ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「クサっ?!」
「うぷっ! 何これ!」
女から9mの距離に踏み込んだとき、アマゾネスの姉妹が同時に顔をしかめた。
甘ったるい、腐りかけの果実のような香り。あるいは魂を酔わせる甘い酒のような。
一瞬くらっと来たのを、頭を振って気を取り直す。
こちらは効いているのかいないのか、狂戦士化したわけでもないのに戦の狂騒に突き動かされるようにフィンが疾る。
それに続いて二人のアマゾネス戦士は飛ぶように疾った。
次の一歩で距離を半分に詰める。
さらに次の一歩で武器が届く、一足一刀の間合い。
その一歩を踏み出そうとしたところで、何かがティオネに囁いた。
『あなた、本当に団長と結ばれると思ってるの?』
足が止まる。
『薄々自分でも判ってるんでしょう?
団長は凛々しくも華麗な小人族の英雄。あなたはがさつなアマゾネス。
釣り合いが取れると思って?』
耳元に囁かれるやわらかい女の声。
そこからしたたる甘い毒が、ティオネの心に染みを広げていく。
「ティオネ?」
「どうした!」
双子の妹の声も、自分を見やるフィンの視線も、今のティオネには届かない。
完全に棒立ちになってしまっている。
『そもそも団長に必要なのは
小人族の英雄の座を継いでいく、純血の小人族の子供を産むための女。
アマゾネスとの混血なんてお呼びじゃないわ』
アマゾネスは人間と同じく人の五族のいずれとも混血出来るが、生まれた子供は必ずアマゾネスになると言う特徴がある。
一方でフィンが目指すのは小人族の復興。そのために小人族の誇りとなる英雄になること。ならばそれを次代に継ぐために、彼の子供は純血の小人族でなくてはならない。
フィンがフィンである限り、フィンの望みが種族の復興である限り、ティオネは決してこの想い人と結ばれることはない。
「それは」
弱々しく何かを言おうとしたところに、甘い声がたたみかける。
『だから、ね? 諦めちゃいましょ。大丈夫、いい男なんか沢山いるわ。
手に入らない御馳走の回りをうろうろしているよりも、実際に口に入れられるもので
「―――」
もはやティオネは無言。
それに調子づき、声はますますその甘さを深めていく。
『ロキ・ファミリアで適当なのがいなければ他のファミリアでもいいのよ。
恋に恋するあなたが作り上げた想像上の男じゃなくて、実際の男を知れば、空想のフィンなんて空気よりも価値のないものだとわかるでしょう』
「―――!」
ティオネが身を震わせる。
その表情はもう泣きそうだ。
『そうよ、男なんて星の数ほどいる。片っ端から喰い漁れば、本物のフィンだって実は大したことなかったってわかる・・・』
「 う っ せ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ! 」
周囲の空気全てを震わせるような、ティオネの怒号が地の底に響いた。
同時にその手から狩猟ナイフが同時に五本飛び、過たず女の胴体に突き刺さる。
「がっ・・・!?」
吹き出す青い血が、高価なビロードの胴衣を汚していく。
信じられない、といった顔の女に、ワンテンポ遅れてフィンの黄金の槍が突き出される。
辛うじて身をかわしはするものの、左肩の肉を腕半分ほどえぐられた。
その視線の先にいるのは、普段の快活な少女ではなく、完全にブチ切れた狂戦士。
「ベラベラベラベラと好き放題言いやがって!
がさつ? アマゾネスだからだめ? ンなこたぁこっちだって先刻承知なんだよ!
だがそれがどうしたってんだ! 団長は最高だ! あたしはフィンが大好きだ!
こ い つ は あ た し の 雄 だ っ ! 」
その一瞬、フィンの口元にひどく複雑な、ひきつった笑みがよぎった。
同じタイミングでこっちはきょとんとして、次ににぱっと笑みを浮かべる妹。
「あはははは! 何だかわからないけど、そうだね! 行こうよ、ティオネ!」
「ああ、こいつはブッ殺す!」
闘志と怒りと笑みを同時に乗せたようなそんな表情。
止まっていた足を動かし斧槍を構えて躍り掛かる、その直前に男装の女の顔がぐにゃりと歪んだ。
「?!」
何かを感じたのか、フィンが飛びすさった。
それとほぼ同時に女が爆発する。
まとっていた豪奢な衣服が引きちぎれて宙に舞った。
「・・・・・・・・」
「――」
どんな攻撃が来るかと身構えていたフィンとアマゾネスの姉妹がその時浮かべた表情を一言で表すなら――唖然、だろうか。
『よくも・・・よくもこのシャイニーラさまの術を破ってくれたわネ! あなた生意気ヨ!』
ひらひらと舞い落ちる高級布地の残骸の中、そこにいたのは縦横3mほどの肉塊だった。
ぶくぶく太った巨大な体にアイシャドウと口紅、マニキュアをした肉の塊。
地獄の参謀パエリリオン。
かつてベルを襲い、オッタルに両断されたものと同族だが、漂わせる妖気はあの個体の比ではない。
しかし甲高い声でキイキイわめく様は妙に見苦しい。九分九厘まで術中に落ちたと思っていたティオネが自力で術を破ったことがよほど腹に据えかねたらしかった。
「お、オカマの悪魔だ!?」
『失礼ネッ! ワタシは女ヨっ!』
思わず、と言った感じで口に出したティオナをじろりと睨む。確かに悪魔にも性別はあるのだが――人間に見分けろと言うのはいささか以上に酷だろう。
弛緩した空気が流れかけた中、最初に動いたのはフィンだった。
「ウオオオオッ!」
身を低くしての突進。ただでさえ小さい目標が更に小さくなり、黄金の長槍が地面すれすれを走り抜ける。
我に返ったアマゾネス二人がその左右に追随し、三方向からの時間差攻撃を狙う。
地面から伸び上がったフィンの長槍が、シャイニーラの喉笛目指して正確に突き込まれる。
その瞬間、赤い嵐が吹いた。
無数の金属音。それに伴い、肉を裂く音。
赤い鞭のような、それでいて硬質の何かが無数に空間を切り裂く。
三人が一斉に後ろに飛んだ。
9mまで間合いを離し、三人が構える。
ティオネとティオナの体にいくらか手傷があるのに比べ、フィンの体にだけは一点の傷もない。
二人を上回る圧倒的な敏捷性、そして技量、戦技のたまものだ。スキル抜きならフィンの戦闘技術は、あるいは【頂天】をも凌駕する。
そしてこれだけ距離を離して、ようやく三人は敵の攻撃の正体を知った。
「・・・爪!?」
パエリリオンの周囲を荒れ狂っていた嵐がしゅるっ、と音を立てて収まっていく。
収まる先はパエリリオンの十本の指だった。
赤いマニキュアを施した十本の長い爪。それが伸びて三人を切り裂こうとした。
鞭の様なしなりと速度、鋼の硬度と剃刀の鋭さ、9mの間合い。
それらを兼ね備えた十本の赤い刃のリボンが、吹き荒れた嵐の正体だった。
『やるわネ。小娘どもは喉をかき切ってやれると思ったけど』
にまり、とパエリリオン――魔将シャイニーラが笑った。
「厄介だね」
普段の笑みを消してフィンが長槍を構え直す。
「サポーターは間違っても奴から9m以内に入るな。ズタズタにされるぞ」
「・・・!」
フィン達の後ろに控えていたクルスが蒼白になってこくこくと頷く。
「さて、仕切り直しだ。行くぞ二人とも」
「うんっ!」
「ええ! 私たちのバージンロードをこいつの血で舗装してやりますね!」
「・・・」
フィンが何かを言おうとして、辛うじて思いとどまった。
ちなみにデヴィル達のいくらかは透明化の魔力を持っていますが、フィン達が相手だとほぼ無意味なので使っていません。
エピックレベルハンドブックでは動いてる透明クリーチャーの位置を知るための目標値はたったの20(原作の初期ベルでも半々くらいで達成できる数値)です。
ダンまち原作で透明化を見破るときの描写を考え合わせると、フィン達ならほぼ無効化出来るでしょう。