ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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19-29 翔んでベルたま

 "ヒュアキントス"が右の下の腕をカサンドラに伸ばした。

 

「きゃあっ!」

「カサンドラ! あんた何を・・・」

 

 子猫をつまみ上げるように、腕一本で軽々とカサンドラを持ち上げ、そのまま投げつける。

 

「~~~っ!?」

「ぐっ!」

 

 ベルが咄嗟にカサンドラの体を横抱きに抱き留める。5m近い距離を勢いよく飛んで来たその体は、今のベルの筋力をもってしても受け止めるのがやっとだ。

 ほとんど同時に、四本の腕を振りかざした"ヒュアキントス"が二人に躍り掛かった。

 速い。彼我の距離を一足で詰め、右上腕のかぎ爪を振り下ろす。

 ぱっと、赤い血が散った。

 

「カサンドラ!?」

 

 悲鳴のようなダフネの声。

 

「え・・・」

 

 思わず目をつぶってしまったカサンドラが、衝撃の無い事に恐る恐る目を開く。

 ベルの額から血が流れ、左目の上に流れ落ちていた。

 

「大丈夫ですか!」

「え、はい」

 

 ベルの問いに思わずコクコクと頷いてしまうカサンドラ。

 

「すいません、投げます!」

「ほわ?」

 

 先ほどヒュアキントスに投げられた時に続き、二度目の浮遊感。

 間の抜けた声を出してしまったものの、カサンドラもそこはLv.2の上級冒険者、どうにか受け身を取ってゴロゴロと瓦礫の上に落ちる。

 

「来い、ヒュアキントス! 僕はこっちだ!」

 

 一方ベルはカサンドラを投げたのとは逆方向に飛び、左手で素早く小さな瓦礫を拾って投げつける。

 素早く腕で防御したものの、ベルとカサンドラ双方に向いていたヒュアキントスの注意がベルに集中した。

 ベルがちらりと横目で見ると、駆けつけてきたダフネがカサンドラの手を取ってベルとヒュアキントスから離れていくところだった。

 それを確認し、右手に【神のナイフ】、左手に腰から抜いた【牛若丸】を構える。

 それとほとんど同時に攻撃が来た。

 

"シャアッ!"

 

 ヒュアキントスが「一歩」の踏み込みで4m近い距離を悠々と詰め、四本の腕を振り下ろす。

 四本の腕にはそれぞれ手らしきものもあるが、カマキリの鎌に似たトゲだらけの巨大なかぎ爪を備えている。

 四連撃をあるいは両手のナイフで弾き、あるいはかわす。

 

(疾い! ・・・っ!)

 

 鎌爪の四連撃を奇跡的にかわした直後、直上からの噛みつき攻撃。

 体が自然に沈み込み、頭上30cmで四つに分かれた大顎ががちんと鳴る。

 ベルが初見のそれを回避できたのは、異形に変じたミノタウロスが同様のコンビネーションを繰り出して来たからだろう。

 ステイタスだけではない。技量において経験において、ベルも着実に成長している。

 

"シャギャアァァァァァッ!"

 

 嵐のような連続攻撃。

 知性は獣並みに落ちて会話する事すらできなくなっても、Lv.3の技量は健在だ。

 そこにオーガとミノタウロスの相乗された膂力、岩の戦士(ミネラルウォリアー)の大理石のごとき表皮、カマキリ人間(スリクリーン)の外骨格と四本の腕によるラッシュが加わる。

 

 "あのとき(ミノタウロス)"ほどの圧倒的な差ではない。しかし足を止めての殴り合いでは明らかに不利。ベルが勝っているのは機動力(あし)だが、瓦礫の上という戦場がその利点を大きく奪う。

 さらに言えば4mの巨体が持つ歩幅とリーチは敏捷度の差を補って余りある。

 だがあえて自分に制限をかけなければ、ベルの持つ手札は無限に近い。

 

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "飛行(フライ)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "風の翼(ウィングズ・オブ・エア)"!」

 

 

 

『『『『ウオオオオオオオッ!?』』』』

『とっ・・・飛んだぁぁぁぁぁあぁぁ! ベル・クラネル! 空を舞った! 舞った! 舞った! 舞って! リトルルーキー騎士(ナイト)! 

 ジェット気流か圧搾空気か十万馬力か、はたまたお姫様が信じてくれたから泥棒は空を飛べるのか! 翔んでベルたまとか言ってたらホントに飛んじゃったよこの人!

 矢よりも速く、力はミノタウロスより強く、バベルの塔もひとっ飛び! 鳥だ! ドラゴンだ! いいや、【リトル・ルーキー】だーっ!』

『もはや驚きすぎて言葉も見つからんな。それはそれとして俺がガネーシャだ!』

 

 

 

 高く空を舞うベル。

 速度は普段には遠く及ばないが、それでもイサミの掛けた加速(ヘイスト)がまだ効果を発揮しているので、この状態でもLv.3からLv.4相当の機動力は確保できる。

 足場の悪い瓦礫の上から跳躍してきても余裕を持ってかわせるはず、このまま遠距離から・・・そう考えていたベルの顔が引きつった。

 なんと、ベルが手の届かないところに行ったと見るや怪物と化したヒュアキントスは躊躇無く身を翻し、瓦礫の上を逃げ続けるダフネとカサンドラを追い始めたのだ。

 

「だ、ダフネちゃん、団長がぁ!」

「あのクソ野郎! 辞めてやる! こんな派閥、もう辞めてやる!」

 

 共に悲鳴を上げながらも、友人の手を引きつつ走るダフネ。

 だが彼女たちを遥かに上回るステイタスと巨体故の歩幅は瓦礫の影響をものともせず、あっという間に彼我の距離が詰まる。

 大きく最後の踏み込みをするとともにかぎ爪を振り上げたヒュアキントスにもうだめだと思った瞬間、震動を感じた。

 

「ふわっ?」

 

 こんな時でも気の抜けた反応をする友人にいささかいらつきながらも、ダフネが振り向く。

 横倒しに倒れたヒュアキントスから、ベルが飛び離れているところだった。恐らく横から体当たりして、巨獣を転倒させたのだろう。

 

「こいつは僕が倒しますから、早く逃げてください!」

「ありがたいね! 一つ借りとく・・・」

 

 掛け値無しの感謝の笑顔を向けたダフネだったが、背後から聞こえてきた詠唱にぎょっとして再び振り向いた。

 

「【一度は拒みし天の光。浅ましき我を救う慈悲の腕】――」

「カサンドラ?! 何考えてんの! 逃げるんだよ! ウチらが役に立てるレベルじゃないだろ!」

「【リトル・ルーキー】さんが負けたら、私たちも食べられちゃうよ! 階層主との戦いと同じだよ! 少しでもできる事をしないと!」

 

 滅多にないことに、きっ、と強い表情で反論してくる友人(カサンドラ)。そのままダフネの返事を待たず、治療呪文の詠唱を再開する。

 

「――【届かぬ我が言の葉の代わりに哀れなともがらを救え。陽光よ、願わくば破滅を退けよ】」

「・・・ああもうっ!」

 

 暗赤色の短髪を勢いよくかきむしりながら、ダフネがヒュアキントスを迂回するように走り出す。

 既に彼女らの目の前ではベルと階層主並みの怪物と化したヒュアキントスとの激しい戦闘が再開されていた。

 

 

 

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "竜力獲得(ドラコニックマイト)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "猫の敏捷(キャッツグレイス)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "上級勇壮鼓舞(グレーター・ヒロイズム)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "石の肌(ストーンスキン)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "酸の皮膜(アシッドシース)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "(シールド)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "上級鏡像分身(グレーター・ミラーイメージ)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "音波武器(ソニックウェポン)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "音波武器(ソニックウェポン)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "音波の盾(ソニックシールド)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "英雄のいさおし(ヒロイックス):《フェイント強化》"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "魔法の矢(マジックミサイル)"!」

 

 ヒュアキントスの一回の全力攻撃(フルアタック)の間に10以上の呪文を発動するベル。

 ベルの全身に力がみなぎり、表皮を硬化させ、魔法の盾を産み、衝撃波を両手の武器にまとわせ、音波と酸のバリアで全身を覆い、全く同じ姿の分身を出現させる。

 そして最後に発動したマジック・ミサイルがヒュアキントスの巨体に炸裂。しかし五本生み出された魔力の矢は、その内の三本までが相手に届く前に消失した。

 

(・・・キラーアント・クイーンと同じか!)

 

 兄に受けた魔法の使いこなし方のレクチャーに強敵には取りあえず魔法の矢(マジックミサイル)を撃ち、何らかの防御がないか試してみるというものがあった。

 以前の事からもしやと思ったのだが、ありがたくない事に大当たりだったようだ。

 呪文抵抗には確率も絡むが、五本中三本が無効化された事を考えると少なくとも五割ほどは無効化されると考えるべきだろう。

 

 イサミであれば反則的な術力の高さや無限とも思える使用回数でごり押しできるのだろうが、ベルにはどちらもない。

 呪文抵抗を無視できる呪文もあるが、そうした呪文は総じて効果がやや低めだ。

 後は足元を沼にする、油で滑りやすくする、周囲に壁や霧を産むなどのいわゆる戦場支配(フィールド・コントロール)呪文か。

 しかしそれも足元が瓦礫では壁を立てたり油を塗布することはできない。むしろ既に瓦礫で敵の機動力が削がれている現状を利用すべきだ、とベルは思った。

 

 

 

 ぎいんっ、ぎいんっ、と両手のナイフからひっきりなしに強化呪文による高い金属音が響く。

 相手の胸あたり、宙に浮きながら踊るようにベルは剣舞を演じる。

 剣速はややベルの方が上だが、相手のリーチと四本の腕、噛みつきによる手数の多さがそれをカバーしている。むしろ押されているのは彼の方だった。

 

 時折【ヘスティア・ナイフ】と【牛若丸】が相手の防御を貫いて体に届くが、強固な石英質の外骨格の前に全て弾かれてしまう。一方で鎌爪がベルの体に着実に傷を蓄積させていく。鏡像分身も当たる端から薙ぎ払われ、あっという間に消失した。

 鏡像分身は攻撃が命中すると消えてしまうので直線的な攻撃には強いが、数体まとめて薙ぎ払われると一気に消えてしまう弱点がある。

 両手剣の一種である波状剣(フランベルジュ)を使っていたヒュアキントスが元々そう言う戦い方を身につけていたということだろう。

 

("石の皮膚(ストーンスキン)"によるダメージ減少が思ったほど効いていない・・・こいつはそう言う能力があるのか?)

 

 ヒュアキントスが得た力の一つ"岩の戦士(ミネラルウォリアー)"は大地と石の力を得た変種の総称だが、彼らはベルが"石の皮膚(ストーンスキンン)"呪文で生成した最硬金属(アダマンタイト)のごとき硬い肌を生まれながらに持っている。

 そしてそれは、四本腕の鎌爪も同じだ。鉄の鎧を鉄の剣で貫けるように、最硬金属(アダマンタイト)の鎧は最硬金属(アダマンタイト)の爪で貫ける。この敵を相手に"石の皮膚(ストーンスキン)"呪文は完全な無駄であった。

 

「ギギッ!」

 

 しかし、ヒュアキントスも無傷ではない。"酸の皮膜(アシッド・シース)"と"音波の盾(ソニックシールド)"により、ベルの体に攻撃を届かせるたび、酸と衝撃波によるダメージを受けている。

 左下腕の指は一本欠け、四つの腕の鎌爪からは異臭を伴う煙がうっすらと上がっていた。




上を歩ける程度の瓦礫の山の上にウォール呪文を発動できるかどうかはちょっと議論のあるところかも知れませんが、
取りあえずこの作品では無理だろうという事で考えております。
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