ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「で、何をやってるんだ、おまえさんは?」
ニヤニヤ笑いを顔に貼り付けながらシャーナが言わずもがなのことを聞く。
イサミは前方から目を離さず、苛立ったように小声で答えた。
「静かに出来ないなら帰ってください。音は聞こえるんですから」
「へいへい」
チェシャ猫のようなニヤニヤ笑いを消さないまま、シャーナが肩をすくめた。
翌日。迷宮七階層。
二人は"
「しかしベルの奴なかなかやるじゃないか。ほんの一月前は、見るからにド素人だったのによ」
シャーナの言うとおり七、八、九と階層を深くしていくにも係わらず、ベルは出てくるモンスターと危なげなく渡り合い、倒していく。
数が多いときは魔法を使うこともあったが、ニードルラビットの5,6匹くらいなら、ほとんど時間を掛けずにさっくりと片付けていた。
「ん、
「さあ・・・今朝見た時は持ってませんでしたけど」
時折ベルが振り向き、そのたびに二人は息を殺して身動きを止める。
やがて首を振りながらまた歩き出したのを確認し、しばらくしてから小声で会話を交わす。
「しっかし、えれぇ勘が鋭いなあいつ」
「ここまで察しが良かったとは思いませんでしたけど・・・あいつも成長してるってことかもしれません」
そうこうしている間に、四人は十階層へ進入した。
この階層は全体に僅かな薄もやがかかり、光もここまでの上層に比べると暗い。
「何か仕掛けてくるならこの階層だな」
「だと思います」
しばらくは何も起こらず、ベルたちは薄もやの中を進んでいく。
やがて現れたのは身長3mに達する大型モンスター、オーク。
生えている木を引っこ抜き、棍棒にしてベルに襲いかかるが、ベルは慌てず素早く間合いを詰め、すり抜けざまに脇腹を切り裂く。
すっぱりと傷口が開き、内臓がぼろりとこぼれ落ちた。
「こんっ、のぉっ!」
素早く振り返り、気合いと共に小剣を振り抜く。
右の太ももを骨ごと切断され、オークが悲鳴を上げてうつぶせに倒れた。
素早く飛び跳ねたベルがぼんのくぼに小剣を突き込み、オークは動きを止めるもほとんど間をおかずもう一匹現れる。
「スコーチング・レイ!」
火線がオークの胸を叩き、たたらを踏ませる。
「スコーチング・レイ!」
二発目の火線を受け、胸に大穴を開けたオークがチリとなって消失した。
だが、後ろの二人は既にベルとオークへの興味を失っていた。
最初のオークが足を切断される直前、例の犬人のサポーター・・・リリルカ・アーデが素早く身を翻したのを見とがめたからだ。
(ちっ、見失ったぞ!)
(こっちです、ついてきてください!)
ステイタスや技能を強化しているイサミはもちろん、それなりの重装備ではあるがシャーナもレベル4の冒険者、その気になればレベル1のリリに気取られずについていくのはわけもない。
追いかける二人の目の前で、リリは木の根元に異臭を放つ生肉――モンスターをおびき寄せるトラップ・アイテムを設置し、素早くその場を離れた。
(・・・!)
(どうする? やるか?)
(・・・いえ。それはぎりぎりまで無しです)
既にイサミの非視覚感知は、接近する複数の大型の影――おそらくオーク――を捉えていた。
シャーナが気遣わしげにイサミを見上げる。
それをあえて無視し、イサミはリリと弟の観察を続ける。
リリがクロスボウを放ち、ベルの左足のホルスターを落とす。
その中の「神のナイフ」を拾い上げ、素早く距離を取った。
「ごめんなさい、ベル様。リリはもうここまでです」
「リリ! 何を言ってるの?!」
「・・・ベル様はもう少し人を疑うことを覚えた方がいいと思います。さようなら、ベル様。折を見て逃げ出してくださいね」
寂しそうに笑って、小柄なサポーターはきびすを返す。
ベルはそれを追おうとするも、オークに阻まれてかなわない。
それどころか、新手のオークや、インプまでもが現れ、ベルを囲む。
「・・・おい、いいのかよ? さすがにそろそろやばいぜ」
「ぎりぎりまで待ちます」
無意識のうちに拳を握り、イサミはベルを見守る。
(よいか、イサミよ。ベルのことを思うなら軽々しく助けてはいかん。あやつのことが大事なら尚更じゃ。教えるのはいい。導くのもいい。だが助けちゃならん。おまえならわかるな、イサミ)
かつて言われた祖父の言葉が脳裏にこだまする。
今すぐにでもベルの周囲のモンスターを魔法でなぎ払いたい気持ちを鉄の意志で押さえつけ――次の瞬間、殺気と緊張感をみなぎらせて身を翻した。
振り向いたときには既に完全な戦闘態勢になっている。
「どうした、イサミ。ケツの穴にツララを突っ込まれたような顔してるぜ」
シャーナが軽口を叩く。
その彼女も、いつの間にか大剣を抜いて完全な戦闘態勢だ。
「そこまでの事じゃありませんよ。腐ったヘビイチゴを思い切り噛みしめてしまったくらいの話です」
身構えたまま、イサミも軽口で返す。
後ろに意識をやると、ベルがオークやインプを相手に奮闘しているのがわかる。
「誘い・・・か?」
「みてぇだな。お子様抜きで俺たちとしっぽりやりてぇらしい」
もう一度後ろに意識をやる。
インプは連鎖魔法でまとめて撃ち落とし、複数のオークにも素早く動いて目標を定めさせず、足を攻撃して移動能力だけを奪って放置している。
モンスター達がみるみるうちに数を減らしていくのを確認したイサミとシャーナは頷きあい、薄もやの中へ踏み込んでいった。
注意深く2、3分も進んだ頃、もやの中から全身をフード付きの外套で覆った人影が現れた。
ふわり、と場違いな花の香りが鼻をくすぐる。
「あのクソ影野郎・・・じゃあねえな。女か?」
シャーナの言うとおり、体つきと袖からはみ出た指先は明らかに女性のものだった。
加えてウェーブのかかったあかがね色の髪が一房、フードから流れ落ちているが、フードの奥の顔は見えない。
「どうも。お招きに応じていただき感謝するわ」
豊かな響きを持つ女の声が、フードの影から漏れる。
蠱惑的と言える色気のある声だったが、どこか嫌悪感を誘う。
「有無を言わせなかったくせに良く言うぜ」
軽口を叩きつつも額には冷や汗が浮かび、視線はフードの女から離せない。
隣のシャーナも同じだ。
生物としての本能が警告しているのだ。
目の前にいるのは圧倒的な強者である――と。
ちろり、とフードの影で二股に分かれた細い舌が形の良い唇を舐める。
影に隠れて、イサミ達にはそれは見えない。
「残念ねえ、マッチョな男は好みじゃないのよ・・・そうでなかったらすぐにでも"
「っ!」
軽口を叩き返す余裕すらなく、イサミは《高速化》した"空白の心"をシャーナにかける。
この完全な精神的防壁は、あらゆる精神操作系の魔法やそれに類する能力を防ぐ。
くすくすと、フードの女が笑いをこぼした。
「大丈夫よ。そっちの子も綺麗だけど、私の物にしたいと思う程じゃないからぁ」
「そりゃどうも。これでも結構自信があったんだがな」
不敵に笑うシャーナの頬には、既に大粒の汗が珠を作っている。
それが一筋、つつっと頬を流れて落ちた。
「それで、お誘いくださったお嬢様のご用件はなんだい。今すぐここで死んでくれ、ってのは勘弁願いたいが」
「それは別の者の役目なのよね。私の望みはここでじっとしていてくれること。
私ね、美しいものが大好きなのよ。美しいものを見ると大切に取っておきたくなるし・・・同じくらい、痛めつけたくもなるの」
その言葉の裏に潜む意味をイサミが理解するまで、1秒ほどかかった。
「まさかおまえ、ベルを・・・!」
「ええ、そうよ! あの子は素敵! 愛するものを守るためなら、自分が傷つくこともいとわない! だから、この時を待っていたの!
逃げ出したあの小人は、恨みを持つ冒険者によって待ち伏せされている! このままでは殺されてしまうでしょう!」
「てめぇ!?」
うっとりと、そして激しく。女は言葉を続ける。
「あの子はきっと助けに行くわ!
でも彼では敵わないような、恐ろしいモンスターがそれを遮るの!
それでも彼はあの娘を助けるために戦いを挑む!
きっと、どれだけ傷ついても逃げたりはしないわ!
ああ・・・なんてゾクゾクするんでしょう!」
感極まったように、女が両手を天に伸ばす。
イサミとシャーナは歯ぎしりしながらも動けない。
これだけ恍惚と語っておきながらなお、女には二人が付け入る隙がみじんも存在しなかった。
二人の背後で草を踏みしだく音がした。
「!」
「にいさん、今の本当?! リリが襲われてるって・・・!」
モンスター達の包囲網を突破してきたベルがいた。
彼を追ってこようとしたモンスター達は目の前の存在に本能的に気づき、逃げ散ったようである。
目の前の敵に気を取られ、後ろへの注意がおろそかになっていた事を悔いる。
フードの影から笑い声が漏れた。
「あら、もう突破してきたの?
ええそうよ、彼女はこのままじゃ死ぬ。
助けられるのはあなただけ――もちろん、お兄さん達と一緒に私を倒してからでもいいわけだけど・・・その場合、全員死ぬかな?」
ベルが絶句する。くすくすという笑い声。
「行け」
「え」
ベルがイサミを見る。
「行けって言ったんだ。言っただろうが、ケツくらい持ってやるって」
イサミもベルの方を振り向き、無理矢理にニヤリと笑う。
それと同時に《高速化》と《持続延長》を施した"
「兄貴の心配するのは百年早い。それより自分の心配をしろ。こちらのお姉さんがご親切にモンスターを配置してくれてるそうだからな」
「にいさん・・・うんっ!」
自分を納得させるように頷き、ベルは走り出す。
「目の前のこいつを気にもせずに駆け抜けるか。バカなのか勇気があるのか・・・」
「英雄の素質じゃないですか」
真顔。
本気か冗談か計りかね、思わずシャーナがイサミの顔を見る。
「おまえ、時々兄バカだよな?」
「放って置いてください」