ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
バベル前の広場。
小人族のサポーター兼盗賊リリルカ・アーデは昨日から狙いをつけていたカモを見つけて駆け寄ろうとし、ぎょっとして足を止めた。
白髪頭の横にいる頑丈そうな鎧を着込んだエルフの少女が目に止まったからだ。
間違いなく上級冒険者、最低でもレベル3、ひょっとしたら4。
サポーターの経験は長いリリである。冒険者の実力を見抜く目には自信があった。
(やばい――! あんなのが一緒にいたんじゃ、隙をうかがうどころじゃない・・・!)
それでもあの値打ち物のナイフをあきらめきれず逡巡してると、いきなり万力のような力で腕をつかまれた。
「あいたっ?!」
「何か用か、おい?」
つかんでいるのはまさに今まで見ていたエルフの少女その人。
大して力を入れているとも思えないその左手は、骨がきしむくらいの剛力でリリの腕をがっちりつかんでいる。
(しくじった・・・!)
「どうしたんですか、シャーナさん? ・・・あれ、その子・・・」
「ん? なんだ、知り合いか?」
手を離し、シャーナが振り返る。
ええいままよ、とリリは腹をくくる。
「はじめまして、お兄さん。唐突ですけど、サポーターなんか探してはいませんか?」
「え? でも、君・・・昨日の小人族だよね?」
「いいえ、リリは犬人ですよ?」
そういって、ローブのフードを外すリリ。
そこには確かに、犬の耳がひょこひょこと動いていた。
ベルが何か言う前に、シャーナが割り込む。
「俺たちを見ていたのは何なんだ?」
「いえ、リリは今サポーターの口にあぶれていまして。そちらのお兄さんはソロの冒険者でしょう? リリを雇ってくれそうな気がしたんですよ」
「俺が一緒にいるのにか?」
エルフ、それも年端もいかない少女の割に乱暴な口ぶりだな、と思いつつも、リリはすらすらと答えを述べる。
「お姉さんとお兄さんはパーティを組んでいるにしては実力が離れすぎています。
付き合って鍛えるなり、色々教えるなりするおつもりなのでしょう?
ならば、今日はいらずとも、明日からは雇っていただけるかも知れませんし」
む、とシャーナが口を閉じる。
心の中でよしっとガッツポーズを取り、リリはベルの方に向き直る。
「それでどうでしょう、お兄さん。リリをサポーターとして雇ってはいただけませんか?」
「ごめん、今特にサポーターが欲しいとは思わないから」
「はぁっ?」
全く予想外の返事を聞き、リリの顎がかくーんと落ちた。
イサミは基本的に弟にマジックアイテムやいい装備を買い与えたりと言った事はしていない。
しかし、そのイサミが弟に与えたアイテムが三つある。
一つは、イサミも使っている"
絡みつきなり組み付きなりで動きを止められると、どんな冒険者もあっさり殺される危険性を知っているからである。
二つ目は、"
ちょっとした呪文を蓄え、使用者がそれを自由に発動できる魔法のアイテムだ。
ベルが持っているそれの中には、逃走用に"透明化"の呪文を入れている。
そして最後の一つが"
いわゆる魔法の背負い袋で本体と左右のポーチを合わせて12立方フィート、つまり30x60x180センチまでの体積の物を収めることができる。
その容量はリリが背中にしょっている巨大なバックパックの二倍近い。
おまけにいくら入れても重さは変わらず、しかも望んだ物を間違えずに素早く取り出すこともできる。
本来なら魔石やドロップアイテムがたまるごとに地上とダンジョンを往復せねばならないはずだが、この魔法の背負い袋のおかげで、ベルは換金のために地上と迷宮を往復したりせず、一日中迷宮の中で稼ぎ続けることができる。
つまりアイテムを持ち運ぶ負担がないし、サポーター無しでも、いるときと同じくらいの高効率で稼ぎができるのだ。
「そういうわけだから、サポーターはいらないんだ、ごめんね?」
「うそーん?!」
思わずキャラ崩壊するリリを気の毒そうに見やりつつも、歩き出そうとするベル。
そのベルの腰に、がしっとリリがすがりついた。
「わわっ?!」
「お願いです! 最近稼ぎがなくてひもじいんです! 分け前は1000ヴァリス、いえ、100ヴァリスでも構いません!
お願いです! お願いです!」
助けを求めるように同行者を見るが、呆れたように肩をすくめるだけ。
こうなると、ベルが彼女を突き放せるはずもなかった。
「で、ベル君はどうだったんだい?」
「驚きましたよ。技術は未熟ですが、立ち回りに天性の勘がある。我流だが上層レベルではほぼ完璧です。兄貴とは違った意味で才能がありますな」
「余り褒めないでくれよ、シャーナ。こいつは昔からすぐ調子に乗るんだ」
「そんな事言って口元がにやけてるぜ、イサミ君?」
夕食の席で雑談に興じる一同。まさかの高評価に、ベル本人よりもイサミの方が鼻高々である。
もっとも、イサミをからかうヘスティアにしても、笑みを押さえきれないのだから世話はない。
当のベル本人はと言うと、先ほどから照れたように笑うばかりだった。
やがて食事も終わり、ベルが席を立って皿洗いに向かう。
台所の方で水音がし始めたのを確認して、シャーナが声を潜めて話し出した。
「そういえば、今日小人族みてぇな犬人のサポーターを雇ったんだが・・・」
「サポーター? 必要があるとも思えませんけど」
「ああ。向こうから売り込んできたんだよ。それも強引にな」
サポーターの存在意義は、迷宮での荷物持ちと武器道具の管理、そして様々な雑務である。
荷物持ちは魔法の背負い袋があるし、その他の事もまだ他人を雇う必要はないはずだった。
ヘスティアが話に混じってくる。
「うさんくさい奴なのかい?」
「こう言っちゃ何ですが、フリーのサポーターってのはひねてるのが多い。そういう扱いを受けてるからですがね」
「サポーターは扱いが悪いというのは聞いてましたが・・・」
ため息をついてシャーナは言葉を続ける。
「フリーのサポーターを雇う奴ってのはな、単純に貧乏な奴、レベル1とか、レベル2でも足踏みしてるような奴が多いのさ。
それも大抵は弱小ファミリアだ。3レベルや4レベルになるようなら、ファミリアも自然とでかくなるからな。
そうなったら、ファミリアの下位構成員にサポーターをやらせりゃいい」
「つまり、レベルの低い冒険者が、更に底辺を虐げてるってことかい?」
「レベルが高けりゃ人品が優れてるなんてこたぁありませんが、懐に余裕があれば自然と態度にも余裕が出ますからね。貧すれば鈍すですよ」
肩をすくめるシャーナ。
はーっ、とイサミがため息をつく。
「やれやれ・・・面倒ごとはまとめて来るな」
「まあ今ンとこはただ怪しいってだけだ。本当に食い詰めただけのサポーターって可能性もある」
「ちょっと待ってくれ。イサミ君の方も何か?」
「頭打ちですよ。これ以上レベルが上がらなくなったんです」
D&Dのレベルアップにはいくつかの制限がある。
まず、レベルアップは安全な場所でゆっくり休んだときにしか起こらない。
次に一度に2レベル以上は上昇せず、余った分の経験点は次のレベルに上がるのに1点足りない点数にまで切り捨てられる。
イサミがマジックアイテムを作っているのも、この切り捨てられる経験点を有効活用するためという面がある。
そしてイサミは自分の経験点がレベルアップに足りるかどうか、大雑把に感じとれる。
一週間程前、イサミは20レベルになった。そして十分な経験点を得たにもかかわらず、翌日の朝はレベルアップしなかった。そして今日の朝までそれは続いている。
「何らかのレベルキャップがかかっているんでしょうね・・・"
「つまり・・・《偉業》か」
「おそらく」
《偉業》とは、この世界の冒険者がレベルアップするために必要な行為である。
ただモンスターを倒すだけではなく、文字通り英雄譚に謳われるような行為を成し遂げる事によって、神々の「恩恵」を昇華することだ。
端的には、とびきり強力なモンスターの討伐などが必要になる――たとえば階層主のような。
「神様。しばらく留守にします。シャーナさん、構いませんか?」
「そう来ると思ったよ。もちろんいいぜ」
にやり、とシャーナが笑う。
ヘスティアが眉を寄せた。
「つまり・・・」
「ええ。前の討伐から三ヶ月。37階層の