ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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1-6 素手喧嘩(ステゴロ)

「ベルさん?!」

 

 店員の少女の叫びとともに、白い髪の少年が店の外へと飛び出す。

 少女がその後を追う中、アイズ・ヴァレンシュタインの目は、その少年の顔をはっきりと捉えてしまった。

 言葉を失い、立ち上がる。

 

「アイズ?」

 

 少年を追おうとしたアイズの視線が、ふと、白い髪の少年が座っていた席の隣に座る黒髪の青年のそれと交差する。

 少年と店員の少女が飛び出していった入り口を見やり、青年に視線を戻す。

 もう一度入り口の方を見やり、アイズは青年の方に歩き出した。

 とぼとぼと。これから叱られる子供のように。

 

 

 

 

「・・・あ、あの・・・」

「なんだい」

 

 空になったエールのジョッキをカウンターに置き、イサミがアイズに向き直る。

 アイズは肩を落とし、視線を合わせられずに言葉を続ける。

 

「あ、あなたはあの子の・・・」

「兄だよ。まあ、気にすることはない。君が悪い訳じゃ・・・」

 

 イサミの言葉が途中で止まる。

 アイズが泣いていた。

 

「うっ・・・くっ・・・ごめ、ごめんなさい・・・ごめんなさいっ・・・」

「・・・・・・・・」

 

 アイズ自身、自分のこの反応は意外であった。

 だが、そんな思考とは裏腹に、涙は途切れてくれない。

 

 イサミもあっけにとられていたが、やがて溜息を一つついて、大きな手でアイズの頭を優しく撫でてやる。

 弟ならずとも年下には甘い(実年齢は50近いわけでもあるし)イサミである。放置することはできなかった。

 

「いいんだよ。いいんだ」

「ひっく・・・えっく・・・」

 

 

 

 一方、ロキ・ファミリアは静まりかえっていた。

 今まで酒の肴にしていた少年がこの場にいた。

 その場の全員がその事に大なり小なり後ろめたさを覚えて沈黙している。

 驚愕と敵意に糸目を見開いてイサミをねめつけるロキと、相変わらず空気を読めていないベートを除いて。

 

「てめぇ! 何アイズ泣かせてやがんだ!

 大体なあ、そいつはお前みたいなクソザコが触れていい女じゃねえんだよ!」

「いい加減にしろ、ベート!」

「あんたなんでアイズが泣いてるかわかってないの!? どう考えたってあんたのせいじゃん!」

 

 エルフの女魔導士に叱責され、アマゾネスの少女に食ってかかられてもベートの勢いは止まらない。

 

「うるせえ! テメエらだって笑ってただろうが! 大体本当の事を言って何が悪い!」

「ベート、そろそろ・・・」

 

 さすがに見かねたか、止めようとする小人族の首領をイサミが遮る。

 

「まあ、本当の事ではあるな。無様を晒したのは事実だし、それを笑われたからといって、悪いのは弟だ。

 こっちからどうこう言う気はないよ」

 

 ベートは一瞬キョトンとして、大笑いする。

 

「なんだ、わかってんじゃねえか! そうだよなあ、ザコはザコらしく・・・」

「ただ、一ついいかい?」

「あん?」

 

 いぶかしげな顔のベート。

 ニヤリと笑うイサミ。

 

「そんなだから、女にもてないんだよ」

「・・・っ!」

 

 ぷっ、とアマゾネスの姉妹が吹き出す。

 エルフの魔導士と小人族の首領が目を丸くし、ドワーフの戦士が大笑いした。

 

「おもしれえ。ブッ殺されたいってことでいいんだな・・・?」

「自分は人の悪口言い放題で、自分が悪口言われたら殺すのか。随分とケツの穴が小さいな、おい。

 やっぱ女にはもてないタイプだ、あんた」

 

 顔を真っ赤にしたベートが歯をむき出しにする。

 

「ザコがほざくじゃあねえか・・・弱っちぃ分際でよぉ!」

「黙れクソ野郎」

 

 声に初めて怒気が籠もった。

 さすがに圧されることこそないが、低レベルの冒険者とは思えない意外な威圧に、その場に沈黙が落ちる。

 実のところ彼は激怒していた。

 

「お前がどこの何者なのか、何考えて生きてるのかは知ったこっちゃない」

 

 イサミはクールではない。むしろ感情的だ。

 世慣れてもいない。魔法で対人能力を強化しているに過ぎない。

 大人ですらない。一皮剥けば、そこにいるのは無駄に年を食っただけの、ただのガキだ。

 

「お前がよそで何を言おうとも、それも知ったこっちゃない」

 

 大人びて振る舞っているのはただの仮面。ベルの理想の兄であろうとしているからに過ぎない。

 そして、そこまで大事な弟をコケにされて、彼が冷静でいられるはずがなかった。

 

「だが、可愛い弟の目の前で馬鹿をほざいた事だけは許せないんだよ」

「許せないならどうする気だ、ああん!? ザコをザコと言って何が悪い!」

 

 椅子を蹴倒してベートが立ち上がる。

 イサミもまた。

 

「やめろ、ベート。これは命令・・・」

「なあフィン、なんで止めるんのん。あちらさんもあからさまにやる気やん?」

「ロキ?!」

 

 止めようとしたのを遮られ、首領である小人族・・・フィン・ディムナが驚きの表情で振り返る。

 既に糸目に戻ったロキが、にんまりと笑った。

 ドワーフの戦士、ガレスが顔をしかめる。

 

「とは言っても、見たところ相手はせいぜいLv.2。勝負になりゃあせんぞ」

「えーやん、それでもやりたいゆーとるんやから。ベートもさすがに殺しはせえへんよ。

 やりすぎるようならあんたたちで止めたり」

「むう・・・」

 

 確かにあちらの気持ちもわからんではないが、と口の中でつぶやくガレス。

 ちなみにイサミはいまだにLv.1。

 彼らがイサミをおよそLv.2と判断したのは身のこなし・・・つまり、魔法やアイテムで強化された敏捷のステイタスである。

 彼らにとってレベルとはイコールでステイタスの値だからだ。

 

「話が分かるじゃねえか、ロキ! さすが一応の主神だぜ!」

「一応は余計や。ほれ、二人とも外へ出た出た。中でやったらミア母ちゃんに出禁食らってまうわ」

 

 

 

 

 

 『豊饒の女主人』亭の表で、イサミとベートは相対していた。

 

「おい、あれ、《凶狼》じゃないか?」

「喧嘩か? 誰だ、あのでかいの」

「やべえ、あの虎縞の方すっげぇ好み。押し倒してぇ」

 

 周囲は既に黒山の人だかりである。

 加えてロキ・ファミリアの三巨頭はいずれも硬い表情で。

 顔を泣きはらしたアイズはアマゾネスの姉妹とエルフの少女に付き添われ。

 ロキはいつもの楽しそうな顔で・・・だが、糸目の奥で光る眼光は、果たしていつも通りか。

 

 

 

 馬鹿な事をしてるものだと、血が上った頭の隅でイサミは自嘲する。

 ベートが笑っている。

 身の程知らずにも、自分に挑んできた駆け出し冒険者をあざ笑っている。

 

 実際、ベート・ローガは強い。

 自分より一回り小さいこの男の身体能力は圧倒的だ。

 今まで戦ったどのモンスターよりも遥かに強いだろう。

 第十七階層の『階層主(ゴライアス)』でさえ遠く及ぶまい。

 

 それでも、魔法を使えば十分勝負にはなる。

 たとえば不可視の力場の壁で周囲を囲む。

 またたとえば石畳の下の地面を泥の池にして相手を叩き落とし、落ちたところで今度は泥を石に変える。

 あるいは透明化するなり飛行するなりして、攻撃の届かないところから魔法を打ち込む。

 

 単純に回避不能な広範囲の攻撃魔法を叩き込んでもいい。

 イサミ自身の物理戦闘力を底上げする魔法だっていくらでもある。

 

 だが、イサミにその気はない。

 十中八九勝てないとわかっていても、魔法に頼る気は無い。

 弟を馬鹿にしたあいつを、この拳でブン殴りたくてしょうがない。

 冷静さも計算もかなぐり捨てた怒りと、そして男の意地だ。

 

 

 

 

 

「ええかー。どっちかが気絶するか、"まいった"ゆーたら決着やでー。ほなはじめぇ!」

 

 ロキの号令とともに、ベートが飛び出す。

 一瞬にすら満たない時間の間、その姿は既にイサミの眼前にあった。

 5mはあった距離をたった一歩で詰め、右拳を顔面に打ちこもうとして・・・その目が驚愕に見開かれる。

 

 鈍い音がした。

 ベートの右拳は、迎撃しようとしたイサミの左腕を弾き、見事にイサミの頬を捉えた。

 そのまま嵐のような連続拳打を放つはずであったベートはだがしかし、3m程飛び下がる。

 その顔には、はっきりと驚愕が浮かんでいた。

 

「あれ? なんだ、ボコるかと思ったのに下がっちまったぜ?」

「あーあ、ありゃいたぶる気だな。あの虎縞の兄ちゃん、楽には寝かして貰えねえぞ・・・」

「おらー、やれー! ボコボコにしちまえー!」

 

 そんな無責任な野次をよそに、ロキ・ファミリア前衛組の顔は、のきなみ驚愕に彩られていた。

 フィン、ガレス、ティオネ、ティオナはおろか、アイズも泣きはらした顔に驚きの表情を浮かべている。

 

「なんや? フィンもガレスも、なしてそんなに驚いとるん? ただパツイチ殴っただけやん?

 あっちのパンチ、当たっとらんやろ?」

「・・・今のは、ただ殴り返したわけじゃない。

 外れはしたが、彼はベートのあの踏み込みに反応して、完璧なタイミングでカウンターを合わせてきた・・・

 ベートの敏捷性はLv.5の中でもトップクラスだ。ただの三級冒険者にできる芸当じゃない」

「はー。そなんか・・・やっぱただ者やないっちゅうわけか?」

 

 後半は、隣にいたフィンに辛うじて聞こえるほどの小声。

 フィンはちらりと己の主神を見たが、その表情は普段通りで、何か変化があるようには見えなかった。

 

 

 

 野次馬の中にも、何人かは表情を変えた者がいる。

 

「ほーぉ。珍しいものを見たなあ」

 

 無愛想なひげ面に興味と好奇の色を浮かべた巨漢もその一人だ。

 ひげをもさもさといじり、隣にいる、女性らしきフード姿の人物に向かって嬉しそうに話しかける。

 

「見たか? ありゃあな、相手の攻撃を受けることを覚悟で一瞬早くカウンターを叩き込む反撃技だ。

 それなりの腕じゃなきゃ使いこなせないが、あのヤロウ、見たところガタイはいいが魔術師・・いや、こっちだと魔導士か?

 みてぇなのに、いや、どうして中々・・・」

 

 ペラペラ喋る男を無視し、ちらりとイサミに視線をやった後、フード姿の人物がきびすを返して歩み去る。

 

「あっ、おい?」

 

 呼び止める巨漢を一顧だにせず、フードの人物はすたすたとその場を去っていく。

 巨漢は動きを止めたイサミとベートを一瞥すると、ボリボリと頭をかき、連れの後を追ってその場を立ち去った。

 

 

 

 すうっ、とベートは息を吸った。

 既に酔いは醒め始めている。

 

「いいぜ・・・こっからは本気だ。本気でボコってやるよ」

「なんだ、今のは本気じゃなかったのか? 随分余裕だな」

「抜かせぇ!」

 

 再びの踏み込み。

 一発、二発と、重い拳がイサミの頬にめり込む。

 

(このヤロウ・・・しっかり合わせて来やがる! ザコの分際でっ!)

 

 酒で血が上っていた頭が、どんどんと明晰さと冷静さを取り戻していく。

 全力でひねりこんだ右拳が、イサミの左拳と交錯する。

 

「ガッ!」

「っ!」

「嘘っ! 当たった?!」

 

 相打ち。

 今度こそ、イサミの拳がベートのほお桁を捉える。一瞬意識が飛んだ。

 意外なほどの拳の重さに、ベートは驚きを隠せない。思わず拳が止まる。

 

 "修道僧の帯(モンクス・ベルト)"、《上級武器開眼》、《知識への献身》、《肉体武器強化》、"空手の奥義(エンプティハンド・マスタリー)"、"上級魔法の牙(グレーター・マジックファング)"・・・

 

 実際の所、マジックアイテムと《特技》と"武術の奥義(マーシャルアーツ・マスタリー)"、常動魔法でフル武装したイサミの打撃力は下層レベルで考えてもそこまで低くはない。

 ただ、打撃力に比して命中率が低いだけなのだ。

 

 ニヤリ、とイサミが笑った。

 ちょいちょい、と手招きをして挑発する。

 

「・・・いいぜウドの大木! 付き合ってやるよ!」

 

 凶狼が吼えた。

 

「! ベートの奴、本気になりよった!」

「フィン!」

「いや・・・まだだ。まだ、早い」

 

 フィン・ディムナは親指を口元に当て、動かない。

 

 

 

 そこから先は、嵐のようだった。

 一息で四発を叩き込む、ベートの神速のコンビネーション。

 殴る。殴る。殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴るかわす殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 

 頬を、アゴを、胸を、みぞおちを。

 拳がサンドバッグのようにイサミを打ちすえ、肉を叩き、骨をきしませる。

 

 イサミは決して自分からは仕掛けない。

 しかし、ベートの攻撃全てに完璧なタイミングでカウンターを合わせている。

 毎秒一発ずつの拳を互いに交差させ、繰り広げられる稲妻のような攻防。

 

 特技《ロビラーの大博打》。ダメージ覚悟で相手の手数の優位を消す、受け身にして捨て身の相打ち技である。

 そしていくらステイタスが違うとは言え、タイミングさえ合っていれば20回に1回くらいのまぐれ当たりは取れる。

 

 ベートがイサミの膨大なタフネスを削りきるのが先か、イサミがまぐれ当たりだけでベートを殴り倒すのが先か。

 これは、そういう泥仕合であった。

 

 最初は好きに野次を飛ばしていた群衆も、今や寂として声もない。

 ベートの顔には、今やはっきりと焦りが現れていた。

 

(馬鹿なっ! なんでだ!? なんで倒れねえっ!)

 

 殴る殴る殴る殴る

 殴る殴る殴る殴る

 殴る殴る殴る殴る

 かわす殴る殴る殴る殴る

 

 殴る殴る殴る殴る

 殴る殴る殴る殴る

 殴る殴る殴る殴る

 殴る殴る殴る殴る

 

 ベートの拳打が面白いように命中し、拳が人の体を殴る鈍い音が途切れず響く。

 既にイサミの顔は腫れ上がり、肋骨も何本かは折れている。

 

 《拳打》アビリティを持つLv.5冒険者の拳は凶器だ。

 こうもまともに食らっては、彼と同格のLv.5ですら、十数発で沈む。

 ましてやLv.2程度のザコなど、最初のコンビネーション一回しのげば拍手喝采。

 

 だのに。

 目の前のこのガキは、300近い拳打を浴びてなお、立っている。

 苦痛の色をカケラも顔に出さない。

 拳打の勢いに揺るぎはしても、けっして崩れはしない。

 

「何なんだ、お前はよぉっ!」

 

 叫ぶベートの頬に、イサミの右拳がクリーンヒットした。

 流石に効いたか、ベートがたたらを踏んで後ずさる。

 

 拳を止め、互いに呼吸を整える。

 短いインターバルの後、再び嵐が吹き荒れた。

 

 開始時点よりやや遅くなったとはいえ、一般人から見ればその拳速は雷光に等しい。

 その気になればたやすく人を殺せる拳をぶつけ合い、相手を打ち倒そうとする。

 

 鉄槌のような右拳が叩き込まれ、イサミの顔が弾けた。

 一瞬早く反撃するはずのイサミの拳は、素早い回避によってベートの顔面から逸れている。

 

 続けてベートの左拳が、イサミの肝臓に突き刺さる。胸を狙ったカウンターはブロックされ、またも不発。

 胃の内容物を吐き出しそうになりながらも、イサミは必死で意識を保ち、カウンターを放つ体勢を維持する。

 

 三発目。今度はみぞおちに右拳。反撃はやはり届かない。

 一連のコンビネーション最後の、アゴへの一撃が綺麗に入り、イサミの顔面がぐるりと半回転して天を仰ぐ――

 だが、それより一瞬早く、イサミの右拳がベートの顔面中央にめり込む。

 鼻の軟骨が潰れる感触が拳から伝わり、イサミは腫れ上がったくちびるを僅かに歪め。

 

 次の瞬間、ベートの渾身の右ストレートが顔面に突き刺さり、イサミの意識は途絶えた。

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