ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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22-07 地の底の神殿

 デヴィルを全滅させた東の戦場に、イサミが降り立った。

 歓声と共に周囲に人が群がる。

 その中にただ一人笑っていない顔を見つけ、歩み寄った。

 

「ベル」

「兄さん、アイズさんが・・・」

「わかってる。呪文で場所は既に突き止めた」

「本当に!?」

 

 ベルの顔がぱっと明るくなる。

 そして、それを聞いて表情を動かしたものたちもいた。

 

「聞かせてくれるかな、イサミ・クラネル。何と言ってもアイズは僕たちの仲間だ」

 

 真摯な顔で見上げてくるフィンを見下ろし、イサミは頷いた。

 

「ちょっと待ったあ!」

「神様!?」

 

 死霊王と吸血鬼と冒険者たちをかき分けて現れたのはヘスティアだった。

 

「よくわからないけどあの黒竜を倒したんだろう? 今すぐステイタスの更新だ! 話を聞きながらでもできるだろう?」

「それじゃお願いします。はい、マント」

「オッケー! レーテー君たち、ちょっと壁になってくれ」

「うん、わかったぁ」

 

 手早くベルが鎧を脱ぎ、イサミのマントとレーテー達が壁になってステイタスが見えないようにしつつ更新を始める。

 それを横目で見つつ、イサミが説明を始めた。

 

 

 

 イサミが"完全位置同定(ディサーン・ロケーション)"で調べたアイズの位置は、オラリオの4000m直下。

 ダンジョン=タリズダンが存在していた巨大な大穴、その底だった。

 

「ただ、妙な感触がありまして・・・」

「妙とは?」

「"世界を越えた"感触があったんですよ」

「すまない、もっとわかりやすく」

 

 "完全位置同定(ディサーン・ロケーション)"の呪文は、一切の距離を問わない。

 それどころか封印世界の次元障壁とマインドブランク呪文を除けば、ほとんど全ての次元の壁や対探知結界を貫くことが出来る。

 そしてアイズを捉えたさい、イサミは次元の壁の向こうの対象を捉えたような感触を覚えていた。

 間違いなく同じ次元にあるというのにである。

 

「ただまあ、この世界の外には歩いて別の次元界に行ける場所ってのも結構ありますから、それ自体はそこまでおかしくないんです。神が封印されていた場所となればそう言う事もあるでしょうし」

 

 次元界の境目が陸続きで、次元ゲートやポータルと言った物を通らずに歩いて次元界の境界を越えられる場所はいくつか存在する。

 たとえばオアースの神界魔界は全て同じ大地で繋がっているし、複数の次元界を貫いて流れるスティクス河を船で旅することによって次元間を移動することもできる。

 

 それ以外では侍の世界ロクガンの鬼の領域"影の国(シャドウランド)"などがそれで、こちらは蟹の氏族が作り上げた"加重の長城(グレート・カジュ・ウォール)"の外に一歩踏み出せばそのまま別の世界という、文字通り陸続きの異界となっている。

 イメージ的には妖精境や隠れ里が近いだろうか。

 

「世界の外か・・・どのような光景が広がっているものやら」

「人間が住んでいるところは大体この世界と変わりませんよ。それに加えて神やら悪魔やら精霊やらが棲んでる世界もありますけどね」

 

 『世界の外の世界』に思いを馳せるリヴェリア。

 やや共感を覚えるイサミであったが、軽く流して説明を続ける。

 

「ここで重要なのはアイズと一緒にグラシアの反応があったこと。そしてグラシアは魔王と呼ばれる存在であり、そのレベルの存在は『世界を支配する』事ができると言うことです。むしろ一つの世界を支配できるからこそ魔王と呼ばれるんですが」

 

 有限生命体に過ぎない人間や並の悪魔と、神や魔王と呼ばれる超越存在(イモータル)の最大の差異がこれだった。

 彼らは一つの世界とリンクして完全に支配する。そこから力を引き出し、さらにはその世界の物理法則をある程度自由に操ることすらできる。大神や大魔王と呼ばれるような存在なら複数の世界を支配することもできる。

 さらに神であれば全宇宙の特定の物理法則を支配することすら可能だ。例えば死の神ネルルは死の法則(権能)を支配しているので死の神となっているが、まあこれは余談だ。

 

「つまり、今ダンジョンの底がどんな環境にあるか、グラシアがどれほどの化け物になっているかはわからないわけか」

「はい。少なくとも59階層での彼女よりは大幅に強化されてると考えていいと思います。今までの彼女は本来支配するべき世界から切り離された状態でしたからね」

「それは気の滅入る報せだね」

 

 フィンが苦笑して肩をすくめる。

 しかし、それで怯むような人間はこの場には一人もいなかった。

 まずベートが、そしてレーテーが吼える。

 

「なんでえ、結局敵が強いってだけのことだろ。そんなの、言われなくてもわかってるだろうが!」

「そうだよ! さーっと行って、さーっとやっつけて、ベルちゃんの好きな人を取り返してくるんだよ!」

 

 ぶっ、とベルが吹き出した。疲労の極みと悲壮な決意がない混じった顔が一瞬にして赤面し、わたわたといつもの頼りない表情が戻ってくる。

 ブチッ、と。血管が切れる音が複数聞こえた気がした。

 

「何だとこのアマ! あんな兎野郎にアイズを任せられるか!」

「そうです! こんな不埒な人とアイズさんが釣り合うわけがありません! 私が許しません!」

「ベル様の恋愛にとやかく申し上げるのはリリの分ではありませんが、常識的に考えて他の派閥のお嬢様とそうした関係になることは極めて不適切かと存じます」

「そうだとも! ボクは許さないぞ! 絶対に、絶対に、ぜ~~~~ったいに許さないからな!」

 

 ベート、レフィーヤ、リリ、ステイタス更新中のヘスティアに詰め寄られてもレーテーのにこにこ顔は変わらない。

 

「だってぇ、ほんとのことだしぃ。それにアイズちゃんもベルちゃんのことは大好きだよね?」

「ハイストップ! そこまで! 今はそういう事を言ってる場合じゃない! レーテーもそれ以上喋らないように! それと神様はさっさと更新作業を終える!」

「その通りだ。確認するが時間が無いんだね、イサミ・クラネル? 余裕があるようなら西やギルド前に援軍に行ってただろうしね」

 

 フィンの確認にイサミが頷く。

 

「フレイヤやガネーシャ、ポセイドンに任せておけば残りはどうにかなると思います。ただ、彼女を今助けないと・・・私たちは最終的に負ける。そんな気がします」

 

 イサミが天を仰ぐ。

 漆黒の闇の中には万色の光の洪水。

 まばゆい輝きの氾濫は、先ほどより勢いを増しているかに見える。

 親指を噛みつつ、フィンが頷いた。

 

 

 

 イサミの"願い(ウィッシュ)"で一行はダンジョンの存在した跡地、巨大な円錐台状の縦坑の底に転移した。

 10kmを超える高さと、底辺では30kmを越える広さを持つその空間は、天空に煌めく神々の光すら届かない漆黒の闇。

 地の底の祭壇、邪悪の寺院。

 

「"願い(ウィッシュ)"」

 

 イサミの「力ある言葉」と共に太陽の如き輝きが中空に現出する。

 昼の明るさに変わった地の底に照らされたのは・・・地獄だった。

 

 見渡す限りの黒曜石の平原。

 ウダイオスの逆杭(パイル)のような、最大で人の背丈の二倍ほどの、トゲとも剣ともつかないような鋭利な突起がそこかしこに生えている。

 だがそれらは冒険者たちの視界には入らない。

 入らないほどに、平原は悪魔とモンスターたちで埋め尽くされている。

 

 角悪魔ホーンド・デヴィルや白い昆虫悪魔アイス・デヴィルの群れ。

 炎のたてがみを持つ馬にまたがった地獄の騎兵、ナルズゴンがまるまる十数軍団、整然とくつわを並べていた。

 戦士の悪魔マレブランケが構える無数の槍が、イサミの作り出した陽光に煌めいている。

 

 兵士だけではない。悪魔の幹部、あるいは英雄クラスのものども。

 以前ベルを襲ったのと同じ、アイシャドウに口紅を塗った巨大な肉の塊、パエリリオン。

 紫色の巨大ななめくじの下半身に、筋骨たくましい3mほどの悪魔の上半身を持つゼルフィルスティクス。

 同じくらい巨大な鴉の獣人。地獄の魔法戦士クロノタイリン。

 地獄の将軍、ピット・フィーンド。

 

 地上にいた同族ほど強くはないようだが、それでも身の丈8mにもなる巨大な悪魔、ガルガトゥラも十数体姿が見える。

 恐らくはこの場を自らの世界としたグラシアが、世界そのものに産ませたか召喚したのがこの悪魔の軍団なのだろう。

 

 そして、その他名前もわからぬ悪魔や地獄の生き物の集団と同じくらいの存在感を放つのがドラゴン。怪物の王と呼ばれる種族。

 赤、黒、青、緑、白の五色の体色を持つ竜たち。

 ほとんどのものが人間に倍する体躯を持つ地獄の軍団からさらに頭一つ、あるいは二つ抜けた巨体を誇示する竜たちは"彩色の竜(クロマティック・ドラゴン)"と呼ばれる、D&Dにおける悪の竜族。

 

 いずれも種族の中では最強クラスかそれに準ずるだろう、数百年から千年を生きる歳ふりた竜たちだ。

 その足元には竜人ともガーゴイルとも付かない牙と爪と角、鱗と翼を持った同じく五色のいずれかの体色を持つ悪魔とおぼしき無数のクリーチャー。

 「ある神」に仕える地獄の竜魔族、アビシャイ。

 

 そしてそれらの奥、マヤのピラミッドの如き巨大な黒曜石の祭壇と、それに並び立つ50mを越える巨大な竜。

 赤黒青緑白の五色の首を持つ異形の体躯は、かつて天界山セレスティアで見た白金の竜神(プラチナム・ドラゴン)バハムートにも匹敵するだろう。

 そしてバハムートの清浄な神気に匹敵するそのドス黒い邪気も。

 善竜の頂点たるバハムートと対を成す邪竜の女神、地獄の門番なる五色の魔竜王、畏れをもって語られるファイブ=ヘッデッド・ドラゴン。

 

「ティアマト・・ッ!」

 

 うめくようなイサミの声が響いた。

 

 

 

 ティアマトはバハムートと並んで世界最古にして最強の竜であり、秩序にして悪の属性を持つ神格だ。デヴィルではないし、従ってアスモデウスの支配下にもない。

 しかし属性を同じくするデヴィル達とは同盟を結んでおり、彼らの領域である九層地獄の第一層に自らの領域を持ち、秩序の悪魔デヴィルと混沌の悪魔デーモンとの終わらぬ戦争において、言わば地獄の門番とも言える役目を果たしている。

 九層地獄に攻め込もうとするデーモンたちはまずこの邪竜神を突破せねばならず、そして永劫の戦争の中で彼女が自らの領域の突破を許したことはない。

 

「ティアマト・・・アスペクトではあるだろうが・・・大体本体はタリズダンと戦ってるしな」

 

 それが何故ここに分体(アスペクト)を置いたかと言えば、アスモデウスの娘であるグラシアがここにいるのと同じような理由だろう。だが今は理由(そんなこと)を考えている余裕はない。

 

 同じ分体であるはずのグラシアがあれほどの戦闘力を誇るのだ。

 魔王(アークデヴィル)としては"並"であるグラシアより格上の、神であるティアマトのアスペクトがそれより劣るとは思えない。

 イサミの記憶にあるティアマトのアスペクトはオラリオで言えばせいぜいLv.5だが、彼方に見えるそれは少なくともグラシアに匹敵する戦闘力を持つと考えるべきか。

 

 そしてその横にあるピラミッドの如き巨大な祭壇。その最上部に横たわっている金髪の少女の姿を、ベルの目は見て取っていた。

 アイズの横で微笑みを返すグラシアの姿もまた。

 

「・・・・・・・・っ!」

 

 瞬時に脳が沸騰する。

 《飛行》の呪文を発動しようとして辛うじて思いとどまった。

 優に数万を数える悪魔と竜の軍団に単身挑むなど、無謀に過ぎる。

 

 ぽん、と肩に載せられる手があった。

 見上げると、兄の顔。いつも通りの頼もしい顔だ。

 

 兄が頷く。

 弟が頷く。

 二人が同時に前を向く。

 今、初めて兄弟が同じ戦場に立った。

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