ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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1-5 『豊饒の女主人』亭

 黄昏時の西のメインストリート。

 道を歩くのは買い物客から酒食目当ての酔漢予備軍に変わり、通りの空気も繁華街のそれに変わりかけている。

 そんな中、兄弟二人はベルの案内で、弁当を貰う代わりに夕食を取る約束をしたという酒場に向かって歩いていた。

 

 イサミが周囲の視線を集めるが、慣れているのか、二人とも気にせずに歩いていく。

 

「落とした覚えがないのに魔石を持ってたって、それ客引きのための手管じゃないのか?」

「あーいや、そんな事は無い・・・と思う・・・んだけど・・・」

 

 自信なさげに答えるベル。

 まあ客引きとしてはまだ洒落たやり方ではあるし、イサミもそんなに気にはしていない。

 

「それより重要なのはそこの飯がうまいかどうかだな」

「兄さん、料理には本当にうるさいもんねえ」

「俺に言わせれば、お前らが無頓着なんだ」

 

 現代日本の食事に慣れきったイサミにとって、ファンタジー世界の食卓事情は地獄とは言わないまでも不毛の荒野であった。

 何せ田舎暮らしの食事といえば、大体カブのシチューと固いパン、あるいは雑穀粥。肉無し野菜無し甘味なし調味料もろくになし。

 

 日本で言えば、一週間のうち六日間は沢庵と水っぽい粥だけの食事が延々と続くようなものだ。

 ちなみに残りの一日はちょっと奮発して夕食に卵が一個つく。

 

 イサミはそれを打破する為に、それだけのために料理(そして狩人)の技量を磨いてきたのだ。

 それでも都市部ではそれなりに多彩な食事ができるし、実際の中世ヨーロッパなどと比べれば天地の違いなのだが。

 

「ゾウムシの混ざった三日前のパン、いたんだカブのシチュー、ネズミと猫の肉のパイ・・・まっぴらごめんだ」

「兄さん、何か言った?」

「忘れろ。夢だ。想像すらおぞましい悪夢の話だ。ウォーハンマーじゃなくてD&Dで本当によかった」

「うん・・・?」

 

 そうこうしている間に兄弟は目的地、『豊饒の女主人』亭に到着する。

 

「お、女の人ばっかりだ・・・」

「あー、こう言う店か。味はあんまり期待できそうにないか? まぁいい、行くぞ、ベル」

「ま、待って! 心の準備が・・・」

「酒場に入るのに心の準備もクソもあるか」

 

 震えるベルの襟首をつかみ、ひきずって入店するイサミ。

 

「いらっしゃいませー! お客様二名入りまーす・・・あ、ベルさん!」

「し、シルさん・・・」

 

 ヒューマンのウェイトレスが嬉しそうな笑みを浮かべた。

 その表情がとなりのイサミを見てぴくり、と動くが、すぐに元通りの笑顔に戻る。

 

「お二人で来てくれたんですね。同じファミリアのお仲間さんですか?」

「いや、兄貴だ。愚弟を引っかけたやり手の客引きの顔を見たくてね」

「何の事でしょう? 私はちょっとした親切のやりとりをしたかっただけですよ?」

 

 にこにこと、かわいい笑顔を崩さずにのたまうシル。

 

「親切ねぇ」

「ええ、親切です。善意ですよ」

 

 にやにやするイサミ。にこにこするシル。

 

「はっはっは」

「うふふふふ・・・」

「怖いよ二人とも?!」

 

 やにわに、周囲がざわつき始める。

 陰険漫才をやっていたシルとイサミが、正確にはイサミが注目されているのだ。

 

 シルもそれに気付いたか、そそくさと二人をカウンター席に案内する。

 程なくして巨漢のドワーフという、なんだか矛盾した存在の女将がやってきた。

 

「あんたらがシルの客かい? 二人揃ってかわいい顔してるねえ!」

「ほっといてください」

「俺もか?」

 

 豪放な女将の笑い声にベルはじとっとした暗い視線をぶつけ、イサミは怪訝な顔になる。

 

「なんでもあたし達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!

 じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「えっ!?」

「おい、そこのウェイトレス」

 

 女将の言葉にぎょっとした顔で振り返るベル、ジト目のイサミ。

 そばに控えていたシルは、兄弟の視線からさっと目を逸らす。

 

「ちょっと! 僕、いつから大食漢になったんですか! 初耳ですよ!」

「・・・えへへー」

「えへへ、じゃねーっ!?」

「ベル、今夜はお前が金出せよ」

「にいさぁぁぁぁぁぁん!」

 

 

 

 割高ではあったが、意外にも料理は美味かった。

 イサミは幸せそうな顔で、ベルはどこか緊張した顔でパスタを黙々と口に運ぶ。

 運びつつも、イサミは周囲をそれとなく観察している。

 

(あのヒューマンとエルフ・・・あの猫人・・・あっちの猫人も・・・さっきの女将が一番強いが、他も軒並み・・・。

 なんだここは、高レベル冒険者のたまり場か?)

 

 イサミも観察眼には自信がある。

 女将とウェイトレスでパーティを組んだら深層くらいは普通に潜れるのではないかなどと考えつつ、それでもしっかりと料理は堪能していた。

 

「楽しんでいますか?」

「圧倒されてます・・・」

 

 カウンターの隅に座るイサミ、その隣のベル、更にその隣にシルが座る。

 店のことなどをベルに話すシルを見て、イサミが物珍しそうな顔になった。

 

「・・・なんですか、お兄さん?」

「いや、俺とベルが並んでると、大抵俺の方に話しかけてくるからな。

 珍しいと思っただけさ――まあ、こいつも女の子には結構人気だったけど」

 

 なるほど、と得心したような顔になるシル。

 

「お兄さん、あからさまに雰囲気ありますもんね。

 意外と歌い手とか語り部になったら成功するんじゃないですか?」

「だろうな。冒険者をやめたら考えてみるかね」

 

 実際、イサミには一瞥して人を圧する圧倒的な魅力(カリスマ)がある。

 というのも、「神の恩恵」によるステイタス上昇は本来知力(この場合は計算力や論理力、記憶力等)や魅力には作用しない。

 

 対して、D&D由来の能力の持ち主であるイサミは、「神の恩恵」によってそれらの能力値も上昇させる事ができるからだ。

 もっとも、魔術師(ウィザード)であるイサミは知力を元にして魔法を使うので、上がらないと非常に困ったことになる。

 

 つまり超人的冒険者がゴロゴロするオラリオでも、この二つにおいてはイサミが抜きんでていると、そういうことである。

 

「にしてもベルさんも隅に置けませんねー。まあ、女性に人気なのもわかりますけどー」

「そ、そんなことは・・・いつも注目されるのって兄さんだったし、それに比べれば・・・」

「いやー、お前、老若問わず女には人気あったぞ? 川向かいのニーシャばあさんからガントさんとこのサヤまで・・・」

「ミア母ちゃーん! 来たでー!」

「お?」

 

 陽気な声を上げて入って来たのは、ヘソ出しパーカーにホットパンツという、開放的な格好の女神だった。

 ただし胸は悲しいほどにない。

 その後を追って、十数人の冒険者たちが店に入ってくる。

 いずれも尋常ではない迫力と、一見してわかる実力の持ち主だ。

 

「っ!」

 

 しゃっくりのような音がして、イサミは視線を横にやる。

 弟の視線が一点を指して止まっていた。

 その顔が見る見る紅潮する。

 

(・・・ああ、なるほどな)

 

 視線の先には金髪の美少女。

「剣姫」アイズ・ヴァレンシュタイン。

 女戦士というカテゴリでは当代最強と言われる一級冒険者。

 そして恐らく、いや、間違いなくベルの想い人なのだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 トマトみたいになった顔をカウンターに伏せ、ちらちらと彼女の方を伺うベル。

 幸いカウンター席の隅っこだから目立ってないが、怪しいことこの上ない。

 

「あのー、お兄さん? ベルさんは一体?」

「男にはたまにあることなんだ。大きな心で見逃してやってくれ」

「はあ」

 

 

 

 

 

「よっしゃ、ダンジョン遠征ごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!」

 

 神ロキの音頭を切っ掛けに飲めや歌えの大騒ぎに突入するロキ・ファミリア。

 その中で食べ物を口に運んだり、仲間と会話を交わすアイズ。

 それを横目で盗み見るベル。溜息をつくイサミ、困り顔で「?」マークを浮かべるシル。

 そんな微妙な空気が、突然変わった。

 

「そうだアイズ! お前あの話を聞かせてやれよ!

 お前が5階層で最後のミノタウロスを始末した時の、トマト野郎の話を!」

 

 真っ赤だったベルの顔から一瞬にして血の気が引き、その体がこわばる。

 

「ミノタウロスって、集団で逃げ出して、総出で追いかける羽目になった?」

「それそれ! それでよ、いたんだよ! いかにも駆け出しって感じのひょろくせぇガキがよ!」

 

 うつむいたまま凍りつくベル。

 イサミは顔をわずかにこわばらせ、それを黙って見ている。

 

「で、アイズが牛を細切れにして助けてやったんだが、そいつ返り血浴びてトマトみたいになっちまってよ・・・

 それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって・・・

 ウチのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのっ!」

 

 どっ、とロキ・ファミリアの面々が湧く。

 金髪の少女と、エルフの魔導士だけが固い顔をしていた。

 

 ベルの体が小刻みに震え始めた。

 心配そうに話しかけるシルにも無反応。

 イサミは黙ったまま。

 みしり、とその手のジョッキの持ち手がきしんだ。

 

「しかしまあ、久々に胸糞悪くなったな。

 ああ言う奴がいるから俺達の品位が下がるって言うかよ・・・」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。あれは我々の不手際だ。

 その少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

「こら、二人ともやめえ。酒がまずうなるわ」

 

 にらみ合う獣人とエルフの女魔導士を、ロキが仲裁する。

 だが、獣人の舌は止まらない。

 今度はアイズにからんで「トマト小僧」をあげつらっていく。

 

 ベルの体の震えは、どんどん大きくなっていく。

 イサミは、無表情で無言。

 

「じゃあなにか、お前はあのガキに好きだの愛してるだの言われたら、それを受け入れるのか?」

「・・・・・・っ」

 

 明らかな否定。

 戸惑いを含んではいても、それはアイズ・ヴァレンシュタインの明確な否認。

 

「そんなはずねえよなあ。雑魚野郎にお前の隣に立つ資格なんざあるわきゃねえ。

 何よりも、お前がそれを認めねえ」

 

 沈黙。

 何よりも雄弁な肯定。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 そこが限界だった。

 ベル・クラネルが椅子を蹴倒し、酒場の外に飛び出す。

 シル・フローヴァがそれを追う。

 イサミ・クラネルはやはり黙ったまま、一気にエールをあおった。

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