ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「【アルクス・レイ】!」
必中の閃光が地底の闇を切り裂いて飛ぶ。吹き荒れる赤い嵐と小刻みに跳ね回るフィン達を避けて、複雑なカーブを描く閃光の軌跡。
気を取り直したレフィーヤの放った、渾身の光線呪文。
パエリリオン・・・シャイニーラの回避行動を物ともせず、その体を貫いたかに見えた光の矢は、しかし何ら効果を発することもなくその体表で消えた。
「・・・こいつもっ!」
「"
戦争遊戯で己の会心の【アルクス・レイ】をやはりイサミの呪文無効化で防がれた事を思い出し、レフィーヤがほぞをかむ。
リヴェリアもやはりその時のことを思い出していた。
「クフッ・・・クフフフフ!
なぁに、凄い魔力だったからちょっとビビっちゃったジャない!
でもダメねっ! その術力じゃワタシの膜は貫けないワヨッ!」
一瞬怯えた表情になったシャイニーラが、一転して勝ち誇ったようにあざ笑う。
その間にも十本の赤い爪は空を切り裂き、フィン達三人を攻撃し続けている。
浮ついた言動や奇矯な外見とは裏腹に、この肉塊もやはり魔将と呼ぶに相応しい戦士のようだった。
上位の悪魔や竜、不死怪物のたぐいならほぼ必ず持っている能力だ。
この能力を持っている対象に対して呪文をかけても、術者の術力が防御を突破できなければ、魔法は一切の効果を発揮しない。
たとえ周囲を焼き尽くす炎の嵐であっても、抵抗を突破できなければその周囲だけは綺麗に焼け残る。そう言う能力だ。
(なお友好的な呪文も自動で弾いてしまうので、そうした術の効果を受けたければ呪文抵抗の守りに一瞬「穴」を開ける必要があるが、イサミであってもそうした隙につけ込むのはほぼ不可能だ)
そして術力と魔力の関係は、武器の鋭さとそれを振るう腕力にたとえられるだろう。
腕力が強ければ強いほどダメージは大きくなるが、武器の切っ先が怪物の外皮を貫けなければそもそもダメージを与えられない。
ベルがシルバーパックと戦った時、初心者用の鋼のナイフは外皮で砕け散った。
だが能力値上昇があったとは言え【神のナイフ】は容易く胸を貫いて魔石を砕いた。
今のレフィーヤも同じだ。
呪文に込められた魔力それ自体は魔将に傷を与えるのに十分なもの。
しかし呪文の強度、それを形成する力が足りない。魔力は一級冒険者並みといえども、レフィーヤの技量自体はLv.4の域を大きく越えるものではない。
呪文という切っ先を十分鋭く鍛え上げるだけの技術が足りない。
オラリオの魔道士達の表現で言えば「呪文の貫通力」が足りないのだ。
この貫通力=呪文抵抗を貫く術力は、ほぼ術者のレベルに依存すると言っていい。
D&D的な意味でも、オラリオ的な意味においてもだ。
呪文自体の性質によってはそれがやや上下したり、杖や魔法石、スキルによって強化もされうるが、どのみち今すぐにどうにかなるものでもない。
魔将とほぼ互角であろうピット・フィーンドの呪文抵抗は、Lv.6であるフレイヤ・ファミリア幹部、エルフの魔法戦士ヘディンの呪文の大半を弾いた。
Lv.4であるレフィーヤには絶望的な壁だ。
一方同じLv.6、しかもヘディンと違って専業魔道士であり、装備もスキルも術に特化したリヴェリアなら恐らく五分五分かそれ以上。
だがリヴェリアの攻撃呪文はどれもこれも効果範囲が広すぎた。
圧倒的な効果範囲を持つゆえに、こうして近接戦に入った状況ではそれが仇となる。
極寒の氷雪の帯を三条打ち出す【ウィン・フィンブルヴェトル】であれば、今のようにフィン達とシャイニーラが間合いを取っている状況であればなんとか。
それ以外の二つはどうやっても敵だけを攻撃することは不可能だ。
ちらりと、
リヴェリアですら影を捉えることしかできないほど鋭い身のこなしと腕の振り、最硬金属の鎧や盾を容易く切り裂く牙と爪。
防御側の判断を誤らせるフェイントの鮮やかさ、しばしばバランスを崩して引き倒そうとする動きも、オラリオ屈指の重戦士でなければ回避できないであろうほどに巧み。
おそらくオッタルも、イサミの剣がなければ太刀打ち出来ない相手。
ガレスでなくばとうに打ち倒されて、戦線も戦略も崩壊していただろう。
だがそのガレスですら既に多くの傷を防具と、そして体に刻んでいる。
自分でエリクサーを使う余裕など全くない。
何事にも器用なラウルが
振りかけるほど近寄ってしまえば、その瞬間に肉塊と化すからだ。
だがそこまでしてようやく、それも辛うじての現状維持。
次の瞬間にガレスが倒れても不思議ではない。
他の戦場にも素早く目を走らせる。
アルガナ、バーチェと互角に打ち合う黒い女騎士。
ベートと椿も四本腕の悪魔を攻めあぐねている。
後方で呪文を飛ばしていたファルズゴンと目が合い、ウインクしてくる相手に舌打ちで返す。
(あのペテン師は論外としても、恐らく他の悪魔どもも同等の呪文抵抗とやらは持っているだろう。となれば・・・)
リヴェリアがレフィーヤを呼び寄せた。
戦いは続く。
9mという一級冒険者からしても圧倒的な間合いを前に、フィン達は攻めあぐねていた。
巨大な怪物相手ならばそれなりに経験はあるが、そうしたモンスターは大概において巨大ゆえに攻撃も動きも大振りだ。階層主であってもそれなりにはつけいる隙がある。
だがこの化粧した肉塊の放つ攻撃は、フィン達等身大の冒険者の基準でも恐ろしく速く、そして正確で小回りが利く。
しかも十本のそれが独立して、別の生き物であるかのように動く。
半径9mの嵐、赤い刃の結界。
フィンの速度と技量をもってしても、一度に対応できるのは三本が限度。
ティオネは二本でもつらいし、得物が超重量級のティオナはどうしようもない。
リヴェリアの回復呪文が飛び、全員の負傷を回復する。
再び息詰まる攻防の時間。
そしてまた、エルフの少女から放たれる膨大な魔力の波動。
呪文の威力を解き放つ直前の徴候。
杖の指す先は先ほどと同じ、パエリリオンのシャイニーラ。
『アラ、なぁに? また無駄な事を――』
「【アルクス・レイ】!」
先ほどより更に太く、更にまばゆい光線。
鋭く湾曲した軌跡を描いたそれが、シャイニーラの右腕を吹き飛ばした。
『え?』
呆然と、付け根から失われた己の右腕を眺めるシャイニーラ。
『ひぎゃああああああああああああ!?』
一瞬遅れて絶叫が響く。
その時には既に、フィン達三人が動いていた。
『ッ!』
咄嗟に左腕の爪で迎撃する。
だが十本あればこそ防げていた攻撃を止めるには、五本では僅かに届かない。
黄金の長槍が回転し、三本を弾く。
ティオネが右手のハルバードで一本を引っかけて動きを封じ、もう一本を辛うじて左手のナイフでさばく。
そして。
「うおりゃああああああああああああああああああああ!」
全身全霊、文字通り捨て身の気迫を込めた
紫色の油でてらてらと光る皮膚を切り裂き、分厚い刃の半ばまでを食い込ませる。
『ガァッ!』
カエルのようにがばりと口が開く。
これまでの気取ったものではない、痛みに狂う凶悪な悪魔の顔。
「ひえっ!?」
無数の牙が並んだ巨大な口のかみつきを、ティオナが辛うじてかわす。
フィン達をあしらっていた左腕の爪を一本飛ばし、追撃する。
更に一歩ティオナが下がり、傷ついた魔将も一歩下がる。
フィン達とも間合いが開き、一瞬の空白があいた。
その一瞬でちらりと、レフィーヤの方に憎々しげな視線を飛ばす。
(クソッ! あの小娘、いきなり術力が・・・ン? ンンン?)
先ほどは気付かなかった僅かな違和感。
全集中力を注ぎ込んで呪文を唱えた張り詰めた顔のまま、杖を構えてこちらを睨む小娘の姿。
こちらに向けた杖の先端からは、キラキラと光る粉のような物がこぼれていた。
(・・・杖! そうか、杖か!?)
そう。
レフィーヤが手にしているのは先ほどまでの花の意匠を施された白い杖ではなく、精緻な細工の施された白銀の、誰もが思い浮かべる「魔法の杖」のごときそれ。
ミスリルと聖皇鉱石の合金を鍛え上げた封印世界が至高の五杖の一つ、【マグナ・アルヴス】。リヴェリアの愛杖だ。
「よくやったレフィーヤ――しかし、またレノアに怒られてしまうな」
言葉と裏腹に満足げな笑みを浮かべるリヴェリアの視線は、杖の先端に注がれていた。
そこに広がる流麗な白銀の花弁からは、はめ込まれていた魔法石九つの残滓がサラサラとこぼれ落ちている。
魔道士の杖は術力を増幅する魔導装備だ。
そしてかつてリヴェリアがイサミに言ったように、その増幅率は製作者の腕と魔宝石、材質、そして長さによって左右される。
レフィーヤの杖より遥かに高い基本性能に加え、それをブーストする最上等の魔法石全てを一度に使い切る。それによってレフィーヤの術力を極限まで高め、シャイニーラの呪文抵抗を貫いたのだ。
馴染みの