ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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20-03 銀(しろがね)の城

「・・・」

「うわっ!?」

 

 シャーナがギョッとして飛び退いた。

 いつの間にかその後ろにアイズが立っている。

 

「えーと、アイズさん?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 恐る恐るベルが話しかけるが、アイズは困ったように視線をさまよわせる。

 コミュニケーションの経験に乏しい少女は何を言うべきか戸惑っているようだった。

 

「あのね・・・その・・・」

 

 我慢強く言葉を待つベル。

 

「その、ありがとう」

「え? 何がですか?」

 

 憧れの少女の端的な言葉にきょとんとするベル。

 

「ああ、あの城からこっちまで来たことですか? それなら兄さんに・・・」

「違う」

「?」

 

 アイズの否定に再び首をかしげる。

 

「あの時、私を止めてくれた」

「ええっと・・・ひょっとして、あの黒い炎の?」

 

 こくり、とアイズが頷いた。

 〈復讐姫(アヴェンジャー)〉。

 文字通り復讐に狂う者のみが発動させられるスキル。

 黒竜が現れたあの時、文字通り復讐の炎に飲み込まれていたアイズを救ったあの手。

 育ての親であるロキや三首領でさえ押さえ込むのに多大な努力を要したそれを、ただそっと触れるだけで押さえ込んでくれたこの少年。

 

(何故だろう? この子に触れていると、炎が鎮まる・・・鎮まっちゃ、いけないのに。私は仇を討たなくちゃいけないのに)

 

「あ、アイズさん・・・?」

 

 いつの間にか二人の顔が近づいていた。

 無意識にだろうか、アイズがベルの頬に手をそえて赤い瞳を覗き込んでいる。

 その赤い瞳に負けないくらい、今のベルの顔は真っ赤だった。

 神秘的な深みを湛える金色の瞳が更に視界の中で大きくなって――

 

「はいストーップっ!」

「ふぁっ!?」

 

 二人の間に無遠慮に割り込んで両手で無理矢理引きはがしたのはヘスティアだった。

 実のところリリや春姫もこの二人の距離感にやきもきしていたのであるが、何しろ相手はLv.6。都市屈指の冒険者であるからLv.1の彼女らでは割って入りようがない。

 

 が、神であるヘスティアに冒険者同士の序列など関係ない。強引に割って入り、力づくで両者の距離を離す。

 もちろんヘスティアごときの力で動かせるアイズではないが、金と白銀の少女は特に逆らうこともなくベルから離れた。

 とはいえ少年の頬に当てていた手がやや未練がましく宙をさまよっているところに、少女の自分でも気付いていない本心が現れている。

 

「それで、まだ何か用かい? ないなら早いところ自分のファミリアに戻るべきじゃないかな?」

「か、神様」

 

 しっし、と露骨に追い払いモードを発動させるヘスティアに、困り顔になるアイズ。

 ベルと話したいのは山々だが、紐神の言う事ももっともなので反論できない。

 ちなみにリリは主神と同じような表情、春姫は余り顔に出さないながらも困り顔。

 シャーナは呆れ、レーテーは気の毒そうな、フェリスは露骨にがっかりした表情を浮かべていた。何にがっかりしているかは微妙にわからない。

 そこであ、という表情を浮かべたのはベルだった。

 

「あの、アイズさん?」

「っ。うん、なに?」

「むっ」

 

 ちょっと顔が明るくなるアイズと、眉間に皺の寄るヘスティア。

 だが続くベルの言葉で、再びアイズの顔が曇った。

 

「その、あの黒い炎・・・なんだったんですか?」

「それ・・・は・・・」

 

 言葉にも力がない。ベルも何かまずいことに触れてしまったと気付いたところでシャーナが割って入った。

 

「そのへんにしとけ、ベル。よそ様のスキルだのに探りを入れるのはマナー違反だぜ」

 

 おまえだってそうだろう、と言外に匂わせるシャーナ。

 

「悪いな【剣姫】。こいつそのへんはあまりよくわかっていなくてよ」

「いえ・・・」

 

 曖昧に答えるアイズにベルが頭を下げた。

 

「す、すいません」

「ううん、いいの」

 

 そう言葉では言われたものの、アイズの沈んだ表情が奇妙にベルの心に刺さる。

 

「あの・・・」

 

 自分でもよくわからない思いを言葉にしようとして、そのベルの声はヘスティアの声に遮られた。

 

「みんな! イサミ君から連絡だ!」

 

 

 

 時間はやや遡る。

 ウィッシュの連続使用で辛くも黒竜の面前から脱出したあと、怪我人たちに死なない程度の応急処置を施してイサミはポーチから一本の呪文杖(スタッフ)を取り出した。

 どう見ても小さなウェストポーチには収まりきらない長い杖がスルスルと出てくる様子に、周囲の人間がぎょっとする。

 意匠からして魔術師呪文を込めたものではないだろうそれを一振りすると、馬車ほどもある一塊の雲が現れ、とんぼを切ってイサミはそれに飛び乗った。

 

 "乗雲の術(クラウド・チャリオット)"。西洋の魔術師(ウィザード)ではなく東洋の仙人や道士の術を扱う術者、巫仙(ウーイァン)たちの使う高位の移動術である。

 日本人には筋斗雲といった方が通りがいいだろう。

 

「兄さん?」

「神様が降りて来たら一緒にホームに戻って荷造りしておけ。何があるかわからん、暴動も起きるかも知れない。出来るだけ外には出ないようにな」

「おい、待てよ!?」

「イサミちゃん!」

 

 シュッ、と指二本を振ってシャーナやレーテーの言葉に応えると、イサミの姿はあっという間に空の彼方に消え去った。

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 景色が流れていく。

 地上数百メートルの高さにありながら、それでもはっきりとわかるくらい周囲の景色が、そして朝日に照らされた雲が素晴らしい速度で後方に流れていく。

 "乗雲の術(クラウド・チャリオット)"。伝説の筋斗雲に範を取るだけあってその速度はD&D世界でも群を抜く。持続時間が10分と短いのが難ではあるが、その移動速度は時速960km、マッハ0.8。

 竜も、大気の精霊も、人を超え超人の域にある武闘僧(モンク)ですら到底追いつかぬ。

 瞬間移動以外では間違いなくD&D世界最速の移動手段だ。

 

(すっげぇ・・・!)

 

 その速度を自ら制御して空を駆けているのである。初めて使ったイサミ本人が驚くのも、こんな時にもかかわらず心が浮き立つのも無理からぬ事であった。

 

 

 

 数分、東南東に100km余り飛んだ所でイサミは雲を止め"上位透明化"呪文を発動した。

 こちらの視線に気付かれないよう、気付かれたとしてもオラリオの方角に注意が向かないようにと言う用心だ。

 

 南西に十数km、かつて古城があったところに巨大な黒い影がうずくまっていた。

 可能な限り気配を消し、仔細に観察する。野生の獣とて視線を感じて逃げ去るのだ、世界最強の魔獣ともなればそれに数百倍する勘の良さを持っていても不思議ではない。 

 

 イサミの鋭い視覚に映るそれは、こうして見れば最初の印象ほど巨大ではない。だが100mを越える巨体は、先ほどまでそこに存在した城と比べても全く見劣りしないだろう。

 

 黒い。

 黒く、禍々しく光る鱗が1mmの隙間もなく全身を(よろ)っている。

 例外は爪と角、今は折りたたまれている背中の翼の被膜、そして両目くらいだ。

 

(・・・それだけに、否応なしに目立つな)

 

 白銀の剣。左目に深々と突き刺さったそれが見えるのは柄だけ、それでもこの距離から見てもわかる業物。黒き竜が「隻眼の黒竜」の名で呼ばれるようになった理由。

 立ち上がれば優に100mを越える巨竜の目に、一体何者がこれを突き刺し、この世界最強の魔獣に一矢報いたのか。

 

(伝説通りなら白銀の剣士・・・大英雄アルバート、またの名を傭兵王ヴァルトシュテイン)

 

 【神の恩恵】の無い時代、精霊の助けがあったとは言え人の力のみであの魔獣に挑み、倒せぬまでも撃退したという伝説の英雄。

 彼らはどれほどの覚悟を固め、どれほどの研鑽を重ねてその偉業を成し遂げたのかとわずかに感傷にひたって、イサミは頭を振ってそれを振り払う。

 

 10kmほど距離を置いて周囲をゆっくり回るように観察を続ける。

 黒竜の周囲を概ね一周した後、イサミは意を決して再び"乗雲の術(クラウド・チャリオット)"と"上位透明化(スペリアー・インヴィジビリティ)"を発動し、慎重に接近を始めた。




 この話のアイズは「精霊の六円環」の時にベルの大鐘音を聞いていないので、まだ黒い風のままです。
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