ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
正中線を振り抜かれたアイズの剣が手元に戻される。
白い骨の仮面が床に落ち、その場にいる人間が大なり小なり絶句した。
仮面の下から現れたのは異貌。
鼻から上は白髪と病的なまなざしを持つ人間だが、口元に生えているのはぬらぬらした光沢を放つ四本の触手。
物怖じしないシャーナですら、一筋の汗を垂らしている。
そして信じられないことがもう二つ。
血を流していた顔と胸から腹にかけての傷がみるみるうちにふさがっていく。
加えて、アイズの剣は敵の内蔵にまで届いていなかった。
いや、肉すら断てていない。
額と胴体の傷口からは、白い何かが覗いている。皮一枚下に何かがある。
装甲板のようなそれが、アイズの斬撃を防いだに違いなかった。
「
にやり、と触手の下の口が笑った。
一言で言えば、別生物の組織を移植して生体を強化する禁断の秘術である。
「
その触手もグラフト・・・いや、フレイヤースポーンサイキックか!」
いずれもが時にドラゴン以上に恐れられる『あるモンスター』の特徴。
イリシッド。
"
タコのような頭、口元に四本の触手。
その因子を埋め込まれ、変態を遂げた人間こそが、今目の前にいる存在だった。
「そうとも・・・私は彼女に選ばれたのだ! この姿も彼女の恩寵と祝福の証し!
第二の命と共に授かった・・・」
またしても始まる長広舌。
だが、それを聞く者は誰もいない。
モンスターに栄養を与える石英の巨柱。
それに巻き付いていた三つの巨木・・・ないしは極太のツタが柱からその身を剥がす。
倒れ込むその下にはイサミ達。
「やべえ・・・! ヘルメスの奴らが!」
「ちっ! 《高速化》"
石英の柱の根元、緑色の宝玉を取り外そうとする人影を見ながらイサミは舌打ちした。
やむを得ず、アイズ達と朦朧としたままのヘルメス・ファミリアの周囲に力場の壁を立てる。
僅かな時間のあと、巨大な質量が空中から叩き付けられた。
今日最大の衝撃に二十四階層が揺れる。
果たして、その巨大な質量を"
物理的な力で破壊することが不可能な力場は、上からの圧倒的な衝撃にも耐えたのだ。
「助かりました、ありがとうございます・・・イサミ・クラネル?」
「むっ?」
「イサミ? おい、イサミ?!」
巨大な緑の大蛇がうねり暴れる中、イサミはどこへともなく姿を消していた。
直上へ飛び上がるイサミに気づいていたのはアイズ、そして地面に膝をつくレヴィス。
「上だ・・・あれを守れ・・・っ」
「ちっ!」
「させない!」
跳躍してイサミを追おうとする白の怪人と、それを阻止しようと飛びかかるアイズ。
その隙にイサミは巨大な三本のうねるツタを飛び越え、その向こう側でルームの外に脱出しようとしていたフードの男を視界の端に捉えた。
その手には、緑色の宝玉がしっかりと握られている。
「闇派閥の生き残りか・・・? 《最大化》《光線分枝化》《二重化》《射程延長》《エネルギー上乗せ・炎・雷・酸・冷気》"
八本の火線が伸び、フードの男を貫く。
手応えの微妙さに眉を寄せる暇もなく、男の手から離れた宝玉が、ふわりと宙に浮いた。
「なんだ?」
「しまったっ!」
跳躍してイサミを追って来た白の怪人が舌打ちする。
緑の宝玉が宙を飛び、今も暴れ回る三本のツタ、その根元近くに飛着する。
「――ァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!」
そのまま緑の宝玉はまるで破水するように割れ、胎児が巨大花と融合する。
変化が始まった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!」
寄生された巨大花が絶叫を上げる。
赤い静脈がその長大な体躯を走り抜け、さらに、隣り合う二本の巨大花も巻き込んで融合する。
胎児が寄生した場所が大きく盛上がる。
背中を突き破り、さなぎから羽化する蝶のように、極彩色の女体の上半身のごときシルエットが生まれた。
「あれは・・・50階層の・・・!」
アイズが記憶を刺激される。かつて50階層で戦った、巨大な芋虫と女体が融合したような怪物。
あの時は下半身が芋虫であったが、今は三首の
「! やめろっ!」
同時に白の怪人が叫ぶ。
未だにまだつながっている根元から、巨大怪物が石柱のもたらすエネルギー全てを吸い尽くす。
全てを吸収された石英の柱がひび割れ、崩れ落ちる。
壁面と床を覆い尽くした生体組織ももろともにエネルギーを吸収されたか、急速にしなびて乾燥していく。
逆に緑のマーブル模様を描いていた食人花のつぼみやつるは、巨大花と同じく生体組織に融合していく。
ベート達が食料庫の入り口に姿を現したのは、まさにこのようなときであった。
「オイオイオイオイ、一体全体何が起こってやがんだ?!」
「ベートさん! レフィーヤも!」
「アイズ! 無事だったか!」
「アイズさん!」
アイズが僅かにベートたちに気を取られた瞬間、白の怪人が身を翻した。
「あれは・・・!」
怪人の顔を見て、もう一人の乱入者、エルフの魔法戦士フィルヴィスが顔色を変える。
「おまえは! オリヴァス・アクト!?」
だが白の怪人はそんなフィルヴィスを意にも介さない。
巨大怪物の上から飛び降り、レヴィスにとどめを刺そうと剣を交えていたシャーナを蹴り飛ばす。
強烈な蹴りを辛うじて剣の腹で受け、勢いに逆らわずに後ろに吹き飛ぶシャーナ。
その隙に、白の怪人がレヴィスを横抱きに抱きかかえる。
「こうなっては仕方がない。撤退するぞ、レヴィス」
「やむを得んな・・・一つ教えてやろう、『アリア』。59階層へいけ。今丁度面白いことになっている。
お前の知りたいことがわかるはずだ」
後を追い、降りて来たアイズに語りかけるレヴィス。
アイズはこわばった顔でそれを聞いている。
「それともう一つ、あいつがやり過ぎたせいで石柱が崩れた・・・あれはこの食料庫の要だ・・・言いたい事はわかるな?」
「!」
「せいぜい急いで逃げることだ・・・逃げられれば、だがな」
「もういいだろう。行くぞ」
そう言って白い怪人は身を翻す。アイズ達にはやはり追う余裕はない。
食料庫が震動する。しなびた組織を突き破り、こぶし大の石が落ちてきた。
「【剣姫】! 脱出を!」
「あなたたちは逃げて。私たちはこいつを倒す」
叫ぶアスフィに、アイズがいっそ冷徹に返す。
「おい【剣姫】?!」
「こいつは他のモンスターを吸収する能力がある――もし、このまま強大化したら、もう倒せないかも知れない。
倒すチャンスは、今しかない」
異を唱えようとしたシャーナが黙った。
アスフィも動けない仲間と、目の前のモンスターの脅威を秤にかけて迷っていたが、腹をくくったようだった。
「わかりました。あるだけ叩き込みましょう」
フレイヤースポーンサイキックは異形本「ロード・オブ・マッドネス」に掲載のプレイヤー用?上級クラス。
君もマインドフレイヤーに仕えてタコさんになろう!