ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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3-7 緑色の宝玉

 それからしばらく後、リヴィラの街の入り口。

 周囲を気にしながら街を出てくる小柄な犬人の女性冒険者がいた。

 心なしか顔を青ざめさせ、足早に17階層への上り階段の方向へ歩いていく。

 

 街と上り階段の中間くらい、何かの目印か、紺色の布が木の枝に結びつけられていた。

 犬人の少女はそれを確認し、木立の中へ入っていく。

 

 木立の中へ分け入ること数分、「ひっ!」と声を上げて彼女は立ち止まった。

 目の前の、一瞬まで何もなかった空間に、唐突に黒いローブ姿の怪人が出現したからである。

 男とも女とも付かぬ声色で、それが言葉を発する。

 

『やはり、まだ街にいたか。私としては地上に出ていてほしかったのだがな』

「あ、あはは・・・色々仕事もあってさ・・・でも、荷物はちゃんと無事だから!」

 

 安堵半分、冷や汗半分で笑顔を浮かべる少女。

 黒い影はそうした様子に頓着することなく、精緻な銀色の籠手に包まれた手のひらを差し出す。

 

『まあいい。荷物を渡してもらおうか』

「あ、ああ。言われたとおり中身は見てないよ」

 

 少女が、二重底になった肩掛けかばんから、両手の平にすっぽりと収まるくらいの布でくるんだ塊を取り出す。

 黒ローブが銀色の金属に包まれた指をかすかに動かすと、それはふわりと浮かんでその手に収まり、布がするするとひとりでに開いていく。中から現れたのは、奇っ怪な緑色の宝玉だった。

 

 宝玉の中にいるのは、いびつな、戯画化された人間の胎児のような何か。

 それがぎょろり、と目を開いて黒いローブを見た。

 顔を引きつらせる犬人の少女をよそに、ローブの影は顔を明後日の方に向ける。

 

『間違いないか?』

「・・・ああ、間違いねえ。俺が運んだブツだ」

「!」

 

 第三の声に、少女がぎょっとしてとびすさる。

 こちらも唐突に現れたのは、戦闘衣を着たエルフの少女であった。

 

 黒ローブが手を離すと、宝玉はそれをくるんでいた布ごと再び宙に浮かび、今度はエルフの少女の手の中に収まる。

 手足をばたつかせて動き出そうとしていた宝玉の中の胎児は、エルフの少女の手の中に収まると、目を閉じ、また身を丸めて眠りについた。

 

『ふむ・・・? 魔力に反応するのか?』

「あ、あんたら・・・」

『心配するな。彼女の事はおまえも知っているはずだ』

 

 黒ローブが再び指をかすかに動かすと、エルフの少女の上に、犬人の少女も見覚えのある全身鎧の姿が一瞬浮かび上がった。

 

「え? あんたがあの時の?! でも、死んだって・・・」

『殺されかけた・・・というより、一度殺されたと言っていいだろうな。私がいなければ死んでいたのだから。

 殺人犯の目を誤魔化すため、今は姿を変えてもらっている』

 

 さっ、と犬人の少女の顔から血の気が引く。

 

「じゃ、じゃあ、私もやっぱり・・・!?」

『わからん。これを手放せば、おそらくは大丈夫だろうと思うがな』

 

 黒ローブの言葉に、少女は血相を変えて叫ぶ。

 

「じょ、冗談じゃない! 仕事はこれで終わりだろう?! さっさと後金よこせよ!」

「悪いが、それは本当の雇い主からもらってくれ」

「・・・・へ?」

 

 思わず間抜けな声を上げる犬人の少女。

 男とも女ともつかない黒ローブの声は、いつの間にか若い男のそれに変わっている。

 次の瞬間、黒ローブの影は跡形もなく消えて、そこにイサミの姿があった。

 

「はぁぁぁぁぁっ?!」

 

 森の中に、犬人の少女の驚愕の声が響き渡った。

 

 

 

 種はこうだ。

 イサミは"送信(センディング)"で犬人の少女――ルルネ・ルーイにメッセージを送る。

 

『品物を君に渡した男が殺された。もしまだリヴィラの街にいるなら、すぐに脱出しろ。17層への階段への途中、紺色の布の奥で待っている』

 

 果たして、ルルネはまだリヴィラの街にいた。

 宝玉の運び屋のついでに、様々な――主に禁制品――の取引を行うためだ。

 そうしてイサミとハシャーナは"上位透明化"で姿を隠し、"自動幻影(パーシステント・イメージ)"で謎の黒ローブの声と姿を再現して、まんまとルルネから宝玉をせしめた、というわけだ。

 

 

 

「てめぇ、私を騙して・・・え? あ、あんた、あの時の?!」

「おや、俺に見覚えがあるのか?」

 

 にやにやするイサミ。ルルネも失言に気づいたのか、はっと口元を覆う。

 

「い、いや、知らないね。人違いさ!」

「そうかい? 俺はあんたを知ってるぜ・・・心配するなよ、アスフィさんと話はついてるんだ」

「・・・」

 

 意地の悪い笑顔で、ルルネの肩をぽんぽんと叩くイサミ。

 ルルネは引きつった笑顔に脂汗を浮かべている。

 

 35階層でアスフィがイサミと遭遇したとき、彼女もいたのである。

 人並み外れた知力を誇るイサミは、記憶力もまた高い。

 

「まあ、ハシャーナさんが殺されかけたのは事実だ。殺人犯がまだリヴィラにいるとは限らないけどな。俺たちは地上に戻るけど、おまえさんはどうする?」

「わ、私は・・・って、そうじゃねえよ! それ返せよ! それがないと、私報酬貰えないんだぞ!」

「持ってると殺されるぞ」

「うっ・・・けど、ないと2000万ヴァリスが・・・でも・・・」

 

 ぼそっとつぶやいたハシャーナの言葉に、ルルネが硬直する。

 ここに至っても金に執着するその姿に、イサミは感心半分呆れ半分と云う態である。

 

「まぁそれは後で話すとして、あんたが依頼を受けたときの事を聞きたい。同じ奴からの依頼だったようだけど」

「あ、ああ、夜道を歩いてたら・・・」

 

 彼女から聞き出した話は、おおよそハシャーナの時と同じであった。

 誰もいない夜道でいきなり黒ローブが現れ、法外な報酬と引き替えに仕事を請け負った、というものである。

 

「ハシャーナさんといい、なんでそうクッソ怪しい依頼受けるかねえ・・・」

「報酬が良かったんだよ! 裏関係の取引だったら相手の顔も名前もわからない、詮索しないってのはよくある話だし!」

「まぁそうなんだが、それで死んでちゃ、一億ヴァリスもらっても割には合わねえなあ」

 

 苦笑しながらハシャーナが言い、ルルネが渋い顔になる。

 

「とりあえず、この階層を脱出して地上に戻りましょう。ルルネ、品物の受け取りは?」

「・・・城壁の詰め所だよ。今は使ってないから、普段は誰もいないんだ」

「じゃあ、そこで三人で待ってるとしようぜ。俺も奴には問い詰めたいことがある・・・こいつはどうする?」

「ハシャーナさんが持っててください。俺が持ってると、何か活動が活発になるみたいだし」

 

 ハシャーナが頷き、宝玉の包みを腰のベルトにくくりつける。

 イサミが促し、三人は地上への階段へ歩き始めた。

 

 

 

「《最大化(マキシマイズ)》《二重化(ツイン)》《連鎖化(チェイン)》《距離延長(エンラージ)》《エネルギー(エナジー)上乗せ(アドミクスチャー)(ファイア)(エレクトリシティ)冷気(コールド)(アシッド)》"灼熱の光線(スコーチング・レイ)"!」

 

 炎と冷気と酸と雷という、矛盾したエネルギーの火線が六本、一体の大虎(ライガーファング)に命中する。

 次の瞬間エネルギーの奔流によって爆砕したモンスターの体から、数十本の火線が放射状に飛び出した。

 それは全て周囲の大虎に突き刺さり、最初の一匹と同様に爆砕する。

 モンスターの群れは、一瞬にして壊滅していた。

 

 唖然とするハシャーナとルルネを促し、魔石の回収もせずに三人は再び走り始めた。

 「グワーロンのベルト」を使わないのは秘密を知られる危険を避けたからでもあるが、この面子で魔石等の採取をしなければ、地上まではせいぜい一時間半か二時間ほどで着くと踏んだからでもある。

 

 

 

「お」

「あ」

「えっ?」

 

 迷宮上層、11階層の始点に位置する広いルームの入り口で、イサミ達はロキ・ファミリアの一行とばったり出くわした。

 リヴェリアが表情を柔らかくし、対照的にアイズの顔がわずかにこわばる。

 

「おや、今日はよく会うな。もう帰りか?」

「ええ、パーティ組むはずの人が装備を全損しちゃいまして。残ったのは戦闘衣だけという」

 

 ハシャーナを示しながら苦笑を装って答えるイサミ。

 フィンが見舞いの言葉を述べる。

 

「それはご愁傷様。まあ、命があっただけまだ幸運だよ」

「でしょうね。いや本当に。そういえばフィンさんにもその節はご迷惑を・・・」

「気にしないでくれ。あれはこっちの方が悪かった話だし」

 

 苦笑して手をヒラヒラさせるフィン。

 ロキの言葉も気にはなるが、それでもこの青年に対しては好意を感じている。

 むしろすまない気持ちの方が大きかった。

 

「えーとだね、その・・・」

「!」

「アイズ?」

 

 次にアイズに謝ろうとしたイサミだったが、アイズがびくっ、と身を震わせたのを見てぎくりとする。

 

「あ、あの・・・」

「その・・・わたし、怖がられてませんか?」

「「は?」」

 

 イサミとフィンの口から、同時に声が漏れた。

 

 

 

「だからその、弟さんにいつも逃げられて、私、怖がられてるのかなって・・・」

「ああ・・・」

 

 しばらくの説明の後、どうにかアイズの言わんとすることを理解する一同。

 

「そう言う事はないから・・・まぁ、なんだ、男の子は色々あってさ・・・」

「・・・本当?」

 

 指をくわえて、上目遣いにイサミを見てくるアイズ。

 実にこう、小動物っぽい。

 頭を撫でたくなる衝動に耐えつつ、イサミが言葉を重ねる。

 

「本当だよ、本当。何だったら、今度逃げるようなら首根っこつかんで捕まえちゃってもいいから」

「・・・わかりました」

 

 あえて軽く振る舞ってみせると、こくり、とアイズが頷いた。

 

「お兄さんの許可が出たよー! アイズ、今度会ったら有無を言わせずに捕獲して食べちゃえー!」

「ふ、不潔なのはよくないと思います!」

「そーよー、お兄さんの前なんだからー」

「??」

 

 アマゾネスの妹が後ろから抱きついて煽ると、レフィーヤが顔を赤くして必死にそれを否定する。

 よくわかっていないアイズを囲んで、やにわに地下迷宮に賑やかな声が響いた。

 少女達がかしましくガールズトークをさえずる中、イサミがフィンとリヴェリアの方に向き直る。

 

「それじゃ俺たちはこれで・・・」

「ああ、お疲れ様」

 

 互いに苦笑しながらイサミとフィンが挨拶を交わす。

 いずれも外見は十代だが、かたやアラフィフ、かたやアラフォー。

 本物の十代の会話についていくのは苦労するお年頃であった。

 

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