ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「"スコーチング・レイ"!」
三条の熱線が【神のナイフ】を介して迸る。
それをかわそうともせず、悠然と立つグラシア。
熱線はその体に命中するが、その直前で吸い込まれるように消滅した。
「くそっ!」
「私の護りを貫ける人間なんて、こっちの世界じゃあなたのお兄さんくらいよ。
まあ、貫けたとしても私に炎は効かないけどね。勉強不足よ、ベル」
「くっ! 馬鹿にして!」
悔しそうに顔を歪めるベル。
それを楽しげに見やった後、グラシアはちらりとティアマトの方に視線を飛ばす。
「勉強は大事よ? 炎の効かない存在に炎で攻撃しても・・・っ!?」
言葉が途切れ、その目が見開かれる。
イサミが放った混合エネルギー呪文がティアマトの体を傷つけたのを見たせいだ。
「!」
その機を逃さず、ベルが踏み込んだ。
【憧憬一途】の力で今やLv.7を越えたその敏捷性は神速と呼ぶに相応しい。
だが神速を遥かに超える怪物がグラシアだ。
瞬間移動の如き速度で踏み込んできたベルを「見て」から、余裕を持って鉄棘の多條鞭を振るう。
金属が激しく軋む音がした。
「くっ・・・」
飛び退るベル。
負傷こそしていないが、その鎧には幾筋かの傷がついていた。
改めて神のナイフと黄金の長剣を両逆手に構え、いつでも飛び込めるように身をかがめる。
「あら」
そのベルに一瞥もくれず、グラシアは僅かに意外そうな顔をした。
その視線は自らの武器の先端に注がれている。
地獄の炎で鍛え、酸の海で焼き入れをした己の武器の、先端が僅かに欠けている。
迎撃されたあの瞬間、ベルのナイフがそれを払い、先端部を切り飛ばしたのだ。
怒りも見せず、むしろ楽しげにグラシアがほほえむ。
「やっぱりそのナイフは侮れないわね。私以外の女とベルが繋がっている証なんてしゃくでもあるし・・・壊しちゃおうかしら?」
「壊せるものなら・・・壊してみろっ!」
叫ぶベルの口から"力ある言葉"が連続して迸る。
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
「"
一呼吸の間に十を越える呪文が発動され、ベルの全身を魔力による強化が覆う。
それに加えて、この数週間で兄が作ってくれたいくつもの魔道具――防護の指輪や呪文の指輪の最上級バージョン、即死攻撃や急所攻撃を無効化する手甲などもある。
鎧もヴェルフが作った兎鎧Mk-Vにイサミが最大限の強化を与えていた。
(なおベルは瞬時に自己強化を行えるので、抵抗強化や能力値強化など呪文と効果がかぶる魔道具は避けている)
たとえオッタルやロビラーでも、今のベルを容易く打ち倒すことは出来まい。
だが、それでもその刃はグラシアには届かない。
防御を強化する魔道具や呪文は複数存在するし、多くは同時に使えもする。
打撃力を強化する魔道具や呪文もそれなりにある。
が、攻撃の鋭さ、命中率を強化する魔道具や呪文は極めて少ない――と言わずとも多くはない。
ゆえに、極まった地点においてはひとえに使い手の力量がそれを決める。
かつてイサミが防御や打撃の重さにおいてはベートにそう劣っていなかったのに、攻撃がほとんど当たらなかったのと同じだ。
そして力量においては、神のナイフと自己強化、【憧憬一途】の限界突破を加えてもなお、ベルはグラシアに及ばない。
嵐のように荒れ狂うグラシアの
今のベルの動体視力をもってしても捉えきれないそれが接近を許さない。
襲いかかってくるそれを防御するにしても、見てからでは防ぎきれない。
「このへん」と直感がささやく方角にナイフなり剣なりを振って、うまく弾ければ御喝采と言ったところだ。
それでもいまだに直撃は受けていないが、楽しそうに微笑むグラシアの様子を見るに、手加減されているのではないかという疑いは脳裏から消えてくれない。
ちらりとグラシアの後ろ、ピラミッドの中心に存在する祭壇を見る。
まさしく生贄の祭壇のように人一人が横たわれるくらいの石の寝台。
その上にアイズ・ヴァレンシュタインが、ベルの想い人が横たわっている。
呼吸はしているようだが意識はない。
兄に言われて
そして、その魔力が少しずつアイズを浸食しているのも。
知識に欠けるベルにはそれが何を意味しているのかわからないが、いいものでないことだけは確信できた。
「っ!」
鋼鉄の烈風が吹き荒れる。
辛うじて飛び退るのが間に合ったが、そうでなければ顔面や二の腕など、装甲に覆われてない部分がざくろのようにはぜていただろう。
「失礼よ、ベル。今ダンスの相手をしているのは私なんだから、私だけを見なさい。
それともそんなにあの娘が気になるのかしら。ああ、妬けちゃうわね」
「・・・・・・」
艶やかに笑うグラシアに、無言のベル。今更ながらに冷や汗がドッと吹き出す。
少なくともよそ見をしていられるような相手ではないのは間違いない。
あと0.1秒、我に返るのが遅ければそれで終わっていた。
そう言う相手だと改めて自分を戒め、グラシアの視線を正面から受け止める。
薄く微笑むその目が、彼女の期待通りの反応であることを教えてくれる。
悔しいが完全に遊ばれている。
少なくともロビラーと同等か、あるいはそれ以上。
あの夜のロビラーと自分よりはまだ差が縮まっているだろうが、それでもまだまるで勝負にならない。
だが諦めるつもりはない。
相手が自分を侮っているのなら、むしろチャンスだ。
(どんな手を使ってでも、アイズさんを助け出す――!)
決意を足に込め、何十度目かの踏み込みを発した。
(ああ、かわいいわねえ)
とはいえ、そんな感情の動きでさえもグラシアの手のひらの中。
いくら成長しようともベル・クラネルという少年は素直すぎるし、地獄広しといえど人間の心を読み操る事にかけてはグラシアほどの名人などそうはいない。
ベルの内心など、一から十まで見透かされていた。
「ほら、ほら、ほらほらほら!」
「くっ!」
右手の多條鞭を軽く左右に振る。
それだけのことが、ベルにとっては致死の鋼鉄の嵐となって吹き荒れる。
元は罪人を打つための先端の広がった鞭は、もはや面制圧攻撃となって、広範囲の空間を蹂躙する。
体術では回避できない無差別攻撃。
(・・・なら!)
「"
「あら」
ベルの詠唱とともに、グラシアの周囲に煙が立ちこめた。
視界を遮り、ベルがグラシアを迂回してアイズの元に行こうと床を蹴る。
次の瞬間脳裏に最大限の警報が鳴り響き、ベルは自ら石床に倒れ込む。
ほとんど同時に薙ぎ払われた多條鞭がベルのいた位置の煙を切り裂き、鎧の背中に傷をつけた。
上から叩き付けるような追撃を転がって避け、飛び散る破片を浴びながらバク転して後退する。
立ち上がったときには、走り出した位置よりさらにグラシアから遠ざかっていた。
ベルとアイズの間にわだかまる煙が渦を巻いた。
いや、多條鞭の生み出す渦に巻き込まれて内部から切り裂かれた。
あっという間に煙の壁は引きちぎられ、文字通り雲散霧消する。
先ほどと変わらぬ位置でたたずむグラシアが、にっこりとベルにほほえみかけた。