ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「くっ・・・」
「馬鹿ねえ。あなた敏捷度は高くても気配を消す訓練なんて積んでないでしょ?
視界を遮ってもそんなドタドタと足音をさせて走り抜けるんじゃ、それこそ
呆れたように肩をすくめるグラシア。
魔石や【恩恵】の力は身体能力のみならず知覚能力にも及ぶ。
加えてグラシアは仮にも
身体能力だけの素人であるベルの忍び足など問題にならなかった。
ぐっ、とベルが歯を食いしばり、グラシアを再び睨み付ける。
美しき魔王は微笑み、その視線を悠然と受け止める。
ベルは両逆手の構えで動かず。グラシアも右手の鞭を床に垂らした自然体のまま。
しばらくそのまま時間が過ぎる。
周囲で起きる戦闘の音も、この二人の間には割って入れないかのようだった。
グラシアが退屈して、こちらからちょっかいをかけてみようかと思い始めたところでベルの顔付きが――注意深く見ていないとわからない程度に――変わった。
表情を変えないまま、今度は何をするのかとグラシアは胸を弾ませる。
相手に「技の起こり」、つまり動く徴候を感じさせないのも戦闘技術の一端だ。
が、ベルは生来素直なたちなのに加えて兄ほどではないにしろ実戦経験が足りない。
大げさに動きを見せたつもりはないが、やはりグラシアからすれば何かするのはすぐにわかる――しかし、何をしたのか、それがこの時のグラシアにはわからなかった。
「"
「"
「? ――!」
一瞬、ほんの一瞬だけベルが何を意図しているのか、理解が遅れた。
そしてその一瞬だけで、今のベルには十分だった。
「!」
グラシアの目の前からベルが消えた。
瞬間移動や透明化のたぐいではない。
魔王たるグラシアでさえも捉えられない速度で駆けたのだ。
驚愕に顔を染めてグラシアが振り向く。
動きを捉えることはできなかったが、動きの「起こり」はわかった。
その向かう先は自分ではなく――
体を翻したグラシアの目に映るのは、魔力に包まれた祭壇とその上に横たわる生贄。
そしてその傍らにたたずむ白の少年。
「・・・ああ」
思わず吐息が漏れる。
(――やはりこの子は美しい)
横たわるアイズを守るように立つ姿はまるで一幅の絵のようで。
グラシアに感嘆を抱かせるのに十分な光景だった。
とはいえそれも一瞬のこと、再び余裕の笑みがその唇を彩る。
「やるじゃない、ベル。あなた今、分体とは言え魔王に一杯食わせたのよ? 誇っていいわ」
「・・・・・・・・・」
称賛の言葉にも答えを返さず、ベルは構えを崩さないまま、僅かに体を沈ませた。
ベルはやろうと思って一杯食わせたわけではない。たまたまだ。
兄が呪文レクチャーの中で何の気なしに「そういえば」と話してくれたことをベルが覚えていて、呪文の効用は知っていても呪文使いではなく、実際にそれを使うのを見たこともないグラシアが、裏技的な運用を思い出すのに僅かなタイムラグを要しただけ。
"神の歩み"呪文は本来中級の信仰呪文で、僧侶が自らの神に願って、それに応じた移動能力――早く走れるようになったり、飛べるようになったり――を与えられるものだ。
ただしこの呪文にはもう一つ効能がある。
持続時間中に残った呪文の力全てを注ぎ込むことによって、一瞬だけ残り時間に応じた爆発的な加速力を得られるのだ。
わざわざ《持続時間延長》の特技を取得したのもそのため。
風船を普段より大きく膨らませて、その中の空気全てを使って高速移動した。
敏捷度にして260段階分。グラシアでさえ到底追随できるレベルではない。
爆発的な移動速度の上昇をもってグラシアの周囲を回り込み、一瞬で祭壇まで移動。
常識外れの速度を語るかのように、ブーツの底からは僅かに煙が上がっていた。
「"
視線はグラシアから放さないまま、右手を後ろに向けてアイズに対して解呪の呪文を発動する。・・・が、アイズの方から感じる不気味な魔力は途切れない。
「"
再度、別種の解呪呪文を発動するが、これもアイズを包む魔力に変化を及ぼさない。
「舐められたものねえ。あなたのお兄さんならまだしも、あなたに解除できるわけないでしょう?」
肩をすくめるグラシアを悔しそうに睨む。
「言っておくけど、だからって無理矢理祭壇から引きはがしたり、水晶に触れたりしない方がいいわよ。その娘本人はともかく、外からちょっかいを出したら魔力に浸食されてただじゃ済まないわ。腕が腐れて落ちちゃったら、私でも治療できないわよ?」
「・・・・・・・・」
あっけらかんと述べるグラシアに歯がみするベル。
今のベルなら手を触れずにアイズを動かす"
「なら・・・!」
「!」
ベルがまたもや呪文を発動する。
ベルが編み上げた呪文構成を見たグラシアの目が軽い驚きに見開かれる。
「"
ふっ、と。ロウソクの炎を消すように、アイズと祭壇を包んでいた魔力が消えた。
黒い水晶は浮遊し続けているが、祭壇からの魔力の放出は止まっている。
"
59階層でイサミも使った、絶対魔法防御の場を生み出す魔法だ。
ベルを中心に半径3mの内ではどんな魔法も、魔力も、魔道具も効果を発揮しない。
例外は【神の恩恵】と魔石の力を含む神や一部の超越者の力、そしてアーティファクトと呼ばれる強力な魔道具だけだ。
つまり、ベル本人も一切の魔法や【神のナイフ】を除く武具や魔道具、ポーションの恩恵を一切受けられない。
そしてこの「場」は術者と共に移動するため、アイズの傍から動く事もできない。
「思い切ったわね。確かに儀式を止めるには有効だけど・・・お兄さん待ち? それとも、私を前にしてその娘をさらっていけると?」
「・・・」
ベルは無言で構える。ナイフから紫光が伸び、魔力の刃を形作る。
【神の力】を帯びた武器であるヘスティアナイフを介しているからこそ為せる技だが、この魔力剣も今は心許ない。
グラシアが薄く笑い、手首を軽くうねらせる。
ディヴァインフットステップについて。
ベルは一応ヘスティアの信徒?で、ヘスティアに一番近い神はハーフリングの肝っ玉主婦ことヤンダーラだと思うのですが、与える移動能力が「壁を登攀する」なので、さすがにないかなあと思って普通に地上移動速度増強と言うことにしてあります。
まあ信仰呪文ではなくリミテッド・ウィッシュで再現してるので信仰する神様は関係ないと言えばないのですがw