ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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22-25 いとしさと切なさと心弱さと

 にっこりと、邪気のない笑顔で笑うグラシア。

 閉じようとする装甲板を、両手でジリジリと左右にこじ開けながら。

 

 その笑みを見て固まるフェルズ。

 生身の体なら、間違いなく無数の冷や汗が吹き出している。

 

「くっ!」

 

 だがそれも一瞬のことで、コンソールの別の場所に手を触れる。

 

「"ビグビーの砕く手(ビグビーズ・クラッシングハンド)"!」

「!」

 

 空中からにじみ出るように2mはあろうかという巨大な手が出現し、グラシアをわしづかみにする。

 普段なら難なくかわせていたであろうグラシアだが、力づくでシャッターをこじ開けている今はそれができない。

 

「この――」

 

 心底不愉快そうな顔で唸るグラシア。

 足をシャッターの間に割り入れてから一旦手を離し、魔法の手をふりほどこうとする――だが、コンソールを叩くだけでいいフェルズの方が一手早い。

 

「"ビグビーの砕く手(ビグビーズ・クラッシングハンド)"!」

「このっ?!」

 

 今度は後ろから魔法の手が現れ、拳の中に包み込むようにしてグラシアに組み付く。

 

「"力場の波(フォースウェイヴ)"!」

「!!!」

 

 フェルズが右手でコンソールを操作しつつ、銀色の左腕から不可視の衝撃波を放つ。

 いかに魔王、いかに破格の身体能力とは言え、両手を手掛かりから放した状態。

 まがりなりにも伝説級の魔法技師が生みだした魔法の手二つに組み付かれ、更に衝撃波までを喰らって耐えきれるものではない。

 たまらずグラシアは吹き飛ばされ、巨人の胸元から引きはがされる。

 空中で一回転して魔法の手をふりほどくが、その時既にシャッターは閉じ、操縦席は不壊属性の装甲で完全に覆われていた。

 

「ふん」

 

 むすっとした表情で、物質分解の光線を二度、無造作に放つ。

 与えられた指令に従い、再びグラシアに組み付こうとしていた魔法の手が破壊された。

 

 ぎしり、と音がして銀色の巨人が再起動する。

 動き始めるまでに要した時間は、恐らくフェルズが"透視(クレアヴォヤンス)"の呪文を発動、あるいはその機能を作動させるためのものだろう。

 不壊属性の装甲シャッターは完全に操縦席を密閉しており、物理魔法問わずあらゆる攻撃を通さないはずだ。無論光や音波もそこに含まれる。

 恐らくは空気も通さないから毒気の類も通用しないだろうと考えて、そう言えば戦造人間(ウォーフォージド)はそもそも呼吸をしなかったなとグラシアは思い出した。

 

 再起動したウォーフォージド・タイタンがグラシアの方に向き直る。

 黒いピラミッドの頂上に立つ銀の巨人。

 空中にホバリングするあかがね色の魔姫。

 50m程の距離を置いて両者がにらみ合う。

 

 巨人が両腕を持ち上げ、魔姫に向ける。

 が、先ほどのように光弾を発射や展開することはしない。

 グラシアの方も鉄条鞭をだらりと垂らし、ゆっくりとはばたくだけで、踏み込もうとはしない。

 

「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・!」

 

 竜の咆哮、地獄語の罵り言葉、冒険者のときの声、武器で打ち合う剣戟の音。

 そうしたものが遠くから響いてくる。

 その中でこの場には奇妙な沈黙が漂っていた。

 

「・・・」

「・・・・・・」

 

 がしゃり、と巨人の腕が音を立てた。

 光球が発生すると同時にグラシアが動く。

 50mの距離を一瞬で潰す魔姫。

 ほとんど同時に発射された光弾がそれを迎撃する。

 

 光の爆発の中からあかがね色の影が突き抜けた。

 震動が巨人を揺るがす。

 

「なんだ・・・体当たり?」

 

 操縦席で戸惑うフェルズを、再びの衝撃が襲う。今度は後ろからだ。

 頭部シャッターの前面に設置した魔法の「視点」を上下左右に動かし、グラシアの姿を捉えようと試みる。

 あかがね色の影は視界の端をかすめるように動き、巨人の頭部、胴体、関節部を狙って体当たりを繰り返す。

 衝撃が操縦席を揺らし、フェルズの上半身も激しく揺れる。

 

「ぐっ・・・ぬっ。らしくないな、グラシア。このような・・・。っ! まさか!?」

 

 

 

「その、まさかだったりするのよねぇ。美しくはないけど・・・しょうがないわね!」

 

 高速での体当たりを繰り返しつつ、グラシアは苦笑していた。

 確かに不壊属性の装甲は傷つけることは出来ない。

 見事な設計で配置された装甲には死角もなく、隙間を狙うことも出来ない。

 

 だがどんな装甲も衝撃を防ぐことは出来ない。

 叩いて、揺らして、衝撃を与える。

 装甲では防げないダメージが内部に蓄積していく。

 

 「生きている人造」と称されるとおり、ウォーフォージドは完全に無機物で出来ているわけではない。

 人間で言えば筋肉や神経に当たる部分は植物から魔法的に生み出された生体組織であり、当然衝撃からダメージを受ける。

 

 どんな頑丈な鎧を着ていようと、巨大なハンマーで殴られ続ければ血を吐いて死ぬ。

 本来のウォーフォージド・タイタンは後代の完成された同族に比べて純粋なゴーレムに近い無機質な構造をしているが、フェルズが新規設計したそれには機動性と柔軟性、瞬間的な出力を確保するため、そうした有機物の構造がより多く取り入れられていた。

 

「誇りなさい、フェルズ・・・私に美しくない方法を敢えて取らせた、あなたの人形の見事さをね・・・!」

 

 それに気づいたグラシアの信念を捨てた、ある意味捨て身の攻撃。

 なりふり構わなくなった魔姫の攻撃に、無敵の巨人は追い詰められていた。

 

 

 

 ベルは眼前の戦いを呆然と見ていた。

 あのグラシアの攻撃をまったく意にも介さなかった銀の巨人が、今やその巨体に比べれば小鳥のようなグラシア一人に翻弄されている。

 時折巨大な腕に叩き落とされたり、体表面を覆った雷に触れてダメージを負ったりもしているが、魔姫の動きに衰えはない。

 それどころか、僅かずつではあるが巨人の動きが鈍くなっていった。

 

「うおおおおおお!?」

「ほほほほほ!」

 

 もう完全に吹っ切れたのか、グラシアが巨人の足の一本を抱えて豪快に振り回す。

 10mの巨人が人間サイズの生物、しかも女性によって小枝の如く振り回される光景は悪夢としか言いようがない。

 作用反作用の法則など無視して鋼鉄の巨人が振り上げられ、黒曜石のピラミッドの上面、あるいは側面や階段に叩き付けられる。

 震動がベルと祭壇の上のアイズを揺らし、時折黒曜石の破片が飛んでくる。

 

 やがてひときわ巨大な震動が足元から伝わると同時に、音がやんだ。

 銀色の巨人はピラミッドの正面、階段に仰向けに叩き付けられて動きを止める。

 掴まれた方の足は弾みで膝からもげ、2mほどあるそれをグラシアは無造作に投げ捨てた。

 

 ごとごとっ、と先ほどまでに比べると軽い震動が響く。

 それに意識を向ける余裕もなく、ベルは正面から目が放せない。

 満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと歩いてくるグラシアから。

 

 

 

 ゆっくりと、その時間を楽しむかのような足取りでグラシアが歩いてくる。

 ベルの背中一面に嫌な汗が噴き出す。

 

(反魔法力場を解除して、全力でグラシアさんに挑むか?

 でもそれだとアイズさんが・・・。

 かといって反魔法力場を維持したままじゃさっきの二の舞だ。

 どうすればいい、考えろ、考えろ・・・!)

 

 グラシアを睨みながらナイフを構える。

 体の傷は先ほど治療したが、鎧はほとんど残骸と言っていい有様。

 状況は先ほどよりなお悪い。

 と、グラシアが足を止めた。

 

「・・・・・・・・?」

 

 ベルがいぶかる。

 グラシアは笑みを消し、どこか困ったような表情。

 しばらくの間その沈黙が続いた。

 

 

 

「ねえ、ベル・・・まだ戦うつもり?」

 

 意を決して口を開いたグラシアから出て来たのはその様な言葉だった。

 

「・・・どういう意味です?」

 

 戸惑いながらもベルは構えを崩さない。

 

「そのままの意味よ。このまま戦っても結果は見えているわ。あなたは死ぬし、儀式は止められない。あなたの仲間やお兄さんだって助けには来られない」

 

 ちらりと周囲に目を走らせる。

 魔法とブレス、牙と爪が飛び交う壮絶な空中戦を演じるイサミとティアマト・アスペクト。

 魔将達を相手に何とか互角に戦っているロキ・ファミリア。

 霧の中でよくわからないがヘスティア・ファミリア連合軍も、四匹の巨竜相手に少なくとも戦闘を継続することは出来ている。

 だがそのいずれも目の前の敵に掛かりきりで、こちらに援軍に来ることなど思いもよらないだろうことはわかった。

 

「・・・」

 

 無言のベル。

 それを正面から見据えてグラシアが続ける。

 

「私のものになれとはもう言わないわ。でもあなたがここで生きても死んでも、状況は変わらないのよ。

 ここで負けても世界が終わる訳じゃない。だったら戦っても犬死にじゃなくて?」

 

 僅かにベルの眉がよる。困惑しているようだった。

 他ならぬグラシア自身が驚いている。

 先ほどまでベルの美しさを堪能し、それを破壊しようとしていたのは他ならぬ自分であるのに。

 

 興奮の極みにあったところでフェルズとあの見苦しい人形に邪魔され、醒めてしまったのかも知れない。

 だとしても自分らしからぬ事だ、と心の中で自嘲する。

 流れに任せて本来言うべきではないことまで口にしてしまっている。

 

 そして何より、と少年の目を見ながら思う。

 ここでいくら言葉を尽くしても、この少年は決して退くわけがないと。

 わかっているはずなのにこんな事を言ってしまう自分に嫌気が差す。

 

 そんな少年だからこそ愛おしいと、美しいと思って。

 それでも生きて欲しいと、そう思ってしまったことに。

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