ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
三日後。
アイズ達ロキ・ファミリアは上層にいた。
あの後もう少し稼いで帰るというイサミ達と別れ、戻ってきたのである。
リヴィラで丸一日休息を取ったおかげで消耗していたアイズの体調もほぼ平常に戻っている。
やがて第五階層に達した一行は、ルームの中央で倒れている一人の冒険者を発見した。
その風貌を見たアイズの目がわずかに見開かれる。
「・・・!」
「あーっ! この子、《美丈夫》くんの弟じゃん!」
「あら、ほんと」
「あの馬鹿者がそしった少年か・・・典型的な精神疲弊だな。放っておいても治るが、さてどうしたものか」
膝をついてベルの容態を見ていたリヴェリアに、アイズが口を開く。
「リヴェリア。私、この子に償いをしたい」
「・・・言いようは他にあるだろう」
額に手を当てて、深くため息をつくリヴェリア。
何故呆れられたかわからず、アイズは「あれ?」と首をかしげた。
「そうだな・・・謝りたいというなら、この子が目を覚ますまで膝で寝かせてやれ。多分それで十分だ」
「なっ!? あああああアイズさんのひざまくらっ!? なんてうらやま・・・じゃなかった、不埒な! そんな事は私がむぐぐぐぐ!」
「はーい、レフィーヤはちょっとこっちねー」
暴走しかけたエルフの少女をアマゾネスの姉妹二人が押さえ込む。
もがくレフィーヤに冷や汗を流しつつ、アイズが再び首をかしげた。
「・・・そんな事でいいの?」
「ああ。おまえのなら喜ばない奴はいないよ」
「よく、わからないよ・・・」
「わからなくてもいいさ。なあ、フィン・・・フィン?」
表情に僅かに険しさを含ませ、周囲をうかがっていたフィンが驚いたように振り向いた。
「ああ、済まない。まあ大丈夫じゃないかな? 彼もきっと喜ぶよ」
「うん・・・?」
よくわからないながらも、親代わりの二人の言葉にアイズが頷く。
フィンは最後にちらりと周囲を見渡すと、なおももがくレフィーヤと共に、座り込むアイズと膝枕されるベルをおいてルームを出て行った。
それから数分後。
ルームに通じる通路の一つで、僅かに空気が動く。
透明化して全てを見ていたイサミがほっと胸をなで下ろしていた。
(・・・不精せず、"
膝枕されている弟と膝枕するアイズにもう一度視線をやった後、彼もまたこの場から姿を消した。
自分の太ももにかかる重みを、少女は意識する。
なぜだか愛おしくなり、頬やその白い髪をそっと撫でた。
「・・・おかあさん?」
少年の唇から漏れた言葉に、ぴたり、と手が止まる。
「ごめんね、私は君のおかあさんじゃないんだ・・・」
そうこぼした瞬間、深紅の瞳がぱちりと開いた。
ぼんやりしていた瞳に、次第に理性の光が戻ってくる。
唖然とするその頬を、アイズはもう一度撫でた。
やがて、無言のまま少年が上体を起こし、向き直る。
互いに正座の状態で二人は向き合った。
「・・・幻覚?」
「・・・幻覚じゃないよ」
ちょっとむっとして少女は言い返す。
さすがにそれは失礼ではないだろうか、と考えていると、少年がいきなり動かなくなった。
あたふたしつつ、そうだ、謝らなくちゃと思い出す。
「あ、あの、わたし・・・っ!?」
思いを口に出そうとしたとたん、少年の頬がすうっと赤くなる。
白い肌はたちまちの内に見開いた目と同じくらいの深紅になり、少女が何かしてしまっただろうかと慌てる内に、勢いよく立ち上がる。
そして。
「――だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
高速前転からのダッシュで全力で逃げ出した。
呆然とそれを見送るアイズ。
しかし、そのとき脳裏に天啓が響く。
(今度逃げるようなら首根っこつかんで捕まえちゃってもいいから)
少年の兄の言葉。
なら、そうしてしまっても構うまい。
きっ、とまなじりを鋭くする。
その瞳は既に、兎に逃げられて泣きそうな幼女のそれではなく、無数のモンスターを屠ってきた狩人のもの。
瞬時にして立ち上がり、迷宮の敷石がひび割れるかと思う程の勢いでブーツが地面を蹴る。
20ほど数えた後、兎は狩人に捕獲された。
「ふぁーっ!? ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
奇声を上げながら、白髪の茹でダコが腕を振り回す。
それを後ろから抱きしめるような体勢でがっちりとアイズは押さえ込む。
やがて疲れたのか、それとも落ち着いたのか、少年はおとなしくなった。
顔は茹でダコのように赤いままだったが。
「あ、あの、離して貰えませんか・・・」
背中に当たるアーマーのふくらみを意識しながら、少年が懇願する。
「・・・逃げない?」
「に、逃げません・・・」
首筋にかかる息に、顔を更に赤くしつつ少年が答えた。
約束だよ、と念押しして、アイズは少年を解放する。
胸を押さえて硬直する少年の脇を回り込み、アイズは少年の前に立った。
「あ、あの・・・」
硬直した少年が再起動して何事かを言おうとしたとき、アイズが深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
「え・・・?」
「私が倒しそこねたミノタウロスのせいであなたに迷惑を掛けた・・・一言謝りたかった。ごめんなさい」
一瞬硬直していた少年が、アイズが頭を上げると同時に堰を切ったようにしゃべり出す。
「そ、そんな事ないです! 悪いのは迂闊に深く潜った僕で、ヴァレンシュタインさんは全然悪くなくて・・・!
むしろお礼を言わないといけないのも謝らないといけないのも、助けてもらった僕のほうで・・・ごめんなさい! 本当にありがとうございました!」
混乱しながらも頭を下げ返し、礼を言ってくる少年。
やがて、アイズの口元が自然にほころぶ。
それを見て、薄れかけていた少年の頬の朱が、また一層濃くなった。
そのまま、言葉が途切れ、しばらく時間が経つ。
一歩踏みこめば接吻できるような距離で、見つめ合ったまま――少年のほうは視線が合うたびに目をそらしていたが――ただ時間が過ぎる。
(もう少し、このままいたい・・・)
何か話そうと思っても、少女には話題が乏しい。
それでも何か無いかと考えて、ふと、先ほど彼を捕まえた時のことを思い出す。
あの時は必死だったから気づかなかったが、彼女が彼を捕まえるまで、20数えるほどの時間がかかった。
だが半月ほど前に見た少年は、間違いなく駆け出しの冒険者そのものだった。
先ほど呆然としていた時間はそう長くはない。そんな駆け出しの冒険者なら、5つ数える間に捕まえられていたはずだ。
あのとき逃げ出した彼の後ろ姿と、ついさっきの後ろ姿を頭の中で比べてみる――まるで別人だった。
「な、なんですか・・・?」
今までとは違った視線で少年を見る。
先ほど少年が見せた脚力は、レベル1としては最上級のものだった。
駆け出しでしか無かった冒険者が、半月でそこまで到達する?
あり得ない。
少女の心に、少年への強い興味が宿った瞬間だった。
アニメ一期のローリング逃走は笑ったw