ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「うーん、そろそろソロじゃキツいかな。俺の魔法も力不足になってきたし・・・」
鍋をかき回しながらぼやくのはエプロン姿のイサミ。
ヘスティア・ファミリアのホームたる廃教会の地下室には、今良い匂いが漂っていた。
匂いの元は、イサミが作っている鶏肉のクリームシチュー。
こちらの世界の食事の貧相さに泣いたイサミが、必死で料理技能を上昇させた結果である。
「
「気をつけてくれよ、イサミくん。兄弟揃って死にかけるなんて、縁起でもないぜ」
「別に俺は死にかけてませんけどね。痛かっただけですよ」
へらず口を叩きながらイサミは《スパイス・ジャー》の蓋を開け、ローズマリーをパラパラと鍋に落とす。
ちなみにこのスパイス・ジャーもD&D由来のマジックアイテムで、好きな調味料がいくらでも出てくるという、料理人には夢のようなアイテムだ。
「でも兄さんって何でも出来て凄く頼りになるけど、結構肝心なところでうっかりしてたりするんですよ、神様」
「お前、今日は飯ぬきな。ジャガ丸くんだけ食ってろ」
「そんなぁ!?」
塩、胡椒、にんにく、生姜やナツメグ、クローブ、セージといった西洋風の調味料だけでなく、醤油、味噌、みりん、わさび、果てはカレー粉まで出てくると気付いた時、イサミはこのアイテムを作る力を与えてくれた何者かに心底感謝した。
仮にその何者かが目の前に現れたとしたら、五体投地して感謝を表していただろう。
帰依しろと言われたら、5ミリ秒で生涯不変の篤き信仰を誓っていたはずだ。
「だって日本人だもの、しょうがないじゃない」とはイサミの弁である。
ちなみにこの世界では味噌汁があったり、普通におにぎりが作れたりするので、ジャポニカ米や醤油やかつぶしもあるはずである。たぶん。
「しかしベル、ミノタウロスに襲われたって、大丈夫なのか? 怪我とか残ってないだろうな」
「大丈夫だよ兄さん! 間一髪ってところでアイズ・ヴァレンシュタインさんが来てくれたんだ! それでね、それでね・・・」
待ってましたとばかりに喜色満面で語り始める弟と、ほほえましそうにそれを聞いてやるイサミ。
彼は弟の前では常に完璧な兄だ。
一方やることのないヘスティアはソファにだらしなくもたれかかり、やはりほほえましげにそれを聞いている。
アイズの話題に顔をしかめつつ、ではあったが。
「それでミノタウロスを一瞬で切り刻んでさ! 兄さんが鹿の肉を刻むのと同じくらいあっさりと!
それで、自分は返り血の一滴も浴びないで、凄く綺麗だったなあ・・・」
思い出しているのか遠い目になるベル。
彼ら兄弟はオラリオに来たばかりの頃、遠征から戻ったロキ・ファミリアに遭遇したことがある。
金の髪をなびかせる【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの姿には、確かに一幅の絵のような美しさがあった。
「確かにな。まあ、綺麗だから魅力的ってのはまた違うと思うけど」
「じゃあ、兄さんはどんな人が素敵だと思うのさ?」
ちょっとむっとしたようにベルが言う。
「そりゃもう、大人の女だろ。アイズ・ヴァレンシュタインはお前に取っちゃ年上のお姉さんだろうが、俺から見ると年下の女の子だ」
「っていうと、リヴェリア・リヨス・アールヴさんみたいな?」
弟が挙げた名前にイサミが苦笑した。
ひょっとしてこいつはエルフフェチだったのかと思いつつ、返事を返す。
「なんでロキ・ファミリアばかりなんだよ。まぁあの人も確かに凄い綺麗だけどさ。
なんつーかエルフは綺麗でも色っぽくないからなあ・・・そうだな、アスフィ・アル・アンドロメダとか」
イサミの挙げた名前に心当たりがなかったか、ベルが首をかしげる。
「ええと・・・だれだっけ?」
「"
水色の髪の綺麗な人でさ。品があって顔立ちが整っているのはそれこそ"
と、それまで黙って二人の話を聞いていたヘスティアがにやにや笑いを浮かべながら口を挟んできた。
「なんだい、イサミ君は年上趣味かい?」
「男はいくつになっても年上の綺麗なお姉さんに憧れるものですよ」
実のところ、イサミはこれで18才である。
「むしろ年下の子の面倒見てばっかりだった気もするけど・・・」
「年下の面倒を見るのは年長者の義務だろ。いくつになっても危なっかしい弟とかな」
からかうような視線を受けて、ベルが唇をとがらせる。
「そんなにあぶなっかしくないよ!」
「と、思うは当人ばかりなりってな」
「もう! にいさんの馬鹿!」
むきになって反論するベルをニヤニヤしながらからかうイサミ。
一方ヘスティアは我が意を得たりとばかりに腕を組んで頷いた。
「なるほど、つまりとても年長者で綺麗なお姉さんのボクは、君たちのあこがれの的というわけだね」
「まあ愛玩対象という意味では」
身も蓋も無い返答に紐女神がぶっと吹き出した。
「ちょっ!? 君が歯に衣着せないたちなのは知ってるけど、だとしても今の発言はブッチギリアウトだよ! 暴走馬車だよ!」
「そういわれても、実際神様って年下の女の子にしか見えませんしねえ・・・」
最初の頃、何故かヘスティアに避けられていたイサミであるが、今ではこうして馬鹿話が出来るほどにはなっている。
というかイサミの料理を口にしてから露骨に態度が変わった。偉大なり美味い飯。
とはいえスタート時点のつまづきが響いたか、それとも単にベルが愛され体質である故か、ヘスティアのベルへの感情はおおむね本来の流れ通りの物であった。
現状では小学生カップルをほほえましく見守る高校生の兄、といった構図である。
「イサミくぅ~ん? 君、また不遜なことを考えて無かったかい」
「いえいえ、忠実なしもべたるこのわたくしが、尊き主神たる御身に対し、何もってその様な」
「にいさん悪い顔してる・・・」
話がずれかけているのに気づき、ヘスティアが強引に話題を戻す。
「とにかく! ボクは神様なんだ! ものすごく長く生きてるんだ!
イサミ君はひねくれてるからそうでもないだろうけど、素直なベルくんだったら、ボクの大人の魅力がわかるだろう?」
「えーと・・・」
何やらよくわからない迫力をかもす女神に、冷や汗を垂らすベル。
イサミが振り向かずにぼそりとつぶやく。
「神様、妄想は早めに捨てておかないと、現実にぶち当たったときに辛いですよ」
「さっきから何だよそのセメントな対応?! 泣くぞ! いくらボクでも泣いちゃうぞ! ええいベルくん! 君の胸を貸してくれ!」
「わ、か、神様?!」
やにわに騒がしくなった居間を無視しつつ、イサミはシチューの味見をして頷いた。
「ベル、そろそろ食器の支度頼む。それと、オーブンからパン出してくれ。グリルのジャガ丸くんも」
「あ、うん! それじゃ神様、その、そういう事ですから・・・」
「ちぇーっ・・・まあいいや、それじゃ一緒に用意しようか」
「はい、神様」
もとは廃屋に魔石ランプとコンロを持ち込んだだけの、完璧に不法居住者状態だった地下室。
が、ファミリアが結成されて以来、壁紙が貼られ、絨毯やテーブルクロスが敷かれ、隅には兄弟の寝る二段ベッドもしつらえられ、とそれなりに人がましい環境になっており、また食生活にも劇的な改善が見られていた。
ベルはまだ迷宮の入り口あたりをうろうろしてるので、ほとんどはイサミの稼いだ資金による物である。
(けど、それじゃ足りないんだよなあ・・・)
シチューをかき回しながら、イサミは考える。
食事関係と読書を別にすれば、彼は贅沢をするほうではない。おいしい物を食べて本を読んで生きていくだけなら今でも十分すぎた。
ただ、あの老人は強くならなければ殺されると言った。
それも
現在、イサミはD&Dでいえば15レベル。
この世界の1レベルはD&Dでいえばおよそ3レベルに相当するので、つまり彼はこの世界ではレベル5相当、この時点でのアイズやベート達と同等。
逆にフィン・ディムナやリヴェリア・リヨス・アールヴはレベル6なのでD&D基準だと16~18レベル。
迷宮都市最強の冒険者、レベル7の《
D&Dの通常のレベル上限は20。それを越えるものこそが伝説。
つまり、あの老人は「最低でもオッタルを越えろ」と言っているに等しい。
(そこまでしなきゃならない「敵」ってなんだ? それに「仕事」って?)
奇妙な話だが、イサミはあの老人の言ったことの真偽自体は疑っていない。
いくつか理由はあるが、一つには実際に女神ミストラの加護を授かったからだ。
今のイサミは《ミストラに選ばれし者》にして《マジスター》。
不老の肉体、毒や病気、精神攻撃や探知に対する完全耐性。疑似呪文能力と呼ばれる魔法のような能力。
肉体的精神的なスペックも(恩恵を受けていない人間としては)非常に高い。
だがつまりそれは、彼を殺す「敵」も現実に存在していると言う事。
(となると・・・鍛えるしかないんだよなあ)
ため息をつく。
実際物心ついた後は、イサミの人生の半分はそのための備えに費やされてきたような物だ。
ちなみにもう半分は大体ベルのためである。
さて、先ほど述べた疑似呪文能力の中には一日二回の「
限界はあるものの大抵の事を実現できる、現実改変の魔法だ。
レベルを上げたりは出来ないが、D&Dで《特技》と呼ばれる、スキルに似た物を得ることはできた。
本来取得できない・重複しないものを含め、3歳で記憶を取り戻して以来、毎日二回、一年で七百三十回。十五年で一万九百五十回。
今や彼は無限にも思える魔法使用回数とタフネスを誇り、無数の技能や特殊能力を有する。
迷宮で使ったドラゴンマークなどもその一例だ。
その力で、迷宮の上層と中層を一週間かからず踏破し、下層も同じくらいの時間で踏破することが出来た。
だが、問題が一つあった。
イサミのステイタスは、ヘスティアが初めてそれを刻んだときからろくに上昇していない。
これでも上昇スピードは上がったほうなのだ。例の、白刃に身をさらすような戦い方を始めてから。
それでもイサミのステイタスは現在熟練度にして合計百点ほど。上層のみのベルですらその三倍以上の上昇があるのに、である。
この世界の常識からすればありえないことに、イサミはレベルは上がっても能力値が上がらない。
攻撃の命中率は上がる。打たれ強さや抵抗力も上がるし、強い呪文も使えるようになる。
しかしこの世界の冒険者の持つ圧倒的な能力値の前では、(呪文はともかくとして)それらの基本能力の上昇幅は本当に微々たる物だ。
つまり、レベル上昇=能力値上昇であるこの世界の認識では、彼はまだレベル1の、それも最底辺でしかない。
貰ったチートでいくら強化しても、せいぜいレベル2相当と言った所である。
冒険者となって半月、破竹の勢いでダンジョンを踏破してきた彼だが、ステイタスの伸び無しではいずれ行き詰まるであろう事は明らかだった。
(本来レベルとステイタスはかけ算だ。呪文と《特技》でその不足を埋めるにも限界がある)
本来、この世界のレベルアップには「偉業」というレベルキャップがある。
イサミの能力はD&D由来であるがゆえにそのレベルキャップを無視できるが、逆にランクアップの恩恵も受けない。
(最初から強化していたが故に、偉業を成す機会もなかったし、ステイタスの伸びも鈍いというわけだ・・・
くそったれめ、中々良くできたシステムじゃないか、「神の恩恵」ってのは)
だがイサミに諦めるという選択肢はない。
強くならなければ確実な死が待っているのだ。
神の恩恵は苦難を乗り越えたものに力を与えるシステム。
敵を殺すだけの「作業」をするものに、力を与えることはない。
だから、安全を捨てた。
安全な位置から敵を焼く戦い方を選べなかった。
(けど、しんどいんだよなあ)
イサミはコンピューターRPGのキャラクターではない。人間である。
正直痛いし怖いしきつい。
イサミは深々と、今日何回目かのため息をついた。
(実際ステイタスの伸びもあんまり良くないしなあ。
・・・このままでもどうにかなるっちゃなりそうだし)
実際、上層中層ほどの快進撃が出来なくなったと言うだけで、イサミが驚異的なスピードでダンジョンを攻略しているのは変わらない。
オラリオに来たときは(D&D基準で)5だったレベルも、いまや15。
"
敵の攻撃からダメージを受けるようになっただけで、特に苦戦しているわけでもない。
このまま順調にレベルを上げればいけるんじゃないかとイサミは考える。
実際、強くなるのは楽しかった。
故郷で熊や狼相手に鍛え続け、"
オラリオに来てからは尚更だ。
ランクアップはせずとも面白いようにレベルが上がり、そのたびに強力な呪文が使えるようになる。
成長は快感だ。
一般人の人生では滅多に味わえない成長の実感を、こうも短期間で立て続けに得ることができる。
なんだかんだ言いつつも今、イサミは冒険が楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。いやー、君達が来てくれてからというもの、食卓が見違えるように豊かになったよ!
ヘファイストスの所だと、あれ質実剛健なたちだろ? だから食事もシンプルなのが多くてさー」
「その割には今でも毎食ジャガ丸くんじゃないですか」
「イサミ君、ジャガ丸くんを馬鹿にするなよ? シンプルにして奥が深い、最強のスナックなんだぜ?」
イサミとヘスティアとの無駄話にクスクス笑いながら、ベルが立ち上がって皿を片付ける。
料理はイサミ、後片付けと皿洗いはベル。長い間に培われた習慣である。
「まあ、ジャガイモも揚げ物も好きだから、反論はしませんけどね」
「だろう? だろう?」
喜色満面で勝ち誇る神様。
コロッケもいいがフライドポテト最強である。
(しかし、地球の神々と名前が同じと言うのは何なんだろうな)
ヘスティアはギリシャ神話の炉の女神。ヘファイストスは同じくギリシャ神話の鍛冶の神だ。
都市を運営するギルドを統治するのはギリシャ神話のウラノスで、現在迷宮都市最強と言われる二大ファミリアを率いるのは北欧神話のロキとフレイア。
勢力としてそれに次ぐガネーシャはインド神話、歓楽街を司る淫蕩の女神イシュタルはバビロニア。
ヘスティアと貧乏仲間で交流がある武神タケミカヅチは日本神話で、医療の神ミアハはケルト神話だ。
デメテル、ゴブニュ、ディアンケヒト、ゼウス、ヘラ、ポセイドン、アマテラス・・・。
ロキやヘファイストスが女神になっていたりといくらかの差異はあるものの、明らかに地球の伝説に語られる神々ばかりである。
(D&Dの世界だと聞いてたんだけどなあ・・・まあ、D&D世界にもそう言うのがいないことはないけど・・・)
D&Dの世界の神々は概ねその世界独自のものだが、中には地球から転移したという設定で、地球の神話に現れる神々が存在することもある。
ただそうした存在は明らかにイレギュラーで、こうした地球の神々ばかりという設定の世界はイサミの知る限りない。
(まあそう言う世界と言えばそれまでなんだろうが)
「にいさん、そう言えば今日ね・・・」
「ん、なんだ?」
ベルが皿洗いを終えて居間に戻って来る。
イサミは思考を打ち切ってベルに顔を向けた。