ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「ガネーシャ様!」
ホームの中から、ガネーシャの団員がかなりの速度で駆けてきた。
それを見やったガネーシャが静かに問う。
「動いたか」
「はい」
息を切らせながらも、その団員ははっきりと答えた。
頷いたガネーシャが声を張り上げる。
「皆のもの! 準備はここまでだ! 起動するぞ!」
「「「「!」」」」
その場にいたガネーシャ・ファミリア全員の顔色が変わる。
多くの者は荷物を放り出し、ホームの中へ。
商会の人間を誘導して退去させたり、急いで最終チェックらしき事を始める者もあった。
『くそ、思ったより早かったな。神様もそろそろ・・・』
「うん、そうだね。それじゃガネーシャ、頑張れよ!」
「おう、俺がガネーシャだ!」
どん、と胸を叩いて笑みを浮かべる象仮面神。
良くも悪くもいつも通りの姿に、ヘスティアが苦笑を浮かべた。
「なんだろうね、いつものことだけど今日は・・・」
「なんだ、ヘスティア?」
「いや、何でもないよ。がんばってくれ」
ヘスティアが苦笑して身を翻す。
少しの間その背を見やりつつ、ガネーシャはうむと頷いてホームの中に姿を消した。
(そこにたむろする連中のことを考えなければ)神殿のごとき荘厳さをかもしだすこの大広間も、今日ばかりは神ならざる人間でごった返していた。
円卓に座す神々はいつも通りだが、その周囲ではギルドの職員が忙しく走り回っている。
一角には臨時に机も運び込まれ、ギルド長のノイマン他の幹部職員や、書類をめくる平職員たちも席に着いていた。
「知るか! 他はともかくウラノス様がお認めになったのだ、許可するしかあるまい!」
まったく、まさかロキとフレイヤまで賛成するとは・・・と、苦虫を十匹位は噛みつぶしたような表情の豚もといロイマン。
「ああ待て! それだと第七区画に回す食料が足らん! 第六区画の倉庫に余剰があったはずだから、あらかじめそっちから回しておけ!」
『はい!』
命令を受けた職員が【鏡】のなかでばたばたと駆けだしていく。
「失礼、そう言うわけだ、オラリオ行きの荷馬車や旅人にはそのむね事情を伝えて足止めをして欲しい。今のオラリオに来られたら命の保証は出来ない」
『わ、わかりました』
「ついては・・・」
そしてオラリオ近辺の街の首長や領主たちとの会談に戻る。
先ほどからずっとこのような調子であった。
(何だかんだで有能ではあるのよねえ・・・それにしてもイサミ君たち、大丈夫かしら・・・?)
それを横目で眺めつつ、自らもてきぱきと書類をさばいていく眼鏡妖精エイナ。
彼女もまた有能この上ない事務員である。
書類をめくる手は止めないまま、眼鏡の奥の瞳をちらりと宙に向ける。
そこに無数に浮かぶのは【神の鏡】。
黒竜を映すものもあれば、オラリオ各所を映すもの、オラリオに来る途中であろうキャラバン(その大半は方向転換を始めている)を映したものもある。鏡に映った人物と会話しているギルド職員もいた。
(一体何をどうすればこんな発想にたどり着くのかしら・・・あのおかしな魔法のせい?)
【神の鏡】同時発動による連絡ネットワーク及び監視体制の構築。
これ「も」イサミの発案によるものであった。
【神の鏡】は神一柱につき一枚しか発動できないかというとそうではない。
戦争遊戯の時にはオラリオ中の酒場や広場に無数の鏡が生み出されている。
同様に自分の目の届く所にしか発動させられないわけでもない。
理由は上と同じだ。
そして【神の鏡】は音声も届ける。
音楽会を楽しみたいのに音が聞こえないでは本末転倒だから当然だ。
つまり【神の鏡】は映す場所も出現させる場所も任意であり、出現させる枚数にも制限がない。音声を伝えることもでき、しかも効果範囲は全世界に及ぶ。
一応限界はあるらしいが、黒竜やオラリオ周辺を監視すると同時にオラリオ各所との双方向の通信ネットワークを構築するには十分なスペックであった。
ロイマンもこの【神の鏡】ネットワークを用いてギルド本部、およびオラリオ各区画の支部から報告を受け、また指示を飛ばしていたのである。
「いやー、まさか俺達の力をこんな風に利用するとは」
「下界の発想パねえ」
「待てよ、これを利用すれば凄い商売の種になるんじゃね?」
「タケミカヅチさんみたいな貧乏神も食いっぱぐれなくて済むなあ、ひひっ」
「余計なお世話だ!」
神達のからかいに本気で怒るタケミカヅチ。
まあ大して消耗がないとは言え【
ちなみに【神の鏡】当番は交代制だが、まだ多くの神々はこの場に残っている。
オラリオの危機を見過ごせないのかも知れないし、単に物見高いのかも知れない。
「しかしまさかまさか黒竜が出てくるとはなあ」
「戦争遊戯にワクテカしてたら凄いエキシビジョンマッチキタコレ」
「でもよー、あれが相手だと俺らもまとめて吹っ飛ばされかねないぜ?」
「いやー、それだけの価値はあるでしょ。後千年地上にいたって、これ以上のビッグイベントは多分ないっしょ」
「今マグニさんがいいこと言った!」
職員たちの冷たい視線をよそに、やんややんやと盛上がる
・・・まあ、まじめな神々もいる筈である。たぶん。
「なにかしら、妙に不愉快ね。誰かに酒の肴にされてるみたいな気分」
「日頃の行いが悪いからじゃないか?」
ひっひっひ、とまるで神々のように軽薄に笑うロビラー。
それをじろりと睨んだ後、グラシアは溜息をついた。
どこかの暗い場所。
常人ではろくにものも見えないほどの暗さだが、この場に闇を見通せない者はいない。
「よせよせ、溜息をつくと幸せが逃げるって言うぜ」
「誰のせいだと思っているのかしらね」
「俺のせいじゃないことは確かだなあ」
素知らぬ顔ですっとぼけるロビラーを再び睨む。
「あなたが余計な介入をしなければ、オラリオの主力冒険者が食い合って弱ったところを一網打尽に出来たのよ?
何も考えずにフラフラうろつき回るのはいい加減にして欲しいわね」
「けどよ、それだとお前さんのお気に入りの小僧も一緒に吹っ飛んでたんじゃねえか? ここはむしろ俺に感謝するところだろう」
「・・・そうなったらそうなったときの事よ」
「まあおまえさんがそれでいいならこっちも言わんがね。どのみちあの虎縞の兄貴がどうにかしてたと思うぜ」
不機嫌な顔のグラシアにロビラーが肩をすくめる。
「けど、実際なんでこのタイミングで仕掛けた? あのどでかいドラゴンをもう少し回復させてからでも良かったんじゃあねえのか」
「タリズダンの従者どもの意向よ。寝ぼけた神様はよほどあの
「あー」
合点がいった、というように頷くロビラー。
何度か顔を合わせたあの赤毛の女は、ロビラーの語彙では邪神の狂信者としか表現しようのない女だった。
それに忠実な従者のように付き従うあの白髑髏の男は少し違うようだが。
「しかしまああれだね。タリズダン・ファミリアで思いだしたが・・・」
「何よ?」
「あの髑髏かぶった蛸男いるだろ」
「ええ。あれがなにか?」
「ありゃ間違いなく赤毛の女に惚れてるね。賭けてもいい」
「はあ?」
いきなり何を言い出すのだ、という顔のグラシア。まあこの状況で他人の色恋沙汰を聞かされても困る。
「最初に会った頃は神のことばっかり言ってたが、ここんとこめっきり口数が少なくなってなあ。そのくせかいがいしく働いて赤毛のフォローをしてるんだから、こりゃもう惚れてるとしか思えねえだろ」
「ばかばかしいわね。そんな惚れてるならさっさとくっつけばいいじゃないの」
「普通の女ならそれでいいだろうがね。あの赤毛は正真正銘のカルティストで神以外愛していない。となりゃあ男としては尽くす以外に出来ることはない訳だ」
「悲しいものね。とはいえ神しか愛していないというのは少し違うと思うけど」
「ほう?」
頬杖をついてくっちゃべっていたロビラーが、興味を引かれたように片眉を上げた。
「確かに前はそんな感じだったんだけど、ここ一年位でちょっと変わってきてる気がするのよね。何と言うか・・・美しくなったわ」
「おまえさんが美しいと言うんだから、内面の話だよな」
ロビラーの確認に微笑んで頷くグラシア。
「前はまるでメフィストフェレスの見苦しい
「ふーむ」
ロビラーには全くそうとは思えなかったが、目の前のデヴィルは人の心を惑わす専門家だ。ついでに言えば女でもある。強いて反論をしようとは思わなかった。
「しかしそうかぁ。そうなるとあの蛸野郎の恋はやっぱり実らないわけだな。人間になるならともかく
「実るか実らないかは関係ないでしょう。尽くして満足できるならそれでもいいんじゃなくて」
「そりゃまあそうだがね」
肩をすくめるロビラーに、艶然とグラシアは微笑む。
「覚えておきなさい、おひげの坊や。恋の醍醐味はね――片思いにこそあるのよ」