ダンジョンでドラゴンと戦うのは間違っているだろうか ~マンチキン・ミィス~ 作:ケ・セラ・セラ
夜半。真夜中にはやや時間がある頃合い。
リリ達は透明化してソーマ・ファミリアの酒蔵に忍び込んでいた。
"
イサミはリリと二人で行くつもりだったのだが、珍しくベルが食い下がったのだ。
透明化と飛行の呪文を併用して難なく忍び込み、やがて最上階の一室の前で三人は足を止める。
「ここか?」
「・・・はい」
緊張した面持ちでリリが頷く。
ベルとも頷き交わし、イサミは扉を開けた。
扉の中は広くはあるが質素な一室だった。
作り付けの棚と物入れのほかは飾りもない机とベッド、いくらかの植木鉢と酒らしき瓶が並んでいるだけに過ぎない。
手酌で酒を飲んでいた、中背の繊細そうな青年が顔を上げた。
外見はただの青年のようだが、発散される神気で人ではないのがわかる。
それを見つつ、扉を閉めて鍵をかけると、イサミは不可視化の術を解いた。
同時に声が漏れないよう、"
普通に発動する事も出来るのだが、施術に10分かかるため、リミテッド・ウィッシュで呪文を"
ともあれこれで部屋の中の光や音が外に漏れる気遣いはない。
「おまえたちは・・・リリルカ・アーデか。どうした」
杯に酒をつぎ足しながら、どうでもよさそうに神が言った。
リリが両手と頭を床につけ、平伏する。
「お願いいたします、ソーマ様。リリをファミリアから退団させて下さい・・・!」
「そういう事はザニスに言え。ファミリアの運営はあれに任せてある」
「ザニス様はきっと許してくれません! もしくは、絶対払えないような額を吹っかけてきます!」
「なら諦めるのだな」
「・・・っ!」
あなたはそれでも神か、そう詰め寄ろうとして、直前でベルはイサミに制された。
代わって交渉用の笑みを浮かべたイサミが進み出る。
「初めまして、神ソーマ。私は・・・」
「・・・!」
ソーマが初めて、顔を上げた。
まじまじとイサミの顔を見る。
「なにか?」
「いや・・・なんでもない。それで? 何か話があるのだろう」
再び視線を手元に戻し、杯をあおるソーマ。
一礼してイサミが話し始めた。
「くだんのザニス氏はこう申し上げては何ですが、今ひとつ信用できません。
ので、神様に直接ご裁断を頂きたいと思った次第です。
ここに手形が500万ヴァリスあります。これでリリルカ・アーデの改宗を認めて頂けないでしょうか?」
言いつつ、懐から一枚の紙片を取り出し、床に座るソーマの前に置く。
紙片にはギルドの紋章と印、500万ヴァリスの額面。
高額決済用にギルドが行っているサービスである。
現金を預けて手形を発行し、手形を持って来た者に額面分の金額を支払う。
現代世界でいう所の小切手と当座預金のようなものだ。
「現在のソーマファミリアの異常さはギルドでも問題になりつつあります。
ギルドがこちらのファミリアの内情を知れば、神酒の醸造に制限をかけてくることもあり得るでしょう。
私どもも場合によっては・・・」
時には脅し、あるいはなだめすかす言葉にもソーマは動かない。
聞いているのかいないのかわからない様子で黙々と杯に酒を満たし、口に運ぶ。
「私たちとしては、御ファミリアの内情には興味はございません。
ただ、友人であるリリルカ・アーデを助け出したいだけなのです。
お許しをいただけるなら・・・」
イサミが移籍金の値上げを口にしようとしたところで、ソーマが手を振った。
「ああ、もういい。面倒くさい。500万もあれば、ザニスも納得するだろう」
「本当ですか!」
叫んだのはリリではなく、ベルだった。
「よかったね、リリ!」
「あ、はい・・・」
喜色満面でリリの手を握り、ぶんぶんと振る。
当のリリはと言うと、まだ実感が湧かないのか曖昧な笑みを浮かべる。
「リリルカ、背中を出せ」
「は、はい」
服をはだけたリリの背中に、ソーマが無言で指を走らせる。
【錠】を解除した後血を一滴落とすと、背中のステイタスが光り、波打つ。
これでヘスティアが自らの血を落とせば、"
リリが拍子抜けする程あっさりと、儀式は終了した。
「ありがとうございました。それでは失礼致します」
一礼するイサミ。
リリもぎこちなく一礼し、ためらった後口を開いた。
「・・・今まで、お世話になりました・・・」
「・・・」
ソーマが杯を持つ手を止める。
イサミとベルも動きを止め、しばし沈黙が部屋を包んだ。
長い逡巡の後、ソーマがぎこちなく口を開く。
「リリルカ・・・いい仲間を持ったな」
「・・・はいっ・・・!」
再びソーマがうつむいた。
リリがもう一度一礼し、イサミ達と共に立ち去る。
扉が閉まるまで、ソーマが再び顔を上げることはなかった。
再び透明化し、"
壁を越え、通りを二つ越えたところに三人は着地した。
「どうにかなったね・・・リリ?」
「・・・うわっ、うわっ、うわああああああああああ!」
いきなりリリがベルにしがみついた。
周囲を気にせず、ただただベルの腰にすがりつき、泣きじゃくる。
「あ、あの・・・にいさん・・・これ・・・」
「ぎゅって、抱きしめてやれ――それが、いい男の条件らしいぞ」
「え・・・あ、うん・・・」
同情のまなざしでリリを見やるイサミ。
ベルが不器用にリリを抱いてやると、泣き声がひとしきり大きくなった。
正直ソーマ様はこの時点では心動かされないだろうなあと思わないでもなかったのですが、ここは無理にでも綺麗に締めた方がいいかなあと思いまして。