ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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22-28 君の望む永遠

「・・・・・・・・・・・・・!」

 

 10m以上吹き飛ばされたベルは最早微動だにしない。

 それを見やったフェルズが無言で俯いた。

 

 ベルを蹴り飛ばした拍子にナイフが抜けた左手の傷口。

 それが塞がったのを確かめて鞭を拾い、軽く振って絡まっていた剣を外す。

 かつん、と足音が響いた。

 

 かつん、かつん、かつん。

 等間隔で響く足音。

 ゆっくりと、気負いなく、だが確実に近づいてくる破滅の足音。

 

 祭壇を覆っていた反魔法力場が消える。

 フェルズが懐から何かを取り出そうとしたその時には、既にグラシアが目の前にいた。

 

「―――っ!」

「邪魔よ」

 

 ほうきで床を掃くような鞭の一振り。

 先ほどのベル同様、フェルズも吹き飛ばされた。

 

 がらんがらん、とフェルズの体が転がる。

 直撃を受けた右腕は半分ほど削られており、ミスリルの装甲の内側に大理石の骨と植物性の筋肉繊維がのぞいていた。

 

「ぐ、っぐ・・・」

「・・・」

 

 ぼんやりと、ベルが目を開いた。

 次の瞬間、折れた大腿骨の激痛が強制的に意識を覚醒させる。

 その目に飛び込んできたのは、濁った魔力を再び吹き出し始めた祭壇とアイズ。

 そして、それに歩み寄って手を伸ばすグラシア。

 

「ぐっ・・・! 何をするつもりです・・・やめて・・・やめて下さい! グラシアさん!」

 

 言いながら必死に立ち上がろうとするベルに無感情な一瞥をくれ、グラシアはベルにわからない言葉で何かを詠唱しつつ、左手をゆっくりとアイズに伸ばす。

 

「Mohran-xwsok-haq・・・」

「やめろーっ!」

 

 絶叫する。

 祭壇のそれとはまた違う禍々しい魔力がグラシアの左手に生まれ、それがアイズの胸元に落ちる――

 

「!」

「!?」

 

 グラシアの手が止まり、その体が痙攣した。

 次の瞬間魔姫が振り返り、右手の九条鞭で空を切り払う。

 

「がぁっ!」

 

 苦鳴と共に、空中から白い男が姿を現した。

 一瞬まで何もなかったそこに血しぶきが舞い、顔の下半分から蛸のような触手を生やした白い男が現れる。

 レヴィスと共に行動していた白い怪人、"白髪鬼(ヴェンデッタ)"オリヴァス・アクト。

 魔姫の左の肩口には巨大で禍々しい紅の刃が半ば程まで食い込んでいた。

 

「この雑魚がっ・・・いや、その力、レヴィスの魔石を・・・?」

「その娘はレヴィスのものだ・・・お前には、渡さん・・・!」

 

 右半身を九条鞭の鉄棘で削られ、無惨な姿のオリヴァス。

 レヴィスの魔石を取り込んで大幅に強化された耐久力と体中に埋め込んだキチン質の装甲がなければ、人の形をとどめていなかったろう。

 

 そして周囲に散らばる、砕けた青銅の兜の欠片。

 "漆黒兜(ハデス・ヘッド)"。"万能者(ペルセウス)"アスフィ・アル・アンドロメダが作った透明化の魔道具。

 二十四階層、食料庫の崩壊で紛失したものを回収していたオリヴァスの切り札。

 

 かつてのレヴィス以上に強化された身体能力と透明の兜で姿を隠し、グラシアに隙ができる瞬間をひたすら待っていた。

 高速で復元しつつはあるが、まだ欠損した体でもがきながら立ち上がろうとする白髪鬼。

 がらん、と音がしてレヴィスの大剣が床に落ちた。

 

「俺はレヴィスの魂を受け継いだ・・・ならば彼女の望みを――!」

「ええ、認めてあげる。美しいわあなた。だから――美しいまま散りなさい」

 

 びくん、とオリヴァスの体が震える。

 

(レ・・ヴィス・・・)

 

 胸元に突き込まれたグラシアの手刀が魔石を握りつぶし、次の瞬間オリヴァスはチリとなって消えた。

 

 

 

 胸の中程まで割られた傷に、さすがの魔姫が苦しそうに咳き込んだ。

 血の泡が口の端にこぼれ、あごを伝う。

 指に嵌めた願いの指輪の最後の一つを使おうか思案して。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 それに気付いたその瞬間、世界が止まった。

 振り向いたグラシアの視界に「それ」が入ってくる。

 

 両手で腰だめに構えるのは白銀の不壊剣。

 アイズが囚われたとき落としたそれを、反射的に拾っていたそれ。

 投げ捨てたとおぼしきエリクサーの瓶が、しずくをまき散らしながらまだ宙に浮いている。

 

 一瞬、ほんの一瞬だけグラシアの思考が止まった。

 何もかもかなぐり捨て、この一撃に賭けた決死の瞳。

 それは今まで何度も少年が見せた中でも飛びきりに美しくて。

 

 一瞬の永遠がグラシアの脳裏に深く焼き付けられる。

 その瞬間、【デュランダル】の白銀の切っ先がグラシアの胸中央を深く貫いていた。

 

 

 

 からん、とエリクサーの瓶が床に落ちた。

 ベルも、グラシアも、微動だにしない。

 

「・・・・・・・」

 

 むしろ呆然としていたのはベルだった。

 白銀の剣の柄を両手で握りつつ、信じられないと言ったように目を見開いている。

 そんなベルを、グラシアが愛おしそうに抱きしめる。

 この地の底にはふさわしくない、野に咲く花の香りがふわりと漂った。

 

「グラシアさん・・・まさかわざと・・・!」

「ばかね、そんなんじゃないわよ・・・ただ、余りにも美しかったから、見とれてしまっただけ・・・」

 

 ベルの頭をかき抱き、額にくちびるが触れた瞬間グラシアは――正確にはその分体(アスペクト)は――チリとなってこの世界から消失した。

 

 グラシアのはめていた金の指輪がちりん、と床に落ちて、その時ようやくベルは思い出す。その香りがどう言う花のそれだったか。

 野に咲く可憐な小さいスイートピー。

 花言葉は別離、門出、思い出、そして――「私を覚えていて」。

 

 

 

 グラシアが消滅してからしばし。

 ロキ・ファミリア総出でインファーナルが魔石を砕かれ討ち取られたのと、イサミの呪文がティアマト・アスペクトの体力を削りきったのがほぼ同時だった。

 黒曜石の地面に落ちるティアマト・アスペクト。その地響きがその場の全ての人間の目を引きつける。

 無論、ヘスティア・ファミリアと戦っていた四匹の巨竜もだ。

 

 弟が虚脱したように座り込んで、しかし周囲に敵影がないのを確認すると、イサミはすかさずその四匹に最大限まで強化した"極天の光線(ポーラー・レイ)"呪文を、それぞれ属性を変えて打ち込む。

 青竜と黒竜は凍て付き、白竜と緑竜は雷撃によって灼かれる。

 地に伏し動かなくなった巨竜にヘスティア・ファミリアから歓声が上がったのに手を振って応え、イサミはピラミッドの頂上に向かって飛んだ。

 

 

 

 地上、バベル西側。

 オッタルとロビラー、二人の剣戟は未だに続いている。

 既に周辺は完全に掃討されているが、この二人の間に割って入れる者はない。

 フレイヤ・ファミリアの一級冒険者たちはギルド本部に応援に向かったから尚更だ。

 

 宝石のような青、血のような赤、暗い紫、まばゆい白・・・漆黒の闇に覆われた空には無数の光が瞬き、人知の及ばない何かを否応なしに感じさせる。

 生存者の救護、遺体の回収、動かなくなったモンスターへのとどめなどで冒険者たちが忙しげに立ち回る中、少なくないものが無言で空を見上げている。

 バベルの周囲にたたずむ吸血鬼たちと死霊王もだ。

 

「・・・む」

 

 どれほどそうしていたろうか、空にきらめいていた万彩の光がふっと消えた。

 それでも多くのものは空を見上げ続けている。

 火に掛けた湯が沸くほどの時間が経ち、死霊王が視線を地上に戻した。

 

『西の方の者どもに伝えい。撤収じゃ』

「よろしいので」

『わしらの仕事は終わった。その後のことはその後のことよ』

「はっ」

 

 バベルの東西にわだかまっていた影達が消える。

 周囲の者達がそれに気づいたのは欠けた太陽が形を取り戻し、オラリオを再び日の光が照らしてからだった。

 

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