ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
唐突に《風》が復活した。
ビホルダーが"
「!」
「っ!」
アイズはその機を逃さず、赤い髪の女がついてこれない速度で後退し、体勢を立て直す。
一瞬の後に再び《風》は消え、剣が打ち合わされる。
だが今度はアイズもしっかりと両足を踏みしめ、赤髪の女の斬り下ろしをさばくことができた。
舌打ちする赤髪の女。
「ちっ・・・!」
「もう、慣れた・・・ここからは、遅れは取らない」
「ほざけっ!」
白銀の剣と、紅の大剣が激突した。
仮面の男は全力の連打を叩き込みつつ、僅かな畏怖を目の前の巨漢に感じていた。
何者をも砕くはずの己の拳を受けながら、いささかたりとも崩れる様子がない。
連打を放つ合間に横のエルフの小娘が大剣を振り下ろしてくるのを左腕で受け止める。
同時に右拳を巨漢の胸元に打ち込むと、僅かによろめくものの、動じはしない。
手応えはあっても、深手を負わせた感触がない。
連打が途切れるごく僅かな瞬間、男は巨漢の口元が動き、何かを小声でつぶやくのを見て。
そして次の瞬間、イサミは男の目の前から消えた。
イサミ目がけ眼柄から石化光線と物質分解光線を放とうとしていたザナランタールも、彼が消えた瞬間を四つの目で捉えていた。
馬鹿な、呪文も使わずに・・・とそこまで考えて自分の考えの穴に気づく。
いきなり、ぐいと眼柄をつかまれた。
石化光線を今まさに放とうとしていた眼柄だ。
強くつかまれたショックで、あさっての方向に飛んで行く石化光線。
その向かう先を見て、ザナランタールは絶叫した。
くぐもった、不気味な音が目の前の穴から響いてくる。
丸鋸が三つ並んだような三角形の異形の口。やや内側にへこんだ三角形の頂点からそれぞれ一本ずつ、カギ爪のついた触手が飛び出している。
『今から食ろうてやるわ、下等生物が。貴様の知識はいかほどに美味であろうかのう』
縦に三つ並んだ目がぬらり、とアスフィを見た。
今からこの穴の中に入れられて咀嚼されるのだと理解する。
体が恐怖に震えた。
だが一番恐ろしいのは食われることでも、全身を締め付けるぬたぬたした触手の感触でも、縦に並んだ三つの目でもない。
触手に締め付けられた体の部分が異常な柔軟性でくびれる。
服の内側から粘液がしみ出してくる。
肌は透明になり、骨が透けて見える。
変質しているのだ。自分の体が、自分でないものに。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
我知らず、アスフィは絶叫していた。
触手がゆっくりと動き、彼女の体を口元に持って行く。
ゆっくり、ゆっくりと穴が近づく。
丸のこぎりは三枚だけではなかった。
一番表の三枚に重なるようにして、何重にものこぎりが続いている。
それらは粘液でしとどに濡れ、ぬらぬらと光っている。
僅かに蠕動する喉の筋肉が、波のような動きをそれらの鋸歯に与えている。
だがそれらを見てもアスフィは何も感じなかった。
自分の体が変質していく恐怖に、ひたすら絶叫を続けている。
そしてその瞬間、光が走った。
アスフィが我に返ると、自分を捕まえている巨大な怪魚がゆっくりと石になっていくところだった。
『ザナランタール・・・貴様・・・』
『よ・・・避けられぬ貴様が悪いのだ! 痴れ者がっ!』
背後に浮かぶイサミに眼柄の一つをつかまれながら、ビホルダーが慌てて言いつくろう。
そう、イサミである。
イサミはビホルダーが他にも使うべき呪文はあるだろうに石化光線を二回も使ったことから、このビホルダーが石化光線を得意にしているのではないかと見当をつけた。
果たして、ビホルダーは三回連続で石化光線を放とうとし、イサミはそれが発射される直前のタイミングを狙い、"
僅か十秒余りだが、"
そして
イサミは時間を「止めて」いる間に後ろに回り込み、眼柄をつかんで、アスフィを食らおうとしていたアボレスの方に向けたのだ。
そして結果はかくのごとく。見事に石化光線が命中し、アボレスを石にした。
ビホルダーの得意な光線は、強大化したアボレスすら石化させるほどの力を持っていたのだ。
「怪物の首ならぬ首だけの怪物を使ってアンドロメダ姫を助ける、か。神話の通りだねえ」
『おのれぇぇ! この借りは高くつくぞ!』
「おっと、その前に自分の心配をした方がいいんじゃあないかな」
ちっちっち、と指を振るイサミ。
ビホルダーがはっと気付いた時には自分にかかった防御呪文が全て解呪され、四条三組、計十二本の黒い光線が横腹に命中していた。
《高速化》《発動遅延》"
《発動遅延》《二重化》《光線分枝化》《最大化》《威力強化》"
無論、イサミの仕業である。
今の位置にまで移動するには二、三秒もあれば事足りる。
そして残りの停止時間で《発動遅延》した呪文を発動し、時間流が元に戻った瞬間、発動するように仕掛けた。
"
生命力を失った肉体は動きが鈍くなり、また呪文を使うための精神力、準備した呪文をも失う。
「お前がどれだけ呪文を持ってるか知らないが、ざっと合計63レベル分の呪文喪失だ、どれだけ残るか見物じゃあないか?
――まあ、その前にお前の生命力がこいつに耐えられればだがな」
『きっ、きさ・・・』
そして生命力を完全に削られれば、死あるのみ。
たとえ【異形】種別のモンスターといえど、生命には違いない。負のエナジーへの耐性がない限り、これには耐えきれない。
防御呪文も既に解呪されている。
ビホルダーの巨大な主眼がぐるん、と裏返った。
白目を剥いたまま、落下する単眼の暴君。
地面に叩き付けられたとき、その肉体のどこを探しても、最早生命の息吹は感じられなかった。
アイズと赤髪の女の戦いは続いている。
慣れたと言ったのは嘘ではなかった。
アイズが押し始めている。
真っ向正面から斬り合っているのに、赤髪の女は【剣姫】の上を行けない。
そしてビホルダーが死んだ瞬間、反魔法の場が消えた。
アイズの"風"が復活する。
その瞬間、アイズが加速した。いや、速度だけではない。
スピードが。パワーが。防御力が。最早赤髪の女では完全に太刀打ち出来ない。
更に数合打ち合った後強烈な蹴りを食らい、赤髪の女は吹き飛ばされた。
石化したアボレスが、"
接地した衝撃で石化した触手が砕け、アスフィは自由の身になった。
体に力が入らない。
もう半ばまで粘液化してしまっているのがわかる。
恐怖に再び叫ぼうとしたとき、その頬に手が触れた。
見上げると笑みを浮かべるイサミの巨体があった。
安堵の余り、涙がこぼれそうになる。
「イサミくん・・・!」
「"
魔力がアスフィの体に浸透すると、彼女の体は素早く元の姿を取り戻した。
思わず抱きつきたくなるのをぐっとこらえ、ヘルメス・ファミリア団長のペルソナをかぶる。
「ありがとうございます、イサミ・・・イサミ・クラネル。お礼を申し上げたいところですが、先に仲間をどうにか出来ませんか?」
視線の先には巨大な石像と化したアボレスと、同じく石化したルルネ。
「やってみましょう」