ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「おやすみ」
「ベル、神様、おやすみ」
「おやすみなさい」
おやすみの挨拶を交わす三人。
魔石灯の明かりを消し、ヘスティアは元からあったベッドに、兄弟は二段ベッドの上下にそれぞれ横になる。
ダンジョンやバイトでの疲れもあり、ベルとヘスティアはすぐに眠りに落ちた。
(・・・。・・・・・・・!)
イサミは夢を見ていた。
(・・・・・・。・・・・・・)
おぼろげに見える、赤い人影。
何事かを訴えているようだが、その声も姿と同じようにぼやけ、内容を聞き取ることが出来ない。
物心ついて以来、時折イサミはこのような夢を見るようになっていた。
イサミは本来夢を見ない。
"ミストラに選ばれし者"は睡眠を必要としないからだ。
それでも外面を取り繕う必要はあるし、呪文の力を回復させるためには肉体と精神を休める必要があるので、その間は横になって瞑想を行う。
横になっていても、瞑想は睡眠とは違う。
意識は途切れないし、夢を見ることもない。
にもかかわらず、それに割り込んで見える夢・・・いや、幻視と言った方がいいだろうか?
(これはひょっとしてメッセージなのか? あのじいさんが俺に送っている・・・)
確証はないがそんな気がするのだ。
翌朝四時半。
ヘスティアがむくりと起き上がり、二段ベッドに近づく。
寝ぼけた結果でないのは、抜き足差し足していることからも明らかだ。
そのままヘスティアは上の段に這い上がり、ベルの毛布の中に潜り込む。
夢から覚め、瞑想を再開していたイサミは僅かに苦笑した。
五時。
ベルがみじろぎし、目を覚ました。
しばらく凍りついた後、素早く身を入れ替えて立ち上がる。
そのまま素早く身支度をして部屋を出て行った。
「ベル君のあほぉ。むにゅう」
(ヘタレめ)
期せずして、神と眷属の思考が一致した。
六時半。
イサミが起き出して、ソファの上で適当な座禅を組む。
毎朝の日課の呪文準備だ。
「スゥーッ、ハァーッ・・・」
深呼吸。床を掃き、窓を磨くように己の精神から雑多な思念を取り去っていく。
残ったのは消しゴムをかけたような、まっさらなノートのような精神。
そこに更に注意深く、枠と罫線を引いていく。
掃き清められた精神に、キラキラと輝く無数の枠組みが形作られる。
これこそが彼の魔法、『
イサミの肉体が分厚い呪文書を手に取り、開く。
そこに銀のインクで記されているのは呪文の術式そのもの。
必要であろうと思われる呪文の術式を呪文書から読み取り、それをたった今整えた頭の中のノートに、意志のペンと魔力のインクで書き写していく。
心のノートの枠組みに転写された術式は魔力を帯びた構造体となり、一つの形を為す。
これを輝く文字の羅列と認識するものもいれば、複雑で幾何学的な蜘蛛の巣と言うものもいる。
だがいずれにせよ、ひとたび意志の力によって解き放たれれば、この構造体は恐るべき魔力として現出するのだ。
呪文には0から9のレベルがあり、また使用回数のスロットも0から9に分かれている。
当然レベルが高いほど、呪文は強力になっていく。
もし今のイサミの精神を実際のノートにしたら、何ページかごとにカラフルに色分けされた罫線付きの、あるいは方眼のノートになるだろう。
呪文修正も同様で、3レベルの呪文に3レベルの呪文修正を施すと、それは6レベルの呪文という扱いになる。
イサミがステイタスが全く伸びないにもかかわらず魔法で戦えているのは、この呪文修正に必要なレベルを圧縮できるという点に寄るところが大きい。
《簡易呪文修正》《実践的呪文修正》【呪文修正強化】《秘術の学究》。
本来3~4レベルが必要な呪文修正をそれぞれについて4低下させる事が出来るので、たとえば迷宮で使う《
本来は"炎の泉"呪文のレベルが5、《最大化》で+3、《威力強化》で+2、《二重化》で+4、《エネルギー上乗せ》4つで+4+4+4+4の、30レベル呪文になるところを、修正ごとにそれぞれ-4してプラスマイナスゼロ(マイナスにはならない)、本来の5レベル呪文として発動できるのである。
こうしてイサミは約一千種類、数千回分に及ぶ呪文を己の中に準備し終える。
「神の恩恵」による魔法と違い、再び一日が過ぎて十分な休息を取らなければ、これらを再装填することは基本的にできない。
消耗した呪文=魔力構造体を補填するポーションなど存在しないのだ。
しかし、「神の恩恵」が最大でも3種類しか魔法を与えないことを考えると痛し痒しではあろう。
七時。
昨夜の残りのシチューとパンを温めて、弟の布団でまどろむ神を起こす。
「かみさまー。ごはんですよー。早く起きないと冷めちゃいますよー」
「ふみゅう、後五分・・・」
「別に温め直して貰ってもいいですけどね。バイトに遅刻してまた怒られますよ。一緒に謝ったりはして上げませんよ」
「うー、イサミ君は容赦ないなあ・・・」
「ベルで慣れてますので」
渋々起き出して顔を洗いに行くヘスティア。
この辺りは長年培った兄としての経験の面目躍如である。
彼も良き兄であるためにそれなりに努力をしているのだ。
主神が顔を洗っている間にシチューとパンを盛りつけ、二人で朝食。
「そう言えばベル帰って来ませんでしたねー。朝食くらい食べていけばいいのに」
「まったくだよ。ボクなんか、バイトに遅刻しても朝食はきちんと食べるぜ?」
「それもどうかと思いますけど、まあ朝食は大事ですね。特に体を動かす仕事だと」
そこでイサミがやや半目になる。
何となく責められてるような気がして、ヘスティアは「うっ」とのけぞった。
視線が遥か上から降ってくるので、圧迫感が半端無い。
「まぁ何と言うか、弟にあまり過剰なスキンシップは控えて頂けるとありがたく。
ハーレムハーレム言う割に、見ての通りのあれなたちですから」
「こ、心には留めておこう」
イサミが半目からジト目になる。
たらりと一筋冷や汗をたらし、ヘスティアはごまかすように話題を変えた。
「そ、それにしてもベル君は何と言うか、偏ってるよな! やっぱり君達の祖父のせいなのかい!」
「・・・まぁ誰が悪いかと言ったら、物心つく前から俺達を洗脳し続けたじいさんが悪いですね」
何を思いだしたか、まぶたを押さえてため息をつく。
「やれ覗きは男の義務だ、ハーレムは浪漫だ、美女との出会いこそ冒険の醍醐味だ・・・尊敬する祖父に始終吹き込まれていれば、ああなるのは火を見るよりも明らかですよ。
俺でさえ結構影響されてるんだから、素直すぎるあいつがどうなるかは推して知るべしです」
何か思い出したのか、くっくとヘスティアが笑った。
「似たようなのがいるもんだねえ。いや、ボクが知っているのは神だけどさ」
「神様にもそんなの、おほん、そんな方がいるんですか」
わざとらしく言いつくろうイサミに、ヘスティアはニヤニヤしながら肩をすくめてみせる。
「いるいる。むしろそんなのばっかりさ。その中でも特に彼は群を抜いていてねえ・・・ボクは直接知らないけど、オラリオでも厳重に警戒された女神専用浴場に対して、神の力抜きで覗きを成功させたとか」
「武勇伝ですねえ・・・ヤな意味で」
「女性が絡まなければいいおじいちゃんだったんだけどねー」
「うちのもそんな感じでしたよ。アレさえなければ完全無欠にかっこいいじいさんだったんですけどねー」
あはは、と笑い合う二人。
互いの話に含まれた深い意味に、まだ気付いてない幸せな笑いであった。
「それじゃ先に出ますねー。火の始末は気をつけて下さい」
「うん、気をつけて・・・って、これは君には言うまでもないかな」
「むしろピンチに陥るくらい強い敵と会わないと、いい加減ステイタスが伸びませんからねえ・・・」
無茶な戦い方をするようになって、ようやく少しずつ熟練度が貯まってきたイサミとしては、溜息の一つもつきたくもなる。
贅沢な悩みだ、とヘスティアは苦笑した。
「普通は帰ってくるかどうかが心配なんだけどね。
本当、なんでだろうね? ベル君より遥かに強いのに、ステイタスはベル君以下。
おまけに発現もしていないのに魔法が使えるし・・・イサミ君。君は一体何なんだい?」
じっ、と見つめるヘスティアに、イサミは苦笑することしかできない。
本人も推測しかできないのだからしょうがないといえばしょうがないが。
「心当たりはあるというかなんというか。ミストラという女神様を御存じですか?」
「ミストラ? ミトラなら知っているけど・・・あいつは男だしなあ。その女神とやらが?」
「確認したわけではないんですが」
うーむ、と腕を組んで考え込むヘスティア。
《ミストラに選ばれしもの》と《マジスター》はフェイルーン世界の魔法の女神ミストラが授ける力であり、地位だ。
前者は彼女の地上における代行者として、後者は魔法を世界に広めるための使者としてそれぞれ彼女によって任じられる。
本来同時に与えられることのないその二つを兼ねなければならない「仕事」とは一体何なのか・・・まだ答えは出ていない。
「ところで、こちらからも一つ質問いいですか?」
「ん、なんだい?」
「ベルにスキル、発現してましたよね。チラッとしか見えませんでしたが・・・【憧憬一途】? 何ですか、あれは? 何故隠すんです?」
ひくっ、とヘスティアの口元が引きつる。まさかイサミが神聖文字を読めるとは思っていなかったのだ。
彼が言語理解の呪文を
それでも何とか取りつくろおうと言葉を重ねる。
「いいかい、イサミ君! その事は今すぐ忘れるんだ! 世の中には知らなくていい事もある・・・!」
「つまり知られると神様的にまずいんですね」
むぐおっ!? とのけぞるヘスティア。
「神様程度の〈はったり〉技能で俺の〈真意看破〉技能を防げるわけないでしょーが。さあ、キリキリ吐きなさい」
「君は時々訳の分からないことを言うなぁ・・・つまりだね、これはベル君を思ってのことであって・・・」
「いいからさっさと吐いて下さい。さもないと今日の夕食は作って上げませんよ」
骨太の顔にドスの利いた笑みを浮かべて迫るイサミ。
その迫力にか、それとも脅しの内容にか、ヘスティアはあっさりと屈した。
「わかったよ・・・でも他言無用だぜ? ベル君を思ってのことだってのも嘘じゃあないんだからな?」
「その辺は疑っていませんよ。ただ、いざという時のために俺も知っておいた方がいいと思っただけです」
「うーん、まあ君なら大丈夫か。実はね・・・」
頭をボリボリかきながら、ヘスティアはスキル【憧憬一途】の内容を説明する。
何故発現したか、とかそういうことは抜いて、その内容だけを。
イサミはぴくりと眉を上げたが、追及はしなかった。
「成長をブーストするレアスキルですか・・・隠す必要性は分かりました。ですが、実際どの程度有効な物なんでしょう?」
「それは正直ボクにもわからないよ。恐らく、これまでに発現させたのは正真正銘ベル君だけだろう。見当もつかないね」
「ですか・・・まあ、兄貴としてはせいぜいブーストが掛かるのを祈るだけですね。と言うか俺も欲しい」
ぽろっとこぼれた本音に、今度はヘスティアが苦笑する。
「君はむしろ強すぎるのが問題な気もするけどね」
「強いし、強くなってるとは思うんですけどね。それでもステイタスがアップしないのは・・・ところで神様。時間大丈夫ですか?」
「あ」
この日、ヘスティアは通算4回目の遅刻をし、お説教と一時間分の給料減額を食らった。
一方イサミは悠々と通りを歩き、ダンジョンに向かっていた。
自由業たる冒険者の強みである。
巨塔【バベル】のエントランスを過ぎ、階段を下りる。
地下のダンジョン1階層に入ると、同じようにダンジョンに潜ってきた同業者の群を外れ、脇道に入り込んだ。
周囲に人がいないのを確認して、いくつかの呪文を唱え、あるいはアイテムから起動する。
「《
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最後の呪文を唱えると、その姿が消えた。
続けて「グワーロンのベルト」を起動し、自らを一陣の風と化す。
十分後、その姿は迷宮深層域、37階層にあった。
熟練の冒険者でも2日はかかる距離を十分で移動できるだけでも大した物だが、彼ほど高レベルの
だが、彼はそれを使わない。
何故ならこの世界では次元の壁を破るような効果が全く発動しないのだ。
瞬間移動、霊体化、召喚、神託などの呪文がそれで、これもまた謎の一つである。
「使えれば楽なんだけどな・・・まあ言ってもしょうがないか」
前回帰還した地点に出現したイサミはぐるっと周囲を見渡し、独りごちる。
そして下層への階段に向かい、悠然と歩き始めた。
その日、夕方。
「なんだこりゃあ・・・」
「神様・・・これ、書き写すの間違ったりしてませんか・・・?」
イサミとベルがまじまじと覗き込んでいるのは、ベルのステイタス用紙。
そこには、たった一日の冒険でトータル熟練度160オーバーという、信じられない数字が並んでいた。
ちなみにイサミの熟練度上昇は合計で8点である。
「・・・君たち、ボクが簡単な読み書きもできないと思っているのかい?」
「い、いえ、そう言う事じゃ無くてただ・・・ほら、『耐久』の項目! 僕、今日は一回しか攻撃をもらってないのに+29って! 今まで半月やって来て、やっと+13だったんですよ!?」
「知るもんかっ!」
ぷいっ、と頬を膨らませてそっぽを向く神様。
そこでようやくイサミにも合点がいった。
【憧憬一途】。
「
「
そして成長力強化。
つまり、ヘスティアは意中の人が他の誰かにくびったけ、という現実を目の前に突きつけられているわけだ。
状況から察するに、恐らく例のアイズ・ヴァレンシュタインだろう。
「そりゃあ面白くないわなぁ・・・」
「っ!」
ぎぬろっ、と。
人を射殺せそうな視線をイサミに放つヘスティア。
はいはい、言ったりしませんよ、とばかりに両手を挙げて降参の意を示すイサミ。
「? ? ?」
ベルがあたふたしながら、両者の顔を交互に見比べていた。
「ボクはバイト先の打ち上げがあるから、それに行ってくる。君達もたまには羽を伸ばして、二人寂しく豪華な食事でもしてくればいいさっ!」
バタン、と音を立てて扉が閉まる。
後に残されたのは、溜息をつく兄と困惑する弟。
「兄さん・・・僕、何かしちゃったのかな?」
すがるような目を向ける弟の肩を、訳知り顔の兄がぽんぽんと叩いた。
ちなみにこの兄弟、身長差が50cm程ある。
「いいか、弟よ・・・女を理解しようとするな。おまえが深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを覗き込むのだ」
「わけわかんないよ兄さん」
6/3追記
> 《簡易呪文修正》《実践的呪文修正》【呪文修正強化】《秘術の学究》
の部分で一つだけカッコが違っていますが、これは原作D&Dの表記ルールに沿った意図的なものです。
他の三つが《
まあ同名の特技もあるのでややこしいのですが、そっちは