ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~   作:ケ・セラ・セラ

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7-13 我願う

「ちっ! なんだかわからんが、こいつをブッ倒さなきゃいけねぇってことかァ!?」

 

 巨大怪物の攻撃をかわしつつ、アイズ達の会話を耳ざとく聞きつけたベートに、上から声が降ってくる。

 宙に静止するイサミだ。

 

「ちょっと待ってろ早漏狼! でかいのぶちかますから10数えるまで待て!」

「そ、空を飛んでる?!」

「この虎刈り野郎! 誰が早漏だ! もういっぺんぶちのめされてぇか、オラ!」

 

 それには答えず、イサミが呪文詠唱を始める。

 舌打ちしてベートが『魔剣』を抜き、自らのブーツに炎の魔力を充填し始めた。

 特殊武装【フロスヴィルト】。魔力を吸収し、攻撃力に上乗せするミスリル製の打撃長靴である。

 

「おい、お前らも詠唱始めとけ!」

「は、はい!」

 

 イサミとベートの会話に顔を赤くしていたエルフ二人もつられて詠唱を始め――次の瞬間、その表情が引きつった。

 

 巨大怪物の全身を無数の冷気の爆発が覆う。

 イサミの"時間停止(タイムストップ)"からの、11連続《発動遅延》"冷気の炎の泉(フロスト・ファイヤーブランド)"。

 そして更に数秒経ち、再度"時間停止(タイムストップ)"からの、11連続"音波の炎の泉(ソニック・ファイヤーブランド)"。

 今度は不可視の衝撃波が凍り付いたその体躯を砕く。

 

「これで・・・どうだっ!」

 

 24連続の高速発動、極度の精神集中に息を切らすイサミ。

 祈るような気持ちで怪物の巨躯を眺め・・・次の瞬間、体の大部分が砕け散る。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!」

「いやったぁっ!」

 

 上半身と、僅かな触手しか残らず、苦悶の叫びを上げる女体型。

 空中でガッツポーズを取るイサミ。

 

「よっしゃ、よくやったガキィ!」

 

 叫び、待ちかねていたベートがいち早く突進した。

 アイズ、シャーナ、アスフィがそれに続く。

 

「どぉりゃぁぁぁぁっっ!」

 

 爆炎が炸裂する。跳躍したベートの蹴りが女体型の胸を穿ち、込められた炎の魔力が爆発を起こす。

 ベートが飛び離れた瞬間、アイズの斬撃が斜め下から肩口まで、胸を大きく切り裂く。

 体と同じ極彩色の魔石がむき出しになる。

 

「ちっ・・・差ァ開けられた・・・!」

 

 魔剣の魔力を乗せた自分の蹴りのダメージ、魔法を乗せたアイズの剣撃のダメージ。

 それらを見比べて、ベートが不機嫌そうにつぶやく。

 

「アアアアアアアアアアアアッ!」

 

 女体型は苦悶の声を上げ、両手を床につく。

 逃走にかかろうとして力をためようとしたその瞬間。

 

「どりゃあああああああああああああっ!」

「【一掃せよ破邪の聖杖(いかづち)!】 【ディオ・テュルソス】!」

 

 シャーナの大剣が右手首を切り飛ばし、フィルヴィスの雷撃魔法が左腕を焼く。

 それでも逃走しようと腕に力を込め――女体型は、己の下半身が床から離れないのに気づいた。

 いつの間にか、強力なねばねばが床と自身を接合している。

 

「ざまあみなさい・・・っ!」

 

 いつの間にか姿を消していたアスフィがつぶやく。

 予備の透明兜をかぶり、気づかれぬように接近して強化版「足止め袋」の試作品で女体型の下半身を固定したのだ。

 

 自らの体組織を切り離して脱出しようとする女体型だったが、一手遅い。

 

「【狙撃せよ妖精の射手、放て必中の矢!】 【アルクス・レイ】!」

 

 レフィーヤのありったけの魔力をつぎ込んだ巨大な光の砲撃が、露出した巨大な魔石を打ち貫く。

 女体型は苦悶の声を上げる暇もなく、魔石を砕かれて灰となった。

 

 

 

「おっしゃ、やったぜ!」

「喜んでる暇はないです! 早く脱出しないと!」

 

 アスフィのそのセリフとほぼ同時に、数mはあろうかという巨石がすぐ近くに落ちてきた。

 続けて、天井にひび割れが入り、次々と小さな岩石が落下してくる。

 

「おいイサミ! ヘルメス・ファミリアの連中を!」

「わかってる!」

 

 数人、頭を振って意識を取り戻しているが、全員の回復を待っている余裕はなさそうだと判断し、ドラゴンマークではなく自前の呪文から《連鎖化》した"大治癒(ヒール)"を発動する。

 ルルネに命中し飛び移った呪文の力が、全員の朦朧化をまとめて解除した。

 

「ちっ、ザコどもが、手間かけさせてんじゃねえよ! とっとと・・・」

 

 退路を確保しようとしていたベートの目の前で、食料庫の出口が崩落した。

 さすがのベートが声を失う。

 

「《範囲操作》《範囲拡大》"物質分解(ディスインテグレイト)"! 《高速化》《範囲操作》《範囲拡大》"物質分解(ディスインテグレイト)"!」

 

 イサミの光線が、崩落した部分に直径24mの穴を穿つが、次の瞬間それも崩落する。

 アイズの頬にも一筋の汗が伝った。

 

「くっ・・・!」

「崩れるぞ!」

「うわぁぁぁ! やっぱりあんな黒ローブの依頼なんか受けるんじゃなかったぁぁぁ!」

 

 阿鼻叫喚が響く中、イサミは本当に最後の切り札を切る。

 "ミストラに選ばれし者"、そして"マジスター"として得た18の疑似呪文能力の一つ、本来莫大な経験値と引き替えであるにも関わらず、魔法の女神ミストラの加護故に一日2度までノーコストで使える、現実を思うがままに改変する魔法。

 

 "願い(ウィッシュ)"。

 

『我願う! 我らを安全な場所へ脱出させたまえ!』

 

 緑色の光が瞬く。

 次の瞬間、食料庫の天井は全面的に崩落した。

 

 

 

 光が差していた。

 視界に緑が広がる。

 周囲には水晶。

 遠くには湖とリヴィラの街が見える。

 

(・・・18階層か。とりあえず脱出は出来たらしい)

 

 周囲を見渡し、漏れがないかを確認する。

 シャーナ、アスフィ他ヘルメスファミリア15人、ロキ・ファミリアの二人とエルフの魔法戦士。

 自分を含めて総勢20人を確認して安堵の息をつく。

 信じられないように周囲を見渡していたアスフィが、イサミの方に歩み寄り、小声でささやいた。

 

「・・・これはまさか、あなたの仕業ですか?」

「さあ、どうでしょう。まあみんな助かったようですし、いいんじゃないですか?

 余計な奴も助かっちゃってますけど」

 

 ぴくり、と狼の耳が動く。

 

「なんだと、コラ。余計なってのは誰の事だ虎刈り!」

「さあ、少なくともレフィーヤやそっちのエルフさんのことじゃあないな」

 

 ガンを飛ばすベートと、それをふてぶてしく見返すイサミ。

 あわあわしているレフィーヤにちらりと笑みを含んだ視線を向けた後、「そっちのエルフ」ことフィルヴィスのほうに視線を向ける。

 

「おいこら! シカトしてんじゃねえ!」

 

 ベートが文句をつけてくるが、無視。

 

「ディオニュソス・ファミリアのフィルヴィス・シャリアさんとお見受けします。俺は・・・」

「知っている。ヘスティア・ファミリアのイサミ・クラネルだな」

「おや、ご存じで」

 

 意外そうにイサミが目をぱちくりとさせる。

 

「怪物祭では活躍したと聞く。それで、何の用だ?」

「先ほどあなたが口にした名前について。・・・オリヴァス・アクトと聞きましたが」

「・・・」

 

 フィルヴィスの表情が目に見えてこわばった。

 

「オリヴァス・アクト? "白髪鬼(ヴェンデッタ)"ですか!? 馬鹿な、彼は・・・!」

「くたばったはずだな。"第二十七階層の惨劇"の時に」

 

 アスフィの言葉を、ベートが引き取る。

 

「第二十七階層の惨劇って・・・」

「闇派閥の生き残りがモンスター達を大量に呼び寄せて、討伐に来た冒険者達もろとも自爆した事件だな。

 階層主(アンフィスバエナ)まで巻き込んだと聞いていますけど」

 

 イサミの確認にこくり、とフィルヴィスが頷く。

 

「ああ。私は・・・あの事件の生き残りだ。

 そしてオリヴァス・アクトはあの事件の首謀者の一人・・・だが、あいつは死んだはずなんだ」

「オリヴァス・アクトに間違いないんですか?」

「ああ、あの目、あの髪・・・忘れはしない・・・!」

 

 激情に襲われ、拳を握るフィルヴィス。

 

「死体は下半身だけが見つかったんでしたね。つまり、上半身は見つかってない」

「あなたは、彼が上半身だけで生き延びて、下半身を再生したと?」

 

 汗を一筋たらしながら、アスフィが問う。

 いや、問いというより確認か。眼鏡を直す手が僅かに震えている。

 

「どういう訳かわかりませんけど、あいつの相方は胸に魔石を埋め込まれていた。人間なのに。

 あいつも同じ存在だとして、モンスターのような回復力を得て、それで生き延びたと考えればつじつまは合います。

 あいつ自身、『二つ目の命を授かった』って言ってましたしね」

「筋は通ってますね・・・私も気になることがあります。

 彼女の胸の魔石は、食人花と同じ極彩色でした。つまり食人花と同じく魔石食らい・・・強化種である可能性があります」




 D&Dでは何故かテレポートの際に緑色の光が点滅することが多いです。
 まあ最近ではそうでもないみたいですけど。

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