ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「ゲド様! ダフネ様の容態は!」
「今エリクサー飲ませてるけどかなりの深手だ! 頭もやられてるかもしれん!」
「くっ! カサンドラ! 回復魔法待機だよ!」
「は、はい!?」
カサンドラに声を掛け、アイシャはヒュアキントスの正面に回り込む。
立ち上がったヒュアキントスに、今度は正面から拳や蹴りを打ち込み始めた。
ヒット・アンド・アウェイではなく、足を止めての打撃戦。
それ故にヒュアキントスは跳躍するタイミングがつかめない。
だがそれは、攻撃するのに何の支障もないと言うこと。
四本腕の鎌爪が、先ほど同様アイシャの体に次々と傷痕を穿っていく。
そして三度目の
「アイシャ様!?」
「今・・だ! カサンドラ! 私に回復魔法を!」
「え、・・・カサンドラ様! 右前15度、7mです!」
「は、はい!」
僅かに言いよどんだリリの指示に従い、カサンドラが「ソール・ライト」を発動する。もしカサンドラが霧を見通せていたら、そうはいかなかったかもしれない。
四本の鎌爪に体を貫かれたアイシャの姿を見ていれば。
こいつは倒した、と思った瞬間、ヒュアキントスは驚愕に襲われた。
抜けない。
獲物の体を深々と貫いた鎌爪が抜けない。
「ギッ!?」
「おど、ろいたか・・・ばかめ。人間様を・・・なめんじゃないよ」
口の端から一筋の血を流し、アイシャが不敵に笑う。
右肺、左肩、右脇腹、左太もも。
いずれも背面にまで貫通する傷に、鎌爪が突き刺さったまま回復呪文が掛けられた。
つまり鎌爪を巻き込んで肉体が再生し、爪を完全に埋め込んでしまったのだ。
これが剣や槍ならあるいは引き抜けたかも知れない。
しかしスリクリーンの鎌爪は湾曲している上に、獲物を逃がさないための逆トゲが付いている。
それが今は逆に、鎌爪を捕らえる抵抗となっていた。
「シギャアァァァァァ!」
振り回し、叩き付け、四本の腕を乱暴に動かして、この生きた枷を破壊しようとする。
だが壊れない。この人間の五体が、万力のように強い力で四本の腕をしっかりと拘束している。
緩んだと思ったところにまた回復魔法が飛び、再び爪が肉に埋め込まれる。
「・・・春姫様! あの魔法を! ゲド様、マジックポーションの用意!」
「はい! 【タマテバコ】解除!」
ここが勝負時と見たか、
ふうっ、と春姫が粉末のような何かを飛ばした。
黄金色のそれは、風に乗ってふわりと広がり、暴れ回るヒュアキントスとアイシャを包む。
(お願い、私の魔法・・・アイシャさんを・・・そしてベル様を助けるために!)
「【――枯れ木に花を、咲かせましょう】」
「【育ててくれたおじいさん。助けてくれたおばあさん。二人の恩に報いるために】」
「【――枯れ木に花を、咲かせましょう】」
「【たとえこの身が滅びても。たとえ姿が変わっても。あなたの恩は忘れない】」
「【――枯れ木に花を、咲かせましょう】」
「【ハナサキノオキナ】」
『ウオオオオオオオオオ!』
霧が晴れた次の瞬間、オラリオで歓声が巻き起こった。
戦っている。まだ【リトル・ルーキー】たちが戦っている。
首を食いちぎられた【リトル・ルーキー】は白い雷光の走る剣を構えているし、とどめを刺される寸前だった女冒険者も、どうやら無事のようで――と、そこまで見て取った瞬間、一斉に驚愕の叫びが上がった。
『なっ!? なんだあ!? 怪物の全身を、緑色の何かが覆っていく・・・ツタだ! これはツタだ! どんどん大きく、捕まった冒険者ごと怪物を飲み込んでいくっ!
いやもはやツタとは言えない! これは木! これはまさにジャッキーと豆の木! 天まで伸びよとばかりにそびえ立つその姿は勝利へのはしご段かーっ!
あ、ああーっ! なんと、花が咲いた! 満面の花だ! 美しい! 美しすぎる!』
『なんと! 戦いのさなかとは思えんな・・・それはそれとして俺がガネーシャだ!』
【火炎(ry】の実況通り、ツタは今や巨大な木となって一面の花を咲かせ、ヒュアキントス達を丸ごと飲み込んでいた。
上は10m近くにも延び、下は瓦礫の奥深くにまで根を伸ばしている。
こうなってはさすがのヒュアキントスも容易くは脱出できない。
安堵したか力を使い果たしたか、アイシャががっくりとうなだれて意識を失う。
それと同時に春姫もくずおれた。駆けつけたゲドが慌ててその口にマジックポーションを注ぎ込む。
春姫が発動させたもう一つの魔法、【ハナサキノオキナ】。
その力は生命の操作。
最初に春姫がまいた花の種。【ハナサキノオキナ】はそれに力を与え、成長させる。
しかしその分のエネルギーはどこからか持ってこなくてはならない。
つまり、春姫の精神力だ。
Lv.1としては破格の精神力と魔力を持つ春姫だが、それでもこの束縛には全精神力を要したのだ。
リィン、リィンと鈴の音が鳴る。
リリも【リレハァ・ヴィフルゥ】を解除していた。
息詰まる数瞬。
と、「豆の木」が枯れ始めた。
余りに高速で成長させたこと、精神力の補給が途切れたことで枯死を始めたらしい。
見る見るうちに茶色に染まり、しなびていく「豆の木」。
それと共にバキバキ、ブチブチと音が響く。
絡みつく無数のツタをちぎり、ヒュアキントスが幹の中から姿を現す。
左上腕を振り、いまだ絡みついていたアイシャの体を放り捨てた。
即座にカサンドラの「ソール・ライト」が飛び、ゲドの影がそれを回収する。
担がれたアイシャがうめき声を上げたのを見て、春姫がほっと息をついた。
「シャギャアアアアアアアアアアアアアア!」
びりびりと大気が震える。
これまでで一番の怒りを乗せた咆哮。
もう許さぬ、お前達は全員死ぬのだとばかりに高みから睥睨する真紅の複眼。
だがその前に待つのは白き髪の少年。
後ろ手に回した剣は、英雄の光でまばゆく白く輝く。
チャージ、完了。
仲間達が脇に下がる。
ここからは主役の出番。
脇役は文字通り脇に下がるとばかりに。
対峙する少年と怪物。それはまるで英雄物語の一幕のようで。
「・・・行きます。これで、おしまいにしましょう」
「シャギャアア!」
再び怪物は跳躍した。
四本の腕で哀れな獲物を貫くべく、背中に力を溜める。
だが怪物は見誤っていた。
あの紫の剣であれば、あれだけの力をまとっていても致命傷にはなるまいと。
リーチの差で先に少年を屠ってしまえばよいと。
後ろ手に構えていたがゆえに、白き稲妻が刀身を覆っていたがゆえに気付かなかった。
ベルが構えていたのが【神のナイフ】ではなく、友が鍛えた真紅の魔剣であることを。
「魔力を集束した剣が【
かっ、と目を見開く。
落ちてくる。怪物が、ヒュアキントスが落ちてくる。
ベルの視界に映る世界がゆっくりになり、ヒュアキントスの落下が止まったように見えた。その目に恐怖が宿り、【クロッゾの魔剣】に気付いたことがわかる。
だがもう遅い。ベルの武器が魔力剣であれば鎌爪が先に届いた。怪物にならなければ、神より授かった魔法があった。
だが魔剣より、それも絶大な威力を持つ【クロッゾの魔剣】よりも間合いの長い武器など、彼は持ってはいない――!
ゆえにその結果は必定。
「【
白い稲妻をまとい、巨大な火柱が天を貫いた。
イサミが、アイズが、アスフィが。シャーナとレーテー、狂戦士化したフィン、リヴェリアとガレス、ティオネとティオナ、フェリス命椿リュールノアクロエリド。
オッタルとロビラーすらもが戦いを中断して空を見上げる。
彼らは戦いが終わったことを知った。