ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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19-30 複合怪物

 死闘は続く。

 見る見るうちにベルの体と鎧に増えていく傷。

 呪文の詠唱を終えたカサンドラは、だが何故か発動せずベルとヒュアキントスの剣戟を見守っている。

 そして彼らが更に数合を交えたのち、カサンドラが叫んだ。

 

「【リトル・ルーキー】・・・いえ、クラネルさん! 怪物の左側に回り込んでください!」

「はいっ!」

 

 迷わずカサンドラの指示に従い、ヒュアキントスの左側に飛ぶベル。

 鎌爪の攻撃を弾きつつ視界の端に映ったものに、ベルはカサンドラの意図を理解した。

 

 

 

「――【ソールライト】!」

 

 一瞬間を置いてカサンドラが呪文を発動させた。

 中空から、雲間から射す陽光のような一筋の光がベルを照らし、その傷を回復させていく。

 同時にベルの近くにまで戻って来ていたダフネと、その背中に背負われたアイシャのそれも。

 

「くっ・・・うん・・・? なんだい、あいつは・・・!?」

「うちのクソ団長ですよ! 何をどうやったか知らないけど、変な薬飲んで怪物になっちまったんです!」

 

 よろめきながらも自分の足で瓦礫の山に降り立ったアイシャは顔をしかめたが、取りあえずダフネの言葉を信用する事にしたようだった。

 

「こぉぉぉぉぉ・・・!」

 

 ボロボロの体に活を入れ、素手格闘の構えを取る。大朴刀は失ったが【拳打】アビリティを持つLv.4の冒険者にとって、武器の喪失はさほどのハンデではない。

 武器を貸そうかというダフネの申し出も笑って断り、拳を握って深く息を吐く。

 

「ウチが言うのも何ですけどね、【リトル・ルーキー】の手助けしちゃっていいんですか? 一応あいつというかあれというかはウチらの側の総大将なんですけど」

「なぁに、あたしらは冒険者さ。だったら怪物を退治するのが仕事だろ?」

「・・・なるほど、そりゃそうか」

「じゃ、お先!」

 

 虚を突かれたような表情のダフネにニヤリと笑い、アイシャが瓦礫の地面を蹴った。

 不安定な足場ゆえに全力の踏み込みはできないが、それでもその速度は空を舞うベルとさほど遜色はない。

 

「アイシャさん!」

「ここは手を組んで討伐と行こうじゃないか! ドロップアイテムは折半な!」

 

 笑いながら強烈な蹴りをヒュアキントスの右膝に真横から打ち込むアイシャ。

 可動部に正確に、しかも本来動かない方向に与えられた打撃。膝が僅かに軋み、ヒュアキントスが複眼で(顔は動かさないまま)アイシャを睨んだように思えた。昆虫の外骨格じみた装甲板もこうした「関節技」から内部構造を守る事は難しい。

 

 アイテムをドロップするのかなあと苦笑しつつも、一方でベルの剣速も勢いを取り戻す。

 ヒット・アンド・アウェイでしつこく足を狙い続けるアイシャに対して、明らかにヒュアキントスも注意を削がれている。それはそのままベルに対する圧力が軽減される事を意味していた。

 カサンドラが再び回復呪文の詠唱をはじめ、ダフネもヒュアキントスから距離を取って呪文の詠唱を開始した。

 

 

 

 戦いは終わらない。

 手数の多さによる攻撃の圧と堅固すぎる外骨格の装甲がベルの攻撃を拒む。アイシャの打撃も、実質嫌がらせ以上のものにはなっていない。

 ろくに有効打を与えられないままベルのダメージが蓄積し、カサンドラの魔法で回復する。

 回復すると同時にダメージの蓄積が再開され、またカサンドラの魔法で回復する。

 それでも有効打を与えられず、更にダメージが蓄積してカサンドラの魔法で回復する。

 繰り返しだ。

 

 魔法を発動させて敏捷度を増加させたダフネはヒュアキントスの頭部に向けてナイフや瓦礫を投げつけているが、こちらもやはり嫌がらせでしかない。

 もっとも、Lv.2に過ぎない上に大した武器や魔法を持っているわけでもない彼女にそれ以上の事を期待するのは酷だろう。

 

(余り時間は掛けられない・・・【英雄願望】でチャージしている余裕もない・・・僕が手間取っている間に兄さんがやられてしまったら、全部終わりなんだ・・・!)

 

 焦りが思考を誘導する。

 カサンドラの精神力も無限ではない。このまま千日手を続けていては確かにじり貧だ。

 だがしかし、それでもベルの行動は性急に過ぎた。

 

 逆手に構えた〈神のナイフ〉が再び輝く紫色の光の剣を生成する。

 被弾覚悟で突貫し、顔の複眼を狙う。

 一撃目はかわした。

 二撃目は左手の【牛若丸】ではじいた。

 だが三撃目を受け損ない、右腕に決して浅くない傷を刻む。

 そして四撃目が、ヴェルフの打った胸当てにめり込んだ。

 

 とっさに吐瀉物を吐き出しそうになるのをこらえる。

 だがそれでもベルの勢いは衰えない。

 

(届いた!)

 

 そう思った瞬間、固い手応えが腕をしびれさせた。【英雄の一文字剣(アルゴ・ストラッシュ)】が、全力の精神力と僅かながらもチャージを込めたそれが外骨格に止められている。僅かに傷を付けはしたが、それだけだ。

 

「そんな!?」

 

 今の自分にできる最大の攻撃ですら、届かない。絶望と共に首に激痛が走った。

 

「うあああああああ!?」

「【リトル・ルーキー】!」

「クラネルさん!?」

 

 焦りが、見えていたはずの物まで見えなくした。

 リーチの長い鎌爪の攻撃ばかりを繰り出してきたのに慣れて忘れていた、牙による攻撃。

 ベルの首筋に深々と牙を埋め、首を振り回す。

 激痛に身もだえするベルは抵抗も叶わず一緒に振り回され、唐突に宙に放り出された。

 

 鮮血が降り注ぐ。

 大きくえぐられた首から、噴水のように血が吹き出した。

 地面に叩き付けられたベルを追撃する事もせずヒュアキントスはベルの肉を咀嚼する。

 くちゃくちゃという音がやけに大きく響いた。

 

 

 

「うわああああああああ?!」

「キャアアア!」

「・・・・・・・・・・・!」

「ベルッ!」

 

 オラリオでは悲鳴が上がっている。

 〈豊穣の女主人〉亭で女将が唇を固く結んだ。

 別の酒場では顔色を変えたヴェルフが顔色を変えて身を乗り出している。

 

「ヴェルフ・・・」

「・・・くそっ!」

 

 同僚の鍛冶師が、心配そうにヴェルフに声を掛ける。

 その場にいないくやしさに顔を歪ませ、鍛冶師はテーブルに拳を打ち付けた。

 

 

 

 ぎろり、と睨まれた気がして身をすくませる。

 実際にはヒュアキントスが顔を動かしただけだ。

 複眼がどこを見ているのか、昆虫でもないカサンドラに知る術はない。

 

 ベルが首を食いちぎられ、叩き付けられると同時に彼女ら三人は動いた。

 アイシャがベルとヒュアキントスの間に割って入り。

 ダフネはベルに駆け寄って抱き起こす。

 カサンドラは詠唱を一時中断し、ヒュアキントスを迂回してベルの横に移動した。

 

 ヒュアキントスがベルの肉をゆっくりと咀嚼し終え、飲み込むのがわかった。

 動きを止めていた巨体が再び動き始める。

 

「カサンドラ! 毒だ! 解毒魔法を!」

「わ、わかった!」

 

 言いつつ、ベルのポーションベルトからエリクサーの管を抜き、ベルの首の傷に振りかけるダフネ。

 出血は止まったが頸動脈を大きく食いちぎられており、大量に出血している。Lv.4相当の耐久値があるとはいえ、即死していないのは奇跡だ。

 さらに傷口周囲が変色している。負傷はエリクサーで治せるが、毒を打ち消し意識を回復させるためにはカサンドラの魔法が必要だった。

 

 

 

「ベルくん!?」

「落ち着きなさいヘスティア! 彼女がエリクサーをかけているし、まだ望みはあるわ! 彼が死んだことは感じられないのでしょう!?」

「う、うう・・・」

「・・・・・・・・」

 

 神会(デナトゥス)の間、蒼白になって〈鏡〉を見上げるヘスティア。

 あまりに凄惨な光景に、さすがの神々も沈黙している。

 フレイヤも真剣この上ない表情で鏡を注視していた。

 

 この場にいる神でフレイヤのみが知っている。

 首を食いちぎられて、ベルが一度死んだであろうことを。

 そしてそれを救ったのがベルの胸元、服の下に隠れて今は砕けているであろう首飾り。

 行きつけの酒場のウェイトレスが渡した首飾りであったことを。




アイシャの大朴刀をベルの呪文で直せないかなあとちょっと思ったのですが、高レベル冒険者のメインウエポンなんですから当然【鍛冶】アビリティ持ちの上級鍛冶の打った品、つまり魔法の武器なわけで。
イサミならともかくベルくんじゃインスタントには直せないよなという事で諦めました。
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