ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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6-5 裏切り(ビトレイアル)不意打ち(アンブッシュ)

「で、何をやってるんだ、おまえさんは?」

 

 ニヤニヤ笑いを顔に貼り付けながらシャーナが言わずもがなのことを聞く。

 イサミは前方から目を離さず、苛立ったように小声で答えた。

 

「静かに出来ないなら帰ってください。音は聞こえるんですから」

「へいへい」

 

 チェシャ猫のようなニヤニヤ笑いを消さないまま、シャーナが肩をすくめた。

 翌日。迷宮七階層。

 二人は"透明球(インビジビリティ・スフィア)"の呪文で透明化し、ベルとリリの後をつけていた。

 

「しかしベルの奴なかなかやるじゃないか。ほんの一月前は、見るからにド素人だったのによ」

 

 シャーナの言うとおり七、八、九と階層を深くしていくにも係わらず、ベルは出てくるモンスターと危なげなく渡り合い、倒していく。

 数が多いときは魔法を使うこともあったが、ニードルラビットの5,6匹くらいなら、ほとんど時間を掛けずにさっくりと片付けていた。

 

「ん、小剣(バゼラード)か。いつの間に武器を取り替えたんだ?」

「さあ・・・今朝見た時は持ってませんでしたけど」

 

 時折ベルが振り向き、そのたびに二人は息を殺して身動きを止める。

 やがて首を振りながらまた歩き出したのを確認し、しばらくしてから小声で会話を交わす。

 

「しっかし、えれぇ勘が鋭いなあいつ」

「ここまで察しが良かったとは思いませんでしたけど・・・あいつも成長してるってことかもしれません」

 

 そうこうしている間に、四人は十階層へ進入した。

 この階層は全体に僅かな薄もやがかかり、光もここまでの上層に比べると暗い。

 

「何か仕掛けてくるならこの階層だな」

「だと思います」

 

 しばらくは何も起こらず、ベルたちは薄もやの中を進んでいく。

 やがて現れたのは身長3mに達する大型モンスター、オーク。

 生えている木を引っこ抜き、棍棒にしてベルに襲いかかるが、ベルは慌てず素早く間合いを詰め、すり抜けざまに脇腹を切り裂く。

 すっぱりと傷口が開き、内臓がぼろりとこぼれ落ちた。

 

「こんっ、のぉっ!」

 

 素早く振り返り、気合いと共に小剣を振り抜く。

 右の太ももを骨ごと切断され、オークが悲鳴を上げてうつぶせに倒れた。

 素早く飛び跳ねたベルがぼんのくぼに小剣を突き込み、オークは動きを止めるもほとんど間をおかずもう一匹現れる。

 

「スコーチング・レイ!」

 

 火線がオークの胸を叩き、たたらを踏ませる。

 

「スコーチング・レイ!」

 

 二発目の火線を受け、胸に大穴を開けたオークがチリとなって消失した。

 だが、後ろの二人は既にベルとオークへの興味を失っていた。

 最初のオークが足を切断される直前、例の犬人のサポーター・・・リリルカ・アーデが素早く身を翻したのを見とがめたからだ。

 

 

 

(ちっ、見失ったぞ!)

(こっちです、ついてきてください!)

 

 ステイタスや技能を強化しているイサミはもちろん、それなりの重装備ではあるがシャーナもレベル4の冒険者、その気になればレベル1のリリに気取られずについていくのはわけもない。

 追いかける二人の目の前で、リリは木の根元に異臭を放つ生肉――モンスターをおびき寄せるトラップ・アイテムを設置し、素早くその場を離れた。

 

(・・・!)

(どうする? やるか?)

(・・・いえ。それはぎりぎりまで無しです)

 

 既にイサミの非視覚感知は、接近する複数の大型の影――おそらくオーク――を捉えていた。

 シャーナが気遣わしげにイサミを見上げる。

 それをあえて無視し、イサミはリリと弟の観察を続ける。

 

 リリがクロスボウを放ち、ベルの左足のホルスターを落とす。

 その中の「神のナイフ」を拾い上げ、素早く距離を取った。

 

「ごめんなさい、ベル様。リリはもうここまでです」

「リリ! 何を言ってるの?!」

「・・・ベル様はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいと思います。さようなら、ベル様。折を見て逃げ出してくださいね」

 

 寂しそうに笑って、小柄なサポーターはきびすを返す。

 ベルはそれを追おうとするも、オークに阻まれてかなわない。

 それどころか、新手のオークや、インプまでもが現れ、ベルを囲む。

 

「・・・おい、いいのかよ? さすがにそろそろやばいぜ」

「ぎりぎりまで待ちます」

 

 無意識のうちに拳を握り、イサミはベルを見守る。

 

(よいか、イサミよ。ベルのことを思うなら軽々しく助けてはいかん。あやつのことが大事なら尚更じゃ。教えるのはいい。導くのもいい。だが助けちゃならん。おまえならわかるな、イサミ)

 

 かつて言われた祖父の言葉が脳裏にこだまする。

 今すぐにでもベルの周囲のモンスターを魔法でなぎ払いたい気持ちを鉄の意志で押さえつけ――次の瞬間、殺気と緊張感をみなぎらせて身を翻した。

 振り向いたときには既に完全な戦闘態勢になっている。

 

「どうした、イサミ。ケツの穴にツララを突っ込まれたような顔してるぜ」

 

 シャーナが軽口を叩く。

 その彼女も、いつの間にか大剣を抜いて完全な戦闘態勢だ。

 

「そこまでの事じゃありませんよ。腐ったヘビイチゴを思い切り噛みしめてしまったくらいの話です」

 

 身構えたまま、イサミも軽口で返す。

 後ろに意識をやると、ベルがオークやインプを相手に奮闘しているのがわかる。

 

「誘い・・・か?」

「みてぇだな。お子様抜きで俺たちとしっぽりやりてぇらしい」

 

 もう一度後ろに意識をやる。

 インプは連鎖魔法でまとめて撃ち落とし、複数のオークにも素早く動いて目標を定めさせず、足を攻撃して移動能力だけを奪って放置している。

 モンスター達がみるみるうちに数を減らしていくのを確認したイサミとシャーナは頷きあい、薄もやの中へ踏み込んでいった。

 

 

 

 注意深く2、3分も進んだ頃、もやの中から全身をフード付きの外套で覆った人影が現れた。

 ふわり、と場違いな花の香りが鼻をくすぐる。

 

「あのクソ影野郎・・・じゃあねえな。女か?」

 

 シャーナの言うとおり、体つきと袖からはみ出た指先は明らかに女性のものだった。

 加えてウェーブのかかったあかがね色の髪が一房、フードから流れ落ちているが、フードの奥の顔は見えない。

 

「どうも。お招きに応じていただき感謝するわ」

 

 豊かな響きを持つ女の声が、フードの影から漏れる。

 蠱惑的と言える色気のある声だったが、どこか嫌悪感を誘う。

 

「有無を言わせなかったくせに良く言うぜ」

 

 軽口を叩きつつも額には冷や汗が浮かび、視線はフードの女から離せない。

 隣のシャーナも同じだ。

 

 生物としての本能が警告しているのだ。

 目の前にいるのは圧倒的な強者である――と。

 

 ちろり、とフードの影で二股に分かれた細い舌が形の良い唇を舐める。

 影に隠れて、イサミ達にはそれは見えない。

 

「残念ねえ、マッチョな男は好みじゃないのよ・・・そうでなかったらすぐにでも"精神支配(ドミネイト)"したいところなんだけど、でも"空白の心(マインドブランク)"かかっちゃってるかあ」

「っ!」

 

 軽口を叩き返す余裕すらなく、イサミは《高速化》した"空白の心"をシャーナにかける。

 この完全な精神的防壁は、あらゆる精神操作系の魔法やそれに類する能力を防ぐ。

 くすくすと、フードの女が笑いをこぼした。

 

「大丈夫よ。そっちの子も綺麗だけど、私の物にしたいと思う程じゃないからぁ」

「そりゃどうも。これでも結構自信があったんだがな」

 

 不敵に笑うシャーナの頬には、既に大粒の汗が珠を作っている。

 それが一筋、つつっと頬を流れて落ちた。

 

「それで、お誘いくださったお嬢様のご用件はなんだい。今すぐここで死んでくれ、ってのは勘弁願いたいが」

「それは別の者の役目なのよね。私の望みはここでじっとしていてくれること。

 私ね、美しいものが大好きなのよ。美しいものを見ると大切に取っておきたくなるし・・・同じくらい、痛めつけたくもなるの」

 

 その言葉の裏に潜む意味をイサミが理解するまで、1秒ほどかかった。

 

「まさかおまえ、ベルを・・・!」

「ええ、そうよ! あの子は素敵! 愛するものを守るためなら、自分が傷つくこともいとわない! だから、この時を待っていたの!

 逃げ出したあの小人は、恨みを持つ冒険者によって待ち伏せされている! このままでは殺されてしまうでしょう!」

「てめぇ!?」

 

 うっとりと、そして激しく。女は言葉を続ける。

 

「あの子はきっと助けに行くわ!

 でも彼では敵わないような、恐ろしいモンスターがそれを遮るの!

 それでも彼はあの娘を助けるために戦いを挑む!

 きっと、どれだけ傷ついても逃げたりはしないわ!

 ああ・・・なんてゾクゾクするんでしょう!」

 

 感極まったように、女が両手を天に伸ばす。

 イサミとシャーナは歯ぎしりしながらも動けない。

 これだけ恍惚と語っておきながらなお、女には二人が付け入る隙がみじんも存在しなかった。

 

 二人の背後で草を踏みしだく音がした。

 

「!」

「にいさん、今の本当?! リリが襲われてるって・・・!」

 

 モンスター達の包囲網を突破してきたベルがいた。

 彼を追ってこようとしたモンスター達は目の前の存在に本能的に気づき、逃げ散ったようである。

 

 目の前の敵に気を取られ、後ろへの注意がおろそかになっていた事を悔いる。

 フードの影から笑い声が漏れた。

 

「あら、もう突破してきたの?

 ええそうよ、彼女はこのままじゃ死ぬ。

 助けられるのはあなただけ――もちろん、お兄さん達と一緒に私を倒してからでもいいわけだけど・・・その場合、全員死ぬかな?」

 

 ベルが絶句する。くすくすという笑い声。

 

「行け」

「え」

 

 ベルがイサミを見る。

 

「行けって言ったんだ。言っただろうが、ケツくらい持ってやるって」

 

 イサミもベルの方を振り向き、無理矢理にニヤリと笑う。

 それと同時に《高速化》と《持続延長》を施した"加速(ヘイスト)"をベルを含めた自分たちにかけた。

 

「兄貴の心配するのは百年早い。それより自分の心配をしろ。こちらのお姉さんがご親切にモンスターを配置してくれてるそうだからな」

「にいさん・・・うんっ!」

 

 自分を納得させるように頷き、ベルは走り出す。

 

「目の前のこいつを気にもせずに駆け抜けるか。バカなのか勇気があるのか・・・」

「英雄の素質じゃないですか」

 

 真顔。

 本気か冗談か計りかね、思わずシャーナがイサミの顔を見る。

 

「おまえ、時々兄バカだよな?」

「放って置いてください」

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