ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「・・・何やってるんですか?」
にらみ合う二人に声を掛けてきたのは先日も会ったエルフの魔導士レフィーヤだった。
ロキ・ファミリアのホームは、このメインストリートの北端にある。
「あ、レフィーヤ?」
「あ、じゃあありませんよ。道の真ん中で年下の子相手に何をしてるんです? あなたみたいな高レベルの冒険者が!」
「いやその・・・」
イサミが自分より格上の、
おまけにまじめで、冒険者は規律正しくあるべきという考えの持ち主だ。
まさか「あたしゃレベル1です」とも言えず答えに窮するイサミを見て、シャーナの目がきらりと光った。
たたたっ、と小走りでレフィーヤに走り寄る。
「うわーん、お姉ちゃん! お兄ちゃんが私のこといじめるのー!」
「あ、この野郎っ!?」
いささか棒読みのセリフを吐いて、シャーナがレフィーヤの脇に抱きつく。
自分より頭一つ低いエルフの少女を抱きとめて、レフィーヤがイサミをきっと睨んだ。
「この野郎とはなんですか! 冒険者とは言え、年下の小さな子相手に!」
「ぐっ?!」
(端から見れば)完璧な正論相手にイサミが思わずひるむ。
ここぞとばかりにレフィーヤの左乳に顔を押しつけたシャーナが、邪悪な笑みを浮かべた。
(ふふふ、どうだ、手を出せるなら出してもいいんだぞ、ん?)
(畜生いつか殺してやる)
そんな低レベルのアイコンタクトにも気づかず、レフィーヤがまた怒る。
大男が小娘に説教されるといういささかみっともない絵であるが、実際(外見的には)正論なので反論も出来ない。
「ほら、そんな怖い顔するから、かわいそうに怖がってるじゃないですか! 年上の男の人がやっていいことじゃないですよ!」
「ぬぬぬ・・・わかったよ・・・」
鉄の自制心を発揮して、表情を無理矢理普段の物に戻す。戦闘衣を着た外見だけはいたいけな少女のエルフがあかんべえしてくるが無視。
「それで? なんでこんな道の真ん中で喧嘩してたんです? えーと・・・」
「シャーナ。シャーナ・ダーサって言うの、お姉ちゃん」
「シャーナ? 珍しい名前ですね・・・どこの森だろう?」
首をかしげるレフィーヤに、イサミがすかさずフォローを入れる。
「あー、その子は訳あってエルフの森じゃなくて、都市で人間に育てられたエルフなんだ。俺も詳しいことは知らないけど」
「ですか・・・それで、どうして喧嘩を?」
「うん・・・服を買いに来たんだけど、お兄ちゃんがシャーナの嫌がってる服を無理矢理着せようとして・・・!」
ぶっ、とイサミが吹き出した。
「クラネルさん!」
「待て! 誤解だ!」
これまでとは比べものにならない形相で睨み付けてくるレフィーヤに、半ば本気でイサミがたじろぐ。
シャーナの一言は、的確に虎の尾を踏んでしまったらしかった。
「私、あなたの事見損ないました! 小さな女の子が嫌がることを・・・」
「違うって! だったらおまえが選んでくれよ!」
「え」
「え?」
イサミの言葉にレフィーヤがキョトンとし、一方シャーナが僅かに不安げな顔になる。
「シャーナの服を買いに来たはいいが、どのみち店員に任せるつもりだったんだ。
エルフ向けの店も知らないしさ。同族であるレフィーヤが選んでくれるなら助かるけど・・・どうかな?」
ちらり、としがみついたままのシャーナを見下ろすレフィーヤ。
今更否定するわけにもいかず、やや引きつった笑みを浮かべるシャーナ。
外見だけならこの上なくかわいらしい美少女である。レフィーヤの顔が、思わずにへら、とゆるんだ。
「しょ、しょうがありませんね!
あなたみたいな人にシャーナちゃんの服選びを任せるのも不安ですし、同族たる私がちゃんと選んで上げないと!」
「お、お姉ちゃん? 無理にシャーナに付き合ってくれなくてもいいよ? 店の人に選んでもらうから・・・」
「シャーナちゃんはエルフの店とか知らないんでしょう?
大丈夫、お姉ちゃんは今日は休日だから。夕方まで付き合って、可愛いのを選んで上げますからね!」
かがんで顔の高さを合わせ、満面の笑みでほほえみかけてくるレフィーヤに、シャーナのほほが盛大に引きつった。
いつのまにか肩にしっかりとレフィーヤの手が回され、逃げるに逃げられない状況になっている。
ぎぎぎ、と油の切れたちょうつがいのような動きでイサミの方に顔を向けた。
(おいイサミ。俺が悪かった。助けてくれ)
必死のアイコンタクトを受けたイサミが、にっこりと笑う。
「よかったなあ、シャーナ! うんと可愛いのを選んでもらえ! エルフの店なら、そういう服には事欠かないだろうからな!」
「もちろんですよ! 町中でまで戦闘衣だなんて、かわいそうすぎます!
もっとこう、ちゃんとしてて可愛い服を選んで上げないと! ね、シャーナちゃん!」
「わ、わぁい、うれしいな・・・」
最早笑顔を維持できなくなる寸前まで引きつるシャーナの表情筋。
手をつないで歩き始めたレフィーヤの視線が自分から外れた瞬間、怨念のこもったまなざしをイサミに叩き付ける。
(地獄に堕ちろ)
(おまえがな)
イサミは満面の笑みを浮かべたまま、その視線を受け止めた。
「あれ? そういえば随分早いな。あの面子で潜ってったんだから、下層か深層で一週間くらいは滞在すると思ったんだけど」
オラリオのダンジョンは12階層ごとに上層、中層、下層と分類されており、37階層以下はひとくくりで「深層」とされている。
ものすごく大雑把に言えば、12階層ごとにモンスターのレベル(冒険者のレベルとほぼ対応している)が1上がると考えていい。
あの時のレフィーヤ達のパーティはレベル6二人、レベル5三人、レベル3一人。
食料などの物資さえ潤沢なら深層の奥のほうでも十分通用する面子である。
「そのつもりだったんですけど・・・リヴィラの街に入ったときに、殺人事件に巻き込まれちゃいまして」
「へえ?」
弛緩していた精神が、一瞬にして引き締まった。
表情を変えないまま、「のんきにそぞろ歩きする休日の冒険者」という仮面をかぶりなおす。
一方でシャーナもことさらに驚くような真似はしない。これでオラリオの表と裏を見てきた海千山千の冒険者である。
レベル3とはいえ、世間知らずの小娘に気取られるほど迂闊ではなかった。
「俺らがいた時はそんな話は全然なかったんだけどなあ」
「私たちが到着するすぐ前くらいに見つかったみたいです。
遺体はなかったんですけど、その、頭を踏みつぶされたらしき跡が・・・」
思い出してしまったのか、顔をしかめるレフィーヤ。
「ああ、無理して思い出さなくていいから。それで、犯人は捕まったのか?」
「すいません・・・。街を封鎖して冒険者を集めたんですけど見つからなくて。
女性が犯人だと言うので女性冒険者を集めて身体検査をしたんですけど、団長がさらわれてティオネさんが暴走したりもうめちゃくちゃで」
「ああ・・・」
イサミとシャーナが思わず苦笑を漏らす。
女性人気はオラリオでも1,2を争う美少年ショタ、フィン・ディムナである。
無数の女性冒険者に群がられる姿が、容易に想像できた。
「手がかりとかはないのか?」
「犯人は豊満な体つきの女性だそうです。宿の部屋にすごい戦いの跡が残ってました。ベッドを砕いたり、拳で壁に穴を開けたり・・・被害者も加害者も少なくともレベル4以上だった、というのが団長の見立てです――イサミさんや、シャーナちゃんも気をつけてね?」
イサミとシャーナがこっそり視線を交わす。
シャーナを蘇生させた時の間抜けな乱闘が、いい感じに捜査かく乱になってしまったようである。
ちょっと後ろめたい。
「胸の大きい女を見たら、回れ右して逃げることにするよ。それで、おすすめの店ってのはまだ遠いのかい?」
「いえ、すぐですよ・・・ほら、あの緑色の看板です」
ひくり、とシャーナの頬が動く。
「? どうしたんです、シャーナちゃん?」
「い、いや、シャーナ楽しみだな~」
「それじゃ、俺は近くの喫茶店ででも時間をつぶしてくるんで、よろしく頼むなレフィーヤ」
「!?」
がしっ、とシャーナがイサミの手をつかむ。
「あら、シャーナちゃんどうしたの?」
「シャ、シャーナ、お兄ちゃんにもついてきてほしいなーって・・・」
少女らしい表情をかろうじて維持しつつ、必死にイサミを引き留めるシャーナ。
(頼む、ついてきてくれ! こんな所にこんなのと二人きりとか耐えられん!)
(俺だってこんな所入りたくないですよ! 女なんだから慣れてください!)
(頼むよ! その内慣れるから、今回は頼む! とっときの飯屋教えるから!)
放っておくと本当に泣きだしそうだったので、イサミは折れた。
決して飯屋につられたわけではない。たぶん。
意外にも、店の中は男女の客が3:7くらいであった。売り場面積もそのくらいである。
「あ、男性用も置いてあるんだ」
「ここはそうですね。女性服専門の所も結構ありますけど」
「なーんか、今ひとつなじめないなあ・・・」
シャーナがぼやく。
エルフ向けだけあって、並ぶ服はどれも仕立てがきっちりしており、くだけた服でもどことなく上品さが伺える物ばかりである。
「こう言うのがエルフの服装なのよ。今日はお姉ちゃんが一から教えて上げますからね」
「あ、ありがとう・・・」
屠殺場に引かれていく豚のような笑顔でシャーナが礼の言葉を口にした。