ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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21-11 友

「!」

「はっ!」

 

 意外にも、戦いは一方的な展開にはならなかった。

 五体満足で刀を持ったリューと、素手かつ手傷を負ったレヴィス。互いにあるのは自分の肉体の力のみ。だがその状態でもなお、レヴィスは抗ってみせた。

 

 何度目かの攻防の後、鋭く振り下ろしたリューの一刀をギリギリでかわして懐に入る。刃が頭をかすめ、赤毛と血が飛び散る。

 それを意に介さず理想的なフォームでリューの顔面に伸びる右の抜き手。狙うは碧の瞳。

 僅かに体をそらしてそれを避けつつ、リューは振り下ろした剣を燕返しに跳ね上げる。

 

 天に駆け上る刀身がレヴィスの右腕を断つかと見えた瞬間、怪人の赤い髪がリューの視界から消えた。

 ぞくり。

 リューの背筋を悪寒が走る。

 

 更に背筋を、ほとんど顔が真上を向くほどにそらす。

 その顔のすぐ上、フードの端をかすめてレヴィスの足刀が通り過ぎていった。

 そのままブリッジの姿勢からバク転し、後ろに下がる。

 マントの端をかすめて二太刀目の足刀が疾ったのがわかった。

 

 バク転を終えてリューの足が「地面」に着地したとき、レヴィスの足もまた着地するところだった。

 腕を切り落とされようとしたとき、レヴィスは拳を足元に打ち下ろし、その反動で左足を後ろに跳ね上げた。

 そのまま右足を軸にコマのように回転してリューの顔面を狙い、それが不発に終わると回転をそのまま宙に飛んで、右足で追撃を仕掛けたのだ。

 

「ちっ、これをかわすか」

 

 リューの剣をかわす動作がそのまま攻撃に繋がる攻防一体の動き。

 いや、間違いなくそこまで読んで攻防を組み立てていたとしか思えない。

 野獣のような今までの戦い方とはまるで違う、テクニカルなそれ。

 

(何より今の動きは・・・!)

 

 平静を装いつつも、リューは動揺を必死で抑えていた。

 剣に加えて格闘戦も得意としていた親友が切り札としていた動き。

 組み手で何度も見せられた、初めて見たときは綺麗にノックアウトされた技。

 見ていなければ、知っていなければ、恐らくは今もまともに食らっていたろう。

 

「・・・やはりあなたなのですね、アリーゼ」

 

 ぽつりと、リューの唇から言葉がこぼれる。

 苛立たしげだった怪人の表情が、一気に憤怒の相に変わる。

 

「違うと言ったぞ、リオン! 私はレヴィスだ! 貴様らの言う怪人(クリーチャー)だ!」

「覚えていないのですね、アリーゼ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「!」

 

 激昂するレヴィス。それと釣り合いを取るかのように、リューの心は冷静さを取り戻していく。

 

「黙れ! 黙れ! だまれぇぇぇぇっ!」

 

 吼える。飛びかかる。我を忘れるほどに激昂していてもその動きに乱れはない。

 積み重ねてきた厳しい鍛錬と実戦経験のたまものを、体が覚えている。

 だが。

 

「がっ!」

 

 ぱっと赤い血しぶきが散った。

 目の前にいる女性と積み重ねてきた鍛錬と実戦経験を体が覚えているのはリューも同じ事。そして体だけではなく、リューの心もそれを覚えている。ゆえに冷静さを取り戻した今のリューには、レヴィスの拳の筋が見える。

 

「このっ・・・!」

 

 拳。蹴り。回し蹴り。裏拳。足払い。倒立蹴り。動かないと見えた左腕を駆使してのフェイントと連続攻撃。

 だがどれも当たらない。そのたびにごく僅かに上を行かれる。浅くではあるが斬られる。

 深手は避けているが体力の消耗も失血も激しい。

 

(こうなれば)

 

 相打ちを覚悟で、打撃を装って組み付きに入る。この女(リュー)を絞め殺し、このわけの判らない空間から脱出すれば魔石の力が復活する。いざとなればオリヴァスもいる。どんな瀕死の重傷でも生き延びる自信はあった。

 

(胸の魔石さえ砕かれなければ!)

 

 そう思った次の瞬間、レヴィスは愕然とする。

 レヴィスの踏み込みに完璧に合わせたタイミングでの、カウンターの踏み込み。

 右拳の外側、パンチを繰り出しても当たらない、無理に当てても威力を発揮できない位置への踏み込み。

 だがリューがレヴィスの胴を薙ぐには理想的な位置。

 

 読まれた。いや、誘い込まれた。

 失血と消耗で力を失った体は、それに反応することもできない。

 魔石の力に任せて戦っていた怪人(クリーチャー)が忘れていた、人間の体のもろさ。 

 それが最後の最後で彼女の足を引っ張った。

 

「さよなら、怪人(レヴィス)

 

 鍛錬で何度も繰り返した動きをリューは覚えている。突き出された拳をすり抜けるように回避。繰り出す横薙ぎの一刀。

 鉄を豆腐のように断ち切る最硬金属(アダマンタイト)の刃はレヴィスのみぞおちに吸い込まれ、そのまま振り抜かれた。

 

 

 

「・・・」

 

 レヴィスは目を開いた。

 胸から下の感覚がない。目に映るのは、先ほどまでと同じ暗寒色の無限のゆらぎ。

 

「気付きましたか、アリーゼ」

「アリーゼでは・・・ない・・・私は・・・レヴィスだ」

 

 視線をそのまま上にやると、逆さになったリューの顔があった。

 頭の後ろに感じるやわらかい感触に今更ながらに気付く。

 どうやら自分はこのエルフに膝枕をされているらしい。

 

「何をしているリオン・・・早くとどめを刺せ」

「・・・」

「どうした。さもなくば・・・私がお前を・・・」

 

 ぽたり。

 レヴィスの言葉が途切れた。

 ぽたり、ぽたり。

 

「刺せるわけ・・・刺せるわけないじゃないですかっ! 私に、二度も・・・三度も親友を殺せと言うんですか!」

 

 ぽろぽろと、リューの瞳から涙がこぼれる。

 ふっ、とレヴィスの顔に笑みが浮かぶ。

 

「変わらないな、リオン・・・言っただろう。正義は背負うものではない。いつか押し潰されてしまうと」

「・・・アリーゼ!?」

 

 リューの目が驚愕に見開かれる。

 その言葉は、その表情は、変わってはいたものの、確かにかつて親友と呼んだ少女のものだった。

 

「お前の言う通りだ・・・私はアリーゼ・・・だが同時に怪人(レヴィス)でもある・・・」

「・・・はい。イサミさんもそう言っていました。他人の精神をあなたの精神に植え付けて変質させたのが今のあなたであると・・・」

 

 "精神の種子(マインドシード)"。

 他人の精神に自らの精神の種を植え付けるおぞましき超能力(サイオニック)

 植え付けられた種はやがて「発芽」し、精神に根を張って、発現者の意志を植え付けてしまう。

 

 ただ植え付けられた意志は「レヴィス」のものであっても、その精神自体はアリーゼのものだ。それ故に彼女にはアリーゼの記憶もあれば、人格も残っている。

 普段は押さえつけられていたそれが、肉体的なダメージとこの空間の霊的な抑圧によって表面に出て来たと言うことなのだろう。

 だが変質し融合しきってしまった今の「レヴィス」を完全に元のアリーゼに戻すことは、恐らく自分の力をもってしても不可能だとイサミは言った。

 

「アリーゼ・・・あなたに種を植え付けた本物の『レヴィス』は・・・」

「恐らくだが・・・もう存在しない。何となくわかる・・・『レヴィス』はそうして肉体を乗り継いで来た・・・体が滅びそうになるたびに新たな『レヴィス』を産みだし、植え付けて・・・

 だがそれももう終わる・・・この空間で『レヴィス』は消えるのだ・・・」

 

 霊的なもの全てを抑圧するこの空間は、当然超能力の発動も阻害する。たとえ宿主の死が発動の鍵だとしても、この空間にある限り他者に自らの種を植え付けることは出来ない。

 

「今なら判る・・・私は確かに『レヴィス』で、そして『アリーゼ』でもあった・・・」

「あなたは【剣姫】のことが大好きでしたものね。彼女に対する執着もそれゆえですか」

 

 頬に涙のあとを残しながらもリューは微笑む。その脳裏に浮かぶ、かつての光景。

 

「あ~、かわいいなー、【剣姫】! うちのファミリアに引き抜けないかなー!」

「こうやって、ぐわしって頭掴んで、あの髪の毛わしゃわしゃしてあげたい!」

 

 などと言い放って、周囲から呆れの目で見られていた赤毛の少女。

 奔放でいい加減で享楽的で、それでいて揺るぎなき正義の女神の使徒だった親友。

 それら全てが、今でもリューのかけがえのない宝物だ。

 

 それにつられて弱々しくほほえみを浮かべたレヴィスの表情が、ふと厳しいものになる。

 

「・・・アリーゼ?」

「それも・・・ある・・・だがそれ・・・だけでは・・・」

「アリーゼ!」

 

 最早生命の灯火が消える寸前なのだろう。

 切れ切れにレヴィスは言葉を紡ぐ。

 

あの娘(アイズ)は・・・鍵・・・タリズダンが・・・最後の・・・絶対に渡・・・それから・・・」

 

 見る見るうちに力を失い、かすれるような吐息にしか聞こえなくなるレヴィスの声。

 親友の唇に耳を近づけ、それを聞き漏らすまいとするリュー。

 

「・・・あああ! あああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 やがて、痛哭の叫びが異空間に響き渡った。

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