ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「音」が鳴った。
いや腹に響くような、全身を揺さぶり脳をも揺らすようなそれを「音」と言っていいのか。
だがそれが空気の振動の伝播である以上、確かにそれは「音」と分類すべきだった。
いくらはね飛ばしても潰れず、叩きつぶそうとしても跳ね回るアイズに苛立った黒竜が、両前足で挟んで潰そうとした。
人間が蚊を両手で挟んで潰すのと同じ。
【エアリアル】による緊急回避でアイズはからくもそれを逃れるが、直後爆発した「音」が彼女を直撃した。
人間が蚊を両手で挟んで叩く。当然蚊も逃げる。
当たれば良いが両手から逃げられれば蚊はノーダメージ・・・というのは実は違う。
勢いよく両手を叩けば、当然音が鳴る。
人間からすればちょっといい音程度だが、蚊のサイズの生物からすれば、至近距離から爆風を受けるにも等しい衝撃なのだ。
うまくかわすことができず、至近距離でそれを喰らった蚊は気絶し、床に落ちて潰される。
今のアイズはまさにそれだった。
巨大な両前足の激突から逃れたと思った瞬間、ぐらり、とアイズの頭が揺れた。
目から光が消え、自由落下が始まる。
「レフィーヤ!」
「【アルクス・レイ】!」
「ちいっ!」
フィンが叫ぶのと、レフィーヤが魔法を撃ち放つのと、ロキ・ファミリア最速の男が走り出すのがほぼ同時。
追撃でもう一度、今度こそ完全にアイズを潰そうとしていた黒竜の隻眼を、"
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――――!』
絶叫する黒竜。城壁の外を落ちるアイズ。
黒竜に潰されずとも、このままでは2000m下に真っ逆さま。
白髪の狼人、ベート・ローガはそのアイズに向かって、何のためらいもなく城壁の外に跳躍する。
まだ痛覚は残っているのか、目を押さえて苦悶する黒竜。
その隙を突いて、ベートは落下するアイズとランデブーする。
次の瞬間、狼人は白銀の少女と体を入れ替え、両足で少女の体を城壁に向かって突き飛ばした。
城壁に向かって飛んできたアイズを、近くにいたティオネがキャッチ。
ほぼ同時に待機していたリヴェリアの術が飛び、ベートを除く城壁上の味方を全回復する。
脳を揺らされて朦朧としていたアイズの目に光が戻った。
その目に映ったのは、黒竜と城壁の間の空間を落下する狼人。
自分を助けたのだと、アイズは直感する。
「ベートさん!」
ニヤリと、一瞬の笑顔を残してベートが消えた。
「ベート!」
「クソ狼!」
ティオナたちが思わず城壁際に駆け寄ると、次の瞬間その顔がにょっきりと、崩れた城壁の端から現れた。
「げっ、あんた何で生きてんの!?」
「《フロスヴィルト》に風系の魔法を充填してたんでな。勝算もなく飛び出すかよ、バーカ」
風系の魔法を充填していたのは単なる偶然であることを隠しつつ、体を引っ張り上げたベートがせせら笑う。白けた顔でぽつりと、ティオナが言った。
「どうせならあのまま落ちちゃえば良かったのに」
「あんだとこのクソアマゾネス!」
「ま、まあまあ・・・っ!」
降ってきた黒竜の前足が、一級冒険者たちの漫才を中断させる。
目をやられた黒竜が、だだをこねる子供のように両手を連続で叩き付ける。
城壁のみならずオラリオが揺れ、市民たちが悲鳴を上げた。
崩れかけていた城壁が更に崩れ、外壁が大きく半円状にえぐられる。
10mほど低い位置にあった二番目の城壁から外が見えるような破壊の爪痕。
そこでようやく目が再生したのか、黒竜の乱打が終わった。
その瞬間アイズが跳び、またしても前足で弾かれる。
直撃だけは何とか避けたが、負傷した仲間も多い。ことさら派手に動き、囮になって時間を稼がねばならなかった。
しかし彼らも歴戦の冒険者。二度ほどアイズが弾かれた時点で、既に態勢は立て直されていた。
戦いはまだ続く。
黒い流星が飛ぶ。
何十度目かの攻防の末、アイズがまたもや左前足にはじき飛ばされた。そのままオラリオの外に放り出されそうになるのを、鋭角的に方向転換して仲間達から離れた所に着地する。
間髪入れず黒竜の右前足が降ってきた。まだ無事だった石組みの城壁が10mに渡って泥のようにぐしゃりと潰れ、2m程陥没する。素早く――そして必死に――アイズが効果範囲から逃れ、またしても腕を足場にして黒竜目がけて跳躍しようとする。
だが何度も見せれば黒竜も学習する。
(!)
左前足ではじき飛ばす、右前足で潰す、そして引き戻した右前足の甲と左前足の平で
反射的な動きではなく、意図して形作られたコンビネーション攻撃。
まさか最強の大魔獣が仕掛けてくるとは思わなかった
ゆえにアイズが反応するには一手、間に合わない。
「アイズ!」
「レフィ・・・」
「アイズさぁぁぁぁぁん!」
フィンの指示より早く、再び放たれるレフィーヤの"
だがそれも同様、アイズを救うには一手遅い。
さすがのアイズも、音速で叩き付けられる数万トンの質量の前には、無惨に潰される哀れな羽虫でしかない。
その場にいる全てのものが一秒後の惨劇を予想し絶望したその時、「それ」は鳴り響いた。
ゴォン・・・ゴォォン・・・
「!」
「!?」
無限に引き延ばされた一秒の中、その場にいる全ての人間、そして黒竜までもが「それ」を聞いた。
この世界ではまだ誰も聞いたことのない、だがその持つ意味ははっきりとわかる音。
それは英雄に憧れる少年の胸の高鳴り。どんな挫折も乗り越える不屈の信念の足音。そして偉業を祝福する勝利の鐘の音。
「【
無限の一秒が終わったその瞬間、膨大な光が黒竜の目を灼く。
同時に黒竜の左前足が肘の上から切り飛ばされ、同じ光が黒竜の胸元を半ばまで切り裂いた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「―――」
呆然と、その顔を見上げる。
どうやら横抱き――いわゆるお姫様抱っこをされているらしい。
白髪に赤い眼。いかにも純朴ですれてなさそうな顔には心配そうな表情。
遠くで重いものが落下する音がした。
恐らくは切り飛ばされた黒竜の左前足が内側の城壁に落ちたのだろう。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
呆然としたままアイズ・ヴァレンシュタインは自分を助けてくれた冒険者――ベル・クラネルの顔を見上げていた。
――ベルの飛行能力を思いだしたロイマンが、ロキ・ファミリアへの指示に遅れてベルに援護を命令したこと、ベルの飛行呪文が通常あり得ないほどの速度を発揮したこと、背中の刻印が燃えるような光を放っていること、そのどれもがこの場では意味をなさない。
ベルが間に合った。世界最強の大魔獣に一矢を報い、アイズ・ヴァレンシュタインを救った。ただそれだけが事実。
かつて黄金と白銀の少女が駆けだし冒険者の少年をミノタウロスから救い、少年の心に強烈な印象を焼き付けた。
今度はその逆。
両親の仇、十年間追い求めた宿敵、そして一秒後に迫っていた絶対の死。
それらを切り払った少年が、今少女の心に鮮烈に、永遠に焼き付けられた。
アイズはロキ・ファミリアのメインキャラは大体名前呼び捨てなのに、一人だけさん付けされてるベートは泣いていい。