ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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22-27 悪魔に魅せられし者

 軽い音を立ててベルが着地した。

 よどみない動きで軽やかにバックステップし、多條鞭の間合いから離れる。

 ぽたりぽたりと血痕が床にひろがった。

 

「・・・・・・・」

「・・・・・」

 

 そう、手傷を負ったのはベル。

 先ほどの"神の歩み(フットステップ・オブ・ザ・ディヴァイン)"のような奇策を使わない限り、ベルがグラシア相手に間合いを詰められるはずがない。

 

 ベルの武器はナイフと長剣。

 その一方でグラシアの多條鞭は4mを越す間合いがある。

 グラシアが認識できないほどの速度をベルが発揮するか、多條鞭を全て迎撃できない限り、懐に入るのは不可能。

 

 だがしかし、今渋い顔をしているのはグラシアの方だった。

 その目は自らの武器と、そして自らの足元の床に注がれている。

 

 そこに落ちているのは、九本あった鞭の一本。

 半ばほどからバッサリと切り取られて床に落ちている。

 信じがたいことだが、今やあの紫の光剣の収束率は、グラシア愛用の九条鞭の強度すら大きく上回るらしい。

 

 剣技の冴えと剣の切れ味、双方が上昇したことによって不可能が不可能でなくなった。

 迂闊に攻撃を仕掛けることも、突進を無造作に迎撃することも、もう出来ない。

 グラシアが後退した少年を軽く睨む。

 

 そのベルはベルトから素早くエリクサーの管を抜き、一息に飲み干していた。

 試験管を投げ捨てるのと同時にぽたぽた垂れていた血が止まり、ナイフと剣を構え直す。

 その視線の先で、グラシアがゆっくりと床に降りた。

 ベル同様に腰を落とし、右手の鞭を油断無く構えて、ゆっくりとベルの外側を回り込もうとする。

 

 これまでの、ベルの挑戦を待ち受ける上位者のそれではない、相手を互角の戦闘者と認める態度。

 それに伴って吹き付けてくる、先ほどにも増して強烈なプレッシャー。

 ごくり、とベルがつばを飲み込んだ。

 

 じりじりと、すり足で右に移動して回り込もうとするグラシア。

 普通ならばベルも右側に回り込むところだが、今ベルの後ろにはアイズの横たわる祭壇がある。グラシアに回り込まれないよう、祭壇を背に守るようにして左側に動く。

 

 祭壇を中心にして、二人がゆっくりと同心円を描く。

 四分の一ほどの円を描いたところで、グラシアの右手がぴくりと動いた。

 

「!」

 

 グラシアの姿が霞んだ。

 一秒の、数十分の一ほどの時間を置いてベルの姿もまた。

 ベルに対してはなぶるか、迎撃ばかりだったグラシアが初めて見せた本気の踏み込み。

 やや遅れたとは言え、ベルはそれに何とか反応してみせる。

 

 火花が散った。

 グラシアの九条鞭に埋め込まれた地獄の鉄を鍛え上げた棘と、ベルのナイフ、そしてサンブレードがぶつかった結果。

 

 さしもの【神のナイフ】も、魔力剣なしで鞭を切り裂くほどの切れ味はない。

 強化されたサンブレードも、純粋な物理的破壊力においてはその域に達していない。

 

 耳障りな金属音と共に無数の火花が雨と降り注ぐ。

 互いの生死と一つの世界の運命をかけた戦いと知らなければ、それは夜空に咲く祭りの花火のように美しい光景だった。

 

「くっ!」

 

 ベルが僅かにうめく。

 九条鞭の攻撃を防ぎきれず、数カ所から血が飛び散る。

 わかってはいたが、魔力剣無しでの打ち合いは不利だ。

 

 しかし魔力剣を形成するには一瞬とは言え集中が必要で、間違っても打ち合いの最中に出来ることではない。

 さりとて魔力剣をずっと維持するというのは、その間精神力を垂れ流すのと同義だ。

 10分と持たず、精神疲弊(マインドダウン)で気絶してしまうだろう。

 

 左から切り返しの二撃目。

 あらゆるものをズタズタに引き裂く鋼の大波。

 

 顔面をかばうように構えたサンブレードの表面を九条鞭が舐める。

 またしても火花が雨となって降り注ぎ、戦闘衣とむき出しの肌を焼く。

 左手に伝わる衝撃と振動と、時折跳ねる鞭による裂傷に歯を食いしばって耐える。

 

 だが下がれない。

 後ろにはアイズがいる。

 ベルにとって世界と同じくらいの重みを持つ、憧憬の乙女がいる。

 ならばベル・クラネルは――絶対に、下がれない。

 

「うおおおおおおおおおおお!」

 

 吼える。

 自分を鼓舞して一歩前に出る。

 同時に右側から三撃目が来た。

 

 痺れた腕を鼓舞し、辛うじてサンブレードによるブロックを間に合わせる。

 また火花の雨。

 

 更に一歩進んだところにまたしても鋼の波。

 火花の雨。

 

 寄せては返す波のように、九条鞭の攻撃は途切れず続く。

 それでも少年は下がらない。

 ベル・クラネルは下がらない。

 

 途切れない圧を受けながら、血しぶきを上げながら、前へ。一歩ずつ前へ。

 思えばいつだってそうしてきた。

 憧れの人に追いつくために全力で走り続けてきた。

 ならここで、立ち止まるわけにはいかない。

 

 

 

(――――!)

 

 攻撃を途切れさせず、少年を打ちすえ続ける。

 そこに迷いも乱れもない。

 しかし内心でグラシアは戦慄していた。

 

 いくら能力が上がろうが、それでもグラシアとベルの間には歴然とした差がある。

 神技か、イカサマか、あるいは吸血鬼に対する日光のような、そのレベルの何かがなければ埋まらない差だ。

 

 だのに、少年は倒れない。

 何合、何十合と一方的に打ちすえてもそれを凌いで、あまつさえ一歩ずつ間合いを詰めてくる。

 それはグラシアにとって途方もなく――美しい光景だった。

 

(・・・ああ)

 

 心の中で溜息をつく。

 数ヶ月前まではシルバーパックに勝つのがせいぜいだった少年が、今やあらゆる魔の頂点である自分に肉薄している。

 おそらくは、背中にかばう少女を助けるというただ一念のために。

 それはまさしく英雄譚の中の英雄そのもの。

 グラシアの愛してやまない人界の奇跡。

 

 だが、グラシアも魔王だ。

 九層地獄の階層の一つを預かる九人の魔王(アークデヴィル)が一人、魔姫グラシア。

 その分体(アスペクト)であり、父である大魔王アスモデウスから授かった使命を果たすために封印世界にやってきたのが今の自分だ。

 誇りと忠誠にかけて、譲れないものがある。

 

 鋼の大波の中を一歩ずつ前進し続け、ついにベルが一足一刀の間合いに入る。

 二人が、同時に動いた。

 

「っ!?」

「・・・・・・・・」

 

 鞭の攻撃が、このタイミングで変わった。

 薙ぎ払う動きから、長剣を絡め取る動きへ。

 その一瞬に賭けて、魔力剣を形成しようとしていたベルが僅かに動揺する。

 魔王としての圧倒的な戦闘経験によって、機先を制した。

 その僅かな隙につけ込んで、ベルの右手のナイフを自らの左の手のひらに突き刺して貫通させ、拳ごと固く握る。

 ナイフと剣を、両方封じられたベルの耳に聞こえたのは涼やかな声。

 

「ごめんね、ベル」

「・・・!」

 

 一抹の寂しさをたたえた目。

 次の瞬間、素早く九条鞭を離したグラシアの右拳が、ベルのみぞおちにまともにめり込んだ。

 

「か、はっ・・・!」

 

 拳が背中まで貫通したかと思うほどの威力で横隔膜を強打され、呼吸が出来なくなる。視界が一瞬暗転し星が散った。

 それでも立ち上がろうと足に力を入れたタイミングで、上から大腿骨を踏み砕かれる。

 こめかみにだめ押しの一撃を受けて意識が遠のく。

 更に下腹部に回し蹴りの強烈な一撃を受け、ベルは吹き飛ばされた。

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