ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
夜半。
自室で魔導書の使い古しを調べていたイサミはふっと顔を上げた。
弟の部屋から扉の開く音がしたからだ。
続けて、足音を忍ばせて歩くような音。
金属と革のこすれる音、足音の重さからしておそらく武装している。
馬鹿みたいに浮かれていた弟の様子を思い出し、渋い顔になるイサミ。
止めようかと思い・・・結局イサミは透明化してついていくことにした。
こう言うのを兄馬鹿という。
深夜のバベルには人気がない。
魔石灯の明かりは絶えないが、衛兵を除いては人っ子一人いなかった。
迷宮第一階層に降り立ったベルは、さっそく右手をかざして魔法名を唱える。
「アーケイン・フレイム!」
何も起こらない。
右手から炎が吹き出すこともなければ、炎の嵐が周囲を焼き尽くすこともない。
「あ、あれ・・・アーケイン・フレイム! アーケイン・フレイム! アーケイン・フレイム!」
やはり何も起こらない。
不安げな顔で、右手を見下ろす。
「そういえば兄さんが、魔法にはイメージが重要なんだって言ってたなあ・・・
イメージ、イメージ、ううん・・・」
脳裏によぎるのは、冒険を始めたばかりの頃に見た連鎖する火線を放つ兄の記憶。
「ええと、確か・・・そうだ、"スコーチング・レイ"!」
何かのピースがカチリとはまったような感じがした。
うんと頷き右手を構える。兄の放っていた呪文を思い出し、イメージする。
「スコーチング・レイ!」
突きだした右手から紅蓮の火線が放たれる。
火線は10mほど迸って消えた。
手のひらを見つめる。
両拳を握る。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
声にならない歓喜の叫びが、迷宮の中に響き渡った。
にこにこしながらそれを見守っていたイサミであるが、弟がスキップしながら更に迷宮の奥に進んでいくのを見て口をへの字に曲げた。
(おいおいおいおい)
「スコーチング・レイ! スコーチング・レイ! スコーチング・レイ!」
迷宮の奥に走り込み、ゴブリンやコボルドを見つけては呪文を打ち込む。
「スコーチング・レイ!」
ゴブリンの群れに打ち込んだ火線が、《連鎖》してゴブリンからゴブリンへと飛び移る。
4匹が一瞬にして倒れ、残りも再度の火線で全滅した。
(えらく再現度高いなあ、おい)
イサミは驚くやら呆れるやらである。
ベルは更に調子に乗り、迷宮の奥に進んでいく。その結果は先だって述べた。
ベルはロキ・ファミリアに再び助けられ、イサミはそれを確認してホームに戻った。
翌朝特に変化のなかったベルの顔を見て、これは成功か失敗かしばらく悩んだのはしょうもなくて誰にも言えない秘密である。
ともかくその日はシャーナと、ベルも数日ぶりに冒険に出た。
ベルは出発前に「青の薬舗」に立ち寄ったが、イサミからの注文で潤っていたせいか、ナァーザにはボられるどころか一本おまけまでつけて貰った。
スポンサーのご機嫌を取っておこうという腹黒い企みがあったことは、もちろんベルの思案の外である。
その日は何事も無く過ぎて夕方。
イサミがベルにジャガイモの皮むきを手伝わせている。
時折、イサミはいぶかしげにベルの様子を見ていた。
「兄さん、なに?」
「いや、なんでもない」
首をかしげ、ベルは皮むきに戻った。
「それじゃ兄さん、行くから」
やがて皮をむき終わったベルが居間に行こうとするのを、イサミが呼び止めた。
「なに?」
「今日、何かあったのか? さっきからずっとうっとうしい顔してるぞ」
「・・・何もないよ、大丈夫」
明らかに空笑いとわかる笑みを浮かべるベルの、その両肩にイサミが大きな手を置いた。
「なあ、ベル・・・」
「にいさん・・・」
兄弟が見つめ合う。
「おまえが俺に嘘をつけるわけがねぇだろうがぁ!」
「あいだだだだだだだ!?」
次の瞬間チキンウィングフェースロックに捕らえられ、ベルが情けない悲鳴を上げた。
後ろ手に極められた左腕と、締め上げられる顔面がすごく痛い。
「さあキリキリ白状しろ」
「痛い、痛いよにいさん?!」
技を解いたかと思うと流れるようにベルの体を担ぎ上げ、アルゼンチンバックブリーカーにスイッチするイサミ。
その極まり具合には一ミリの隙もない。
「痛いようにしてるんだから当然だな。さあ吐け! さもなくば貴様の背骨はロンドン橋のようにへし折れる!」
「ロンドン橋って何あがががっ、こ、これは僕とリリの問題だから・・・!」
「ほう、例のサポーターが関係してるのか」
「あ」
その後さらに顔面粉砕アイアンクロー、続けてのパロスペシャルとキャメルクラッチに耐えたベルだったが。
「いったいったテリーがいったーっ!」
「なにそれぎゃあああああ!」
イサミがスピニングトゥホールドからのテキサスクローバーホールドを極めたところでついに根性が尽きた。
そのままリリがファミリア内で疎外されてること、死にたいと思っていたこと、魔剣でベルを助けたこと。
ついでに神のナイフをなくしてリューとシルに拾ってもらったことまで白状させられる。
「ひどいよにいさん・・・」
「下らん意地を張るからだ。意地の張りどころが違うわ」
床に倒れてしくしく泣くベルを一蹴するイサミ。
どれほど優しく見えようと、兄や姉とは根本的に横暴な生き物なのである(断言)。
「・・・にいさん。ぼく、どうすればいいのかな?」
やがて起き上がったベルがイサミを見上げる。
その目を一瞥してイサミが素っ気なく告げた。
「知らん。好きにしろ」
「知らんって・・・」
口をとがらせるベルをかえりみることもなく、イサミは夕食の準備を再開する。
「どうせ腹は決まってるんだろ? だったら俺が何言ったところで聞きゃしないだろうが。よせって言ってるのにサーシャの人形取り返しに行った時のことは忘れちゃいないだろうな?」
「うっ」
冷や汗を浮かべてひるむベル。
その雰囲気を背中で感じつつ、イサミは楽しそうに言う。
「だったらせいぜいやりたいようにやれ。どうなるにしろ、ケツくらいはこっちで持ってやる」
「・・・・・・ありがとう、にいさん」
「いいってことよ」
リズミカルにジャガイモを千切りにしつつ、イサミは答えた。
ちなみに作者は兄です(ぉ