ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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22-14 汚れなき白

 均衡が崩れた。

 片腕を失ったことによって、これまで完璧に防ぎ止めていたフィン達の攻撃が通るようになり、真言の悪魔の施していた高速治癒―― 一定時間の持続回復――では回復が追いつかなくなる。

 そして、悪魔達には元より回復の手段が乏しい。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 たとえ邪神であっても神を信仰する悪魔はごく少ない。それは本質的に己の力のみを信じるからでもあり、また悪という力そのものに仕えているからでもある。

 治療の手段は僧侶の呪文だけではないが、だとしてもそれを持つ悪魔はごく少ない。

 

 ゆえに、恐るべき力を持ってはいても、悪魔達は崩されると脆い。

 冒険者たちのように不利を凌ぎ、崩れた態勢をリカバリーする手段に乏しいのだ。

 

 事実そこからは雪崩を打つように戦局が転がっていった。

 シャイニーラは三人がかりの攻撃を防ぎきれず、ティオナの大双刃で首をはねられた。

 フリーになったフィン達三人に加勢されては防ぎきれず、ロゴクロンは集中攻撃によって僅かな時間で屠られた。

 

 ロゴクロンの維持していた強化魔法(バフ)が切れた事により、堕天使の不壊の防御も僅かに緩む。

 妹の血を啜り、呪詛によって強化されたアルガナの拳が黒き鎧を穿った。

 致死の猛毒を込めたバーチェの手刀がそこに突き込まれる。

 事実上、そこで勝負は決した。

 

 だがその後もデロラスは戦い続けた。体が動かなくなる最後の瞬間まで。

 フィン達の加勢もはね除けて宣言通り自らの喉を食い破ったアルガナに、称賛の眼差しと笑みを送りながら。

 

「「―――汝こそ真の戦士(ゼ・ウィーガ)」」

 

 姉妹が僅かに瞑目し、この異界よりの好敵手に敬意を捧げた。

 

 

 

「遅いぞ」

「ごめん」

 

 シャイニーラとロゴクロンを屠ったフィン達が駆けつけたとき、ガレスはまさしく満身創痍であった。

 椿の鍛えたオラリオ最重最剛の甲冑がずたずたに引き裂かれ、最硬金属の盾も三枚目。

 裂傷だらけの甲冑も戦闘衣も、自身の血で真っ赤に染まっている。

 

 だがそれでもガレスは自らの足で立っていた。

 深層の階層主をも凌駕する魔王の攻撃を耐え抜いた。

 傷だらけの姿の中で、変わらず白銀の光を放つ右手の不壊属性大戦斧と同じように、その瞳の闘志だけは曇り一つない。

 

 駆けつけたフィン、ティオネ、ティオナ、ベート、椿らを前にして、インファーナルも警戒したのか一歩下がって様子を見る。

 (アルガナとバーチェは加勢を拒否してまだ戦闘中)

 そこでようやっと、このドワーフの鉄人は一息つくことが出来た。

 

「くぁーっ、手ひどくやられたのう。それがしもまだまだ未熟よ・・・どうだ、次は総最硬精製金属(オリハルコン)製の、不壊属性の鎧というのは! おお、いけるぞこれは!」

「いくらかかるんじゃ、大丈夫か?」

 

 僅かに出来た隙にエリクサーを数本まとめて飲み干し、盾も四枚目と交換する。

 椿とその様な会話を交わす余裕もあった。

 

 ちなみに第一等級武装や椿謹製の不壊属性武器が大体一本一億ヴァリス。

 単純な重量比で言うなら、ガレスの超重装甲冑(ドワーヴン・プレイト)は、そのおおよそ20倍。

 リヴェリアの杖ですら約三億であるから、イサミの打ったオッタルの剣を別とすれば恐らく下界史上空前絶後の高額装備となるだろう。

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 リヴェリアが先ほど詠唱を完了していた防御呪文を全員にかけ直す。

 それが第二ラウンドのゴングとなった。

 

『Ati-kot-nit!』

 

 小手調べとばかりにインファーナルが放った魔力で、周囲に炎の嵐が吹き荒れる。

 後衛のサポーター達には多少ダメージが入るが、それでも多少だ。

 主戦力である一級冒険者たちの耐久力とリヴェリアの護りの前に、ほとんどダメージを与えられていない。

 

「固っ!?」

「・・・もう! やっぱ斧槍じゃ軽すぎるわ! ティオナ、あんたの大剣貸りるわよ!」

「オッケー!」

 

 その一方で冒険者たちもこの魔王を攻めあぐねている。

 Lv.9相当のステータスに加え、恐ろしいほど硬い表皮がほとんどの攻撃を受け止めてしまうのだ。

 おまけに多少の手傷ならばあっという間に塞がってしまう。

 ロゴクロンの真言術(トゥルースピーク)の効果は既に途切れているはずなので、恐らくはこの魔王が自前で持っている再生能力なのだろう。

 

 戦いは長期戦になった。

 オラリオ最硬の男をずたずたにしたインファーナルの攻撃力はやはり圧倒的。

 椿ですら前衛に立つのは諦めて、サポーターに回っている。

 

 しかし今はガレス一人ではなく、同等の力を持つ前衛が五人揃っていた。

 仲間のフォローと牽制があれば一人一人に対する圧力は大幅に減じる。

 じりじりと、冒険者たちの攻撃が魔王の表皮を穿っていった。

 

 

 

「ああああ鬱陶しい! 死ねクソが!」

 

 武器が空を切り、聞くに耐えない悪態をつくのはベート。

 先ほどから魔王の体はユラユラとゆらぎ、狙いが僅かに定まらない。

 

 "かすみ(ブラー)"。

 自分の姿を僅かに霞ませることによって攻撃側の目測を見誤らせる防御呪文。

 初歩の術であり、攻撃数発ごとに一発がそれる程度の効果しかないが、長期戦かつ数で押す相手には確実に一定の効果が見込める。

 事実、先ほどまで増えては塞がるルーティンの中、それでも僅かずつ増えていた魔王の体の傷が、増えるそれと消えるそれで拮抗しつつあった。

 

「ちっ、面妖な術を。何か策はあるか、フィン?」

「難しい所だな。リヴェリアでさえ術を弾かれてしまってはね」

 

 インファーナルの体高は頭頂部で5mを軽く越える。

 一方で攻め手のフィン達は高くても2m弱。

 さしひき3mの的、後方にも巻き込む物が何もないとなればやりようはある。

 

 ――が、呪文は阻まれた。

 愛用の杖を使い放った極寒の冷気の束は、何ら効力を発することなく雲散霧消したのだ。

 もう一度試して同じ結果に終わった時点で、フィンは呪文攻撃という選択肢を捨てた。

 今はリヴェリアを支援に回し、自らは前衛の中で最も威力のあるガレスとティオナの超重武器の攻撃を確実に通すべく、ベートと共に二人のサポートに回っている。

 

 デロラスを討ち取り、駆けつけてきたアルガナとバーチェも同じだ。

 バーチェの毒でさえ、体内に注入できないのでは効果を発揮できない。

 

「杖の宝石を使い切ってなければね」

「あれがなきゃ、あの太っちょを倒せんかったんじゃろう? しょうがないわい」

 

 牽制攻撃をかけながら器用に肩をすくめるフィン。

 その隙にガレスが渾身の一撃を打ち込もうとして、やはり阻まれた。

 直後来た反撃の爪を大盾で滑らせて辛うじてかわし、一歩下がって溜息をつく。

 

 アイズを除くロキ・ファミリア、アルガナとバーチェも加えての総掛かり。

 それでもなお、この地獄の魔王は互角以上の戦いを演じている。

 むしろ押されているのはロキ・ファミリアの方だ。

 

 互いにフォローし合って致命傷を防ぎ、重傷者は即座に後退して治療を受ける。

 戦線が崩れることこそないものの、エリクサーやマジックポーション、予備の盾などが恐ろしい勢いで消費されていく。

 ラウルたちサポーターの表情も、加速度的に引きつり度合いを増していった。

 

 

 

「団長、これ!」

「ああ」

 

 手渡されたエリクサーを飲みながら、視線は戦場から離さない。

 一時後退して治療を受けながら、フィンはめまぐるしく頭を回転させていた。

 

(魔法を使って狂戦士化するか・・・? いや、それで押し切れる保証がない)

 

 飲み干した空瓶を捨て、右手の親指を口元に持っていく。

 フィンの癖だ。

 

 伝説の如く知恵を授ける魔法の親指なのか、それともフィンの直感をプッシュするスイッチなのか。

 迷った時、窮地に陥った時、常に突破口を開いてきたそれだったが、この時は全く関係のないところから突破口を開いた。

 否、()()()()()()()()()

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」

 

 空を見た。星を見た。白き流星を見た。

 その場の全員が、遥か彼方の地上に通じる穴から洩れる星の光ではなく、そこから下りてきた一条の汚れなき白を見た。

 

『Vlo――』

 

 ぞぶり、と音がした。

 真の銀から鍛え上げられた妖精の刃が、上を向いたインファーナルの喉深くにまで突き刺さる。それを握る二本の繊手(せんしゅ)もまた、ほとんど付け根までインファーナルの口の中に入ってしまっていた。

 

「――フィル・・・」

「ディオ・テュルソス!」

 

 落下しながら詠唱は完了していたのであろう。

 魔王がその両腕を噛み砕くより一瞬早く、渾身の精神力を込めた魔法がその内から魔王の体を灼いた。

 びくんっ、と魔王の体が跳ね、さすがに一瞬動きが止まる。

 その隙に白い影は両手を引き抜き、魔王の肩を蹴って間合いを離す。

 

「ウオオオッ!」

「やああああああ!」

「死ねくそがぁっ!」

 

 余りのことに呆然としながらも、反射的に前衛達が斬りかかる。

 ガレスの大戦斧とティオナの大双刃以外はやはり分厚い外皮に弾かれるものの、妹から借りたティオネの不壊属性大剣は僅かに傷を残した。

 そしてガレスの攻撃に続き、彼と体を入れ替えてバーチェが毒の手刀を真新しい傷口に突き込む。

 

『■■■■■■■――――!!!』

 

 喉を潰され、毒を注入され、怒る魔王が嵐の如く荒れ狂う。

 両手の爪。刃のような翼。丸太のような尾。空間ごと薙ぎ払う暴力の嵐に、戦士たちはすばやく後退して難を逃れる。

 その後ろにふわり、と着地したものがある。

 

 白。どこまでも汚れなき純白の麗人。

 華やかな夜会服の如き白装束、白絹のようなつややかな肌、髪は鴉の濡れ羽色。

 右手に妖精の魔法剣、左手にはたった今引き抜いた白木の短杖。

 

「フィルヴィスさん!」

 

 喜色をみなぎらせたエルフの少女の叫びに、エルフの魔法剣士フィルヴィス・シャリアは僅かに振り返り、微笑んで応えた。

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