ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
最初に仕掛けたのは巨像だった。
ゆっくりした歩みを早め、あっという間にトップスピードに乗る。
パン、と音がして音の壁を越えたのがわかった。
地上であるにもかかわらず周囲にベイパーコーンが発生し、円形の雲を突き抜けて巨像が突進する。
折れた翼の痛みをものともせず竜が立ち上がる。熊が両腕を広げて威嚇するように、両前足を大きく広げて巨像を迎え撃つ。
両者の身長差は、黒竜の肩に
超音速で、しかし愚直に突進してくる巨像の頭を砕こうと、渾身の力を込めて右前足を振り下ろす。
「?!」
だが爪を振り下ろそうとしたその時、
突進してきたスピードは殺さないまま、だが自分の頭ほどの高さに跳躍し巨像は体をたわめる。
次の瞬間、胸板に強烈な衝撃を喰らって黒竜は吹き飛ばされた。
ドロップキック。
左右500文、合計1000文のガネーシャの足の裏が炸裂した。
肺の中の空気を全て吐き出し、黒竜は地響きを立てて転がる。
運動エネルギーの全てを黒竜に叩き込んだ
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!』
咆哮。
吹き飛ばされた竜と、落下した巨像が同時に立ち上がる。
さしもの黒竜と言えども、【恩恵】と音速を超える運動エネルギー付きの巨大質量を喰らってただでは済まない。
だが今は怒りが意識を塗りつぶしている。それが痛みも衝撃も忘れさせている。
再び
今度は黒竜も前に出る。蛇のような長い首をしならせ、勢いを付けて巨像の肩口に頭を叩き付けるようにして噛みつく。
だが黒竜の目に驚愕が走る。
牙が突き立たない。
石どころか
それを掴んで止める黒竜の左前足。
逆に竜の右前足は巨像の左手に掴んで止められていた。
牙は浅くながらも
力は拮抗している。
と、思いきやいきなり
そのまま右足で相手の腹を蹴り飛ばし、黒竜の体は再び宙に舞う。
衝撃が走り、一瞬遅れて大きな土ぼこりが舞った。
ドラゴンに綺麗な巴投げを決め、
僅かに遅れて黒竜も。
互いに構える。
黒竜は身を低くして、今にも飛びかからんとする姿勢。
今度はどちらも動かず、仕掛けない。
両者、互いの力量は把握した。
黒竜は易々と食らえる敵ではないことを理解した。
元よりガネーシャ・ファミリアのほうにおごりや油断があろうはずがない。
息詰まる時間が過ぎる。
ガネーシャも、シャクティも、ガネーシャ・ファミリア団員も。
オラリオでも神やロイマン達が手に汗を握って両者を注視していた。
時間感覚の曖昧な数瞬が過ぎる。
巨像と巨竜は同時に動いた。
低い姿勢から黒竜が飛びかかる。
戦いが始まってこの方、
「拳打」アビリティを持ち、格闘に長じるシャクティの面目躍如。
そもそも黒竜は自分と同サイズの存在と格闘戦を演じた経験がない。そんな存在は同じ三大魔獣の
ぶっつけ本番でシャクティが
「はあああっ!」
シャクティが叫ぶ。
気合い一閃、黒竜の体が浮いた。
首をかんぬきに極めつつ、引っこ抜くように持ち上げて投げを打つ。
「!?」
天地が回転した。
黒竜を投げる動きにねじれが加わり、
衝撃で首のロックが外れ、体をひねって黒竜は素早く立ち上がる。
バベルよりも太い足によるストンピングを、巨像は大地を転がって辛うじてかわした。
左右の足によるストンピングの連打。
大地を揺るがしながらゴロゴロ転がって、必死に避ける
何とか立ち上がって体勢を整えるも、かなりの範囲が更地になった。
『シャクティ! 大丈夫か!』
「問題ありません、ガネーシャ様。いけます」
正面モニターに映る黒竜を注視しながらシャクティが答える。
ガネーシャが頷いた気配がした。
ばさり、と黒竜の残った左側の翼がはためいた。
完全に極まっていた投げが何故崩されたか。その答えがこれだった。
投げられようとしていた黒竜は全力で左の翼を羽ばたかせ、その結果生じた推進力で体を入れ替えて
「侮っていたつもりはありませんが・・・不覚でした」
シャクティは厳しい表情のまま、再び
戦いは、まだ始まったばかりだった。
大地が揺れる。
咆哮が轟く。
戦いは続いている。
石の拳が巨大な肉の塊を打つ音が響く。
食料庫の大石柱ほどもある腕が唸りを上げて空を薙ぎ払う。
のど首を刈り取られた黒竜が、それでも倒れずに踏ん張った。
両腕で巨像を抱きすくめ、肩口に執拗な噛みつきを見舞う。
もがく
格闘の達人であるシャクティは密着した状態からでも威力のある打撃を撃てるが、さすがに巨像の操作に不慣れな現状でそれを再現することは出来ない。
ショートフックが効果が薄いと見るや、シャクティはすぐさま左の膝蹴りに切り替えた。
左手で相手の右肩を抱え込み、石の膝を黒竜の足に連続して叩き込む。
黒竜は僅かにうめき声を上げたものの、そのまま肩口に噛みつき続ける。
細かい粉のような大理石の欠片が次々と
何度も執拗に噛みつかれた肩口には、明らかな欠落ができはじめていた。【神の力】に守られた大理石の巨像と言えども、伝説の魔竜の前には限界がある。
だがそれでも痛覚を持たない石の像だ。人間では肉をえぐられ大量出血不可避の重傷だが、それをものともせずに膝を叩き込み続ける。
我慢比べだ。
互いに意地を張り、ひたすら相手に攻撃を打ち込み続ける。
『■■■■■■■■■■■■■■――!』
果たして先に音を上げたのは、痛覚を持つ生物である黒竜のほうだった。
両手で
膝を打ち込まれ続けた足が痛んだのか、ぐらりと体が揺れた。
(勝機!)
その刹那、操縦席のシャクティの目が光った。
黒竜の突き飛ばしに逆らわず、数歩下がって素早くしゃがむ。
両手を地面に付けた、クラウチング・スタートのような姿勢。
「総員対ショック体勢!」
叫びつつ、シャクティは猛然と巨像をダッシュさせた。
低い体勢の、必要最小限の加速距離から繰り出されるタックル。
ただでさえ相手より大柄な黒竜は、この低い攻撃に対応できない。
いや、タックルではない。
両手を伸ばさず、両脇を締める。
頭から突っ込んでいく、人間同士の格闘にはまずない姿勢。
『!』
巨竜が気付いた。
これは人間のぶちかましではない。
牛や鹿、あるいはサイが行う――
「喰らえ――"
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
黒竜の絶叫が響いた。
地球における伝承と異なり、ガネーシャの仮面の牙は折れていない。
ゆえに
黒い血が滝のように流れ落ちる。
突き上げられた二本の牙が深々と黒竜の腹、へその高さに突き刺さっていた。