ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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7-11 "精神衝撃(マインドブラスト)"

「馬鹿な?! 一体何が起こったというのだ!」

 

 圧倒的な優位から一瞬にしてザナランタールとネヴェクディサシグを失い、レヴィスもアイズ・ヴァレンシュタインに押されているこの状況で、白仮面が狂乱して叫んだ。

 

「馬鹿はテメエだ!」

 

 剣を投げ捨て、シャーナは呆然とする白仮面に組みついた。

 その肌は既に"暗黒竜の鱗(ヴリトラスケル)"によって青黒く染まっている。

 

「こ、こいつっ!?」

 

 その体格からは考えられないほど重く、そして上手いタックルに白仮面の男が倒される。

 倒されながら反撃のパンチを放つも、拳から伝わるのはまるで鉄を殴ったような手応え。

 

「ぐっ!?」

「おぉらぁっ!」

 

 にやりと笑った少女の拳が胸にめり込み、再び仮面は苦悶の声を上げた。

 彼女の二つ名は「剛拳闘士」。

 それは単に格闘に長けていると言う事だけではない。

 魔法を使ったときの、超硬金属(アダマンタイト)より固い拳も含めてのこの異名なのだ。

 

「さあ、男らしくドツキ合いと行こうじゃねえか!」

「ぐあっ!」

 

 グラウンドで転がりながら、互いに拳を振るうシャーナと白仮面。

 ステイタスでは完全に負けていながらも、格闘技術と無敵状態のおかげでどうにか勝負は拮抗していた。

 

 だが、シャーナも違和感を感じている。

 胴体を殴る手応えがおかしいのだ。

 まるで皮一枚下に弾力のある殻があるような・・・

 

 

 

 シャーナが防いでくれている間、イサミは素早く呪文を詠唱する。

 "石材変化(ストーンシェイプ)"で石化したアボレスの腹がめりめりとまくれた、

 胃袋だった部分も切り開かれ、現れたヘルメス・ファミリアの面々をとっておきの"集団大治癒(マス・ヒール)"で治療する。

 

 本来は僧侶(クレリック)の呪文であるが、特技《秘術使いの信徒》はイサミのような秘術使いが限定された信仰呪文を一日一度だけ使用することを可能にしてくれる。

 最高位9レベルに属するこの呪文はほぼあらゆる状態異常を回復し、レベル3程度の冒険者であれば負傷を完全に癒してくれる。

 

 さらに石化したルルネを"限られた望み(リミテッド・ウィッシュ)"で治療して(石化解除の呪文は詠唱が長い)イサミが振り返ったのと、シャーナが力任せに蹴りはがされてイサミの足下に転がってきたのが同時。

 

「シャーナ!」

「大丈夫だ、怪我しちゃいねえ・・・だが、ちっとばかし手強いぜ、あいつは」

 

 言いつつ、投げ捨てた得物を拾って素早く立ち上がるシャーナ。

 さらにアスフィの号令でヘルメス・ファミリアの精鋭達が再び戦闘態勢を取る。

 こちらも素早く立ち上がった白仮面が、いらだたしげに首を振った。

 

「こしゃくな冒険者どもめっ・・・!」

「がっ!」

「レヴィス!?」

 

 その足下に吹き飛ばされてきたのは赤髪の女、レヴィス。

 全身は傷だらけで血に濡れている。胸には斜め十文字に深々と斬撃の跡があり、かなりの深手なのが見て取れた。

 僅かに遅れて、アイズも剣を構えてイサミ達の横に並ぶ。

 

「ぬう・・・動けるか、レヴィス?」

「問題ない。が、今のままではアリアには勝てんな」

「まさか【剣姫】がアリアだったとはな・・・」

 

 手を貸し、レヴィスを立ち上がらせる白仮面。

 それを見て、シャーナが愉快そうに笑った。

 

「へっ、ざまぁねえなあ、レヴィス。化け物みてぇなてめぇでも、もっと上の化け物には敵わなかったか。ざまぁみろってんだ」

「・・・? 誰だ、お前は? 私を知っているのか」

 

 僅かに顔をしかめ、問い返すレヴィス。

 ふん、とシャーナが鼻を鳴らした。

 

「まぁ、わからねえだろうな。けど、殺された方はテメェの顔を忘れちゃいねぇんだよ!」

「私が殺した人間の身内か・・・それは確かに、いちいち覚えてはいられないな」

「てめぇ・・・」

 

 イサミが手をかざしてシャーナを制した。

 

「・・・お前達の目的はなんだ? あの緑の胎児は何に使う?」

 

 白仮面はくぐもった笑い声を立てる。

 

「目的。目的と言ったか! いいだろう、教えてやる。

 私の――いや、彼女の目的は――迷宮都市を滅ぼすことだ」

 

 多くの者が息を呑む。

 オラリオは迷宮の蓋。それを破壊すると言う事は、古代と同じ、この世界を怪物の跳梁跋扈する地獄に変えるのと同義だ。

 震える声でルルネが問うた。

 

「じ、自分が何言ってるのかわかってるのかよ?」

「当然だとも」

 

 その声には隠しきれない狂喜がにじみ出している。

 先ほどの闇派閥の者どもと同じ――狂気の喜びだ。

 

「おまえたちには聞こえないか、『彼女』の声が!?

 『彼女』は空を見たいと言っている!『彼女』は空に焦がれている!

 地中深くに眠る『彼女』にとって、迷宮都市は邪魔なのだ!

 ならば私はその願いに殉じよう!

 彼女は一度死んだ私に第二の命を与えてくれたのだから! 彼女こそが私の全てなのだから!」

 

 狂信者の恍惚。

 生理的な嫌悪感を感じ、イサミが顔をしかめる。

 ただし内心で、だ。意地でも顔には出さない。

 

 一方シャーナは盛大に顔をしかめる、思わず視線をそらして――その目が十文字に切り裂かれたレヴィスの胸元に注がれた。

 肉の奥でよく見えないが、双丘の間に光る物がある。

 視線に気づき、レヴィスがシャーナを、次に白仮面を見た。

 

「これが気になるか。ならば見せてやろう」

 

 レヴィスが胸の傷に指を立て、自ら左右に引き裂く。

 中から現れたのは、禍々しく輝く極彩色の結晶。

 

「ま・・・魔石っ!?」

 

 誰かが叫んだ。

 レヴィスの胸に埋め込まれていたのは紛れもなく、51階層の芋虫や、先ほど倒した食人花と同じ、極彩色の魔石だった。

 

 

 

 一瞬、全ての人間の意識がそこに集中した。

 イサミはもとより、アイズ、シャーナ、アスフィでさえも。

 

 その瞬間、ぎぃんっ、と空間が軋む音がした。

 いや、そう感じられた。

 

「なんだっ!」

「ぐわっ!?」

「きゃあっ!」

「っ!」

 

 イサミは何も感じなかった。

 "暗黒竜の鱗(ヴリトラスケル)"を発動していたシャーナもまたしかり。

 アイズはレベル6の意志力で耐えた。

 アスフィは壊れ残ったアイテムで辛うじて耐えた。

 

 だが、ヘルメス・ファミリアの面々はそうはいかなかった。

 脳みそを手でわしづかみにされたような感覚。

 巨大な雑音に自分の存在が消されるような感覚。

 彼らの意識が、突風(ブラスト)にかき消されるロウソクのようにふっと途切れる。

 

 意識を吹き消された彼らの手から、次々と武器が落ちる。

 倒れはしないものの目は焦点を失い、口を開け、中にはよだれを垂らしているものすらいる。

 

「っ!」

 

 イサミの背筋に驚愕と戦慄が走った。

 "精神衝撃(マインドブラスト)"。

 抵抗(セーブ)に失敗した者全てを数十秒間朦朧とさせる、時にドラゴン以上に恐れられる『あるモンスター』の代名詞。

 

 だが状況は動き続ける。

 イサミに思考する時間を与えてはくれない。

 

「やれ、巨大花(ヴィスクム)!」

「十分ではないが完全に育った! エニュオに持って行け!」

「はあっ!」

「どりゃあっ!」

 

 白仮面とレヴィスが何者かに呼びかけると同時、アイズとシャーナがそれぞれに斬りかかる。

 右のアイズは左の白仮面に。左のシャーナは右のレヴィスに。

 交差した二人の剣は、かたや白仮面を真っ向唐竹割に斬り下ろし、かたや動きの鈍くなっていたレヴィスの肩口に食い込む。

 

「ぬっ・・・!」

「ぐっ!」

 

 左肩に半ばまで大剣を食い込ませたレヴィスが、シャーナののど元を右手でわしづかみにする。

 奇しくも、かつてハシャーナ・ドルリアが殺された情景の再現。

 

「・・・ぬ?」

 

 レヴィスが困惑の声を漏らす。

 渾身の力で握りしめたエルフの少女のか細い首は、まるで超硬金属の彫像ででもあるかのようにびくともしない。

 

「同じ手が二度通用するかぁ!」

 

 のど首を掴まれたシャーナの右膝が、むき出しになったレヴィスの胸の魔石に叩き込まれる。

 

「がぁぁぁぁぁっ?!」

 

 極彩色の結晶にぴしりとヒビが走り、レヴィスがはじめて苦悶の声を上げた。

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