ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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21-07 バベル戦線異状なし

 ぴくり、と黒竜が首を震わせた。

 オラリオが浮遊し、黒竜がその位置にうずくまってから半月ぶりに動いた。

 

「GRRRRRR・・・」

 

 黒竜を乗っ取った「もの」が黒竜の喉を介して不快感を表す。

 上空のオラリオを仰ぎ、視線をドームのように露出したダンジョンに移す。

 いつのまにか、次から次へと溢れ出ていたはずの飛行モンスターは途切れていた。

 

 

 ユ ケ

 

 

 声にならない声が響いた。

 ばさり、と黒竜が翼を広げる。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!』

 

 咆哮と共に巨竜が飛び立つ。

 残されたダンジョンの構造物が、微細な稲妻を帯びて不気味に光っていた。

 

 

 

「こ・・・黒竜が動きました! 上昇してオラリオに向かってきています!」

 

 悲鳴のような監視員(ウォッチャー)の報告が神会(デナトゥス)の間に響く。

 ざわりと、戦慄を伴う緊張が走り抜けた。

 

「飛行モンスターは!」

「しばらく前から後続が途切れています!」

「・・・やむを得ん! 城壁の冒険者たちを退避させて市内の戦闘に投入! 入れ替わりにロキ・ファミリアの一級冒険者たちを城壁に送り、黒竜を迎撃させる!」

「ちょ、何考えとんねんロイマン!? ウチの子ら引っこ抜いたら、ここに敵が集中するやんけ! 大体うっとこだけであの黒竜にぶつける気か!?」

 

 イサミを囲む円陣に混じっていたロキが、思わず突っ込んだ。

 現在、どこからともなく次々と現れるデヴィルとモンスターたちの侵攻は広場の入り口を固める上級冒険者たちと、遊撃に回っているロキ・ファミリアの一級冒険者たちによって辛うじて食い止められている。

 ここでロキ・ファミリアの戦力を抽出して黒竜に当たらせれば、城壁から撤退してくる弓手達の戦力を考慮に入れても間違いなく均衡が崩れ、広場入り口のバリケードを突破されるのは、子供でも判る理屈だ。

 

「わかってます! ですが今足止めでも何でも黒竜に対抗できるのはあなたの派閥(ロキ・ファミリア)しかおらんのです!」

「ぬぬぬ・・・」

 

 どのみち戦局は圧倒的に不利。逆転のチャンスは、進行しつつある儀式を成就させる以外にないのだ。

 ロキが黙り込んだのを見て、ロイマンが後ろを振り向く。

 

「広場にはフレイヤ・ファミリアとへスティア・ファミリアを投入する! そう指示を出せ!」

「わ、わかりました・・・!」

 

 【神の鏡】を通じ、通信担当職員(オペレーター)が強ばった表情で指示を伝達する。

 顔一面に脂汗を浮かべ、ロイマンは食い入るように【鏡】を見た後、広間の中央に眼を向けた。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~」

 

 二百人を超える神の人だかり、いや神だかりの中心、頭二つ突き出たイサミが朗々と呪文を唱えている。

 普段はふざけている神々も、今ばかりは無言でイサミに視線を集中させていた。

 目を閉じて集中し、複雑な印を次々と結び、ロイマンには理解も出来ない言語で詠唱を続けるイサミ。

 その額に僅かに汗が浮かんでいるのが見えた。

 

(頼むぞ小僧・・・!)

 

 ギルドに奉職してから一世紀。ギルド長になってから半世紀。

 ロイマンは初めて自分以外の何かに祈った。

 

 

 

「GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」

 

 バリケードの合間を縫って突き出されたグレイヴが、すぐ隣にいた冒険者の首を吹き飛ばした。

 

「うあああああああああああ!」

 

 噴水のように血を吹き出して倒れる死体。その血を浴び、悲鳴を上げ、涙を流しながらも武器を突き出す。

 だが体高3mほどの、二足歩行する白いアリのような怪物はゲドの突き出した槍を避けようともせず、甲羅であっさりと切っ先を弾く。銅色に光る複眼がぎろりとこちらを見た。

 

(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)

 

 既に"戦いの影"は消えている。

 トゲだらけの悪魔につかみかかられ、全身を貫かれた上に首筋を食いちぎられて雲散霧消した。

 こうなるとしばらくは再召喚出来ない。

 

 "トゲ悪魔(バーブド・デヴィル)"はLv.3の、名前も知らない二級冒険者が倒してくれた。

 だがその二級冒険者もたった今首を吹き飛ばされて死んだ。

 その前にも隣にいたLv.2の上級冒険者が死んだ。その前も。その前の前も。

 

 人も悪魔も怪物も、殺されてはすぐさま後方の者がその隙間を埋める。

 殺して、殺されて、穴を埋めた者がまた殺される。

 最初からずっと最前列にいるゲドがまだ死んでいないのは、魔法のおかげもあるがただ運が良かったからに過ぎない。

 

 これでもまだ有利に戦えている方だ。

 最下級の者を除き、ほとんどのデヴィルは瞬間移動の魔力を持っている。

 封印世界の結界があればこそ転移を封じられているが、そうでなければバリケードの内側に実体化され、防衛線を崩されて容易に皆殺しになっていただろう。

 

 詠唱を終えた魔道士達の攻撃魔法が飛ぶ。

 炸裂した雷撃や氷の弾丸がデヴィルやダンジョンのモンスター達を吹き飛ばすがそれも僅かのこと、やはりすぐさま後続がその穴を埋めた。

 

 広場の彼らは知らされていないが、遊撃に回っていたロキ・ファミリアの主力は既に城壁に向かっている。城壁にいた射手や魔道士達である程度その穴は埋まるはずだったが、一級冒険者とただの上級冒険者の移動力の違いが、市中における力の空白を生んでいる。

 押しとどめる力が無くなれば、流れは滞りなく進む。つまりこの広場にだ。

 

「GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!」

 

 白いアリ・・・アイス・デヴィルがグレイヴを薙ぎ払う。

 急ごしらえのバリケードの一部が吹っ飛び、二人の上級冒険者が首を吹き飛ばされた。

 

「止めろ! 奴に攻撃を集中するんだ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 涙と鼻水を垂らしながらゲドも槍を突き出す。

 六本突き出されたうちの一本がアイス・デヴィルの甲羅を貫いて軽傷を負わせた。

 

「いいぞ、そのまま・・・」

 

 誰かの言葉が途中で途切れる。

 机やタンスなどを並べて作ったにわか作りのバリケードが、冒険者たちごと吹き飛んだ。

 

 

 

 全身の痛みをこらえつつ、反射的にもがき起き上がろうとするゲド。

 その目に映ったのは、3mほどの黒い悪魔だった。

 

 巨大な角、辛うじて人型と言えるシルエット、黒光りする鱗、翼と尻尾。右手に下げた鎖には、鋭いスパイクがびっしりと生えている。

 身長こそアイス・デヴィルに僅かに劣るものの、昆虫のような細身の同族とは違い、みっしりと肉が詰まったその体躯からはにじみ出るような暴力の気配が発散されている。

 

 ホーンド・デヴィル。()()L()v().()6()

 体当たりだけでバリケードを吹き飛ばしたそいつが、右手の鎖(スパイクト・チェイン)を力一杯振り回す。

 槍を構えて突撃してきた後列の冒険者たちが体をまとめて上下に引き裂かれ、湯気の立つはらわたと鮮血をまき散らした。

 

 続けて突撃しようとしていた更なる後列の冒険者たちの足が恐怖で止まる。

 巨体の悪魔が振るう鎖の間合いはゆうに7m。Lv.2程度が突っ込んでも死体を増やすだけだ。

 それを無感動に眺めた後、ホーンド・デヴィルは虹彩の無い目をぎょろりと動かした。

 

「ひっ・・・」

 

 見られた。

 ゲドの体が硬直する。

 今更ながらに周囲で生き残っているのは自分だけだと気付いた。

 左右のバリケードで戦っている冒険者たちは手が離せない。

 後方に控えている連中も割って入れない。

 

 ホーンド・デヴィルが無造作に鎖を振った。

 うるさい虫を追い払うかのように。

 

 避けなければ死ぬ。それがわかっていてゲドは動けない。

 ただ、一秒後に自らの命を奪うだろう鎖が振り上げられるのを見て――

 ぎんっ、と。鋭い金属音が響いた。

 

「へ?」

 

 まぬけな声を上げたゲドの横、30cmの距離にスパイクト・チェインが突き刺さった。

 地獄の金属から鍛え上げられたそれは半ばから断たれ、断面が鈍い輝きを放っている。

 紫色の剣閃と共にそれを切り裂いたのは――

 

「"リトル・ルーキー"・・・いや、"三月兎(マーチ・ラビット)"だーっ!」

 

 歓声が上がる。

 ベル・クラネルがそこにいた。

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