ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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22-26 百万回やられても、負けない

 生かすべきか、いっそここで美しいまま死なせてしまうべきか。

 魔王と呼ばれる程の存在が一瞬だが真剣に逡巡する。

 

 シュンッ、とかすかな圧搾音がした。

 いぶかしげな顔でグラシアが振り向く。

 黒曜石の広場の奥、階段の降り口からノックアウトされたウォーフォージド・タイタンの足が見える。

 僅かに間を置いて、その足の横に人影が姿を現した。

 

「フェルズさん! ・・・!?」

 

 思わず叫んだベルの語尾が曖昧に途切れる。

 黒いローブの下半身が風に揺れ、そこに足がないのが見て取れたからだ。

 

「あなたも仕事熱心ねえ。そのまま寝ていればいいものを」

「世界が滅ぶかどうかの瀬戸際に、おちおち休んでもいられなくてね・・・」

 

 肩をすくめるグラシアに軽口で返すフェルズ。

 が、その有様は無惨なものだった。

 

 腰から下を操縦席に埋めていたせいか、下半身は丸ごと失われている。

 傷口から垂れ下がっているのは筋繊維と神経繊維を兼ねる生体組織だろうか。

 "飛行(フライ)"の呪文効果だろう、浮遊して移動しているため、一見すると足がないことには気がつかないかも知れない。

 

 身にまとう黒いローブはボロボロで、左腕はだらんと垂れ下がっている。

 顔面代わりの仮面にもひびが入り、水晶の目は片方が砕けている。

 体を覆うミスラル製の装甲にも無数の傷やへこみがついていた。

 

「・・・・・・・・」

 

 ゆっくりと、グラシアの周囲を迂回してフェルズが祭壇に近づく。

 つまらなそうな顔で魔姫はそれを見送った。

 

「フェルズさん・・・」

「時間が無い。手短に話すから聞いてくれ」

 

 ボロボロの姿を見て、ベルが改めて絶句する。

 そのフェルズは自分の状態など些事であるとばかりに、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 

「えらそうに出て来てこのざまだ、すまない。しかしこうなってはもう君だけが頼りだ。

 "反魔法力場(アンチマジックフィールド)"は私が維持する。君は・・・なんとかグラシアを倒してくれ」

「!」

 

 ベルが目を見開いた。

 そのベルの様子も眼中にないかのように、フェルズは言葉を続ける。

 

「これは【剣姫】の体を通して邪神に力を送るための儀式だ。成功すればこの世界は消滅し、よくてもオラリオは壊滅する。そして【剣姫】は間違いなく死ぬ。

 恐らくは魂さえ消滅し、転生すら叶わないだろう。私は見ての通りの有様だ。頼む。君しかいないんだ・・・!」

「わかりました」

 

 きっぱりと、逡巡なく。

 ベルが頷いた。

 一瞬前にあった驚きや迷いは、その顔から綺麗にぬぐい去られている。

 言葉を続けようとしていたフェルズが、軽い驚きをにじませてその顔を見た。

 

「・・・正直、世界がどうとかは実感が湧きません。

 でも、アイズさんを守るためだっていうなら、僕は絶対に逃げません」

「そうか」

 

 最早言うべき事はないとばかりにフェルズが頷いた。

 それに、と言葉には出さずにベルが続ける。

 そのために兄も、ヘスティア・ファミリアの仲間達も、ロキ・ファミリアも、オラリオの冒険者たちも死力を尽くして戦っている。

 そして目の前の怪人物も。

 

 正直彼がどんな人物かは知らない。

 それでも、これだけ瀕死の重傷を負ってそれでも戦い続けようとするその意志だけは確信できた。そして恐らく、それだけの事態なのだと言うことも。

 最後に、アイズに一瞥を投げかける。

 振り向いて、ベルは一歩を踏み出した。

 

 ベルが数歩前進する。同時にベルの発生させていた反魔法力場が消失して祭壇からわき起こるおぞましい魔力の流れが復活した。

 それと入れ替わりにフェルズが後退し、祭壇にもたれかかるように床に降りる。

 巻物を取りだしたフェルズが新たな反魔法力場を発生させ、再び魔力の流れは途切れた。

 

 

 

「・・・・・・・・・ベル」

「・・・・・・・・」

 

 一瞬だけ、切なげなグラシアとベルの視線が交錯した。

 だがその瞬間はすぐに過ぎ、ベルの瞳に火が灯る。

 

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "竜力獲得(ドラコニックマイト)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "猫の敏捷(キャッツグレイス)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "上級勇壮鼓舞(グレーター・ヒロイズム)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "石の肌(ストーンスキン)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "酸の皮膜(アシッドシース)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "(シールド)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "音波武器(ソニックウェポン)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "音波の盾(ソニックシールド)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "英雄のいさおし(ヒロイックス):《フェイント強化》"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "上級抵抗強化(スペリアー・レジスタンス)"!」

「"秘術の枠(アーケイン・フレイム)"! "限定願い(リミテッドウィッシュ)変換――聖なる剣(ホーリィソード)"!」

 

 ベルが強化呪文を発動しなおした。その間も歩みは止めない。

 背中の【恩恵】がほとんど物理的な現象かと思えるほどに光を放って燃え上がる。

 紫のオーラを放つ神のナイフと、黄金に輝くサンブレードを両手に構え、体を沈める。

 表情を消したグラシアが軽く鞭を鳴らした。

 

 

 

英雄の一文字剣(アルゴ・ストラッシュ)!」

「そんな、いきなりの大技なんてっ!」

 

 紫の光剣の逆手斬りを、グラシアが大きく飛んでかわす。

 が、言うほどにはグラシアも余裕がない。

 

(何なのこの子?! さっきより更に剣が鋭い・・・っ!)

 

 グラシアの一瞬の思考の隙を突いて、ベルが左手のサンブレードで斬りつける。

 紫の剣の切っ先の外側、自分から見て右後ろに逃げたグラシアに対して最初からそのつもりだったのだろう、背中を向けた態勢から左に半回転して、バックハンドブローのように黄金の剣を繰り出す。

 悪属性に対して圧倒的な攻撃力を発揮する上に"聖なる剣(ホーリィソード)"呪文を付与されて、一時的ながら本物の聖剣に匹敵する威力を誇るそれは、いかなグラシアでもまともに受ければただでは済まない。

 

 僅かに焦りをにじませつつ、それでもグラシアは黄金の刃を回避した。

 バスタードソードながらショートソード並みの軽さを誇るそれは長剣の間合いとナイフの鋭い振りを兼ね備えて、グラシアの目測を僅かではあるが更に狂わせる。

 白磁のような皮膚を、黄金の切っ先が僅かにかすった。

 

 サンブレードを振った反動でグラシアに向き直り、体をたわめて間髪入れず間合いを詰めようとするベル。

 が、足を踏ん張って制動をかける。

 たわめた体のバネを全力で使い、前ではなく後ろに跳ぶ。

 鎧の残骸を止めていた革ひもが、グラシアの多條鞭に触れてちぎれ飛んだ。

 

 

 

「ふうっ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

 5m程離れて改めてグラシアとベルは対峙する。

 体のところどころからぶらぶらと揺れて下がる金属片に気づき、ベルが顔をしかめる。

 肩当てや胸甲、草摺など、鎧だったもの。

 デッドウェイトになった金属片を素早く、そして思い切りよく切り離す。

 

 からんからん、と白銀の金属片が黒曜石の床に落ちる。

 残った防具は半分くらい破れている戦闘衣と、兄の作った最硬金属製の手甲のみ。

 だがそれでもその目に恐れはない。

 紫光のナイフと黄金の長剣を両逆手に構え、腰を落として次の攻防に備える。

 そんなベルを、感情のうかがえない目でグラシアが見ている。

 

 

 

 小手調べを終えてそのままにらみ合いに――かと思いきや、両者が同時に動いた。

 先ほどと同じく、【神のナイフ】に紫光の刃をまとわせて逆手斬りを狙うベル。

 それに対してグラシアは。

 

「!?」

 

 ふわり、とグラシアが宙に浮いた。

 紫の光剣が空を切る。

 考える前に体が動き、左斜め前に飛び込むようにして体をかわす。

 

「ぐっ!」

 

 間に合わず、鉄条鞭で右肩がえぐられた。

 前転して手を突き、間髪入れず右に直角に跳ぶ。

 追撃はブーツの表面を削ったのみで、更に放たれた三撃目は完全に回避した。

 

 そこで多條鞭の間合いの外に出たベルが素早く立ち上がる。

 ほとんど同時にグラシアに向かって跳んだ。

 振り抜いた多條鞭をグラシアが引き戻したばかりのタイミングで。

 

 反射的にグラシアが迎撃する。

 だが僅かに遅れたぶん、鋭さが足りない。

 ぱっと宙に血が舞った。

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