ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

2 / 270
1-2 呪文修正(メタマジック)

 

 ナッシュたちは治療を終えた後、18階層の安全地帯を目指して出発した。

 イサミは魔石を回収し、魔法の背負い袋(ヒューワーズ・ハンディ・ハヴァサック)に放り込んだ後、再び敵を求めて歩を進める。

 

 ほどなくして現れたリザードマン・エリートの群を一足先に察知し、どこからともなく大振りのビンを一本取り出した。

 中に入っているのは『錬金術師の火』と呼ばれる、空気に触れると発火する粘液状の化合物。

 カプコンのゲームをプレイしていた人には「大オイル」と言えば通じるだろうか。

 

「《最大化(マキシマイズ)》《威力強化(エンパワー)》《二重化(ツイン)》《効果範囲拡大(ワイドゥン)》《エネルギー(エナジー)上乗せ(アドミクスチャー)(ファイア)(エレクトリシティ)冷気(コールド)(アシッド)》"炎の泉(ファイアーブランド)"」

 

 数秒、この世界で言えば超短文の詠唱と共に、その手の中からビンが消える。

 リザードマン・エリートたちの足下に数十の燃えたぎる液体の泉が現れ、そこから炎が吹き上がった。

 

「GYOOOOOOOO!!」

「GAAAAAAA!」

 

 苦悶の声を上げるリザードマン・エリートたち。

 先ほどバーバリアンを焼き尽くした「炎の間欠泉(ファイアーブランド)」の呪文、それも呪文に修正を加えた強化版だ。

 炎の柱は12秒間の持続的なダメージを与えると共に、燃える液体を付着させることで更なるダメージも与える。

 

 《最大化》《威力強化》で合計2.2倍、《二重化》で2倍、《エネルギー上乗せ》4つで更に5倍の、七つの呪文修正を重ねた威力は通常の22倍強。

 "魔術師(ウィザード)"の上級クラス『呪言師(インカンタトリックス)』としての特殊能力に加え、《簡易呪文修正》《実践的呪文修正》《秘術の学究》などの無数の《特技(フィート)》を習得している彼だからこそできる芸当である。

 

「GYYYYYYYYYYY!」

「ぐっ!」

 

 しかし、それでもこの階層の怪物を即死させるには至らない。

 イサミの目の前にいたリザードマン・エリートが、イサミに向けて剣を振り下ろす。

 回避しきれず、上腕が浅く切り裂かれた。

 

「ちっ!」

 

 そいつだけではない。当然他のリザードマン・エリートもイサミの周囲を囲み、剣を振り下ろし、あるいは薙ぎ払う。

 四方を囲まれながら、後ろに目でもついているかのような動きでそれを回避するイサミだが、全てを回避はしきれない。

 不可視の魔法の盾であるいは受け止め、あるいは周囲に纏う力場で弾く。

 だがそれでもおいつかず、次々と体中に傷が開く。

 

 先ほどのように不可視の壁で囲んでから呪文で攻撃すれば、傷一筋負うこともなく封殺できる相手のはずである。

 だがイサミはそれをしない。

 歯を食いしばりながら再び「錬金術師の火」を取りだし、呪文を詠唱する。

 

「GOAAAAAAAAAAAA!」

「がっ!」

 

 己を焼く炎に怒り狂ったリザードマン・エリートが、イサミの背中に曲刀を突き立てた。

 渾身の力で突き立てられたそれは胸郭を貫通し、胸の中央から切っ先が突き出す。

 

 間髪を入れず、前の方から迫る別のリザードマン・エリートが、右手の盾を全力でイサミの頭に叩き付ける。

 ごきり、と鈍い音がして首の骨が折れた。

 

 胸板を突き通され、こめかみから血を流して、あり得ない方向に首を曲げたイサミ。

 鍔元まで突き通した曲刀を握り、リザードマン・エリートが勝利の雄叫びを上げる。

 

 が。

 イサミの右手が動いた。

 ごきり、と再び音を鳴らして首を元に戻す。

 折れた骨の代わりに、強靱な筋肉が頭を支えた。

 

「・・・・・・・・!」

 

 盾で殴りつけたリザードマン・エリートが、おびえたように一歩後ずさった。

 刺さった曲刀をつかんだままのリザードマン・エリートは、手を離すことも、剣を引き抜くこともならず凍り付く。

 笑みを浮かべてイサミが振り向いた。

 

「どうした? それでしまいか、おい」

「GYYYYYYYYYYYYYY!?」

 

 恐怖を知らないはずのモンスターが悲鳴を上げる。

 次の瞬間、再度の呪文詠唱が完成し、リザードマン・エリートの群は全て動かなくなった。

 

 

 

 最後の火柱が途切れ、くすぶる死体だけが残る。

 周囲に新たな敵がいないことを確かめ、イサミは体の力を抜いた。

 

「いつつ・・・心臓や肺は・・・傷ついてないみたいだが」

 

 短く呪文を口ずさむと、刺さった曲刀がひとりでに抜けて床に落ちた。

 胸の傷口に手を当て、更に呪文を詠唱する。

 

「"シンバルの癒しの魔力(シンバルズ・シノストドウェオマー)"」

 

 当てた手から金色の魔力が生み出されると共に、胸から背中に貫通する傷口がふさがっていく。

 もう一度呪文を発動し、首の骨を接合する。

 首を一回転させて治り具合を確かめると、その口から深いため息が漏れた。

 

「・・・・・しんどいなあ・・・・・」

 

 ――貰った加護は確かに強かった。

 それこそ半月で深層までこれてしまうほどに。

 

 だがその反動か何なのか、イサミのステイタスは全く伸びない。

 上層ではチートそのものだった加護も、下層で役に立つのは、実質、タフネス上昇と魔法の強化くらい。

 

 魔法は例の呪文修正重ね技でまだ通用するものの、物理戦闘力はこの階層では最早お話にならないレベル。

 いくら肉体的な素質が優れていようが、ステイタスが伸びないのでは見せ筋でしかない。

 

 つまり、あえて白刃に身をさらしているのは、僅かでもステイタスを上げたいという涙ぐましい努力に他ならなかった。

 

「しんどいなあ・・・」

 

 イサミがもう一度深いため息をついた。

 

 

 

 その後、イサミは数十回の戦闘を繰り返した。

 

 かわす。傷を受ける。焼く。傷を癒す。

 かわす。傷を受ける。焼く。傷を癒す。

 

 かわす。傷を受ける。

 焼く。焼く。焼く焼く焼く焼く焼く。

 そしてまた傷を癒す。

 

「"炎の泉(ファイアーブランド)"!」

「"炎の泉(ファイアーブランド)"!」

「"炎の泉(ファイアーブランド)"!」

 

 冒険はきつい。

 生活費を稼ぐのもきつい。

 でもこういうきつさは予想してなかったなあ、とイサミは思った。

 

 

 

 

 

 三十八階層への階段を確認したところで、イサミは帰還することにした。

 全身の衣類はズタズタに裂け、乾いた血がこびりついている。

 誰も見ていないことを確認し、イサミは胸に右手を当てた。

 

「創造のドラゴンマークよ、その力を示せ」

 

 服の下に隠れて見えないが、先ほどラディッシュの傷を癒したのと同じような――ただし形は違う――精緻なデザインの紋様が脇腹に浮かび上がり、光を放つ。

 

 すると、切り裂かれた服が見る見るうちに元通りになった。

 加護で手に入れた特殊能力のひとつ、「創造のドラゴンマーク」の力である。

 

小魔術(プレスティディジテイション)

 

 今度は呪文を唱える。

 あちこちにこびりついていた血のりがすっと消えていく。

 次に「透明化(インビジビリティ)」の呪文を唱え、イサミは姿を消した。

 

 さらに腰に付けた魔法のベルトの力を解き放つと、30秒ほどかけてその姿が気体化し、白いもやのようになる――もっとも、透明化しているので見えはしないが。

 

 気体となったイサミが動き出した。

 次の瞬間にはもう、風の如く遥か彼方に去っている。

 

風乗り(ウィンドウォーク)」。

 魔道具「グワーロンのベルト」によって付与された呪文の力は、使用者に気体化する力と、まさしく風の速度で移動する能力を与える。

 その速度は約108km/時。一級冒険者の全力疾走にも匹敵する。

 

 しかも、気体状の時はあらゆる物理攻撃を受け付けない。そもそもほとんどのモンスターは、この状態のイサミを感知できない。

 約10分で、イサミは地上へと帰還した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。