ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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19-31 月影の遁走曲(フーガ)

 ダフネ・ラウロスは慎重だ。臆病と言ってもいい。

 勝てない戦いはしない。強そうな怪物からは逃げる。常に退路を考えて戦いに臨む。

 それ故に神々が付けた二つ名は【月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)】。

 派閥においてしばしば部隊指揮を任せられていたのも、そうした性格によるところが大きい。

 

 慎重に、事故や不慮の死を避ける。生き延びる事が最優先。決して無理はしない。

 ポーションや精神力が半分になったらその日の探索は終わり。

 「冒険者は冒険をしてはいけない」。

 その言葉の体現のような冒険者が彼女だった。

 

 今回だってそうだ。

 こんな怪物(ヒュアキントス)の相手は同じ怪物(ベル)に任せ、とっとと逃げ出す気だった。

 ロキ・ファミリアや【リトル・ルーキー】の仲間がまだ戦っているだろうから、彼らに伝えれば何とかしてくれるだろう。

 35階層のウダイオスを単身討伐した【剣姫】もいる。だから・・・と思った。

 まさか、いつもおどおどしている親友(カサンドラ)が積極的に戦いに参加するとは思ってもみなかった。

 

 だが結果的に見ればそれが正解だった。

 【リトル・ルーキー】を単独で残せば、カサンドラの回復魔法もアイシャの援護もない彼は早晩倒されていただろう。

 ロキ・ファミリアや彼の兄の救援も間に合わなかったに違いない。

 

「ぐっ! がっ!」

「シャギャアアアアア!」

 

 耳障りな声が響くたびにアイシャの手足から血しぶきが上がる。

 限界まで強化したベルでも防ぎきれなかったラッシュだ、Lv.4になりたて、しかも愛用の大朴刀を失ったアイシャが対応できるものではない。

 既に肩から拳に掛けての両腕にはいくつもの深手を負い、頭部も額から側頭部にかけてごっそりえぐられ、出血している。

 

「どうした。それで終わりかクソ野郎!」

「シャギャアアアアア!」

 

 だがそれでもアイシャは不敵に笑っていた。

 Lv.4の耐久力・・・というだけでは説明が付かない。

 しかしダフネにはわかる。わかってしまう。

 彼女は【リトル・ルーキー】を守りたいのだ。

 ダフネがカサンドラを守ってやりたいと思っているように。

 

 五合。

 それが、アイシャが素手でヒュアキントスの全力攻撃(フルアタック)を凌いだ回数。

 気力は無限ではない。アマゾネスの生命力にも限界はある。

 

(次は凌ぎきれない・・・かな)

 

 アイシャは冷静にそう判断する。

 【リトル・ルーキー】が復活するための時間を稼ぐ事はできただろうか。

 彼の意識が戻れば、どうにかなるはずだ。

 根拠もないのにそう信じられる自分に気付き、苦笑する。

 

 全力攻撃の最後の一撃を終え、ヒュアキントスが鎌爪を鋭く引き戻す。

 カマキリと同じ関節構造を持つスリクリーンの鎌爪は、繰り出す時と同じくらいに引き戻すのも早い。

 間髪を入れずに六度目のラッシュが始まる。

 それをどうにか耐えられるかと身構えて。

 次の瞬間、後頭部に走った衝撃にアイシャが大きくつんのめった。

 

 

 

「シャギギィ!?」

 

 幸運は三つあった。

 アイシャもヒュアキントスも完全にダフネはノーマークだったこと。

 踏み台にされたアイシャが姿勢を大きく崩し、結果的に鎌爪の攻撃が全て外れたこと。

 そして敏捷度を上昇させていたとはいえ、Lv.2に過ぎないダフネが跳躍して振るった短刀が奇跡的にヒュアキントスの右目を貫いたことだ。

 

「シャギャァァァァァア!」

 

 右目から体液を流し、絶叫するヒュアキントス。

 ダフネは着地して素早くヒュアキントスから離れ、まだ体液のしたたる短刀を振りかざして怪物を挑発する。

 

「こっちだ! 来なさい、クソ団長!」

「・・・・・・・・・・!」

 

 怒りに燃える視線がダフネを貫く。

 キチキチキチ、と牙が鳴った。

 物も言わずにきびすを返し、ダフネが逃げ始める。

 ノータイムでそれを追い始めるヒュアキントス。

 膝をついたアイシャが一瞬目を丸くしたものの、すぐにその眼差しが敬意のこもったものに変わる。

 

 逃げるは月桂樹(ダフネ)。追うはアポロンの神意(ヒュアキントス)

 ベルの回復のための僅かな時間。それを稼ぎ出すために彼女は逃げる。

 Lv.2の彼女が、Lv.4ですら歯の立たない怪物から。

 

 「冒険者は冒険をしてはいけない」。

 その言葉の体現のような冒険者が彼女だ。

 けど、忘れてはいけない。

 冒険をするから。冒険をしたから彼女は冒険者なのだ。

 

 

 

「行けえ【遁走者】!」

「かっこいいぞー!」

 

 オラリオで盛上がっている観衆の応援を彼女が聞いたら、物も言わずに駆け寄ってぶん殴ったかもしれない。

 

(そう思うならあんたらがこいつと追いかけっこしてみろってぇの!)

 

 実際にそんなことを思ったわけでもないが、目の前にしていたら間違いなく口に出していたはずだ。

 もっとも、今の彼女にそんな余裕はない。あるわけがない。

 

「シャギャァァァァァァッ!」

「ひいいいいいいっ!」

 

(怒ってる、もの凄く怒ってる!)

 

 金色だった複眼は赤く染まり、ガチガチガチと牙を鳴らすヒュアキントス。

 こけつまろびつ、千年の恋も冷めそうなご面相で、涙と鼻水すら流しながらダフネは必死に駆ける。

 もっとも、グラシアならその様子を美しいと評したかも知れない。

 どれほど滑稽でも、どんなにみっともなくても、その行いには気高さと勇気があった。

 

「うわあああああああああああ!」

 

 彼女の持つスキルの一つ【鉛矢受難(エリオス・バスシオン)】は逃走時に限り移動速度を大幅に上昇させてくれる。

 だがそのスキルと魔法による敏捷度上昇を加えても、足場の悪さと4mの巨体から来る歩幅の差はそうそう覆せるものではない。

 一歩、二歩、三歩。

 それだけでスタートダッシュで開けた差を詰められた。

 

「シャアッ!」

「っ!」

 

 鎌爪が薙ぎ払われる。

 走りながらであるゆえに全力攻撃(ラッシュ)ではなく一撃のみだが、それで十分。

 速度は速くとも、ダフネにはそれをかわせない。

 オラリオの観衆から一斉に悲鳴が上がった。

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