ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「ふん、鬱陶しいわね・・・」
むすっとした顔で溜息をつくグラシア。
あかがね色の翼を広げ、ゆっくりとホバリングするグラシア。
そんな彼女を見上げる銀色の巨人とフェルズ。
その後ろには祭壇とアイズのそばに立ち、同じようにこちらを見上げるベルの姿。
ちらりと空を仰ぎ見る。
頭上遥か彼方にある大穴を通して、闇の中で時折まばゆい色彩が流れるのがここからでも見えた。
視線をアイズとベルに戻す。
彼女にもそれほど時間の余裕はない。
(あの人形の横をすり抜けてベルを・・・いや、そこまで甘い相手ではさすがにない。物理攻撃も大概の術も力場の壁は貫けないし・・・)
グラシアは実のところ、直接戦闘が得意なタイプではない。
もちろん相対的な話であって、魔王の名に恥じないだけの戦闘力はある。
が、本来の得手は人の心を操り惑わせること。
かつてフリュネだった頃のレーテーの心を壊したように、あるいはオラリオの闇に隠れて勢力を伸長させていったように。
戦わずして目的を達するのが本来のグラシアのやり方なのだ。
ほとんどの悪魔と同様彼女も魔術は使えないし、身に備わった魔力も直接戦闘に使えるものは少ない。
力場の壁はそうした精神操作系の魔力もはじくし、そもそも魔道具製作を極めたフェルズがそうした方面への防御を怠っているわけがない。
(となると・・・)
左手につけた、洗練されたデザインの女性用手袋を見る。
イサミが使っているのと同じ"
かつてイサミとシャーナを相手に千日手に持ち込まれたときのようにだ。
(問題は壁を一枚破壊しただけで終わるかどうかだけど、さすがにそれはなさそう・・・うん?)
銀色の巨人が両腕を自分の方に向けたのにグラシアは気付いた。
両方の拳――右も左も拳とは言い難いが――の周囲に虹色に光る八個の光球が生まれ、ぶんぶんという音と共に拳の回りを回転し始める。
見る間に回転は速くなり、目で追えないほどになる。
そして次の瞬間、光球が続けざまに撃ち出された。
「!?」
発射されるごとに新たな光球が生み出され、途切れない弾幕がグラシアを襲う。
それは回避するグラシアの周囲で次々に爆発し、光の爆風が魔姫の体を翻弄する。
"
魔術師7レベルに属する範囲攻撃呪文。
呪文レベルの割にダメージが低いという弱点はあるが、光という珍しい属性を持つそれはエネルギー耐性ではダメージを軽減できず、なおかつ体術では回避できないために「みかわしの指輪」で完全回避することも出来ない。
しかも使っているのが以前のイサミと違って相応のステイタスを持つフェルズだ。
可能性は低いがセーブに失敗したら虹の光の幻惑の魔力によって、十数秒間まともに動けなくなる。
「生意気な・・・っ!」
憤るものの範囲呪文かつ連射されるそれは完全に面制圧のレベルに達しており、機動力で対応できる攻撃ではない。
意を決して全力で降下する。狙うは巨人の頭部、フェルズのみ。
(やれやれ、回避に徹されたらどうしようかと思ったよ)
そのフェルズは心の中で胸をなで下ろし、疑似神経繊維――ある種の植物から作られた、ウォーフォージドの体を動かすための情報伝達ケーブルで、フェルズは自身のそれと巨人のそれを結合させることによって直接操作を行っている――を通して躯体にコマンドを与える。
巨人の腕の装甲が僅かに展開し、蓄えられた魔力をほぼ使い切った魔杖が十数本、まとめて排出される。石床に金属製の魔杖が落ちてがらんがらんとやかましい音を立てた。
不壊巨人の腕に仕込まれた魔杖射出機構は、ウォーフォージドの腕に
巨人の腕に魔杖を複数仕込み、それを連続して発射する。魔力を使い切った魔杖は自動的に排出され、次の魔杖が装填される。
その威力と効果範囲は見ての通り。装填する魔杖によっては、数万の大軍相手にも戦いうるだろう。
極めて強力な装備だが、しかしフェルズの技術をもってしても、元の"
元の錫杖は高い連射性能と引き替えに通常の倍の速度で魔短杖の魔力を消耗するが、巨人の腕に仕込まれたそれは実に通常の四倍の速度で魔力を使い切ってしまう。
たった今三斉射ほどで使い切った魔杖の価格は一本6800万ヴァリス。
それが左右で十六本、11億ヴァリス弱。
いくらフェルズが優秀な魔法技師だとしても、コストカットには限界がある。
つまり近代戦における最大の問題点――弾薬の価格こそが巨人の弱点であった。
既に搭載した魔杖の二割ほどは使い切ってしまっている。
あのまま上空で逃げ回られたら、不向きな空中戦を強いられていただろう。
"
迫るグラシアに向けて、銀色の巨人が構える。
次の瞬間砲弾のような・・・いや、文字通り破城槌のような右ストレートが放たれる。
錐もみ軌道を取ってグラシアがそれをかわす。
あかがね色の豊かな髪が数本、拳に触れて宙を舞った。
「"
グラシアの左手からあらゆる物質を原子のチリと化す致死の光線が放たれた。
ほとんど間を置かずに振り下ろされる鉄条鞭の一撃。
光線が炸裂し、見えない何かが消失した次の瞬間に鋼鉄のトゲを埋め込んだ鞭がフェルズを襲った。
「ちっ」
「ふっ」
軽く舌打ちしたのはグラシア、それを鼻で笑ったのはフェルズ。
力場の壁が消失したところに振るわれたはずのグラシアの鉄条鞭は、しかし先ほどと同じく見えない壁によって阻まれていた。
「予想していなかったかね? いや、その反応からするとある程度は想定していたか。
この無敵の巨人の唯一の弱点である私を、たった一枚の"力場の壁"だけで守るわけがないだろう?
この防御壁発生装置は四重になっている。通常の解呪や"物質分解"では一度に一枚しか破壊できないし、破壊されてもすぐに再生する。"
得意満面に話していたフェルズの言葉が途切れた。
巨人の胸元に立ち、フェルズと顔を見合わせていたグラシアがにっこりと笑ったのだ。
この場にはおよそふさわしくない、大輪の笑顔で。
「何を・・・」
「"
グラシアがしゃがみ込み、再生した"力場の壁"に左手で触れる。
魔杖の力が発動し、再び力場の壁が分解される。
「何をしているんだ。私の話を・・・っ!」
再び言葉を途切れさせるフェルズ。
だが今度のそれには切羽詰まったものがありありと現れている。
「"
「くっ!」
一枚目が再生しないまま、二枚目の力場の壁が破壊された。
同時に巨人の右腕が唸り、胸元にしゃがみ込むグラシアを殴り飛ばす。
だがグラシアは僅かに揺れただけで動かない。
「・・・っ!」
「いやねえ、痛いじゃない・・・"
三枚目が破壊された。
壁の呪文にはその素材――石、鉄、炎、氷、力場、その他――に関わらずほぼ共通する性質がある。
その一つが「既に他の固体が存在する場所に壁を立てることは出来ない」こと。
グラシアが力場の壁の表面に手を触れ続けているかぎり、巨人はグラシアの腕が邪魔になって力場の壁を張り直すことが出来ない。
無機質な顔に焦りをありありと浮かべ、フェルズが巨人の両拳でグラシアを乱打する。
だが揺らがない。
ダメージは入っているのだろうが、その体は吹き飛ばず、剥がされず、巨人の胸元にへばりついている。
理由は単純だ。
グラシアが右手で胸元の力場壁発生装置につかまり、両足で踏ん張っているから。
巨人が全力で殴る力よりも、彼女がしがみつく力の方が強い。それだけだ。
「化け物め・・・っ!」
「あなたに言われたくはないわね。私だっていやなのよ? こんなの美しくない・・・"
フェルズがコンソールの一部を叩くのと、最後の力場の壁が分解消失するのが同時。
半球状のシャッターが高速でせり上がり、むき出しになった
が、その展開が途中で止まった。
「つ・か・ま・え・た・♪」
両手でシャッターを無理矢理こじ開けつつ、グラシアは先ほどと同じ笑みを浮かべた。