ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
「ちっ! なんだかわからんが、こいつをブッ倒さなきゃいけねぇってことかァ!?」
巨大怪物の攻撃をかわしつつ、アイズ達の会話を耳ざとく聞きつけたベートに、上から声が降ってくる。
宙に静止するイサミだ。
「ちょっと待ってろ早漏狼! でかいのぶちかますから10数えるまで待て!」
「そ、空を飛んでる?!」
「この虎刈り野郎! 誰が早漏だ! もういっぺんぶちのめされてぇか、オラ!」
それには答えず、イサミが呪文詠唱を始める。
舌打ちしてベートが『魔剣』を抜き、自らのブーツに炎の魔力を充填し始めた。
特殊武装【フロスヴィルト】。魔力を吸収し、攻撃力に上乗せするミスリル製の打撃長靴である。
「おい、お前らも詠唱始めとけ!」
「は、はい!」
イサミとベートの会話に顔を赤くしていたエルフ二人もつられて詠唱を始め――次の瞬間、その表情が引きつった。
巨大怪物の全身を無数の冷気の爆発が覆う。
イサミの"
そして更に数秒経ち、再度"
今度は不可視の衝撃波が凍り付いたその体躯を砕く。
「これで・・・どうだっ!」
24連続の高速発動、極度の精神集中に息を切らすイサミ。
祈るような気持ちで怪物の巨躯を眺め・・・次の瞬間、体の大部分が砕け散る。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!」
「いやったぁっ!」
上半身と、僅かな触手しか残らず、苦悶の叫びを上げる女体型。
空中でガッツポーズを取るイサミ。
「よっしゃ、よくやったガキィ!」
叫び、待ちかねていたベートがいち早く突進した。
アイズ、シャーナ、アスフィがそれに続く。
「どぉりゃぁぁぁぁっっ!」
爆炎が炸裂する。跳躍したベートの蹴りが女体型の胸を穿ち、込められた炎の魔力が爆発を起こす。
ベートが飛び離れた瞬間、アイズの斬撃が斜め下から肩口まで、胸を大きく切り裂く。
体と同じ極彩色の魔石がむき出しになる。
「ちっ・・・差ァ開けられた・・・!」
魔剣の魔力を乗せた自分の蹴りのダメージ、魔法を乗せたアイズの剣撃のダメージ。
それらを見比べて、ベートが不機嫌そうにつぶやく。
「アアアアアアアアアアアアッ!」
女体型は苦悶の声を上げ、両手を床につく。
逃走にかかろうとして力をためようとしたその瞬間。
「どりゃあああああああああああああっ!」
「【一掃せよ破邪の
シャーナの大剣が右手首を切り飛ばし、フィルヴィスの雷撃魔法が左腕を焼く。
それでも逃走しようと腕に力を込め――女体型は、己の下半身が床から離れないのに気づいた。
いつの間にか、強力なねばねばが床と自身を接合している。
「ざまあみなさい・・・っ!」
いつの間にか姿を消していたアスフィがつぶやく。
予備の透明兜をかぶり、気づかれぬように接近して強化版「足止め袋」の試作品で女体型の下半身を固定したのだ。
自らの体組織を切り離して脱出しようとする女体型だったが、一手遅い。
「【狙撃せよ妖精の射手、放て必中の矢!】 【アルクス・レイ】!」
レフィーヤのありったけの魔力をつぎ込んだ巨大な光の砲撃が、露出した巨大な魔石を打ち貫く。
女体型は苦悶の声を上げる暇もなく、魔石を砕かれて灰となった。
「おっしゃ、やったぜ!」
「喜んでる暇はないです! 早く脱出しないと!」
アスフィのそのセリフとほぼ同時に、数mはあろうかという巨石がすぐ近くに落ちてきた。
続けて、天井にひび割れが入り、次々と小さな岩石が落下してくる。
「おいイサミ! ヘルメス・ファミリアの連中を!」
「わかってる!」
数人、頭を振って意識を取り戻しているが、全員の回復を待っている余裕はなさそうだと判断し、ドラゴンマークではなく自前の呪文から《連鎖化》した"
ルルネに命中し飛び移った呪文の力が、全員の朦朧化をまとめて解除した。
「ちっ、ザコどもが、手間かけさせてんじゃねえよ! とっとと・・・」
退路を確保しようとしていたベートの目の前で、食料庫の出口が崩落した。
さすがのベートが声を失う。
「《範囲操作》《範囲拡大》"
イサミの光線が、崩落した部分に直径24mの穴を穿つが、次の瞬間それも崩落する。
アイズの頬にも一筋の汗が伝った。
「くっ・・・!」
「崩れるぞ!」
「うわぁぁぁ! やっぱりあんな黒ローブの依頼なんか受けるんじゃなかったぁぁぁ!」
阿鼻叫喚が響く中、イサミは本当に最後の切り札を切る。
"ミストラに選ばれし者"、そして"マジスター"として得た18の疑似呪文能力の一つ、本来莫大な経験値と引き替えであるにも関わらず、魔法の女神ミストラの加護故に一日2度までノーコストで使える、現実を思うがままに改変する魔法。
"
『我願う! 我らを安全な場所へ脱出させたまえ!』
緑色の光が瞬く。
次の瞬間、食料庫の天井は全面的に崩落した。
光が差していた。
視界に緑が広がる。
周囲には水晶。
遠くには湖とリヴィラの街が見える。
(・・・18階層か。とりあえず脱出は出来たらしい)
周囲を見渡し、漏れがないかを確認する。
シャーナ、アスフィ他ヘルメスファミリア15人、ロキ・ファミリアの二人とエルフの魔法戦士。
自分を含めて総勢20人を確認して安堵の息をつく。
信じられないように周囲を見渡していたアスフィが、イサミの方に歩み寄り、小声でささやいた。
「・・・これはまさか、あなたの仕業ですか?」
「さあ、どうでしょう。まあみんな助かったようですし、いいんじゃないですか?
余計な奴も助かっちゃってますけど」
ぴくり、と狼の耳が動く。
「なんだと、コラ。余計なってのは誰の事だ虎刈り!」
「さあ、少なくともレフィーヤやそっちのエルフさんのことじゃあないな」
ガンを飛ばすベートと、それをふてぶてしく見返すイサミ。
あわあわしているレフィーヤにちらりと笑みを含んだ視線を向けた後、「そっちのエルフ」ことフィルヴィスのほうに視線を向ける。
「おいこら! シカトしてんじゃねえ!」
ベートが文句をつけてくるが、無視。
「ディオニュソス・ファミリアのフィルヴィス・シャリアさんとお見受けします。俺は・・・」
「知っている。ヘスティア・ファミリアのイサミ・クラネルだな」
「おや、ご存じで」
意外そうにイサミが目をぱちくりとさせる。
「怪物祭では活躍したと聞く。それで、何の用だ?」
「先ほどあなたが口にした名前について。・・・オリヴァス・アクトと聞きましたが」
「・・・」
フィルヴィスの表情が目に見えてこわばった。
「オリヴァス・アクト? "
「くたばったはずだな。"第二十七階層の惨劇"の時に」
アスフィの言葉を、ベートが引き取る。
「第二十七階層の惨劇って・・・」
「闇派閥の生き残りがモンスター達を大量に呼び寄せて、討伐に来た冒険者達もろとも自爆した事件だな。
イサミの確認にこくり、とフィルヴィスが頷く。
「ああ。私は・・・あの事件の生き残りだ。
そしてオリヴァス・アクトはあの事件の首謀者の一人・・・だが、あいつは死んだはずなんだ」
「オリヴァス・アクトに間違いないんですか?」
「ああ、あの目、あの髪・・・忘れはしない・・・!」
激情に襲われ、拳を握るフィルヴィス。
「死体は下半身だけが見つかったんでしたね。つまり、上半身は見つかってない」
「あなたは、彼が上半身だけで生き延びて、下半身を再生したと?」
汗を一筋たらしながら、アスフィが問う。
いや、問いというより確認か。眼鏡を直す手が僅かに震えている。
「どういう訳かわかりませんけど、あいつの相方は胸に魔石を埋め込まれていた。人間なのに。
あいつも同じ存在だとして、モンスターのような回復力を得て、それで生き延びたと考えればつじつまは合います。
あいつ自身、『二つ目の命を授かった』って言ってましたしね」
「筋は通ってますね・・・私も気になることがあります。
彼女の胸の魔石は、食人花と同じ極彩色でした。つまり食人花と同じく魔石食らい・・・強化種である可能性があります」
D&Dでは何故かテレポートの際に緑色の光が点滅することが多いです。
まあ最近ではそうでもないみたいですけど。