ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
ヒュアキントスはきびすを返して、先ほどまで魔法攻撃が飛んで来ていた方に向き直った。
氷雪系の攻撃が彼の呪文抵抗を何度か突き破り、それなりのダメージを負わせてはいたが、あくまでそれなりだ。
体の一部が氷に覆われて動きが鈍ってもいたが、攻撃が途切れた今すぐに回復するだろう。
首を食いちぎったのと同じ敵が先ほどから周囲に現れては攻撃を仕掛けてくるが、鎌爪で薙ぎ払うと消えてしまう。
そんな事を十何度か繰り返した後、ヒュアキントスはそれらを無視することにした。
消えてしまう敵は「におい」がしない。触角をうごめかせ、ゆっくりとヒュアキントスは歩き出した。
「におい」のする方へと。
「ベル様! 来ました!」
「・・・うん、わかった。みなさん、お願いします」
「それじゃあたし達は時間稼ぎ・・・と言いたいけど、この霧の中じゃどうしようもないね。かといって霧がなきゃ・・・」
「アイシャ様、それでしたらこれを」
「ん?」
「それを目に付けて、『エクラシオ』と唱えてみてください」
「ふうん? 『エクラシオ』・・・おおっ?!」
眼帯を左目に付けて合言葉を唱えたのと同時、アイシャの視界がぱっと晴れた。
ミルク色の霧が左目の宝石を通して鮮明に見通せる。
"
通常は手に持って使うが、それだと戦闘に使いづらいのでイサミが眼帯に仕込み、念のためにリリにも渡しておいたものだった。
「ゲド様は魔剣で援護を。あれだけ大きければ、味方を巻き込むこともないでしょう。カサンドラ様は回復を。範囲指定型のようですし、方向と距離をこちらで指定します」
「おう!」
「は、はい」
普段とは打って変わってきびきびと指示を飛ばす「ルアン」に目を丸くしながらも、カサンドラはコクコクと頷く。
勢いに押されたとも言う。
「ダフネ様はご負傷の所申し訳ありませんがベル様の直衛を。奴が近くに来たら囮になってください」
「・・・いいけどさ。あんたほんとにルアン?」
「ですからそれは後で」
ある意味「死んで来い」と無造作に言われ、顔をひくつかせるダフネ。
とは言えそれが合理的なことはわかっているので反論はしない。
「アイシャ様は前衛をお願いします。できれば奴をこちらから引き離すように。春姫様は霧を維持。適宜幻影で援護して下さい」
「ああ」
「はいっ!」
「では皆様、作戦開始です! 三分間持たせて下さい!」
霧の中を慎重にヒュアキントスは進んでいく。
野生の獣同様、知性を失っても判断力自体は衰えてはいない。先ほどから音が全くしなくなったのが慎重さに拍車を掛けていた。
突然、左側から火炎が叩き付けられた。同時に電撃が下半身を焼く。
それにワンテンポ遅れて、再び「ベル」が現れた。
瓦礫を蹴散らして走ってくるそれを無視して霧を見透かそうとして、怪物はおのれの失策に気付く。
この敵には「におい」がある!
「チェアアアアア!」
後一歩で蹴りが届く間合いで、ベル――その幻影をかぶせられたアイシャは跳躍する。
先ほどとは違う、跳躍の勢いに全体重を乗せた跳び蹴り。
「ギャギイイイ!」
みしり、と。
今度ははっきり、ヒュアキントスの右膝の関節が軋んだ。
怒る怪物が鎌爪を薙ぎ払う。
ブロックしたアイシャの右腕から、ぱっと血が散った。
「ちっ!」
舌打ちしつつ、素早く後退する。追おうとしたヒュアキントスの背後に、再び魔剣の攻撃が二連続で炸裂した。
今度は両方とも呪文抵抗で防いだが、苛立たしげにきちきち、と牙を鳴らした。
その後もアイシャたちの「いやがらせ」は続いた。
最初の時のようにヒットアンドアウェイに徹し、執拗に関節を狙うアイシャ。
位置を変えつつ、影と二人で魔剣を振るゲド。
加えてリリが指揮と共に援護を始め、イサミ特製の火炎・冷気・酸・電撃など、矛盾するいくつものエネルギーをまとった矢が飛んでくる。
リリとゲドは直接攻撃を受けないよう、1、2回攻撃をしたら位置を移動している念の入れ様だ。
とはいえそれでもほとんどダメージは与えられていない。
呪文抵抗を抜いても、強固な外骨格装甲は魔剣のダメージの大半を弾いてしまう。リリの矢も同じだ。
アイシャもさすがに警戒され、最初のような大胆な攻撃はできなくなっている。
だが足止めという目的はしっかり果たしている。
後2分。このままいけば、と誰もが思った。
「?」
ぴたり、とヒュアキントスが動きを止めた。
口元と額の触角をぴくぴく動かし、霧の向こうに顔を向ける。
その視線の先に、正確にベルの現在位置があった。
「!? 音は遮断しているはず、どうして・・・っ、そうか、魔力感知!」
僅かな時間を経て、リリが正解にたどり着いた。
ベルのスキル【
その際に鳴るチリンチリンという鈴のような音はリリも抜け目なく遮断していたが、魔力に近い波動を放つ"
魔獣化し、感覚が鋭敏になっているヒュアキントスには尚更だったろう。
「止めて下さい!」
「シャギャアアアアッ!」
「ちいっ!」
リリが叫んだのと、ヒュアキントスが走り始めたのが同時。
ヒュアキントスの左斜め前にいたアイシャは咄嗟に膝にタックルし、僅かでも進行速度を遅らせようと試みる。
彼女の胸ほどの高さにあるヒュアキントスの左膝。
タックルを成功させて右膝に負担がかかればあるいは・・・
「なっ!?」
そう思った瞬間、ヒュアキントスが消えた。
「跳んだぁっ!?」
ゲドの驚愕の叫びに何が起こったかを理解し、空を見上げる。
跳んでいた。
怪物が自分の身長を超える高さを軽々と跳んでいた。
スリクリーンはカマキリの性質を持った種族。
ゆえに、種族として圧倒的な跳躍力を持つ。
高さ5m、長さ20m近くの大跳躍を軽々とやってのけた。
着地点には、チャージを続けるベル。
「ダフネ様、真っ直ぐ前にジャンプして体当たりを!」
「っ!」
「ギッ!?」
「うわっ!?」
空中で、互いに意図せず鉢合わせの形になる。
ダフネ一人ではヒュアキントスの質量に遠く及ばないが、それでも空中でバランスを崩させるには十分だった。
地響き。
半回転したヒュアキントスが背中から地面に落ちた。
抱きつくような形で一緒に落下したダフネが、ハッと気付いてヒュアキントスの左上腕を自分の身体全体で抱え込む。
「ギギッ!」
苛立たしげに腕を地面に叩き付けるヒュアキントス。
だが離れない。
後頭部から背中にかけて、そして戦闘衣に隠れて見えないが、鎌爪のとげの刺さった体の前面が樹皮化している。
二回、三回、四回。
どんどん強くなっていく衝撃に、血を吐きながら必死でダフネが耐える。
五回目。
それでもダフネは離れない。
既にヒュアキントスの複眼は怒りで真っ赤に染まっている。
今度こそ。そう思って立ち上がろうとしたヒュアキントスの後頭部に、再び渾身の蹴りが炸裂した。
「シャギャアアアッ!」
いくらカマキリのような魔獣といえど頭部には脳があり、脳は衝撃に弱い。
立ち上がろうとしていたところにアイシャの痛撃を喰らい、ヒュアキントスは思わず尻餅をついた。
それと同時に力尽きたのかダフネが地面に落ち、ぐったりとする彼女を無表情なゲドの影が慌てて回収する。
同時に衝撃波の魔剣がヒュアキントスの頭部に命中し、更に怪物をぐらつかせた。
チャージ、あと一分。
三銃士の有名な一節「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために(Un pour tous, tous pour un)」ですが、これ原語の「UN(英語のONE)」は「一人のために」ではなく「一つの勝利のために」を意味するという説がありまして、今回採用してみました。