ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「魔力が低いぃ?」
なんじゃそら、と言いたげな表情のロキ。他の神々の表情も大体そんなものであった。バベル、
「年中引きこもりのソーマさんまで出てくるとは、黒竜パねぇ」
「さすが"
「はいそこうるさい」
今ここにはギルドの人間も何人かおり、その中には書記を務めるエイナの姿もあった。
「まず大前提として、モンスターは食事もしますが基本的には魔石の魔力で動いています。これはいいですね?」
「まぁせやな。ダンジョンの外に出たら魔石もちゃちなって、能力も落ちるんやろ?」
「はい。野生化したゴブリンとかそうですね」
そうしたゴブリンに囲まれてベルが死にかけたことがあったなあ、と頭の隅を雑念がよぎるが取りあえず無視。
「私は魔力を見る事のできる魔道具を持っていまして」
例によって取りあえずそう言う事にしておく。
何でこの世界は魔法が三つまでしかないのかと何度だって愚痴りたくなるがそれも無視。
「モンスターの魔石が持つ魔力もある程度までは見えるんですよ。
黒竜の魔力は、それはもちろん下手な階層主より遥かに高いんですがあの体のサイズを考えれば明らかに低い。
古城の残骸を一撃で吹っ飛ばしたあのブレスを考えても、明らかにあんな魔力じゃないはずなんです」
「つまり・・・魔石の魔力が枯渇しかかっていると言う事かしら? 寿命が切れかかった魔石灯や魔剣みたいに?」
ヘファイストスの質問に頷く。
「いくら三大魔獣だからって、魔石の魔力が無限なわけはありません。使ったエネルギーはどこからか補充しないといけない。
ダンジョンの中ならダンジョンそれ自体から栄養補給も出来るでしょう。
ですがあんな図体の、しかもLv.6や7じゃ利かないような高純度の魔石のエネルギーを食事で補充しようとしたら、多分世界中の生き物を食らいつくしてもまだ足りない。
これはガネーシャ・ファミリアのモンスターテイマーから聞いたんですが、大雑把に言ってLv.1のモンスターだと、同じ体重の家畜の2倍、Lv.2だと4倍のエサを食うそうです。
これが倍々ゲームで増えていくとして、黒竜が仮にLv.10相当とすると同じ体重の生物の約1000倍のエサを必要とすることになります。Lv.11相当なら2000倍ですか」
かつて黒竜に挑んだゼウス、ヘラ両ファミリアには、オッタルをも越えるLv.9とLv.8の英雄がいた。それを退けたとなると、Lv.10でも低い見積もりではある。
「物の本によると、体長2mの普通の虎を飼うときは一日のエサが肉8kgほどだったそうです。一方で体長20cmのねずみのエサは一日50gほど。体重比からすれば本来1000倍ほどは必要ですが、実際には160倍ほどで済んでるのは体表面面積の増加はサイズ比の自乗であるのに対し体重増加は三乗で、従って体温を保つための栄養が・・・」
「イサミ君、お願いだから結論だけ言ってくれ」
「あ、はい」
頭痛をこらえるような顔で説明を遮ったのはヘスティア。
もっとも、他の神々もほぼ全員似たような表情だ。
「まあともかく、かなり少なめに見積もっても黒竜が腹を満たすには最低一日8000t、牛ならざっと八千から一万頭を食う必要があります。一日ですよ? 最低でも千年あいつが世界中をうろついて一日八千頭の牛を食う・・・大陸に動くものが残ると思いますか」
円卓に沈黙が落ちた。
現代地球で陸上の生物の合計は三千億トン、海の生物でも八千億トンと言われている。
しかしこの大半はプランクトンや虫と言った小型生物で、黒竜が食うような大型生物となれば重量比ではせいぜい0.1%程度だろう。
食料になる大型動物が三億トン、黒竜が喰らう重量が年に推定300万トン。丁度百年で大陸から黒竜のエサは消える計算だ。
もちろん百年の間にエサとなる動物も増えるが、大型生物は当然成長も遅い。どう見積もっても絶滅に200年はかからないはずだ。
「うーん、つまりやな・・・あいつは普段は熊みたいに冬眠しとって、たまに出てくるだけっちゅうことか?」
「概ねそんな感じかと。実際"
そもそもあんな怪物が頻繁にエサを獲っていれば世界中のあちこちで目撃証言が残ってるはずですが、これがほとんどない。少なくともアルバートに撃退されてからゼウス・ヘラ両ファミリアと戦うまでろくに活動してなかったと考えるのが自然かと」
それに、とイサミは真顔になって言葉を付け足す。
「奴の片目もそうですが、仔細に観察してみたら、奴の鱗にはムラがあるんですよ。所々――線状だったり一定範囲だったりしますが――そこの鱗が明らかに生え方が違う。
恐らくは大英雄アルバート、ゼウス・ヘラ両ファミリアと戦った傷痕じゃあないでしょうか。討ち果たせこそしませんでしたが、彼らは伝説の魔獣に確かに爪痕を残したんです」
おお、と感嘆の声が漏れる。
軽薄な神々も、この時ばかりは伝説の英雄たちに敬意を払っているかのようだった。
それが収まった頃を見計らい、再びロキが声をかける。
「つまり傷を癒すためにぐーすか寝てたっちゅー可能性もあるゆうことか・・・しかし危ないことすんなあ、自分。いきなりブレスられたらどないすんねん」
「実際生きた心地がしませんでしたよ。寝ているようにも見えましたが、いつ顔を上げるかわかったものじゃない」
今更ながらにその時の緊張が甦ったのか、ぶるりと身を震わせるイサミ。
"上位透明化"呪文をかけはしたものの、竜には透明化を見破る生来の感覚がある。通常の竜なら"上位透明化"は見破れないのだが、伝説中の伝説である黒竜ならひょっとして・・・という恐れはどうしてもぬぐえなかった。
安全の上にも安全を取って2km以上近づかないようにして観察を続けたものの、無事に離脱できたときの安堵は言葉に尽くしがたかった。
「なるほど! いやあ、よくやってくれたイサミ・クラネル! おまえの持ち帰った貴重な情報は必ずや我々の生存に大きく貢献するだろう! この功績は忘れないぞ!」
「恐縮です」
神々との質疑応答の後、立ち上がったのが着飾った豚・・・もといギルド長のロイマン・マルディール。お褒めの言葉にイサミが如才なく一礼する。
「ギルドの豚」と公然とあだ名されるような人格と肉体の持ち主だが、その手腕とオラリオへの献身は本物だ。しいて覚えを悪くすることもない。
ロイマンのお褒めの言葉はそれで終わり、代わってギルドのモンスターや迷宮の情報を管理する部門の実務担当者が立ち上がる。
「それではよろしいでしょうか、ギルドの方からも二、三質問が・・・」
日は既に高くあった。臨時
はずなのだが・・・何故か今、ヘスティアの姿がガネーシャ・ファミリア根拠地の前にあった。常に連絡を取りたいというヘスティアの意向で、ヘスティアの頭の横にはイサミの映る【神の鏡】が浮いている。
鏡の中のイサミは何やら作業をしているようで、ちょくちょく視点が動いていた。
「おら、荷馬車通るぞ! 道あけろー!」
「カルッタ商会が来たぞ! 担当誰だ!」
「モンスターが逃げないよう、檻や建物の鍵は二重三重にチェックしろ! この状況でしくじりをしやがったら大惨事だぞ!」
ずんぐりむっくりした象頭の巨人像、「アイアム・ガネーシャ」の周囲は控えめに言っても修羅場であった。
人員や荷馬車、派閥団員のみならず出入りの商会らしき人員までが大量に出入りし、祭りの準備でも始めているのかと思う程だ。
「はー、本当にやる気なんだねえ・・・」
『正直本当にできるのかどうかはわかりませんけど、本気でやろうとしてるのはわかりますね』
ここまでの道中でガネーシャのプランを聞き、呆れ半分感心半分で修羅場の様子を眺めるイサミ。
この状況にもかかわらず、どこか嬉しそうと言うか楽しそうにも見える。
『ですが本当にできるなら是非とも見てみたいですね。ロマンですよロマン!』
「ああ、忘れてたよ。君もあいつと同類の馬鹿だったってことをね」
割と冷たい視線で己の眷族を見上げる紐神。
イサミは肩をすくめてそれを受け流す。
「まったく、君といいガネーシャと言い、どこまで本気なんだか・・・」
「愚問だな、ヘスティア! 俺は常に本気! 本気と書いてマジ! マジ神! 何故なら、俺がガネーシャだからだ!」
「うわ出たよ」
どこからともなく現れて、くるりと綺麗な回転からのポーズを決める象仮面の半裸男。
どう見ても不審者だが、彼こそがオラリオ最大派閥主神、ガネーシャであった。
「なんでこんな所にいるんだい、君は」
「うむ、あなたがいると邪魔になるのでその辺でぶらぶらしててくださいと追い出された!」
「だよねえ・・・」
鏡の中のイサミがちらりと脇に目をやると、護衛らしきガネーシャ・ファミリア団員が疲れたような表情で眉間をもみほぐしているのが見えた。
軽い同情のまなざしを投げかけて、視線を
ふと、記憶の底から情景が脳裏に浮かび上がる。
少し真剣な顔になってイサミはガネーシャに向き直った。
『少しよろしいでしょうか、神ガネーシャ?』
「もちろんだ、イサミ・クラネル! 戦争遊戯といい、黒竜が現れた時に全員を救い出した手並みといい、大したものだったぞ! よくやった! ガネーシャ感動した!」
『ありがとうございます』
またしてもインド舞踊のような奇妙なポーズでくるりと、無駄に綺麗に回転するガネーシャ。イサミはそれに呆れることもなく、まんざらでもない顔で神の称賛を受け取る。
「で、なんだ。あれのことか? 話はヘスティアから聞いたのだろう?」
『ええ。以前お伺いしたとき、御身の部屋の柱や梁に【神の恩恵】のそれに似た紋様が走っていたのを思い出しまして。もしやとは思いますが・・・』
「おお、そこに気付くか! ガネーシャびっくり! うむ正解である! 俺の大雑把なアイデアを、ヴィシュヴァカルマンとゴブニュが形にしてくれたのだ!」
『ではやはりあれを使って・・・』
「うむ! 正直ぶっつけ本番でうまく行くかどうかわからないが、それもまたロマン!」
『テストもせずに動かそうなんて頭おかしいと、もの作りをなりわいにするものとしては言わざるを得ませんが、そこにロマンがあるのもまた否定できませんな』
大まじめな顔で深く頷き合う馬鹿二人。
それに冷や水を浴びせたのは、意外なほどに厳しいヘスティアの声だった。
「違うだろう? テストをしないんじゃない・・・『できなかった』んだ。危険すぎるからね」
「・・・」
会話の間もくるくる回っていた妙なポーズをやめ、真剣な顔でガネーシャがヘスティアに向き直る。
イサミも、僅かに驚いた表情で己の主神に向き直った。
『そうなんですか?』
「ああ。前にボクたちが神の力を使わない本当の理由は話したと思うけど、天界に置いた『安全装置』の基準はかなり厳しめに設定してある。大した力もないこの
ガネーシャ、正直君のアイデアは凄いと思うよ。でも実用に足るかどうかは別問題だ。この問題に関してだけは試行錯誤が出来ない。試してしくじったら、君はいなくなってしまうからだ」
『・・・・・・・!』
「・・・」
イサミが目を見張る。ガネーシャは無言、不動のまま。
『どうしてそこまでして・・・』
「わからぬか、イサミ・クラネル」
頷くイサミ。
ガネーシャが笑みを浮かべて腕を組む。
「何故なら俺はガネーシャだからだ。
衆生の主、子らを守るもの。世界を守り、ひいては数多の多重次元世界を守る番人だからだ。
だから俺はここにいるし、こうして子らとオラリオを守るために奔走している。
お前もそうではないのか、イサミ・クラネル?」
『・・・・・はい!』
晴れ晴れとした笑顔でイサミが頷いた。
白い歯を光らせて親指を立てるガネーシャに、同じく歯を光らせて親指を立てて返す。
虚を突かれて呆然としていたヘスティアの顔に、ゆっくりと苦笑が広がった。
「なんて言うか・・・君はやっぱりガネーシャだね」
「そうとも! 俺がガネーシャだ!」
苦笑しながらも感心するヘスティアに、ガネーシャは最高のドヤ顔で応えた。
「Lv.2のモンスターならエサ二倍」は当然オリジナル設定です。
エサの量に関しては「大きな動物ほど、体重比でエサの量は減る」というのは事実です。動物は最低でも体表面から逃げる体温を補うだけのカロリーを摂取しないと死にますが、作中で述べたように体が大きい生き物ほど体表面(サイズ比二乗)と体重(サイズ比三乗)の差は開いていきますので。
黒竜の一日八千頭は「黒竜の体躯は虎の50倍」「ネズミとの比で考えると、サイズ10倍ならエサは160倍(立方根だと5.4倍)なのでサイズ比10倍ごとに5.4倍、(5*0.54/√2)(10*0.54)の三乗で黒竜の必要とする食料は虎の1000倍、一日8000kg、魔石があるからその千倍で8000トン。大人の牛が一匹1100~700kgほどなのでまあ大雑把に八千から一万頭と。
イサミが黒竜から安全距離として2kmを取ったのはD&Dで最強のドラゴン(竜神)であるバハムートとティアマトの「非視覚感知」範囲が大体500m(1600フィート)で、それを参考にしたからです。