種の存在である事を。
ハーフミノタウロス・ハーフオーガ・ミネラルウォリアー・スリクリーン。
四種類の怪物の要素を取り込んだヒュアキントスは今や大理石の光沢を持つ白い外骨格に包まれ、4m近い身長とそれに劣らぬ横幅、カマキリの目と口と大鎌、牛の角、四本の腕を持った、ミノタウロスとカマキリと石人間の
「あ・・・あああああああああ!? ヒュアキントス?!」
絶叫するのはアポロン。
ロキとヘルメス、そしてそれを一度見た事のあるフレイヤのみが鋭い目で鏡を見ていた。
「おいアポロン! あれはなんだ!」
「わ、わからん! わかるわけがない!」
イシュタルがアポロンに詰め寄るが、アポロンも混乱している。どんな手を使ったのか、人間がモンスターに変異したのだ。彼らの今までの常識を根底から覆す出来事だ。
一方でカーリーは当初こそ驚愕したものの、今はぎらぎらと欲望に輝く目で映像を注視していた。
「これはどうじゃ! アルガナもバーチェもあっさり倒されおって、果てはもう終わりかと思ったがまだ楽しめそうではないか! 面白いのう、面白いのう!」
「貴様!? 私の子供があのような事になって言う事がそれか!」
大喜びするカーリーに、激怒するアポロン。
「おうとも! わらわにとって命がけの殺し合いこそが娯楽よ! 貴様の所の団長とて、負けられない理由があるからこそあのような外法に手を出したのではないかな、ん?」
「ぐ、ぐぐぐぐ・・・」
カカカ、と歯をむき出しにして笑うカーリー。苦悩するアポロン。
普段ならそれに茶々を入れる悪趣味な神々すら、今はその余裕がない。
鏡の中で、白い