ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
白の怪人、オリヴァス・アクトは待っていた。
はやる心を抑え、いかなる事態にも対応できるように待っていた。
そして消えたときと同様に、唐突に二人は現れた。
ただし、オリヴァスが思っていた最悪とも違う、全く予想もしなかった姿で。
消えた場所に座り込むリュー。リューは静かに泣いていた。
女に膝枕されているのは目を閉じ、腹から下を失ったレヴィス。
オリヴァスは混乱し、たたらを踏む。
何かがおかしい。
"
だが現実にレヴィスは動かない。全く生気を感じない。
「レヴィス」
名前を呼ぶ。
赤毛の女は動かない。
「レヴィス」
リューが顔を上げた。レヴィスはやはり動かない。
「レヴィス!」
最早声は絶叫に近かった。
レヴィスの頭を優しく街路に下ろし、リューが立ち上がる。
「オリヴァス・アクト。アリーゼ・・・レヴィスは死にました」
「嘘だ! 私たちは"
「いいえ、死にました。"
リューがレヴィスから数歩下がる。
僅かに立ち尽くしていたオリヴァスがゆっくりとそれに近づく。
かがみ込み、胸から上だけになったレヴィスを抱き上げる。
やがて、仮面の下から嗚咽が漏れてきた。
遠くから戦いの音がする。
普段の喧騒とはかけ離れた無人の街路に、すすり泣きの声が響く。
胸に手を当て、死者を悼むようにリューは静かに俯いて動かなかった。
やがてすすり泣きの声が低くなっていく。
それを見計らってリューが口を開いた。
「オリヴァス・アクト。彼女からあなたへ伝言です」
「・・・」
すすり泣きの声が止まる。
少し間を置いて、リューが再び口を開く。
「ありがとう、と。あなたには何も報いることが出来なかったが、せめて胸の魔石は自由にしてよいと。それはあなたがくれたものだから・・・だそうです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
オリヴァスがレヴィスの体を強くかき抱く。俯いたその表情は、仮面に隠れてリューからは見えない。
沈黙が流れた。
かなり長い時間が経ち、オリヴァスが口を開く。
「レヴィスを殺したのはお前か」
「はい」
「レヴィスはお前の友だったのか」
「・・・はい」
再び沈黙が落ちた。
先ほどより長い時間が流れる。遠くから剣戟の音と怪物たちの咆哮が聞こえてくる。
「俺は・・・お前を殺すべきなのだろう。だが何故かその気になれん。だから行け。行ってしまえ」
何の感情もこもってない声で、淡々と述べるオリヴァス。
一瞬痛ましそうな顔をして、リューはその場から姿を消す。
しばらくして、再び街路にすすり泣きの声が響き始めた。
仲間と共にアイズが市街の屋根を駆ける。その意識の中に、既に赤毛の女の影はない。
今から挑むであろう黒竜――あるいはそのなれの果ての事のみがその脳裏を占めている。
「アイズ。気負うな」
「リヴェリア」
それに気づいたか、リヴェリアが声をかけた。アイズの親代わりである首領三人――残りのフィンとガレスも似たような表情でアイズを見ている。
「大丈夫。この日のために、私は『積んで』来た。技も駆け引きも知識も、実戦も」
「・・・」
一見冷静そうなアイズの口調。
だが長い付き合いの三人はそこに危うさを見いだしてもいる。
幼い頃、復讐にはやるアイズに色々なものを「積め」と言ったフィンたち三人。
アイズはそれに従い、鍛錬、勉強、実戦経験を「積んで」きた。
この時のために。
全ては、父と母と、その仲間達を奪った黒竜を屠るために!
「アイズさ・・・っ!」
「「「「!」」」」
勇気を振り絞って声を掛けようとしたレフィーヤと、その他の仲間たちが息を呑む。
黒い炎がアイズの全身から吹き出し、その体を覆う。
身にまとう風がそれを巻き込み、マントが風にふくらむように黒炎がふくらむ。
黒炎の風姫が疾る。城壁は、すぐそこだ。
黒竜が舞う。
螺旋を描いて上へ、上へと昇っていく。
いかに黒竜、いかにLv.10を越える大魔獣といえど肉の体に縛られる身、しかも100mを越える巨体だ。
水平に飛行するならいざ知らず、羽ばたいて直上に上昇し続ける事は出来ない。
だがそれでも魔石によって得られる規格外の筋力が、物理法則を蹂躙して巨体を上へ上へと押し上げる。
ダンジョンの直上2000m、そこに駆け上がるのに三分とかからない。
だが、それを阻もうとする側もまた規格外。
黒竜の上昇がロイマンに伝えられるのに10秒、フィン達に指令が伝わるのに20秒。
レフィーヤ達がアイズの所に向かうまでに20秒、レヴィスとのやり取りで40秒。
都市最強の冒険者達は、一分もあれば市街からすり鉢状の外壁の端までを余裕で駆け上がる。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!」
外壁から首を出し、咆哮する黒竜。
その視線を見据え、微動だにしない黒炎の風姫と仲間達。
最強の魔獣と最強の冒険者たちが、今邂逅した。
「で、でけぇ・・・」
誰かがうめいた。
身の丈100m、尻尾まで含めた全長は130mにも達する大魔獣だ。頭は比較的小さめとはいえ、それでも15mほどはある。
頭だけで"
人間の身の丈ほどもある眼窩。光を失った右の目がぎょろりとうごめく。
視線が石組みの上に散らばる小さき者どもの上を流れ、一点で止まった。
小さき者どもの中央、黒く燃える炎。大空の王者たるこの身を不遜にも見返してくる黄金の瞳。
『 』
何かが記憶のふちをかすめた。
遠い、遠い日の記憶。
緑色の触手に融合された、かつて黒竜だったものの意識の奥底に眠るビジョン。
白銀の剣。
黄金の瞳。
そしてその周囲を取り巻く小さな者ども。
『 』
怒りがふつふつとたぎってくる。
既に失われてしまった記憶が、それでも怒りに火を付ける。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!』
再び黒竜が咆哮する。
殺さねばならぬ。
潰さねばならぬ。
そうだ、あの時のように。
ソ ノ ム ス メ ヲ ― ― ―
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!』
緑の触手の意志が、黒き破壊と怒りの意志に押しやられる。
今このひととき、黒竜だったものは再び黒竜となっていた。